4話 僕、女子になる①
「…………」
僕は目を覚ました。気を失っていたみたいだ。
「うう……」
頭がズキズキする。どこか地面に横たわっているようだ。背中も痛い。
僕、何をしていたっけ?
確か、魔物に襲われて湖に逃げて――。
(魔法の攻撃?みたいなので、湖に沈められて……)
それを思い出したとき、背筋がぞくりとした。
僕は喉元に手を当てる。息ができる。生きている。
(良かった……。誰かが引き上げてくれたのかな)
どうやら助かったみたいだ。
自分の無事を確かめてから、僕は体を起こした。やけに静かだ。魔物はどうなった?討伐されたんだろうか。
「……?」
僕はどうやら湖の側で意識を失っていたようだ。辺りに人気はなく、魔物はおろか、剣士達の集団までいない。それに何か――。
(湖の様子が……何か違うような)
先ほどまでとは、何かが違っている。
僕は少し考えて、その違和感の正体に気付いた。
(周りが違っているんだ!)
意識を失う前とは、景色が変わっている。湖の周囲に生えていた木々が、産まれて初めて見る木にすり替わっているのだ。
太い幹のがっしりした木々が生い茂っていたはずなのに、そこに生えているのは細長い奇妙な木だった。
(木……ていうか大きい草みたいだ……。いやそんなことよりも……)
この場所と先ほどまでの場所は明らかに違う。同じなのは湖だけ――。
(どういう事……?これも魔法、なの?)
きらきらと輝く水面を見やって、僕はあることを思い出した。僕がこの湖を目指していた理由――。
『湖は、異世界へ繋がっている』
「ま、まさか……」
僕は異世界に来てしまった?
(そんな訳……ない、よね?)
でもあんな木は見たことがない。僕がいた森にあんな草のような細長い木は生えていない。
とりあえず、もっと情報が必要だ。
(何か他に……)
「?」
僕は立ち上がりかけて初めて、その事に気付く。
「?!」
(服が違う?!)
僕は今さっきまで、いつものリネンでできたシャツと、膝丈のスラックスに革の鎧を着ていたはずだった。
それなのに今は、見たこともない、不思議な様相の服を着ている。丈の短い、これはスカート……?おまけに腰に差していたはずの剣も無くなっている。
(何これ……。どういう事?誰かに着替えさせられた?ていうか、女の子みたいな服装……)
「え!?」
僕は見慣れない服の胸の辺りが盛り上がっていることに気付いた。これはまるで 女の子 の胸じゃないか。
(そんな訳ない、よね?)
ためらいつつ、僕はそっとその膨らみに触れる。
「!!!!」
(柔らかい!本物だ!)
「ええ……?」
その柔らかいものは、確かに僕の体にくっついていた。
(こ、こんな感じなんだ……。柔らかくて、気持ちいい……。不思議……)
女の子の胸に触るのなんて、初めてなのに。こんなタイミングで初体験を迎えるなんて思いもよらなかった。
(ん?ということは、もしかして……?)
嫌な予感がする。僕は、手を胸から下ろした。
(な、ななななな、ない!!)
アレが、ない!
「嘘……」
口から漏れ出た声に、僕は二重に驚いた。
(声が、違う!!)
僕の声じゃない。明らかに高い。これは、女の子の声だ。
見覚えのない服。女の子の体。女の子の声。とすれば。
僕はよろけながら湖の水面まで這っていく。水面からこちらを見返してくるのは、いつもの見慣れた自分の顔ではなかった。
肩に触れるくらいの長さの黒髪に黒い目の、利発そうな女の子。気の強そうなツンとした顔付きの彼女も、今は困ったような顔をしている。
「だ、誰……?」
僕がそう言うと、水面の女の子も口を開いた。僕だ。
「……」
僕は水面から顔を離してその場にへたり込んだ。
一旦状況を整理してみよう。
僕は異世界で知らない女の子の体に入っている。
「~~~~~」
(つまり……どういう事?!?!?!)
整理したところで、さほど意味はなかった。
(……もしかして、夢?)
そうだ、夢を見ているんだ!
だとすれば!
僕は思いっきり腕をつねってみる。
「いった!」
痛い。
(夢、じゃ、ない……)
「そんな……」
(痛みを感じる夢、っていう可能性もあるよね?)
あると信じたい。でももしこれが現実なら?
「……」
僕は地面に両手をついて、茫然とした。
(……一生、このまま?)
異世界でこの体のまま生きるしか、ないの?
「嘘、でしょ……」
僕はがっくりとうなだれる。
どのくらいそうしていただろう。僕は頭をあげて空を仰いだ。青い空にふわふわと雲が浮かんでいる。良かった。空の景色は僕の世界と変わらない。
(何がなんだかわからないけど……)
ここでへたり込んでいても、何も始まらない。
僕はぐるぐると思考した結果、とりあえず自分のいる周囲を捜索することにした。
(何か、元の世界へ帰れる手段があるかもしれない)
元の世界と、元の体に!
「よし……!」
僕は頬をパンと叩いて気合いを入れて立ち上がる。と、足元に何か触った。




