3話 異世界への扉②
僕は驚いて振り返る。
そこにはギロリと光る二つの瞳と、毛むくじゃらの体、鋭い鈎爪を持った魔物がこちらを睨んでいる。
ガーウロウクだ!それも、ものすごく大きい!
その図体は僕の倍はある。
(何でこんなところに!?)
本来、ガーウロウクは洞穴など薄暗いところに生息している魔物だ。こんな森の中に出たりしないはずなのに!
「グルルルル!」
(しかも、すごく興奮してる!)
ガーウロウクは荒い息を吐きながら、僕に向かって前傾姿勢をとった。
こっちに来る!!
「うわあああ!!」
僕は一目散に逃げ出した。一人で真正面から戦って勝てる相手じゃない。
ただひたすら、僕は前だけを見て走った。足を止めたらおしまいだ!
と、そこで森が途絶えた。ああそうだ、ここは湖――。
ということは。
「おい!何だお前!」
「怪しい奴がいるぞ!」
僕の行く手に謎の剣士達が立ちふさがる。彼らは突然現れた不審者に、武器を構えて警戒する。
「ま、待って下さい!今は――」
今はそれどころじゃないんだ!
「オオオオオオ!!」
来た!
「ガーウロウク?!」
「なぜこんな場所に?!」
「お、おい!しかもデカいぞ!」
剣士達は突如現れた魔物にざわついた。
ガーウロウクはそこで足を止める。標的が増えたことで、僕へのロックオンは解かれたようだ。
「お前がやったのか!」
髭面の男が僕に言葉を投げかける。
「ち、違うよ!僕だって襲われてたんだ!急に後ろから……」
「グオオオオ!!」
「おい!来るぞ!」
ガーウロウクは一番手近にいた剣士に爪を振り上げて襲いかかる。剣士はそれを受け止めた。が、そのままなぎ倒される。
「こ、コイツ……。やばいぞ!」
その場にいた全員の顔色が変わる。この魔物は一筋縄ではいかない。
「皆でかかれ!」
リーダーと思しき男の掛け声で、剣士達が一斉にガーウロウクへ攻撃を仕掛けた。
「オオオォォオオ!!」
だが、ガーウロウクは物ともしない。剣士の攻撃を跳ね退けると鈎爪を振りかざして反撃する。剣士達はひるんだ。
「お前達、何をしておるか!」
そこへ、派手な身なりの太った男が現れた。この男が剣士達の主だろうか。男の視線は魔物へと注がれている。僕には気づいていないようだ。
「そんな魔物、ひねり倒してしまわぬか!もうじきレギ様がこちらへおわすのだぞ!このような蛮族を出迎えさせる気か!」
(レギ様?迎える……?)
どういう意味だろう。彼らはこの場所で誰かと待ち合わせをしているのだろうか。
「ガオオオオオオオオ!」
その間にも、ガーウロウクの攻撃はますます激しさを増している。
「くそっ!かかれ!かかれ!」
剣士達が束になってガーウロウクに立ち向かうその後ろで、僕はジリジリと湖の方へと後退した。
これほど手練れの剣士達が相手でも、びくともしないなんて、僕が相手になる訳がない。きっと小枝のようにへし折られて終わりだ。
(逃げなきゃ……、逃げなきゃ……)
でも、どこへ?
前方は魔物と剣士、後方は湖だ。とすれば、選択肢は一つ。
(泉に飛び込んで……向こう岸まで泳ぐ!)
迷っている暇はない。僕は助走をつけて湖へ勢いよく飛び込んだ。湖はそう広くない。僕でも向こう岸までは泳ぎきれるだろう。
僕は最大限のスピードで水面を掻き分けて進んだ。
その時だった。
『……×××××』
(……?)
何か聞こえる。無我夢中で泳ぐ僕の耳に、ささやくような声が聞こえた。聞き慣れない言葉だ。
(え――?)
『××××××、×××××……』
(呪文……?)
その瞬間、水面が大きく揺らぐと同時に、まばゆい光が泉の底から湧き上がってきた。
(な、何だ?!)
「!?!?」
僕はその波に飲まれる。右も左も分からない。
(息が……)
苦しい!苦しい!
懸命に水面に出ようともがく。けれど、辺りは光に包まれていてどっちを目指せばいいのか分からない。
このままだと――。
(死…………!?)
最悪の考えが頭をよぎった。
(そんな……)
苦しみもがく僕の耳には、水の中だというのに先ほどの呪文のような言葉が流れ込んでくる。これは魔法による攻撃なのか?
(誰の仕業――?)
姿すら見えない相手に、僕はなすすべもなく力を失っていく。
もうだめだ。目の前が真っ暗になる。
(お父さん、お母さん、カイ――)
助けて――!
こんなことなら、寄り道などせずに真っ直ぐ家へ帰っていればよかった。
異世界に行きたいなんて思うんじゃなかった。
沢山の後悔と共に、僕の意識は深い闇へと落ちていった。




