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「レーヴェ様こそ,帝国の次期帝王に相応しいお方なのです!」
別荘に辿り着くや否や,目の前の色白少女はそう言った。
栗色の髪を揺らし,真剣な表情でカウンター机を叩く。
狂言ではなさそうだ。
帝王などと言われたレーヴェは,赤い目を丸くしながら首を傾げる。
「ええと,何の話かな?」
「忘れたとは言わせませんよ! 貴方はレーヴェ・トライドール様! 我が帝国の王となる素質,永遠の命を持つ御人です!」
「……何処でそんな与太話を聞いてきたのか知らないけど,人違いだよ。それよりも,ナタリアさんは服を見繕いに来たんだろう?」
「嘘です!」
「え~……」
仕立てた服を見たいと言ったので,わざわざ連れて来たのだが,どうやら引っ掛けだったらしい。
レーヴェは若干引きながらも,どう返答すべきか迷い視線を逸らす。
すると直後,別室から物音が微かに聞こえた。
彼はそれを聞き逃さず,チラリと目を向けた後,もう一度ナタリアの方を向いた。
「悪いけど,奥に連れがいるんだ。静かにしてくれないかな?」
「同居人? あぁ……かの有名な深窓の仕立て屋さんですか。失礼しました。ただ,どうか私の話も聞いてほしいのです」
「話を聞くも何も,そもそも人違いだと……」
「いいえ,何十年も貴方を探してきたんです。間違いなど有り得ません」
「何十年? 君はどう見ても,15歳かそこらだろう?」
「これは私達一族が費やしてきた日々。不老不死の力を得て行方知れずになった,私達の先世様を求めるには,それだけの時間が必要だったんです」
ナタリアの瞳にあったのは,敬意だけではなかった。
縋るような,乞うような思いがあふれ出ている。
何か気付いたのか別室で再びコトッ,と小さく音が鳴る。
「先世? まさか君は……」
「そうです! 私はナタリア・トライドール! 貴方と同じ血統の者です!」
ガタン,と奥で何かが倒れる。
流石のレーヴェも,気を配る余裕はなかった。
「正確には私の御先祖様が,レーヴェ様と兄弟関係にあった。そういうことです」
「……」
「今,帝国は二つの勢力に分かれています。私達トライドール家と,それに仇成すルーファス家。この拮抗した状況を覆すには,それだけの力を持った当主が必要なんです」
「それが,不老不死だって?」
「仰る通りです! 老いることも果てることも知らない命! まさに,帝国を永遠に繁栄させるに相応しい力ではありませんか!」
ナタリアは興奮気味に言った。
トライドールは伯爵家の家系。
時が経ってそれだけの権力を手に入れた,ということなのだろう。
対するレーヴェは何処か寂しそうな表情をする。
そして一呼吸入れてから,彼女から背を向けた。
「やっぱり今ので分かったよ。その話は,僕とは無関係だ」
「レ,レーヴェ様……!」
「名前が同じだけの人違いだね。悪いけど,お引き取り願えるかな?」
あくまで彼は他人のフリを貫いた。
ナタリアが何を言おうと,知らぬ存ぜぬの態度を崩さない。
無論彼女は諦めた様子ではなかったが,頑なな彼を前に一度引くことを選んだようだ。
別荘の玄関扉を開け,去る後ろ姿がどんどん遠くなっていく。
そんな彼女をレーヴェが室内から見届けていると,今まで隠れていたオリヴィアが,おずおずと顔を出してきた。
一般的な自作服を着るオリヴィアだったが,その風貌からは気品の良さが残っている。
「レーヴェ,大丈夫だった?」
「さして大きな問題じゃないよ。でも……」
レーヴェはつかつかと歩み寄る。
女性に見えないこともない彼の顔が,赤い瞳が,真っ直ぐと彼女を見つめる。
一瞬ドキリ,とするオリヴィアだったが,彼は唐突に右手の人差し指を持ち上げた。
触れた者を殺す彼女の呪いを気にすることなく,その指で彼女の頬を小突く。
「君,動揺し過ぎだ。お蔭で僕まで緊張してしまった」
「ご,ごめんなさい」
突然あんな話を聞けば,棚の角に足をぶつけるのも仕方がないのかもしれない。
平静を保つために,オリヴィアはレーヴェから視線を逸らす。
「……でも今の話,本当なの?」
「まぁ,そうみたいだね。両親との別れを最後に300年以上は縁を切っていたから,そんな立場になっているなんて知らなかったけど」
何でもないように言ってのける。
それが本心を隠しているからなのか,どうなのか,オリヴィアには分からなかった。
ただ微かな不安を抱いて問う。
「もしかして,あの人と……」
「僕の望みは君と同じ,美しい死だ。王になることじゃない。それに彼女の目当ては,あくまで生の呪い。体の良いように言っていたけど,結局は周りを先導するだけの象徴……言ってしまえば,傀儡が欲しいだけなのさ」
「でも,レーヴェの家族なのよね?」
ナタリアという少女は,レーヴェを知った上でこの辺鄙な場所へと辿り着いた。
つまりは,彼の存在はトライドール家で認知されているという事。
既に親元から遠ざけられたオリヴィアとは違う。
「家族はとても大切なものだと思うわ。だって何にも変えられない,たった一つの繋がりだもの。帰りたいと思うのも,自然なこと」
「……オリヴィアは後悔しているのかい?」
「ううん,そういう訳じゃないのよ。レーヴェに助けてもらったことは,本当に感謝しているわ。貴方のお蔭で,私は今ここにいられる。ただ……時折思うのよ。私がレーヴェの負担になっていないかって。私がここにいるから,いてしまうから,貴方は何処にも行けないんじゃないかって」
「それは考え過ぎだよ」
レーヴェはゆっくりと首を振った。
「元は僕がオリヴィアを誘ったんだ。負担になんて,思う筈がない」
「本当に……?」
「勿論さ。でもそうやって自分の気持ちを伝えてくれたのは,とても嬉しい。言葉じゃないと,伝わらないこともあるから」
笑みをこぼしながら彼は言う。
麗しい容姿も相まって,オリヴィアにはあどけない表情にすら見えた。
多少恥ずかしく,それでいてもの悲しい。
兎にも角にも,帝国に戻る気はないようだ。
次期帝王などという座に収まること自体,不本意なのだろう。
彼にとっては,大昔に過ぎ去った出来事の一つなのかもしれない。
「さて。さっきの子は諦めてなかったようだし,何か策を考えないと。手早く死ねる方法があれば,丸く収まるんだけど……」
「……あるの?」
「残念ながら。他に試していない死に方,あったかなぁ」
レーヴェはそんな風に自嘲気味な態度を見せるのだった。
その日の夜。
オリヴィアは自室で依頼者からのドレスを作っていたが,どうにも仕事に身が入らなかった。
ナタリア達の会話が,今でも頭の中を巡っている。
気掛かりなのは,彼が王になることではない。
今までも分かっていながら目を背けてきた,たった一つの事実。
「レーヴェはずっと,死ぬ方法を探してる……」
彼は仕立て屋の店員として働く合間に,自分を殺すための方法を模索している。
客に呪いの話を聞いたり,よく分からない魔術書などを持ち込んだり。
だが答えは全て同じ,解除方法はないというものだった。
呪いを発現した者は,その力を一生抱えて生きていくのが世界の常識。
言わば避け切れない運命,逃れられない定め。
それでもレーヴェは,永遠と続く運命に逆らおうとしている。
死こそ,彼の望み。
その思いをオリヴィアが否定することは出来ない。
だが,代わりに思う所もある。
「もし,近い内にそれが訪れたなら……私は……」
オリヴィアは依存していることに気付いていた。
彼がいなければ,服を作ることも,仕立て屋として活動することも出来なかった。
今ここにいられるのは,あの時彼が手を差し伸べてくれたから。
そんなレーヴェが消えることに,オリヴィアは不安を覚えずにはいられなかった。
それでも首を振って,その考えを打ち払う。
「ううん。自分の事ばかり考えてはダメ。いやらしいわ。だって,レーヴェはずっと美しい死を探してきたんだもの。今まで,ずっと……」
仮に死ぬ方法が見つかったとして,快く受け入れることが出来るのか。
考えないようにとオリヴィアは服作りに励むのだが,仕事は一向に進まなかった。




