32.シャベルを崇めよ 2
投稿が遅くなりました。すみません。
スコップ表記をシャベルに統一
その日、我々銃士隊の候補は、ウィルと名つけられたこの村の外に集められた。
事前に配られた【じゃーじ】という伸縮性に優れた服に全員着替えて、武器のみ携えて整列していた。
突然の教官らしき人物の登場と、戦死扱いというショッキングな発言に、銃士隊の候補達はザワついた。
「静粛に。これより各自の武器を回収させてもらう。オルテが回収して回るので、剣や槍、ナイフに至るまで、すべての武器を提出するように。回収した武器は、建設予定の軍事施設内部の武器保管庫に保管される予定なので、安心するように。」
我々が装備する武器防具は、辺境伯軍より貸与された物であり、基本的に個人所有の武器は、従軍中は持っていないので回収されても、所有権という事に対して言えば問題ない。しかし
「こんな魔物の多い場所で武器を回収されたら、どうすればいいんだ。」
そう、魔境と呼ばれる地域と隣接するこの地で、武器無しの状況で村の外にいるなど正気の沙汰ではない。当然そのような声は、あちこちから聞こえてくる。
「誰が発言をしていいと言った。今回だけは特別に不問とするが、発言をする場合は、教官殿、発言宜しいでしょうか?と確認を取った上で、発言を許可された場合に限り発言をせよ。」
あまりの高圧的な態度と、圧倒的な武威により、発言するものはいなくなった。
しかし、確認しなけらばならない。意を決して発言する。
「教官殿、発言宜しいでしょうか?」
集まる視線の中、直立不動で許可をまった。
「発言を許可しよう。キース君。」
初対面では無いとは言え、まさか自分の名前を呼ばれるとは思わず、少し動揺したが、聞きたいことを確認する。
「はっ、ありがとうございます。武器を回収された場合、魔物の多いこの地で、我々はどのように己の身を守ればよいのでしょうか?」
先ほどの誰かの発言と内容は変わらないが、許可を得たうえでの発言だ。何かしらの回答は得られるだろう。
ブリュンヒルデ教官は、口角を上げてにやりと笑うと右手を一振りすると、我々の前に次々と金属製のシャベルが現れて、足元に突き刺さった。
「これが諸君らの武器である。今後諸君らに与えられる【スプリングフィールドM1903】と同じ3.9kgに重量調整した特別製のシャベルだ。これがの諸君の武器であり、防具であり、相棒だ。」
ちょっと何を言っているか分からない。
シャベルは、シャベルだ。穴を掘る道具であって、武器ではない。
そして、間違っても防具ではない。自分の常識がそう否定している。
「諸君らは、シャベルの有用性を理解していないようだな。よろしい、シャベルがいかに優れたものであるか、お見せしよう。」
そう言うと、ブリュンヒルデ教官は右手をかざして、漆黒のシャベルを取り出した。
我々が、意味も分からず呆然としていると、シャベルを水平に構えて森に向かって突き出した。
突き出したといったが、正確には突き出したように見えた。と言った方が正解だろう。突き出しスピードが速すぎて、突き出されて静止したシャベルが認識できただけであって、突き出されたシャベルの軌道は一切見えなかった。
何を言っているか、判らないだろうが、俺自身も判らない。
結果として、シャベルが突き出された、10m先の森の木々が鋭利は刃物で切り取られたように、切り倒されていく。
「オルテ、適当に私を撃て、手加減は無用だ。」
何を言っているのか、理解する前に助手の女性は、教官殿に向かって、短い銃を数発発砲する。
カンカンカンカンという、金属音がして、発砲された銃弾はすべてシャベルによって防がれていた。しかも一点に集中したわけではなく、体の各部位を狙っての攻撃だ。
受け止められた弾丸は時間をおいて、バラバラと地面へと置いていく。そのあまりにも非現実的な光景に、誰一人声を上げることが出来なかった。
「っとまあ、シャベルは極めればここまで出来る。シャベルがあれば他の武器や防具などは必要なくなる。」
言いたいことはいくつもあるが、目の前の事実だけ見れば、一切間違ったことは言っていない。出来る出来ないは別としてだが。
「さあ、理解してもらったところで、訓練をはじめようか。全員、シャベルとオルテが出した背嚢を背負って整列。2列縦隊。先頭はキース君に務めてもらおうか。」
何故、先頭が自分なのか。オルテ助手に武器の類を渡し、代わりに背嚢を受け取り背負う。
軽く持っていたので、たいして重くないと予想していたが、重い。10kgぐらいはあるのではないだろうか。
片手に10個背嚢を持っている彼女も規格外の存在のようだ。
背嚢を背負い、シャベルと持って教官殿の前に並ぶ。
他の候補生も自分に続き、背嚢を背負い、シャベルを持って整列する。
「全員そろったな。では、これからのルールを説明する、全員手に持ったシャベルを、胸の前で平行に捧げ持て。」
全員がその言葉に従って、シャベルを捧げ持つ。流石に4kg近くある金属製のシャベルはずっしり重い。
「その姿勢を常に保ち、私に続いて走ってもらう。私が許可するまで、腕を下げることは許可しない。」
この姿勢のまま、10kgの背嚢を背負い走るという言葉に、動揺が走る。
「返事は、イエス、マムだ。さあ、返事をしろ。」
すかさず、教官殿の檄が飛ぶ。
「イエス、マム!!」
教官殿は満足したようにうなずき、走り出さす。最後尾にオルテ助手が付く。
並足程度だが、背嚢とシャベルの重さがずっしりと来る。
そして地獄の行軍が始まった。
一定のペースで走り続けるこの行軍は過酷を極めた。
いつ終わるともわからない行軍の中で、ペースがつかめず遅れ始めるものが出てくる。
遅れれば、教官の怒声が飛び、意識が現実に呼び戻される。
シャベルの重さに耐えかねて、腕を降ろしても、罵られる。
意識を失ってしまえばと思った時もあったが、最後尾に着いたオルテ助手は凄腕の衛生兵だった。
疲労でペースが落ちればすかさず、回復薬による体力回復を行われ、意識失いかければ、気付け薬で現実へと無理やり引き戻される。
倒れることは許されず、延々と走り続けさせられた。
休憩はわずかな時間に、水分補給のみ。
肉体は無理やり動かされ、心は次第に起伏を失っていった。
結局1日目は、ひたすらこの地獄の行軍が続けられ、優秀なオルテ助手の活躍により1人の脱落者も出ることはなかった。
ウィルに戻るころにはすっかり日も暮れていた。
「とりあえず、今日の訓練はここまでだ。諸君ら銃士候補には、特別な宿泊所が用意されている。食事も特別なものが用意されているので、必ず食事をとるように。今日はこれにて解散する。」
「イエス、マム。」
兵士達のテントに戻ると、銃士隊は別の場所への移動を命じられた。
昨日まで空き地だった場所に2階建ての建物が出来ており、ここを銃士隊の仮設本部とするとの事だった。
出された食事は、肉類と穀物が多く、通常の兵士の食事と比べて量が多く、そして味は素晴らしくうまかった。
全員が、疲労を忘れて食事をむさぼり食らい、割り当てられた部屋ですぐに崩れるよう眠りについた。
昨日の過酷な行軍で、翌朝は起きれないものと思っていたが、目覚めも良く、肉体の疲労もなぜか無かった。
理由は不明だが、本当に万全の状態で我々を追い込む気のようだ。
2日目は、行軍でウィルの西側にある川の土手に向かいひたすら、土を掘り返し、それをドワーフが回収していった。50人が一斉に河原の土手をシャベルで掘り起こして土や粘土を除去することで、平らな土地が生まれた。
隣では、ドワーフたちがつるはしで堅い岩場で採掘を行っていた。
「本当ならば、塹壕を掘って、自身でそれを埋め立てる作業を延々とやる予定だったが、ウィルの防御壁の材料用に大量の土や粘土が必要となったので、今回は掘るだけとなった。各員シャベルに身をゆだねよ。」
掘っては自分で埋め立てる作業をやる予定だったとは、そんな不毛な行動にいったい何の意味があるのか。我々はただ無心でシャベルを動かしつづけた。
土に刺さるシャベルの間隔が心地よい。
3日目からは実際の銃を配られて、射撃訓練の行った。弾薬の込め方から、照準の確認、射撃までを繰り返した。
実際に持ってみた【スプリングフィールドM1903】は5連クリップが特徴的な銃で、上からクリップで固定された弾丸を挿入し、クリップが良い音を立てて外れる。
短い距離でもなかなか目標に命中させることが難しく、ボルトアクションと呼ばれるアクションを行うたびに、照準を合わせ直す必要があったが、それでも弓やクロスボウと比較して圧倒的に射撃のスピードは速かった。
「まだ、体が硬い。もっと自然体に構えなければ、あたるものも当たらないぞ。まだ行軍が足りないようだな。全員、河原まで捧げ、シャベル!!」
銃をシャベルに持ち替えて、河原まで行軍し、粘土を掘って、ウィルへもどって銃撃を行う。その工程が繰り返される。
疲労で、体は余計な力を入れる余裕がなく、精神的疲労から、心は余計な事を考えられず、ターゲットに集中できた。
その間、ずっとシャベルの尊さと、有効性を説かれる。
シャベルを掲げよ、シャベルを崇めよ。
「シャベルを崇めよ」
無意識に口が動き、狙い通りの場所に弾丸を撃ち込める。
「シャベルを崇めよ」「シャベルを崇めよ」
皆口々に唱えて、無心で撃ち続ける。
次第に行軍スピードが上がり、距離も伸びたが、脱落者も無いまま、射撃の腕前が上がっていく。
照準から、射撃、リロード、照準、射撃のスピードが増していく。
最終日の7日目には、5発すべてを目標に命中させるのに、たった30秒しか掛からなくなっていた。50名の銃士が30秒間で250発の銃弾の雨を降らせる。今まででは考えられない面制圧力と打撃力だ。
6日目以降は、完成していたウィルの防御壁に登り、10名から20名の小隊に別れて、キルゾーンを形成しながら、お互いをフォローし合えるようになっていた。
共にあの過酷な行軍を過ごした仲間だ、1人だって死なせはしない。銃士隊の結束は強まっていった。
訓練最終日、銃士隊50名は一人も欠けることなく教官殿の前に整列していた。
「諸君はこの7日間で、別人のように生まれ変わった。私から諸君に伝えるべきことはもうない。後は各員が己の技術を磨き、仲間との信頼関係をより築いていけば、自然と強くなっていくだろう。もし銃撃をかい潜られたとしても、諸君の傍らにはシャベルがある。目の前の敵を穿て。切り裂け、叩き潰せ。諸君らがシャベルと共にあらんことを。」
教官殿からの最後の言葉に我々は涙しながら、シャベルを捧げ持つ。
「シャベルが共にあらんことを。」
後に、ウィル防衛戦において、幾度も魔物を退けた銃士隊の傍らには常に磨き上げられたシャベルがあったという。




