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「……随分とまた,物騒な話ですね」
殺しに来たと言い切った謎の男に対して,レーヴェは眉一つ動かさない。
まるで聞き慣れているかのような,いつもと変わらない態度だった。
ただ,奥で控えていたオリヴィアは違う。
焦燥のままに飛び出し,彼の元に駆け寄る。
「レーヴェ……!」
焦った彼女を見て,ようやくレーヴェは後ろを振り返る。
死の呪いがある以上,当然オリヴィアも不必要に近づくつもりはない。
ジェイドの方もそれを理解しているのか,その場を動かず,片手を挙げて制止した。
「あぁ,申し訳ない。俺は別に,問答無用で貴方を殺しに来たわけじゃない。可能な限り,双方の事情を語り合った上で手を下したい。そこにいる彼女,ザーヴァルド家の御令嬢とも」
「わ,私のことを知っているの……!?」
「勿論。貴方が触れた者を殺す,死の呪いを持っていることも,俺は知っている」
割と重大なことを暴露する。
記録上,オリヴィア・ザーヴァルドは死亡している。
実は生きていて,仕立て屋として活動をしていることを知っている者はいない筈なのだ。
レーヴェも彼を無碍に出来ないと察し,口調を緩める。
「どうやら,事情があるみたいですね」
「手荒な真似はしない。それに夜の森は寒い。少し,上がらせてはもらえないか?」
一定の距離を保ちながら,ジェイドは話し合いの場を提示した。
殺しを目的とする男を上がらせる理由はない。
だが,下手を打ってオリヴィアの存在を周りに明かされると大変なことになる。
この場にいる二人は,その状況を痛いほど理解していた。
仕方なく互いに目配せをした後,ジェイドを別荘の中へと案内する。
対するジェイドは生と死の呪いを持つ二人に,恐怖を抱いている様子はない。
何か確固とした意志があるのか。
沈黙の中でリビングへと通すと,応接用のテーブルでレーヴェが直接対面し,オリヴィアは彼の背に隠れるように座した。
「彼女の呪いを知っていると言うことは,僕のことも?」
「不老不死。生の呪い。貴方が300年以上生き永らえて来た唯一の人間であることは,承知している」
「成程。それで,どうしてこんな所まで?」
一旦間を置いて,ジェイドは彼らと目を合わせる。
「先ほども言ったが,俺はジェイド。ジェイド・ルーファス」
「ルーファス? 確かナタリアという子が言っていた……」
「……やはり先手を打たれていたか。なら,話が早い。俺は帝国に属するルーファス家の者だ」
どうやら彼は,ナタリアのことを知っているようだ。
忌々しそうに少しだけ顔を顰める。
見るからに親交がある関係ではない。
するとそこまで聞いて,レーヴェは息を吐いて頷く。
「あぁ。事情が見えて来たよ」
「どういうこと?」
「オリヴィア。ナタリアは僕をトライドール家に引き入れようと此処に来た。そしてルーファス家は,彼女達と敵対する立場。言ってしまえば,彼は僕が成り上がることを見過ごせないんだ」
「それって……!」
オリヴィアも気付く。
ジェイドがレーヴェを殺しに来た理由は,単なる怨恨ではない。
権力による抗争から来るものだった。
「トライドール家では,不死である貴方を当主にしようと画策する者がいる。その情報を聞きつけたからこそ,此処に俺が来た」
「僕を殺しに来た,というのもそれが原因という訳だね」
「そう。不死の当主が君臨すれば,形勢は一気にトライドール家に傾く。その前に,元凶となる貴方を始末しなければならない」
「生憎,僕はトライドールに戻る気はない。ナタリアにも,そう言って追い返したんだ。帝国は僕が捨てた故郷。もう,思い入れも何もないんだ。それに……」
レーヴェは悟ったような表情で反論する。
「呪いを知っているなら分かる筈。不死の僕を殺すことなんて出来ない」
「そう。今のままでは,貴方を殺せない」
ジェイドは一度座り直してから,静かに言った。
「だがその方法を知っていると言ったら,どうする?」
「……何だって?」
一転,レーヴェの様子が変わる。
不老不死を殺す方法。
それは今まで彼が探し求めて来た,死の道標。
虚を突かれると同時に,オリヴィアが息を呑んで身を乗り出す。
「そ,そんな方法があるの……!?」
「知らなければ,直接こうして会いには来ない。俺達は一族から伝わる秘宝,予言の石からその倒し方を知った。そしてそれを可能にするには,オリヴィア・ザーヴァルド。貴方の力が必要不可欠だ」
「私が……!?」
そんな事を言われて,平静でいられる筈もない。
死の呪いを持つオリヴィアが触れても,生の呪いは消えなかった。
触れる以外で,呪いを解除する術があるという事なのか。
色々と情報が飛び出してくるので,思わず彼女はレーヴェの方を見る。
彼の瞳も,少なくとも困惑しているように見えた。
「レーヴェ・トライドール。貴方は自らの死を望んでいる。これも,予言の石で知り得た情報の一つだ」
「……」
「貴方が本当にトライドール家を捨てた立場だというのなら,当主の座を降りるというのなら,俺の話を聞き入れてはくれないか?」
要は俺のために死んでくれと言っているようなものだ。
普通なら,そんな話を聞き入れる筈がない。
だがレーヴェは何も言わなかった。
何故かは分からない。
分からないが途轍もない胸騒ぎを感じ,オリヴィアは彼の手を引いた。
「オリヴィア?」
「お願い……待って……!」
死を導く手が,不死の手をしっかりと握る。
ジェイドはその様子を見て,おもむろに立ち上がった。
「突然のことだ。直ぐに受け入れるというのも無理があるかもしれない。しかし,時間も残り少ない。明日,またここに来る。それまでにどうするか,答えを出してほしい。もし貴方が望むなら,不死の殺し方を教えよう。それと……」
一呼吸を置いて,背を向ける。
「彼女の呪いには気を付けた方が良い」
意味深なことを言い残し,ジェイドは別荘を去っていった。
取りあえず,事を荒立てる人物ではなかったと安堵するべきなのか。
突然の来客が消え,オリヴィアは緊張した面持ちでレーヴェに問い掛ける。
その間,彼の顔は直視できなかった。
「レーヴェ……今の話……」
何から話すべきなのか。
声を掛けたは良いが,言葉が見つからない。
次第に沈黙ばかりが続いていく。
すると,不意にレーヴェは彼女の肩を小突く。
視線を向けると,いつの通りの様子で彼が微笑んでいた。
「もしかして,僕が彼の提案に乗ると思ったのかい?」
「えっ?」
「少し驚いたけど,従う気はないよ。そんなことをしたら,君が一人残されてしまうじゃないか。僕はそんな薄情な男じゃない」
「でも,レーヴェはずっと死ぬ方法を探して……」
「それとこれとは話が別だよ。なぁに,心配しなくても大丈夫さ」
嘘ではない,ように聞こえた。
「とは言っても,オリヴィアのことを知っているのは見過ごせないな。後で何かしらの交渉材料に使われるかもしれない。少し,対策を考えた方が良いかもね」
ふむ,と言わんばかりにレーヴェは考えごとを始める。
自分の事よりもオリヴィアを優先して,明日の回答を練り始める。
そんなことをされてしまえば,それ以上反論できる筈もない。
だが,先程の対話で彼女は確かに見た。
ジェイドから不老不死を殺す方法があると聞いた時のレーヴェの表情。
本当に一瞬だったが,まるで光を見つけたかのような輝きがあった。
そしてその様子に,オリヴィアは見覚えがあった。
彼と初めて出会った時。
死の呪いで僕を殺してくれと懇願した時と,全く同じだった。
「レーヴェ……貴方は,本当は……」
小さく呟き,それからの言葉を呑み込む。
レーヴェは死を望んでいる。
それは間違いない。
そしてそれが出来ないのは,今ここに死の呪いを持つ自分がいるから。
自分の存在が足枷になっているのではないか。
オリヴィアは,そんな思いを抱かずにはいられなかった。