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時代錯誤

 時貞ときさだは引き続き部屋に籠もって深く考えていた。

 考えあぐねていた。


「…………一体、どうなっているのでしょう。死んでいる筈の小西(こにし)(ゆき)(なが)様が、私の目の前にいる。生きている……蘇っている? いえ、こんな馬鹿な話が……」


 死んでいるはずの人が生きている。

 呪力によって蘇るなど非現実で人外的怪異など、神話伝説のような話が戦国の時代では信じられない話である。

 しかし、実際に現在、ありえない出来事がありえている。

 時貞は未だに頭の中が混乱し、整理がついていない。


「私の知っている歴史では関ヶ原は慶長五年、戦乱により乱れたこの国を一つに統一するために起こった政戦。日ノ本史上最大規模の大戦。天下統一を手に日ノ本総て盤石を築くために派閥関係であった東の徳川公と西の豊臣公に分かれ、志雄を決した歴史に残る史実。そして、小西行長様は西軍に与した戦国大名。そのお方がどうして私の目の前に……!」


 時貞があれこれと考えていると障子から聞き慣れた声が聞こえる。


「……トキ様、おたあです。夜分遅くに申し訳ないのですが入ってもよろしいですか?」

「あ、おたあ殿、どうぞ」


 おたあが丁寧に障子を開け、時貞の元へ歩み寄る。


「如何されました?」

「あの、薬とお水、手拭いをお持ち致しました。背中がまだ痛むのではございませんか?」


 時貞の目の前まで来て座り、手際よく手当ての準備をする。


「おたあ殿、私のために態々……」

「大丈夫で御座いますか? 我が主、行長様が大変御無礼なことを」

「あ、いえ、おたあ殿が謝ることは御座いません。私もあのとき気が動転していまして、いっつ……!」

「今しばらくの御辛抱を……」


 患部かんぶに薬草が染み渡り、痛みを感じるが我慢する。


「有難う御座います。それからいつもお世話いただいて申し訳ないです」

「トキ様、私は貴方様のお世話役を仰せつかっております。謝ることもお礼をすることも御座いません。……私も『月の宴』の隅で聞いておりました。驚きのあまりにどうしたらいいものか分からなかったもので止めに入るのが遅くなりました……」

「驚かせて申し訳ないです。今でも私の中で整理がついていないのです」

「……不躾ぶしつけでなければ、どうしてあのようなことが起こったのかお聞きしても?」


 時貞は一瞬口ごもりながらも言葉を続ける。


「……どう、説明したらいいのでしょうか。貴女にもきっと、理解が出来ないかもしれませんよ」


 時貞自身が理解できていないことを説明しようがない。例え出来たとしてもそれは相手に正常に伝わるか、伝えられるか、抽象的なものを完全に説明し、理解することは難しいことだろう。それを見かねたおたあが助言をしてきた。


「あの、忠告としてお言葉にしますが、あまり主を逆撫でするような行いや言動はなさらないほうが身のためです。心優しい主であってもあれで抑えている方で、昔の主であったならば今でも血の気が引かなかったでしょう」

「なんとなく、そんな感じはしていますよ。宇土一国を背負っている大名城主ですし、そのぐらいの気迫を持っていないと国は安寧しません。私も男なので、その気持ちは理解できます。しかし、私の中である大きな矛盾に直面しているのです。それがどうも複雑にこじれていて貴女にどう分かりやすく説明しようか、話そうか悩んでいるのです」

「まあ、そんな重要なことなのですか?」

「私の中で起こっている出来事は一言では済まないほどに経緯いきさつが長いのです。ですから今の時点で貴女に教えるのは難しいと思います。少し、察してもらってもよろしいでしょうか?」

「……承知致しました。私もトキ様を困らせるのは本望では御座いません。今宵は落ち着かれてくださいませ。では、長居しすぎました。私はこれにて……」

「…………………あの」


 おたあが部屋を後にしようと立ち上がったとき、時貞に止められた。


「はい」


 時貞が何かを思いついたかのようにいきなりおたあにあるお願い事をした。 


「こんなことを貴女に頼むのは差し出がましいことではありますが、この屋敷に歴史の文献に関する書物は置いてありますでしょうか?」

「歴史文献の書物、で御座いますか?」

「少々、拝見したいことがありまして、もし宜しければの話ですが……」

「それには主であらせられます行長様に許可を貰わねばなりませぬ」


 おたあの言葉を聞いて時貞は一瞬固まるが。


「そう、ですよね……しかし、出来れば内緒で見させて貰いたいのですが可能でしょうか?」


 それでも引かずに粘る。

 今回ばかりは引くわけにはいかない強い理由が時貞の中で芽生えたからだ。


「……承知致しました。でしたら私が必要という上で許可を得てこちらにお持ち致しましょう」

「出来るのですか?」

「私は主の侍女ではありますが、同時に貴方様にお仕えする立場でもありますから」

「おたあ殿、有難う御座います」

「では明日にでもお持ち致します」

「はい、お願いしますね」

「それでは、ごゆっくりとお休みください」

「はい、お休みなさい」


 今度こそおたあは時貞の部屋を後にし、時貞は訝し気に手を頭にやり深く考える。


「……もし、私の考えている憶測が一致するとしたら、とんでもない事実になりそうな予感が……」

 時貞は寝るに寝れない夜を過ごした。


♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰


 翌日、朝餉あさげを自室で食した後、おたあが時貞の部屋にやってきた。


「トキ様、お入りになってよろしいでしょうか?」

「はい、お待ちしておりました。お入りください」

「失礼致します」


 おたあは素早く時貞の部屋に入ってくる。その手には何冊かの書物や巻物を両手に抱えこんで持ってきてくれた。


「こんなに沢山、取り寄せてくれたのですね。感謝致しますが、行長様に怪しまれなかったですか?」

「ご心配なさらず。教養のためと申し出ましたらすんなりと行長様から許可を得られました。このようなことであればなんなりと、私にお申し付けください」


 薬草摘みの落石から助けられて以来、警戒心が強かったおたあはすっかりと時貞の言うことを聞くようになり、願いにも心より応じている。今回は心底そんな協力的なおたあに助かった。


「では、読ませていただきますね」

「ええ。お邪魔でしょうから私は下がらせていただきます。因みに行長様にはトキ様を安静にさせるためだと部屋には近寄らないみたいでしたので安心してお読みくださいませ。次に私がこちらへくるときは夕餉ゆうげのときに参ります」


 役目を終えたおたあが去る。


「……さて、調べていきましょうか」


 時貞は夕餉の刻限までに歴史の文献を全部読むことを決め、没頭した。


♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰


「トキ様、おたあです。夕餉をお持ち致しました。入ってもよろしいでしょうか?」

「……どうぞ」


 気づけばすっかり日は西に傾いていた。おたあがお膳を持ち、時貞の自室へとやってきた。


「失礼致します」


 時貞の許可を機におたあは障子を開け、中へ入る。歴史文献に没頭していた時貞はどこか怪訝そうな表情を浮かべながら目を通していた。


「トキ様、夕餉はこちらに置いておきますね」

「……ええ、有難うございます」


 どこか声に覇気がない時貞に違和感を覚えるおたあは少し伺いながら背中を見つめ、不意に口にする。


「文献をご覧になっていかがでしたか?」

「…………」


 急に無言になる時貞におたあが聞いてはいけないことをしてしまったのかと、あまり詮索するのも失礼に当たると思い。

 

「申し訳ございません。よからぬことを聞いてしまいました。では、またお膳を下げに参りますので……」

「……おたあ殿。部屋を後にする前に、貴女に聞きたいことがあります。素直に正直に答えてください。答えられないのであれば無理しなくていいです」


 時貞から急に引き留められ、おたあはその場から立とうとした寸で留まり、座りなおした。


「え、はい、私が知る範囲であればなんなりと」


 そして時貞はある質問をおたあから聞くことにした。


「……おたあ殿は、関ヶ原という名の合戦は、ご存じですか?」


 突拍子な質問。そのために時貞はおずおずとおたあに問う。行長は知らずとも彼女なら知っているのではないかと。


「……申し訳御座いませぬ。そのような合戦は存じあげませぬ」

「…………そんな」


 しかし、返ってきたのは行長と同じ。

 あの有名な大戦を行長はおろか、おたあも知らない。

 それでも気になることがあったのか、時貞は続けておたあに問いかけた。


「然様ですか。おたあ殿、次の問いですが――今、この時代は、何年ですか?」


 その問いにおたあは答える。


慶長けいちょう元年、で御座います」

「…………ああっ!」


 時貞はおたあの年表を聞いて言葉を詰まらせるように溜め息をついた。


「あのトキ様、どうなされたのですか?」


 おたあは訳が分からず困惑するばかり。


「……間違いではないのですか? 本当に、その元号で、合っているのですか……?」

「今の時代が本当に慶長(けいちょう)元年で、間違い御座いませぬ」

「………………」


 その沈黙が広い部屋に静寂に空気を重くさせる。


「……あの、トキ様」


 沈黙に耐えかねるようにおたあが心配になって話しかける。

 そして時貞の口から恐る恐る発した質問は。


「おたあ殿、今は……寛永かんえい十四年ではないのですか?」

「……かんえい、十四年? それは何の言葉で、どういった意味で御座いましょう?」

「おたあ殿は本気で、そう仰っているのですね。寛永かんえいの意味も、言葉も分からない、と」

「え、と……申し訳ございません。分かり、兼ねます」


 おたあの困惑は収まらない。時貞の言っていることが理解できないでいる。まるで自分の返している答えに時貞が悩んでいるようなそんな変な動揺に駆られている。


「……そうでしょうね。それもそのはずです、よね」

「あ、あの、トキ様どうなさいましたか? もしや私が気に障るようなことでも……」

「余計な質問をおたあ殿にさせてしまいました。それだけ分かれば十分です。私の愚問に付き合っていただいて有難うございます」

「私、お役に立てたのでしょうか……?」

「ええ、充分すぎるほど。あ、もう夕刻でしたね。書物に集中してましたから気づけばあっという間でしたね。夕餉、ありがたくいただきます」

「え、ええ。ではまたお膳を引き下げるときに参ります」


 おたあの中でまだ解決していない違和感を覚えるがあまり詮索するわけにもいかないことを察し、空気を読んで時貞の部屋を後にする。


「……トキ様。一体、どうしたというのでしょう? あの問いの意味は一体……」


♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰


『誰も、知らない、行長様もおたあ殿も、きっとこの屋敷に住まう従者たちも……問うたところできっと堂々巡りで変わらない……』


 時貞は思考を巡りに巡らせた結果、ある一つのことが脳裏に浮かぶ。

 常識では考えつかないまさかのありえない答えに時貞は辿りついた。


『……何度も何度も飽きるほどに文献を読み返した。やはり、この歴史の文献に『寛永かんえい』という文字が全く見当たらない。『寛永かんえい』は私が過ごしてきた時代元号。この書物にあるのは『慶長けいちょう』以前の年表ばかりでその先がない。そして関ヶ原という文字が、どの歴史文献の書物にも、なかった……』


 しかし自分の思考を疑うこともある。自分が間違った知識を持っているか誤認しているのか、今まで自分自身が知っている歴史の文献を見てきた記憶が曖昧になりそうになる。その不確定要素を打破するために、そして決定的にしたのが行長とおたあの発言。

 特におたあから返ってきた答えが偽りでないことを断定した。


「『慶長けいちょう』と『寛永かんえい』では、全く時代が違う……!」


 先程おたあと時貞が言っていた『慶長けいちょう』、『寛永かんえい』という言葉は昔の日本が使っていた年表を現す言葉で現代でいうところの『平成へいせい』という元号に当たる。


 つまり慶長けいちょう元年は西暦にして一五九六年。


 寛永かんえい十四年は西暦にして一六三八年を差す。


 いきなり突きつけられた衝撃の事実。


 つまり、この事実を知った上で、時貞の中でこういった結論が出た。


『行長様とおたあ殿の発言は間違っていない。そして、私の考えも記憶も間違っていない。しかし、私の存在が間違っている――――それは私が過ごしていた時代よりも、過去の時代に来てしまっているということ――――』


 そして、時貞はある結論に至らざるを得なかった。


「私の居た時代より、約四十年前の過去に、私はいるということになる――――」


 とんでもない事実と現実が時貞の頭の中を掌握していく。


 そして沸々と時貞の中に芽生え始めた疑問の数々。


『しかし何故? 何故私はここに、四十年も前の過去にいるのですか? まずどうして、どうやって、どのようにして、私はこの過去の時代にいるというのでしょう。まだ、信じられない……人間が過去に行くこと自体が非常識で、それは理と事象に反している。何か決定的になるような出来事が起こらないと、まだどこかで実感出来ない!』


 疑問が絶えない時貞の頭の中ではぐるぐると混沌の沼にはまったかのような眩暈を覚える。考えれば考えるほど、深みにはまっていきそうだったそのときあることが思い浮かんだ。


『……そう、私は倒れていた。数十日前、この屋敷から数里先離れた林の中で。そういえば私は……』


 自分が倒れていた場所。

 どうして倒れていたのか。

 何故あの場所だったのか。

 時貞の中ではずっと曖昧で途切れていた謎の部分に大きな矛盾が生じていた。


「私が林の中で倒れ、行長様に拾われる以前、城に居て、敵に攻められ、そして……あ、ああ、うああぁあっ!! あ、あぁ……ダメです、また思い出すと考えるだけで体が震えて、私の意識が保てない……!」


 そこから先は悍ましい記憶で思い出そうとすると拒絶するかのように頭を抱え、心と体が戦慄し、発作的に震えが止まらなくなっている。どうにかして落ち着こうと必死に言い聞かせ、思い出さないように自分で自分を制御しようとする。


「はぁ、はぁ……でも、こんなことでは……忘れてしまいたい記憶でも、きっとそこにはこの過去まで来てしまったことと、なんらかの関係がある、はず…………でも、これ以上頭を使うのは流石に疲れました……今日は深く考えるのはここまでにしましょう……」


 乱れた息を落ち着かせるように胸を撫で、自分自身に言い聞かせ、どうにかして正常に戻そうとする。


「……そうです、おたあ殿が持ってきてくれた夕餉。これを食べれば落ち着くはず……」


 時貞はとりあえずお腹を満たそうと、お膳の前で手を合わせ、夕餉にありつくことが出来た頃には西日はとっくに沈み切っていた。


「……ああ、見事に冷めてしまってますね。不自然な問いかけをさせてしまった上に、態々ここまで持ってきていただいたおたあ殿に申し訳ない……」


 案の定、冷めた夕餉で腹を満たすしかなかった。

 みあこという作者です。


 遂に時貞ときさだが重大な事実に直面することが出来ました。


 そしてこの作者も、投稿をする前日に重大なミスに気づきました。


 この【小説家になろう】というシステムの錯誤が発覚しまして、次話を出したつもりが「新規小説作成」の方に次話をずっと書いていることに今更ながら気づいたのです。内心慌てながら削除して移動修正致しました。


 ふぅ……修正なんでも可能搭載のこのシステムに本当に感謝してます。


 書籍だったら修正不可能ですからね。今後同じ間違いをしないよう気を付けないと。


 まさに、この内容のような話になったような感覚です。


 次回は更なる展開に時貞ときさだは巻き込まれていくことに。それでは☆

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