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11話 高坂農園の危機②

「昨日ね、個別に新興開発の方が来られてね……。色々話をしたんだけど、私の所もお願いしようと思うんだよ……。中谷さんと、村井さんの所はもう決めたって言うし」


 僕には何が何やら分からないが、とにかく難しい話しみたいだ。おばあちゃんの言葉に、美波は目を見開いている。


「――そんな……」


「だって、悪い話じゃないでしょう?こんなへんぴな土地をこんなに高く買ってもらえることなんてないよ。


 それにうちは祐作さんや美波ちゃんみたいに立派な後継ぎもいないしねえ。この機会に、売ったお金で隠居しようと思うんだよ」


「……」


「頑張ってくれている美波ちゃんには申し訳ないけどね。私らももう歳だから、本当の事を言うと楽になりたいのよ。ごめんね」


「……ううん。謝ることないよ。わざわざ教えてくれて、ありがとう」


「じゃあ、まあそういうことだから……」


 おばあちゃんはそう言って、軽く頭を下げてからその場を後にした。





「美波、大丈夫?」


 おばあちゃんの姿がすっかり見えなくなってから、僕は隣に立つ美波の顔を覗き込んだ。おばあちゃんとの話の内容は詳しくはわからなかったが、穏やかでないことは分かった。


 美波の表情はこわばっていて、じっと何かを堪えているようだった。僕の問いかけにも答えない。



「美波……?」


 僕の二度目の問いかけで、美波は我に返った。


「あ、ええっと……ごめん……。今の話、何の事かさっぱりだよね……」


 あんまり明るい話じゃないから、ルイには聞かせたくなかったんだけど――と、美波は前置きして話し始めた。



「この辺りはうちみたいにいくつかの農家があって、地元の市場に農作物を出荷して生活しているの。


 でもどこの農家もなかなか後を継いでくれる人がいなくてね。おじいちゃんとおばあちゃんばっかりになっちゃったの。いわゆる、高齢化ね」


 ルイに分かるかな?と美波が訊ねる。僕は首を縦に振った。その単語は、僕に馴染みのないものだったけれど、意味はなんとなく理解できた。



「農業はどうしても力仕事になるでしょう。歳をとってもう辞めたいっていう人が出てきたの。


 でもね、畑はそのままにしておけないから、辞めたくても辞められない状況が続いてた」


「辞められない?」


 僕の質問に、美波は頷く。


「畑は人の手が入らないと、どんどんダメになってく。雑草が生えたり、害虫が増えたり。


 そして畑は隣り合っているから、その被害が隣の畑にも飛び火するの」


「……」


「畑を放置して隠居する訳にはいかない。でも、替わりに管理してくれる人もいない。


 それに何より、収入が途絶えるのも不安。貯金はあるけど、これから先、何があるかわからないし。


 皆がそんな風に悩んでいた時、ある話が舞い込んで来た」


 美波はぐっと唇を噛み締める。


「ある話……?」


「ここの辺り一帯を買い取って、リゾート地にするという話よ。山奥の自然豊かな秘境リゾートに再開発するって」


「誰がそんなことを…」


「町の議会が決めたことらしいわ。大して儲けのない野菜を作るよりも、その方が町の利益になるからって」


 利益になる。それはそうかもしれない。だけど。


「そんなの、横暴だよ。頑張ってる人の気持ちはどうなるのさ」


「その通りよ。私もそう思った。――でも皆は違ったみたい……」


 美波はそう言って目を伏せる。


「農地を手放せるならそれもいいって。これで安心して隠居できるって……。肩の荷が降りたって言う人もいた」


 彼らにとっては、それほどに重荷だったんだ。



「町からリゾート地の開発を担っている、新興開発っていう業者の人が来てね。農家ごとに詳しい買い取り金額の話をしていったわ。


 決して高い金額ではなかったけれど、皆はそれでも買ってくれるならいいって……。慎ましく暮らしていくには十分な金額だって。



 それに……反対していた山田さんまでリゾート計画に賛成するなんて……」



 山田さんとは、さっきのおばあちゃんのことだ。あの人は申し訳なさそうにしていた。頑張っている美波に後ろめたさがあるのだろう。



「皆が計画に賛成するのなら、高坂農園だが反対する訳にはいかない……」


「美波のお父さんは何て言ってるの?」


「お父さんにはまだ知らせてないの。病状があまり良くなくて、気落ちするようなことは言いたくないなって。


 でももう、ここまできたら黙っている訳にはいかないね……」



(お父さん……良くないんだ……)



 明るく振る舞っている美波も、本当はお父さんのことが心配でたまらないのかもしれない。



「お父さんが、おじいちゃんから引き継いできた大切な畑なのに……。私じゃ守れそうにないよ……」


「美波……」


 目の前でうなだれる美波に、どんな言葉を掛ければいいのか。



(僕に、何かできないかな――)



 心の底からそう思った。


 助けたい。美波のこと。



「……ねえ、美波。僕に考えがある」


「ルイ……?」



「美波が皆から畑を借りるんだ。僕も手伝う。ここ一帯を、全部高坂農園にするんだ!」



「えっ!?」


 僕のその突拍子ない発言に、美波は驚いている。


「無謀かもしれない。でもこの方法なら皆が幸せになれるんじゃないかな?おばあちゃんは後継ぎができて安心。美波はお父さんの畑を守ることができる」


「そうだけど……。全部なんて……、私一人じゃとても管理しきれないよ」


 美波の言葉に、僕は笑ってみせる。



「一人じゃない。僕がいるよ」


「え?でもルイは……」


「元の世界に帰りたいよ。もちろん。――でも今は、それより美波の力になりたいんだ。


 同じ農家仲間として、父さん母さんもきっと同じことを言うと思う。助けてやれって。だから帰るのはもう少し先でいい。


 それに、美波は忘れているかもしれないけど、僕は男なんだ。困っている女の子をほうってはおけないよ」


 僕は、えっへんと胸を張ってみせる。そんな僕を見て、美波は少し笑った。


「そっか、そうだった。ルイは男の子だったね。こうしていると忘れちゃうけど。見た目はとっても可愛い女の子だから。山田さんも言ってたでしょ?べっぴんさんだって」


「か、可愛い……!?」


 そうなんだ。べっぴんさんとは可愛いっていうことなんだ。


 僕は初めてもらう言葉に戸惑う。僕って、可愛いのか!?



「ルイ……。本当に、いいの?」


 美波はじっと僕の目を見つめる。僕は大きく首を縦に振る。


「うん!よろしくね、美波!」


「ありがとう……」


 美波の笑顔に、僕はあることを思いついた。


(僕は、この女の子を助けるために、この世界へ呼ばれたのかもしれない――)


 そうだったら、いいな。


 これといった取り柄もなく、国家騎士にもなれなかった僕が、この世界で出来ることは必ずある。



――だって僕には、魔法の力がある。



 この世界では誰も使うことのできないこの力があれば、きっと美波を助けることができるはずだ!




「そうと決まったら、色々考えないといけないね。作業の続きをしながらこれからの計画を立てよう」


「うん!」


「よーし、やるぞ!」


 おーっ!と僕と美波は空に拳を突き上げた。


 二人の熱く長い戦いは、こうして幕を上げたのである。






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