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翌朝,浅い眠りから覚めたオリヴィアは,別荘内にレーヴェがいないことに気付く。

何処に行ったのだろうかと外の方を眺めると,日差しが差し込むベランダで一人腰を下ろしていた。

あまり見かけない様子だったのでゆっくりと近づくと,彼は気配を察して振り返った。


「やぁ,今日は早いね」

「昨日の今日だから……レーヴェこそ,此処で何を?」


森を眺めている,という訳ではない。

よく見ると,彼は両手で何かを抱えていた。

大事そうにしているそれをオリヴィアは覗き込むが,その瞬間にハッとする。

彼の手中で,小さな鳥が横たわっていた。


「この子……」

「寿命だよ。最期に僕の所まで来たかったみたいだ」


見慣れない綺麗な色をした,老いた鳥だった。

死に場所を探して,此処までやって来たのか。

もう,飛ぶだけの力も残されていないのだろう。

微かに動き,レーヴェの方を力なく見上げる。

すると彼は目を合わせて微笑む。


「大丈夫。僕が傍にいる」


言葉が通じたのだろうか。

小鳥はその後,眠りにつくかのようにゆっくりと瞼を閉じた。

彼の手に身体を預け,小さく身体を丸める。

そうして暫くして,動かなくなった。


「あ……」

「誰かに看取られる,というのも美しい死に方の一つなのかもしれない。一人で死ぬのは,やっぱり寂しいからね」


少しだけ俯いて,レーヴェは言った。

命を落として尚,何分経っても彼は小鳥を手放さなかった。

こうやって,今まで何人もの命を見送ってきたのかもしれない。

穏やかでそれでいて寂しげな背中を見て,オリヴィアは胸を騒がせた。


日が昇った頃,レーヴェは小鳥を両手に抱えて,ベランダ近くの茂みへと歩み寄る。

土に還すつもりだということは,オリヴィアにも理解できた。

手伝う,と言うまでもなく手を貸す。

穴を掘り,そこに遺体を収めて土を被せる。

たったそれだけの事だが,僅かに盛り上がった土が哀愁を漂わせる。

小鳥を埋葬し終えると,彼は振り返らずに問う。


「オリヴィアは,自分の進む道を見つけられたかい?」

「……私は,ずっと前から見つかっているわ。貴方が手を差し伸べてくれた,あの時から」

「そっか……そういわれると,何だか嬉しいな」


レーヴェが今,どんな表情をしているのか,オリヴィアからは見えない。

覗き込むつもりもない。

ただ,彼の姿がとても遠くにあるように見えた。

次第に自分の元を離れていきそうな錯覚を感じ,思わず口を滑らす。


「今,此処にいることが,こうしていることが,私にとっての旅なの。だから……」

「オリヴィア?」

「いえ……何でもないわ。忘れて」


貴方と一緒にいたい。

その言葉を寸前の所で呑み込む。

それは自分本位の思いだ。

彼の意志を汲み取らない,独り善がりなものだ。

300年以上生きたレーヴェにとって,それがどんな思いにさせるのか,オリヴィアには見当もつかない。

だからこそ,何も言えずに別荘へと戻るしかなかった。


朝食を終え,オリヴィアは仕立ての休憩ついでにレーヴェの様子を見に行く。

彼は自室で外の景色を見ながら考え事をしていた。

こちらに気付いた様子もなく,ぼうっとしている。

ジェイドの一件以来,彼は外に赴かない。

元は死ぬ方法を探すために情報収集を行っていたのだ。

新しい仕立ての依頼もなく,外出する理由はない。

声も掛けられずに静かに立ち去ったオリヴィアは,沸き上がる不安を抑え切れなかった。


「あの人は,私の呪いがレーヴェの不死を消すと言っていたわ。もしそれが本当なら,レーヴェを殺すのは……」


だが,そんな状況にも変化が訪れる。

以前断られたナタリアが,再び二人の元にやって来たのだ。

用件も変わらない。

オリヴィアが応対できる訳もなく,レーヴェが彼女との話し合いに応じる。

前回と違って,彼は何処か警戒しているようだった。


「……また来たのかい?」

「レーヴェ様! どうか,考え直してはくれませんか!?」

「何度も言っているけれど,僕はレーヴェ・トライドールじゃない。君とは何の関係もない」

「何故認めて下さらないのですか!? 当主の座に,そして王の座に就きさえすれば,その権力で望むものが全て手に入るんですよ!?」

「望むもの,ね。生憎だけど,君の考えているものの中に,僕の望みはないと思うよ」


望むもの全て,という言葉に反応しながらも拒絶の意思を崩さない。

寧ろそれが余計に逆撫でしているようだった。

どれだけ言ってもその場を動かないレーヴェに対し,暫くしてナタリアは落胆するように肩を落とす。

同時に少しだけ,彼女の雰囲気が変わった。


「どうしても,引き受けてはくれませんか……?」

「君達の問題だ。君達の力で成し遂げればいい」

「……分かりました。そこまで頑なだと言うなら,私にも考えがあります」


嫌な予感がする。

隠れて様子を見ていたオリヴィアは,不安を覚えて顔を覗かせる。

おもむろにナタリアが取り出したのはナイフだった。

やけに光沢があり,買ったばかりに思える一本。

話し合いの場に不釣り合いな凶器に,場の空気が固まる。

まさかレーヴェに危害を加えるつもりなのか,とオリヴィアが思った瞬間だった。

あろうことか,ナタリアはその切っ先を自分の喉元に向けたのだ。

断られるのなら,ここで命を絶つとでも言うのか。

突然のことに,オリヴィアは声を上げる暇もない。

咄嗟に反応したレーヴェが,いつになく慌てながら飛び掛かる。


「馬鹿なことを……!」


喉に突き刺さる寸前,レーヴェはどうにかナタリアの腕を掴み取る。

手に握られた凶器を取り上げ,割と呆気なく場は収束した。

思わず胸を撫で下ろすオリヴィア。

だが,次第にその異変に気付く。

彼の様子がおかしい。

何かに耐えるように,その場に固まったまま動かない。

そしてその後,両膝を屈し,胸の辺りを抑え始めたのだ。


「っ……!?」

「レーヴェ!? どうしたのっ!?」


レーヴェの表情が苦しそうに歪んでいる。

死の呪いなど,最早関係ない。

今まで見たこともない様子に,オリヴィアは彼の元に駆け寄る。

ナタリアは複雑な顔をしながら,現れた彼女を見た。


「ごめんなさい,仕立て屋さん。私も手段を選んではいられないんです」

「貴方! 一体何をしたの!?」

「不死の呪い,生の呪い。呪いを持っているのは,彼一人だけじゃないんですよ」


意味深な言葉を頼りに,オリヴィアはナタリアが行ったことを悟る。


「まさか,私達と同じ呪いを!?」

「あら,貴方も何かしらを抱えていたんですね。でも,これで終わり。私に触れた時点で,レーヴェ様にはもう,私以外の言葉は届かない」

「何ですって……!?」

「さぁレーヴェ様,行きましょう。私と共に,生まれ育った故郷へ」


ナタリアの呪いの正体も,何が発動の鍵になったのかも分からない。

ただ人を洗脳させる類のものだという事は理解できた。

つまり王の座を拒む彼を,呪いを使って無理矢理従わせようとしているのだ。

震えていたオリヴィアの両手に,少しだけ力が込められる。

しかし,何よりも先に冷静な声が響いた。


「触れた人の心を惑わす魅了の呪い……確かに強力だね」

「!?」

「近場の街で噂になっていたよ。最近,得体の知れない呪いを持つ子が,周辺に探りを入れているってね。でも言った筈だよ。僕は,あそこには戻らない」


それは紛れもなく,彼自身の言葉だった。


「レーヴェ! 大丈夫なの!?」

「うん,オリヴィアの声もちゃんと聞こえる」

「あ,あぁ……! 良かった……!」


自力で呪いを凌いだのだろうか。

先程と違って苦しんでいるようにも見えず,レーヴェは微かに笑みすら浮かべている。

ナタリアも,彼が呪いを耐えきったことに驚きを隠せないようだった。


「どうして……私の呪いが効かないなんて……。こんなこと,今まで一度も……」

「さぁ。僕にもよく分からない。生の呪いが,君の呪いに抵抗したのかもしれない。でも,一つだけハッキリとしていることがある」


一旦区切って,彼はナタリアを見上げた。


「この気持ちは,美しくない」

「え……?」

「捻じ曲げられた意志,進む道が歪められた感覚。僕にはこれが,美しいものとは思えない」

「な,何を,言っているんですか?」

「美しさは,一種の憧れなんだ。恋しいことと美しいことは,違うんだよ」

「わ,訳が分からないです……! 一体何を……!」


ナタリアには,今の会話が理解できないようだった。

だからあえて,レーヴェはもう一度だけ明言する。


「もう一度言う。ナタリア,僕は君の元には戻らない。この先,何があっても」

「っ……!」


呪いを使っても尚レーヴェは従わず,ナタリアは手段を失ったようだった。

彼女は耐えかねたような顔をして,その場から逃げ出す。

オリヴィアもその後を追おうとはしない。

代わりに去り際の瞳が,一瞬だけ昔の自分と重なったように感じた。


「これで少しは,彼女も懲りたかな……?」

「レーヴェ……彼女が呪いを持っているって知っていたなら,どうして……」

「……穏便に済ませたくて,話し合いでどうにかしようと思ったんだ。なるべく彼女に触れないように,細心の注意を払ってね。でも……」


辛そうな声でレーヴェは吐露する。


「刃物を喉に突き立てようとした時,あれがブラフだと分かっていても……止めずにはいられなかった。考えるよりも先に,身体が動いてしまったんだ……」


不意にレーヴェの身体がよろける。

息を少し乱しながら,オリヴィアの身体に寄りかかる。


「レーヴェ?」

「ごめん……少し疲れた。暫く,こうさせてほしい」


魅了の呪いを受けた以上,大なり小なり影響を受けている。

もしかすると,気力だけでナタリアの誘いを断ったのかもしれない。

オリヴィアは,小柄な彼の身体をゆっくりと支えた。




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