6話 僕、異世界で美少女を救う①
「あの、大丈夫?」
「は、はい。大丈夫……です」
僕の問い掛けに彼女はびっくりしているようだ。
「怪我はしてない?」
「うん、怪我はないけれど……。えと、ごめんね、ちょっと驚いちゃって、力が入らないの。助けてくれてありがとう」
そう言って彼女は少し笑った。よかった、大丈夫そうだ。
浅い茶色の長い髪に髪飾り、焦げ茶色のくりくりとした瞳がなかなか可愛い子だ。彼女と向き合って初めて、僕はその事に気付いた。
(び、美少女だ……!)
こんなに可愛い女の子、僕の村には居なかった。僕はちょっとだけ緊張した。
「あ、あの、立てる?手を貸そうか」
「うん。お願い」
彼女は僕の手を取って立ち上がる。背丈は僕と同じくらいだった。
いや正確に言うと、僕が借りている女の子の体と同じくらいだ。
彼女は離れようとした僕の手をぎゅっと握り締める。
「女の子なのに、強いんだね。すっごくカッコ良かった!――でも、クマを倒せるなんて……」
彼女はそう言って、僕をまじまじと見つめた。今の僕は女の子の姿だ。だから彼女は驚いているのか。
「あ、あのくらい余裕だよ。見たことない魔物だったけど――ラルフルの仲間だよね?クマっていうんだ?クマは初めてだけど、ラルフルならよく訓練で討伐してたからさ」
僕は彼女から視線をそらし、明後日の方向を見ながら答えた。じっと見つめられるのはなんだかむずがゆい。
「魔物……?ラルフル……?」
彼女はきょとんとして僕を見返してくる。
「え、と。魔物だよね?あれ」
僕は倒した魔物を指差す。
「魔物……?えっと、あれはクマだよね?動物の……」
「動物って、家畜とかのことだよね?魔力を持っていて人に危害を加えるのは……」
魔物だよ、と言い掛けて僕ははたと思い出した。
そう言えばあの魔物からは魔力は感じなかったような――。
「……?」
あれは、魔物ではない?
(それにしてはえらく凶暴だったけど――)
魔物ではないのだとしたら?
見知らぬ風景に、見知らぬ生き物。そして、この体――。
(ここは、異世界だ――)
僕はやはり、異世界に来てしまったようだ。彼女と話をして確信した。
(けど、僕の体は……?)
僕の体は今どうなっているのだろう。元の世界に残して来たのだろうか。
「……とにかく、助かったわ」
首を傾げて考え込む僕をそよに、彼女はありがとう、と頭を下げた。
「私、山菜採りをしていたの。それであのクマに襲われて……。まさかこんな山の麓まで降りてきてるとら思わなかった。
すっごく恐くて、もうダメかと思った……。だから、本当に助かった。君は命の恩人だね」
「あ、いや。そんなたいしたことじゃないよ」
「ううん。すごいことだよ。あなたはとっても勇気がある人だね。それにとっても強い!」
「それほどでもないよ!」
これまで生きてきた中でこれほどまでに感謝されたことなどない。僕はどうしていいか分からずにただ顔を真っ赤に染めた。
「本当にありがとう。――あの、私、せっかく収穫した山菜を置いて来ちゃったから、戻るね」
それじゃあ、と彼女はその場を離れようとする。
「そろそろ日が暮れるから、あなたも早く帰るんだよ~」
「え!あの、ちょっと待って!」
僕は慌てて彼女を呼び止めた。聞きたいことが山ほどある。
「僕もついて行っていい?行くあてがないんだ」
「?」
彼女は足を止める。
僕はゆっくりと話し始めた。全部、話してみよう。今頼れるのは彼女だけだ。
「その……信じてもらえないと思うんだけど、僕は違う世界から来てしまったみたいなんだ。この体も僕のものじゃなくて……」
「違う世界?体も……違う?」
彼女は眉をひそめる。
「変なこと言ってるって思うよね。でも本当なんだ。僕もまだ何がなんだか分からないんだ。
この泉で溺れて、気がついたら元の場所とは全く違う所にいるんだもの」
「……ちょっと、よく、状況が分からないな……」
彼女は怪訝な顔つきでそう言った。
やっぱり信じてもらえないかと肩を落とす僕に、彼女はでも、と言葉を繋ぐ。
「あなたが本当に異世界から来たのなら、クマをこんな風に倒せるのも納得かな。それと魔物っていう言葉にもね。
だって――この世界には魔物なんていないもの。少なくとも、私の知っている範囲では、ね」
そう言って彼女はにこりと笑った。
その笑顔に、僕は胸の辺りがきゅっと苦しくなるのを感じた。なんだろう、これ。
「話を聞かせて。えっと……、その前に君、名前は何て言うの?」
「僕の名前は……」
込み上げてくる何かをこらえて、僕は彼女の質問に答える。
「名前は、ルイス・アーロイ。皆はルイって呼んでる。エルザ王国から来た。今はこんな見た目だけれど、本当は男なんだ」
「そうなんだ、男の子だったんだね。だからそんなに強いんだね。助けてくれてありがとう、ルイ。
私の名前は、高坂美波。美波って呼んでね」
「うん。美波。でも今度は僕が助けて欲しいんだ」
「だったら恩返しになるね。ちょうど良かった。もちろんだよ、ルイ。よろしくね」
美波の言葉は優しく僕の心に染みていく。
唐突に現れた見知らぬ世界に、本当はすごく不安だった。
けれど、彼女がいてくれるなら――。
少なくとも僕は一人じゃない。
「ありがとう、美波」
この世界で最初に出会ったのが彼女で良かった。
僕はこの長い長い旅が終わるまで、そう思うことになる。




