8.突きつけられた現実
3月31日誤字修正
4月1日 マリーダとの会話での描写の変更、開拓村までの距離変更
残りの水を頭にかけて、自分自身に冷静になるように言い聞かせた。
思った通りの水の冷たさで、少し冷静になった気がする。
なぜかは判らないが、「WARS」のキャラクターの状態で、今の俺が現実に存在する。
自分の名前も覚えているし、この体の動かし方も、ゲームと一緒なのでいつもと何ら変わらない。
設定メニューが開かず、ログアウトも出来ない状況だが、後はいつもと一緒だ。
ガレージが約1キロ西にあり、そこに行けば、保有する装備が補充できる。
今は、これからどうするのかを考えなければ・・・。
「アツシ、マリーダさんの治療が終了しました。傷の手当と、矢に生物由来の毒が塗られていたので、解毒薬と、抗生物質を投薬しました。」
タオルを差し出しながら、ティアが声をかけてきた。
ティアの後ろには、マリーダが青白い顔で立っていた。
タオルを受け取り、顔を拭きながら今後について考えていると、マリーダから
「あなた方を巻き込んでしまったのに、治療までしてもらって申し訳ありません。本来ならば相応の謝礼を支払わなければならないところですが、今は緊急を要するため、後日とさせていただけないでしょうか。この恩は、アービング家の名に懸けて必ず返させていただきます。」
どうやら、先を急ぐようなので、このあたりの地図をもっていないか確認してみた。マリーダの言葉は日本語化MODで、変換されているが、こちらの言葉は、マリーダが少し話せるといった程度なので、できるだけゆっくりと、身振りも交えての会話を心掛けた。
「礼には及ばない。俺達は、自分達の身の安全のためにモンスターを倒したに過ぎないし、俺達がいなければ、あなたはあのままさっきの飛行魔法で、逃げ切ることができたはずだ。むしろ俺達のせいで、足止めと怪我をさせてしまって申し訳ない。謝礼も不要だが、もし教えてもらえるなら、このあたりに街はないだろうか。このあたりの土地に不慣れなものでな。」
マリーダは一瞬不思議そうな顔をしたが、少し考えてから、
「ここから南に徒歩で2時間ぐらいの場所に開拓村があり、北には徒歩で約1日の距離にランスの砦と街があります。このあたりにはそれくらいしかないです。
私はてっきり、あなた達がランスの街から、開拓村に向かっているものだと思っていました。」
うん、完全に不審者ですわ。
近くに2つしか、街や村がなく、その2つを結ぶ道にいるのに、その場所を知らない。俺だったら疑っちゃうね。こいつら何者だって。
どう答えるか悩んでいると、ティアがフォローしてくれた。
「申し訳ありません。何分不慣れな旅のものなので、勝手も知らず失礼しました。教えていただきありがとうございます。」
「いや、旅の方なら仕方がないこと。疑うような物言いをしてしまって、申し訳ありません。」
とマリーダが謝ってきた。
「南の開拓村には、向かわれない方が良いでしょう、私は開拓村から、ランスの砦に救援を求めて移動中だったのですから。」
少し不穏な空気を感じながらも、情報収集をすることにした。
「南の開拓村で何かあったのでか?ゴブリンに追われていましたし、事情が判らないので、教えていただければ助かります。」
「南の開拓村が、ゴブリンに襲われました。私達は、ゴブリンが開拓村の近くに出没しているという情報があったので、我々の組織の仲間と、村の警備にあたるために、派遣された兵士とともに開拓村に向かいました。
村の周辺を捜索するうちに、ゴブリンが大規模な集団だと判明し、村と我々だけの戦力では対応できないと判断したので、ランスの砦に救援を求めることにしたのですが、その前にゴブリンの襲撃を受け、飛行魔法が使用できる私だけが救援を求めて脱出しました。」
マリーダは悔しそうに教えてくれた。
本当は彼女も仲間と一緒に戦いたかったのだろう。
それでも、ゴブリンの状況を北の砦に伝えることを最優先に考え、ここまでゴブリンライダーに追われながらも、飛行魔法で飛んできたんだろう。
それを俺達のせいで、足止めしてしまった。
むしろ謝らなければいけないのこちらの方だったようだ。
不意にティアが俺のそばにより小声で耳打ちしてきた。
自分の探索能力をマリーダに知られたくないからだろう。
「アツシ、北から約時速8kmで接近してくる集団が来ます。おそらく馬車と推測されますがどうしますか?あと2分ほどで目視できると思います。」
このタイミングで、馬車か。マリーダをこのまま北の砦にいかせても治療したばかりで無事砦までたどり着けるかわからない。顔色も悪く、今にも倒れそうな感じだ。
「マリーダさん、このあたりで馬車がこの道を通るのはどんな時が考えられますか?」
マリーダは何を言っているかわからない顔をしていたが、素直に答えてくれた。
「おそらくは、開拓村への行商でしょう。まだ開拓村での自給自足は難しいですからね。」
なるほど行商人か、集団ってことはキャラバンか、護衛が付いているってことかな。ウルフみたいなモンスターも闊歩しているわけだから、この森。
しばらくすると、北側から馬車と騎馬を中心とした数名の集団が見えた。
集団の先頭にいた2騎がこちらに向かってきて、馬車はその場にとどまっているようだ。
大きな斧で武装した厳つい男がこちらに声をかけてくる。
「こんな森の中で何をしているんだ。こちらはクラン、大地の炎だ。見ての通り荷馬車の護衛中だ。野党の類ではないようだが、モンスターにでも襲われたのか。」
マリーダが進み出て男に声をかけた。
「ジュードさん、紅の風のマリーダです。南の開拓村がゴブリンの集団に襲われました。行商人さんに引き返すように伝えてください。あとランスの砦のアッシュ隊長に、至急討伐部隊の編制と派遣をするように、お伝え願えませんか。」
ジュードと呼ばれた男は、マリーダをみて驚いたようで、すぐに馬から降りた。
「マリーダの嬢ちゃんじゃないか。南の村が襲われたってのは本当か。他の連中はどうした。ゴブリンの規模はどれくらいだ。」
ジュードはもう1騎の仲間に合図して、馬車に戻らせた。おそらく今の話を護衛対象者に報告するために。
「ゴブリンの規模は不明ですが、私の追っ手に、ライダーが5騎、確認できるだけで、ホブゴブリンが数匹はいました。」
マリーダの報告を聞くと、ジュードは険しい表情になった。
「ライダーを手勢に持っているとなるとかなりの規模だな。ホブも1対1なら負けねが、数体同時や、ゴブリンが大量となると厄介だな。対応できる討伐隊が派遣されるまで、結構時間が掛かるぞ。」
戦力の小出しをせずに、一気に大量投入し、殲滅する。それがこの世界のゴブリン退治の基本らしい。1匹でも逃がせば、ゴブリンはまた増えてしまうのだから。
しばらくして、荷馬車からジュードの仲間が戻ってきた。行商人がランスに戻ることを決めた旨と、砦への知らせを早急に送ることを伝えてきた。
護衛から1騎、北の砦へ向けて駆け出して行った。
「それじゃ、俺達も北の砦にもどるが、マリーダの嬢ちゃんやそっちのあんちゃん達も砦に戻るだろ、一緒についてきな。行商人の旦那と一緒の護衛してやるよ。」
ジュードは、強めにマリーダを砦に戻るように、説得していた。
「ジュードさん、お心づかいは感謝します。北の砦への連絡もお願いできたので、これで心置きなく、開拓村に戻れます。討伐部隊が到着するまでの時間を稼ぎますので、アツシさん達の事や、後のことは宜しくお願いします。」
ジュードは真剣な顔をしてマリーダに向き合っていた。
「嬢ちゃんの気持ちも分かるが、規模を考えると、討伐隊は間に合わねえぞ。嬢ちゃんだけでも生き残るのが、あいつらのためになるんじゃないか」
マリーダは力なく首を振り、ジュードは説得をあきらめたようだ。
「あんちゃん達は、北の砦に行くよな。」
ジュードが俺達に話を振ってきたが、俺はマリーダに向かって自分でも信じられないことを言っていた。
「俺達にも、ゴブリン退治の手伝いをさせてくれないか。これでも腕には結構自信があるんだ。足手まといにはならないから。」




