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ナタリアとの出会いから数日後。
レーヴェは別荘から最も近い,ラサンの街へと赴いていた。
人々の往来もそこそこなこの街は,レーヴェ達にとっては活動拠点の一つでもあった。
仕立ての仕事は別荘でオリヴィアが行っているが,商売に関しては彼一人が行っている。
こうして人と交流の出来る場所に赴き,依頼者との契約を交わす。
街には店を設けていない。
ただレーヴェは,オリヴィアから譲り受けた専用の帽子を被る。
それが言わば,商売の証だった。
知る人ぞ知るといった形で,時折レーヴェの元に何処からともなく依頼者がやって来る。
妙な帽子を被る者に依頼をすれば,深窓の仕立て屋との契約が交わせる。
そういう暗黙の了解を作っていた。
加えて特徴的な彼の容姿を隠すためにも,帽子は役に立っていた。
要求通りのドレスを持ってきていたレーヴェは,依頼者との待ち合わせ場所に赴き,それを手渡す。
依頼者の女性は執事らしき者を従え,どこぞの貴族のようにも思えたが詮索はしない。
あくまでお客の一人として,要望通りの品を提供する。
女性は出来栄えに満足したようで,お金と敬意を払って去っていった。
契約を結ぶ,完成品を手渡す。
レーヴェのすることはある程度決まっていた。
だからこそ,余った時間で自由に行動することも出来た。
「あら,レーヴェちゃん。今日は早いわねぇ」
街の中にある菓子屋。
仕事を終えて一般的な帽子に被り替えたレーヴェは,とあるモノを受け取るために,此処へやって来た。
店長らしき女性も,一般客として彼の来訪を迎える。
「一年の節目ですから。あと僕は男なので,ちゃん付けは止めてもらえると……」
「いやねぇ。貴方みたいな娘が,そんな冗談言うものじゃないわよ?」
「いや,冗談ではないんですが」
目を逸らしながら小さくツッコむ。
帽子を被っていようと,レーヴェは背丈や声から少女と勘違いされることが多い。
彼にとっては300年以上,初対面の人に会う度に言われ続けてきたことだ。
今更誤解を解いても仕方がないと,話を元に戻す。
「ええと。それで,例のモノは出来てますか?」
「勿論よ。毎度,ありがとうね!」
「いえ,こちらこそです。美味しく頂きますね」
「あらあら,余程その子が大切なのね」
「まぁ,同じ旅をしている人なので」
店長から渡された小包を,レーヴェは大切そうに両手で抱える。
そして満足そうな表情で礼を言った。
するとその直後,店の奥で店員達の話し声が聞こえてくる。
「聞いた? あの話」
「えぇ。この辺りに現れたって……」
「怖いわねぇ。触れただけで,なんて」
触れただけで,という言葉。
気になった彼は返しかけた踵を戻し,少しだけ顔を上げて問い掛ける。
「あの,今の話は?」
「あ,そうね! レーヴェちゃんにも教えておかないと! 例の呪いの噂を!」
「!」
情報を共有したいという気持ちも強かったのだろうか。
店長は特に隠す素振りを見せず,今の話を始めから語り始める。
街で噂になっている一つの呪い。
それらを聞く内に,レーヴェの目は丸くなっていく。
そしてそれは,これからの彼の考えを変える切っ掛けにもなった。
少し時間が経って。
街の用事を済ませたレーヴェは,オリヴィアが待つ別荘へと戻った。
変わった様子もなく,いつも通りに玄関扉を開ける。
すると示し合わせてもいない中,慌しく彼女が出迎えた。
「ただいま,オリヴィア」
「レーヴェ,お帰りなさい! どうだった?」
「依頼者にはドレスを渡してきた。とても満足していたし,お礼も言っておいてほしい,と言われたよ」
「そう……! 良かったわ!」
オリヴィアは嬉しそうに微笑んだ。
仕立て屋として活動している以上,服の評価は当然気になる所だ。
そして彼女にとっては,人と接することの出来る唯一の機会でもある。
生活を維持するための仕事,と言うよりは交流を深めるための手段。
レーヴェはそんなオリヴィアの様子を見て安堵する。
すると彼女は彼が持つ小包に気付いた。
「ええと,その小包は?」
「ん? 忘れたのかい? 今日は君の誕生日だろう?」
「え……それって……」
ハッとするオリヴィアに,レーヴェは小包を掲げて言った。
「誕生日ケーキだよ」
彼がオリヴィアの誕生日を知ったのは,割と偶然である。
死の呪いを発現した時期が誕生日当日だったこともあり,話の流れからオリヴィアが自分から明かしたのだ。
特に隠す意味もないし,言っても減るものではない。
しかしそれ以来,毎年レーヴェは彼女の誕生日を祝っている。
別に祝ってほしいと言った訳でもなく,彼が好きでそうしているのだ。
今回も,ケーキ以外に率先して今晩の夕食を作り始める。
レーヴェは不老不死なので食事の必要はないが,味を嗜むことは出来る。
300年以上生きてきたこともあり,料理の出来栄えは元令嬢のオリヴィアが認める程のものだった。
「お互い出会ってから3年。これでオリヴィアも18歳だ」
「そう言われると,何だか感慨深いわね……」
「お蔭で,背は追い抜かれてしまったな」
テーブルに揃えた料理を前に,レーヴェは自嘲気味に笑う。
当初は見上げていた背丈も,いつの間にかオリヴィアが追い越していた。
人が成長するのは自然の摂理。
だが彼の時間は動かない。
その事実を改めて自覚しつつ,オリヴィアは目を伏せてスープを口にする。
何故か懐かしい味がして,食は進んでいった。
「そんな訳で,ロウソクも18本用意したよ」
「わざわざそこまでしなくても……」
「ロウソクに灯る火は,祈りの象徴なんだ。自分がこれまで生きた年の数を,ここで祝い合う。君にとっては大切なことだよ」
食べ終えた料理の皿を片付けつつ,レーヴェはケーキにロウソクを添えて火を付けた。
ぼんやりと灯った光の数々が,目の前で揺らめく。
「でもそう思うと,少しもの悲しいかも」
「え?」
「結局,ロウソクの火は消しちゃうじゃない? 祈りを消しちゃうって言うのは何だか,ね」
「成程……言われてみれば,そういう考え方もできる。ただ,火が消えた後の煙は天に昇っていく。祈りが天に届くっていう捉え方も出来るよ」
「……ものは言いようね」
「そう。人生前向きに考えた方が,良い方に転ぶさ」
そう言われ,オリヴィアは何か祈るものがないか思案する。
ロウソクの火の向こうに,対面するレーヴェが見えた。
「……ねぇ,レーヴェ」
「どうかした?」
「どうしてレーヴェは,自分の誕生日を教えてくれないの?」
「……教えたら君,絶対祝おうとするじゃないか」
「駄目なの?」
「駄目と言うか,何と言うか……」
彼は答えにくそうに目を逸らす。
「もう自分の歳なんて覚えていないし,そもそもロウソクの本数が足りない。300本なんて,ケーキが剣山になってしまう。可哀想だよ」
「別に300も用意する必要なんて……」
「いいから,いいから。さ,早く食べてしまおう」
思い切り話を逸らされたが,オリヴィアはそれ以上追求できなかった。
彼は好き好んで年月を重ねている訳ではない。
年の話は辛いものがあるのかもしれない。
結局オリヴィア達は,そのままケーキを分け合い残さず食べることになった。
夕食を食べ終えた後は,互いに食器を片付けつつ就寝の準備を始めていた。
いつも通りの日常,平和な日々。
しかし不意に玄関扉をノックする音が聞こえ,オリヴィアは思わず振り返る。
聞き間違えかと思ったが,玄関の方に人影が見える。
こんな山奥の,しかも夜も深い時間にやって来る人はそういない。
妙な不安感が彼女を包み込んだ。
「こんな夜にお客さん……?」
「僕が出るよ。オリヴィアはそのままでいて」
死の呪いを持つオリヴィアが対応できる筈もなく,率先してレーヴェが玄関へと向かった。
ナタリアの件もあったので,少し警戒しながら扉を開く。
そこにいたのは,白と黒を基調とした正装を着こなす一人の男性だった。
眼鏡を掛け,知的な印象すら感じられる。
レーヴェもオリヴィアも知らない人物だったが,男は無表情のまま口を開いた。
「夜分遅くに失礼する」
「貴方は?」
「俺の名はジェイド。君が例の,レーヴェという少年か?」
「何か御用ですか? 仕立ての御相談でしたら後日に……」
「いや,俺の目的は貴方だ」
「僕に……?」
首を傾げるレーヴェに,ジェイドと名乗った男は厳しい視線を送る。
「単刀直入に言う。レーヴェさん,俺は貴方を殺すため,此処に来た」
外から吹いた風が,その場にいた三人に吹き抜けた。