7話 僕、異世界で美少女を救う②
「えと、じゃあ一旦話をまとめるね」
僕と美波は、湖のほとりに並んで座っていた。僕はこれまでの経緯を話して聞かせた。
「ルイは、こことは違う世界にあるエルザ王国から来た。この山にある湖と同じ物が、ルイのいた世界にもあったんだね」
「そうなんだ。大きさも形も、この泉と同じだった。違うのは湖の周りの風景で……。植物も見たことがないものばかりだよ」
「そっか……。うーん。だったら、ここにもう一度飛び込んでみるのはどうかな?」
美波は湖を指差す。盲点だった。
「それは思いつかなかったけど……どうだろう?あの時は、何か魔法みたいな力が発動していたんだ」
僕は湖の底から湧き上がってくる光を思い出していた。
「魔法……。ルイは魔法は使えないの?」
「僕は魔術師じゃないからそういう類の魔法は使えないんだ。仕組みもわからない」
「でも、灯台もと暗しって言うし、やるだけやってみない?」
「灯台もと、暗し……?」
「えっと、答えは意外と自分の近くにあるっていう意味で……って、あれ?そう言えば言葉自体はちゃんと通じるんだね」
「……言葉?そう言えばそうだね」
僕は美波に言われて初めてそのことに気付く。
「違和感はないけど……?」
元の世界で使っていた言葉と同じ言葉を話しているように思う。
(でも、そんなことあるのかな?)
美波も不思議そうだ。
「違う世界なのに、言語は同じなのかな?不思議だね。でも困らないからいいね」
「う、うん」
プラスに考えれば、それもそうだ。
よーし、じゃあやってみよう!と美波は意気込んだ。
「溺れた時を再現するのがいいかな?どんな感じだった?」
僕は湖に入った時のことを思い返す。
「ええと、確かガーウロウクから逃げる為に、向こう岸まで泳いで渡ろうとしたんだ。そうしたら魔法が発動して……」
「なるほどね。もう一回入ってみたら魔法が発動するかもしれないよ」
それもそうだ。試してみて損はないだろう。
「じゃあ、やってみるね」
「……」
数分後。僕はずぶ濡れで湖を這い出る。その先には美波が腕組みをして待ち受けていた。
「うーん。ダメか……」
しばらく湖を泳いでみたものの、何ら変化は起きなかった。
「とすると、何かのきっかけが必要なのかな?この湖がルイのいた世界と繋がっていることは間違いなさそうだから……」
(きっかけ……)
僕は湖の底から湧き上がってくる光を思い出した。
「……そう言えばあの時、誰かの声が聞こえたんだ。確か、呪文みたいなのを唱えていた」
「じゃあ誰かがルイを意図的に異世界へ飛ばしたってことなの?」
この異世界転移は、湖の作用ではなく、人が湖を使って仕組んだということになる。
「そう、かもしれない」
森の湖が異世界へ通じているという噂を流して、まんまと引っかかった人を異世界転移させる?
異世界へ飛ばすなど、並みの魔術師ができる芸当ではない。
一体誰が、なんのために。
「――それに、この体の持ち主はどこに行ってしまったんだろう」
それはもう一つの疑問だった。
「全く知らない人なんだよね?」
「うん」
「何かその女の子のことが分かるものってなかった?」
「えっと、荷物ならあったよ」
「どれどれ?」
「確か、あそこに……」
僕は湖の側の鞄を取りに戻る。クマ騒動で放置していたままだった。中を開いて美波に見せる。
「持ち物はお財布と、スマホだけか」
「スマホ?」
聞き慣れない言葉を僕は復唱する。
「うん。見たこと、ない?ルイの世界にはこういうのないの?」
その美波の質問に、僕は頭を振る。
「全く」
「なら機械系は進歩してないのかな?これは離れている人と話をしたりできる機械なんだよ」
「そうなんだ……」
通信魔法のようなものだろうか。であれば僕も専用の宝具さえあればできる。
「他にもいろんな事ができるんだ。――もしかすると、これにその女の子の手掛かりが入っているかもしれないね」
「本当!?」
「でも電源が入らないね。電池がないのかも……。えっとね、今は動力が足りないから調べることができないの」
「そっか……」
「大丈夫。充電すれば見れるから。後で私が持っているのを試してみよう」
「美波にできるの?」
「うん。充電器なら家にあるからね。荷物はこれで全部?」
「ううん。あと、この剣だよ」
そう言って、僕は倒したクマから回収した小剣を見せる。剣は汚れを払ってケースに収めていた。
「クマを倒した時のナイフ……。それ、女の子の持ち物だったんだ」
美波は剣をまじまじと見つめている。僕の頭に考えがよぎった。
「――もしかして、この世界の人は武器は持ち歩かないの?」
「うん。魔物なんていないし……。ハンターの人は別だけど。
その体の女の子は、こんな山奥にナイフを持ってきて何をするつもりだったのかな?」
「……」
名前も知らない女の子。
彼女はこの場所で、一人何をしていたのか。
そして、彼女の意識はどこに行ってしまったのか。
その時、僕の体にこらえきれないムズムズ感が走った。
「くしゅん!」
と同時に鼻水も飛び出す。
「そっか、泳いだから濡れちゃったよね!ごめんごめん。早く着替えなくちゃ風邪を引いちゃう。
私の家においでよ。ちょっと歩くけどこの山を降りればすぐだから」
美波の言葉に、僕は素直に頷いた。
「ありがとう、美波。そうさせてもらえると嬉しいよ」
心なしか寒気もしてきた。
いつの間にか辺りは日が落ちかけていて夕焼け色に染まっている。
じゃあ行こうかと言う時に、美波はあっと何かを思い出したように声を上げた。
「少しだけ寄り道をしてもいい?私、山菜を取りに戻りたいの」
そう言えば、美波は山菜を取りに来ていたんだっけ。僕はうなずいた。
「うん」
「すぐそこだから。ちょっとだけ我慢してね」




