2話 異世界への扉①
僕は湖を目指して、森の中をさまよっていた。道らしき道はいつの間にか途絶え、草木が生い茂る獣道を進んでいく。
(まだ着かないのかなあ。こっちの方だと思ったんだけど……)
「わっ!」
僕は地面を這うツタに足を取られてつんのめる。
「おっとっと……」
慌てて姿勢を取り戻したその時、僕のいる場所にほど近い茂みの向こうで何かが動いたような気配がした。
「?」
(人……?)
人がいる。その事に気づいたのは、相手も同じだったようだ。
「おい!そこに誰かいるな!」
野太い男の声だった。その声の主は草を掻き分けながら僕に近付いてくる。
(な、何……?)
物々しい雰囲気に、僕は動揺しつつも身構えた。腰に下げた剣の柄に手を置く。
「何者だ!」
茂みの奥から、武装した男が飛び出してきた。腰に太身の剣を帯びている。剣士だ。男はものすごい形相で睨みつけてくる。
勝てない。騎士見習い程度の僕が勝てる相手じゃない。
「ぼ、僕は……」
男の剣幕に、僕は縮み上がりながらその場で思わず気を付けをした。
「ん?お前は……村のガキか?いやでも剣を持っているな?」
「こ、これはその、国家騎士の試験で……」
僕は腰に下げた剣を隠すように握った。かつて国家騎士を目指していた、道具屋のヨンレンから貰った大切な剣だ。
最も、筆記試験で落第した僕に、この剣を振るう機会はなかったけれど。
「ほう、騎士見習いか」
そう呟いて、剣士の男は僕を一瞥すると、にやりと笑った。
「見たところ、害はなさそうだが帯刀しているからな。念の為に拘束する。丁度やることがなくてヒマだったんだよな」
「こ、拘束!?ちょっと待ってよ!僕は本当にただ歩いていただけで……、何も悪いことはしてないよ!」
物騒な言葉に僕は慌てた。だって、拘束されるいわれなんてない。
「歩いていた?こんなろくに道もない場所をか?」
「それは、湖に……」
湖、という言葉を聞いた瞬間、男の顔色が変わった。
「湖?お前、湖に用があるのか!?なら無視する訳にはいかんな。一緒に来てもらおう」
男はそう叫んで腰の剣を抜いた。斬りかかってくる!
「え、ええ?!うわああ!!」
僕は必死にその剣をかわす。誰かにこんな風に敵意を持って斬りかかられるのは初めてだった。心臓がバクバクと鳴っている。
その間にも男はまた剣を振りかぶった。考えている暇はない。逃げるんだ!
僕は男に背を向けて震える足に鞭を打ち、一目散に逃げ出した。
「待て!」
男が声を上げて追ってくる。
(待つ訳ないよ!)
木々が生い茂った森の中では、背の低い僕の方が有利だ。僕はあえて元来た道を外れて薮へと飛び込んだ。
右も左も判らぬまま、闇雲に森の中を突き進む。足を止めたら終わりだ。今はただ逃げるんだ!
僕は必死に走り続けた。
どのくらいそうしていただろう。
(そろそろ、大丈夫かな……)
僕は恐る恐る後ろを振り返る。
薮の中へ逃げたのが功を奏したようだ。幸い、背後から追われている気配はない。
(何だったんだろう……一体……)
僕は息を整えながら、男の姿を思い起こす。
思えば立派な身なりをしていた。どこかのお金持ちの用心棒だろうか。
でも男は一人だった。何が目的であそこにいたのだろう。
ようやく呼吸が落ち着いてきた。僕は額の汗を拭ってから、周囲を確認した。闇雲に走ったせいで、完全に自分の居場所を見失っている。
(ここ……どこなの……?)
「……だ……いる」
その時、遠くで人の声がした。
(ま、まだいる?!)
さっきの男の仲間だろうか。耳を澄ましてみる。どうやら一人や二人ではないようだ。
僕は前方の草木を掻き分けて、状況を確認する。
「……!」
そこには、水をたたえた小さな湖があった。水面が夕日を反射してキラキラと光っている。いつの間にか湖のすぐ側まで来てしまったようだ。
しかし僕が驚いたのはそのことではない。
(湖の周りに、人が……あんなに?)
少なくとも二十人ほどの武装した人間が湖の周りを警戒しながらうろついているではないか。
(さっきのやつの仲間だ!)
僕はそう確信した。よく見ると、彼らは皆同じような格好をしているのだ。金持ちのお抱え騎士団なかもしれない。
(どうしよう……。このままじゃまた見つかっちゃうよ……)
ここを離れよう。今すぐに。それがいい。
(異世界は、また今度にしよう――)
目の前の、普通ではない光景に僕は恐る恐る後ずさりをした。その時だった。
――グオオオオ!!!
低いうなり声が、僕の真後ろから聞こえた。
「え――」




