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罪と贖罪

 灰色の景色。

 灰色の人物。

 燃え広がる炎。

 焼け落ちる城。

 不相応に聞こえる断末魔だんまつま


 首から下げていた首飾りを彼はきつく握り締める。


「神よ、その加護と私の祈りを。無事でいられるようにと……」


 後ろから乱暴に戸を開け壊す音が響き。


「うぐわあああ!!」

「ぎゃああああ!!」

「**様っ、お逃げ……!!」

「……っっ!!」


 間近で聞いた断末魔に振りかえったと同時に何かが体中に、顔中に浴びた。


 妙に生暖かく、咽ぶような生臭さ、鉄のように錆びた味のする――――

 鮮血がべっとりと自身の顔に、体中に。

 途端、意識が飛びそうなほどの血の匂いがどっと鼻につく。


「父上……母上…………!」


 その下に横たわるのはうつ伏せに倒れ二度と目覚めない死体の数々。

 そして、実の父と母の死体。

 彼はそれを呆然と立ち尽くして見ているだけしか出来なかった。


「そんな、そんな……!!」


「……何故、貴方は……私達を………………殺したのですか……?」


「…………え?」


 その死体達が何故か起き上がり、闇の底から湧き上がるようなドスの声が耳に入ったのに驚きで目を見開く。


「貴方が、貴方が、神の声が届いていれば……こんなことには、ならなかった……!!」


「う……あ、ああ!!」


 抱き付くというよりも身に纏わりつくような黒い影に変貌した影の姿が目の前に現れる。


「私タチノ代ワリニ、貴方ガ死ネバヨロシカッタ!!」


「……っみ、皆……さん……!? ……え?」

「……**様……」

 目を見開いたまま絶望に打ち拉がれる様な驚愕な表情をしていた。その横に血塗れで死に顔で現れた忠実で信頼のある従属達が居た。呻き声と怨み声の入り混じった悲痛で悲しく沼の底から響くような不協和音に囲まれ、恐怖と悲哀に満ちた表情で頭を抱え、その場に崩れ落ちる。

「……**様……貴方ノセイデ、私達ハ……死ニマシタ……」

「……そんな、みんな、わた、私が、私が、わる…………」


「私達ガ死ンダノハ、ミンナオ前ノセイダ――!!」


「あ、う、うわあああああああああああああっっっ!!!!」


 暗い影が覆いながら恨み事叫ぶ。精神がおかしくなりそうな感覚に陥り、重なった声が襲う。


♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰


「っあぁぁああああああぁっ!!!! はあ、はあ、っはあ、あっっはっ……!!」


 突然呼ぶ声に主人公はがばっと勢いよく身を起こした。その顔からは汗が噴き出し、肩を上下に揺らしながら荒く呼吸をしていた。


「……っはあ、はあっ……はぁあ!!」


 夢だった。

 おぞましい記憶の一部。

 彼は忘れない。

 間近で見たあの悲劇を。

 体感した絶望を。

 動悸が治まらない。

 発汗が止まらない。

 荒い息が不規則になる。

 洗い流したはずの血がまだまとわりついているような感覚が離れない。


「っあぁぁああぁっ!!!! うああああっあああああっ!!」


 まだ陽の上がらない宵闇の中、そんなことなど構いもせず頭を抱えながら狂ったように喚く。

『私が……私が、仲間を……っ!! 消したくても、消えない罪を、業を、深い罪悪感が……!!』

 先ほど見た悪夢が彼を苦しめ、狂乱させる。


「うぐあ、あああああああああああああああああっ!!!!」


 心の底からの叫び、狂った彼に自制は効かない。

 何を思い立ったのか、彼は保身用に置いてあった短刀を片手に取り、刃を抜くとそれを思いっきり伸びていた前髪の、彼からして右のびんそぎ髪をぶっつりと荒ただしく切り落としてしまった。


『私自ら腸を、思い切り、削ぎ落としたい!!』


「うあ、ああ、ああああああっ!!!!」


 そう思いたったその瞬間に綺麗で艶のある腰まで長かった鬼灯色の髪を乱暴に、右斜め下にぶつぎりに切ってしまい、そこからばらっと切れた髪が床に散り落ち、中途半端で不格好に短くなってしまった。


『こんな申し訳ない思いなのに……身分のせいで、何も贖えないなんて……!!』


 肩で荒く整わない息をしながら罪悪感から自決の願望を抱く。


『何故私は、私は今、生きているのです!?』


「うわあああ、ああああああ、あああああああああああああっ!!」


 嗚咽混じりな叫喚と搔き乱れた思いに駆られていた彼は無意識に短刀を持っていた片手を上に掲げ、力強く振り下ろそうとしていた。


『いっそ、誰か私を、殺してほしい!!』


「…………」

「…………」


 勢い余って振り下ろそうとしていた短刀を握っていた自身の手が、いつの間にか誰かに止められていた。


『……おたあ、殿』


 静寂な夜の中に、彼の隣にいつの間にか侍女のおたあの姿があり、鉄仮面でどんな目をしているか分からない、表情は仮面で覆っている、が声が震えている。彼の腕を捕えている手が小刻みに震えている。それでも叫びを聞きつけ、勇気を振り絞って彼の狂乱を必死で止めた。


「………………っ」


 短刀を持っている片手に思わず力が入っているのが伝わってくる。


「っ、駄目ですっ……自らの命を……絶ってはなりませぬ!」


 不器用で不安定な声を発しながら彼女も負けじと捕まえる手に力を込める。彼の眼の下に隈が浮き出ており、美貌の顔もひどく虚ろな状態。こんなものでは彼女の目も満足に見られない。


「叫び声を聞いて駆けつけてみれば、一体、どうなさったのでしょうか……。こんなときに主が留守だなんて……」


 もし、城の主である青年がいればすぐに駆けつけてくれるが、この時に限って隣国に野暮用があって留守。


『おたあ殿……私はこの世に生きてはいけない人間です。私は死ぬべき人間……そうだ』


 何かを思い立った彼は力を込めていた右手を緩める。


「あ、の……落ち着かれましたか?」


 その感覚に気づいたおたあは内心ほっとしたのだが。


「…………」


 彼はおたあに向き直ると持っていた短刀を彼女に差し出す。


「えっ……あの?」


 急な行動に慌てるおたあ。その上主人公は陶磁器のように白くて綺麗な上半身の素肌を目の前に晒す。


「え、な、な、何を……っ??」


 突然の不可解な行動にただ困惑するおたあ。そして彼はおたあが短刀を持っている方の手首を掴み、刃先を自分自身の心の臓へと持っていかせた。


「え……!?」

『ここは、彼女に私を介錯してもらいましょう。私は自決してはいけない掟がある。しかし、人の手であれば……』


 この行動に、彼女も漸く理解した。それが声の出ない彼が彼女へ示した行動だった。このまま一突き刺せば当然心の臓へ届く。一押しするだけで。掟によって自害を許されない身の上であれば、誰かにしてもらう他ない。主人公の苦肉の閃きだった。


『これで……死を以て贖いを……!』


 まさに彼女の手首を引っ張ろうとしたときだった。


「っ!」


 急に彼の頬が弾けた。

 それと同時にじんじんと痛みだし、白い肌が赤く染まる。

 部屋が静寂に包まれる。

 彼はおたあ平手で頬を叩いたのに気がついた。


「…………」

「……人の体を叩くことは、侍女としてあるまじきことは承知の上ですが、主の代人として、やむを得まい事情であったがために、手を上げたまでのことでございます……!」


 叩いた左手を震わせながら彼女の声からは、明らかに怒りを込めた物言いを放った。

 彼は虚ろな体制のまま動かない。ただ、痺れるような痛さが頬に走るのを感じている。


「貴方様の身に何が起こったのかは存じませぬが、このような愚かな真似、我が主と私が許すとでも思いますか?」

「っ!!」


 彼の瞳が大きく揺らめく。悲哀を帯びた瞳孔には今にも涙が溢れそうなばかりに緩みそうになっていた。


『死ねないのであれば、では……私は、どうすれば……っ!!』


 声が出なければ心の中で叫ぶしかない。自身の死以外にどう贖えばいいのか。

 過去に起こった過ちを、犯した罪の業をどう償うべきかと頭の中でぐらぐらと思考が占めている最中……。


「ああ……綺麗な御御髪が……」


 長かった自慢の髪を自身がばっさりと切ってしまったことに惜しむようにおたあの手が添える。それを優しく掬いあげながら言葉を紡ぐ。


「この国にとって、髪を切り落とすのは罪のあるものが懺悔のために切り落とす。これが貴方様にとってはほんの一部であっても、贖罪となったでしょう」

「!」


 髪は人間の命とも呼べる。昔はその意識が強く、髪を切るということは自身の内にある罪を削ぎ落とし、贖罪の一つとなると言われている。貴族や名のある豪族が俗世を捨て、出家するのもその一つだ。


「貴方にはきっと、拭えない辛い過去があったことでしょう。私もあの時、主と共に倒れていた貴方をみかけました」

『そうか……あの女の声の持ち主は……』


 彼は林の道端で倒れていたとき、女の声が聞こえていた。それが彼女だと今になって知った。


「それほど……死にたいほど、過去のことで何か背負っているのですか?」

「……っっ!」


 彼は思わず目を背く。例え口がきけたとしても教えられないほどにそれは重たいものである。


「……どんなものであったかの事情は聴きません。ですが、これで一端は気持ちを収めください。とりあえずまずは、不揃いであるその御御髪を私が整えて差し上げます。こちらに背をお向けください」

「………………」


 おたあは片手に短刀を持ち、後ろを向くように促す。彼女の言葉に少しずつ落ち着きを取り戻していったが、まだ顔を向けられない。それを含めて彼女の言葉に従い後ろを向く。不格好で不揃いになった中途半端な短さになった黒髪。左端は妙に短く、右に行くにつれ長くなっている。しかし長さは肩につくぐらいの髪型である。前髪も右側のびんそぎ髪だけ切ってしまい、左右長短という半端なものになっていた。


「……どうなさいましょうか。別にお坊様になるわけでもないので刈るわけにもいかず、しかしあまり短く切りすぎるのも……」


 流石のおたあも切り方に悩んだ。その挙句。


「……いっそ、このままの髪型で先端の切れ端の髪を揃えるぐらいにしておきましょうか」


 今の彼には髪型をどうこうするのはどうでもいいこと。

 彼女に任せる意思表示にこくりと頷いた。


「それでは、失礼致します」


 方向性が決まったことで、おたあの手が彼の髪に触れ、そこから髪を削ぐ音が広い部屋に細々と響く。その間も気まずい沈黙が続く。こんな真夜中に悪夢で狂い叫び、挙句の果てに我を省みず自らの命を断とうとして、しかしそれが出来ないからおたあに手を借りようとしていた自分の行動が今になって後悔の念となって占める。自分の中の教示を破ろうとして、彼女にも迷惑をかけ、身勝手で情けない自身に顔を合わせられないのは当然のことだ。


「……あの」


 するとそれを悟ったかのようにおたあが声をかけた。


「貴方様の過去に様々な事情はあると私はお察しします。きっと辛いことも苦しいこともあるかと思いますが、どうか気をお強くお持ちください」


 おたあは床に落ちている髪を拾いあげ、それを和紙に乗せながら惜しみげに言う。


「…………」


 すぐには納得できないことではあるが、それでも死ぬという発想は諦めたようで起こったこの場は収まっていくのを感じた。


「さて、片付けました。もう夜もとっくに更けております。不安な夜かもしれませんが、どうかゆっくりとお休みください。何かありますればすぐにでも駆けつけます。では、私は失礼致します」


 切った髪を敷いた和紙に集めて包み、それを持っておたあは彼の部屋を後にした。


「……おたあ殿、本当に申し訳ありません。そして、ありがとうございます……」


 言えなかったお礼を彼女が去ったあとに告げた。

どうもです、みあこ作者です。


 どうでもいいことかもしれませんが、一つ言いたいことがあります。あとがきで挨拶する際、このあとがきを書いている時点と皆さんが見ている時間帯は異なっていると思うので、敢えて時間帯を意識するような挨拶を書くようなことはあんまりしません。やけに気安い表現になるかと思いますが、そこにはこんな理由があるということをお忘れなく。


 さて、今のところ私の中では順調に書き進んでいます。彼の過去にはかなり重く辛い経験が影響されて今の状態になっている。皆さんにも理由は様々ではあると思いますが、誰にでも過去に失敗してしまった、後悔してしまった過去があることでしょう。その時に、どうやって乗り越えていくのか、どう向き合っていくのか、そして周囲にそれを諭してくれる誰かがいたでしょうか?


 一人で乗り越えていけるのか、誰かの支えによって向き合っていけるのか、それともどうにもならなくなってしまうのか。人の人生は様々なものです。それが表現できている作品になれたらと思います。


 以上です。では、次回まで!


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