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匿いの中の出会い

「……失礼、致します……」

「!」


 声のした先を見据える。この部屋にまた来訪者。

 しかし、先ほどの青年ではない。声が違うのは明白で障子の影でそれは明確だった。

 それは彼も聞いたことがある。儚くも柔らかく控えめで丁寧な口調の中にどこか不安定で訛りのある言葉にか細く、不安げを漂わせるどこかで聞いた女の声であった。


『どなたでしょう?』


 そう、声を発そうとしたが。


「……っ……ぁ」


 またあの時のように声が震え、思うように出ない。

 喉の震えを抑えるように手を当てるが一向に収まる気配がない。


「主の命にて朝餉を、お持ち、致しました……」

『……答えなければならないのに、どう、して……何故声が……!?』


 必死に出そうと思っても虚しくも震えは止まらない。


「……あの、主の命にて朝げを、お持ち、致しました……」


 彼が声を出さないことに疑問を感じた声の主はもう一度問う。


「……んぅ……んん」


 なんとか返事をしようとするが発することが出来ない。


「……如何致しましたか? 勝手ながら中へ失礼致します」


 声を出さない彼に心配したのか、几帳きちょうの後ろからゆっくりと姿を現した。


「……!?」


 彼は入ってきた女性を見て驚いてしまった。

 腰まである長い髪に三つに巻かれた団子状の髪が両方のてっぺんに結び、服装はどちらかというと和装が強く、肩に巻かれた焦げ茶色の帯に中央に十字のレリーフを模した鎧を胸に装着している。そしてその下は大胆にも臍を出しピアスをはめ、男物の袴を着こなし、ひだのヒラヒラしたものを周りに纏う異様な服装をしていた。そして何よりも驚いたのは彼女の顔には目だけを覆う複数の穴が開いている鉄の仮面が覆っており、表情は分かりにくく、無口な状態で人形の様に佇んでいる姿がどこか謎の雰囲気を醸し出していた。そしてその手にはお膳に乗った朝餉あさげを持っていた。


「…………」


 異様な風体に不要にもまじまじと彼女の姿を凝視してしまう。


「……あ……あのう」


 反応を見せない彼に膳を持った彼女は恐る恐る声をかける。


「…………っ、……ぅ」


 彼女の声に我に返った彼。それに気付くも当然声が出なければ応えることも出来ない。喉に手を当て、声を発することが出来ないことを必死に伝えようとする。


「……? 喉? ……あ、もしや、喉がお渇きに……?」


 喉が渇いたので飲み物が欲しいのかと彼女が解釈したのでそうじゃないと首を横に振る。


「……違う?」

「っ……っ!」


 必死になって声が出ないことを動作で訴え続ける。


「あのう……ひょっとして、どこか、苦しいのですか? 大丈夫ですか?」


 不安定な言葉を紡ぎながら彼の必死な動作が“苦しい”と解釈した彼女はすぐに膳を下に置き、懐から一枚の小さな紙を取り出す。


「この、薬を飲めば治る、はずです」


 彼女も慌て始めたのか、おどおどと覚束ない声を発しながら掌に持つ薬を彼に差し出す。


「……んんっ」


 それも違うと必死に首を振り否定する。


「ええ……っと、どうしましょう……どうしましょう……主は今お食事中……ああ、どうしましょう」


 否定し続ける様子にどう対応していいか分からずに訛りのある言葉で彼女はあたふたと混乱し始める。


『いけない、このお方を困らせては……!』


 焦っている彼女の姿を見て、自分が慌てさせてしまったことにどうにか落ち着かせようと咄嗟にとった行動。


「……っ!?」


 不用意にも彼女の手を握ってしまった。


「………………」

「………………え、あの」


 手を握ったまま互いに顔を見合わせ、沈黙してしまう。


『…………私、何しているのでしょう? 落ち着かせるとはいえ、何故女の人の手を握って……?』


 頭の中で無意識に行動してしまって気づいたときには遅いと感づき、一歩退けずの状態に陥ってしまい、この先どう対応すればいいのか訳が分からなくなってしまう。


「…………」


 彼女は突然の出来事に体が動かない状態。というよりも彼の顔をじっと見つめ逸らせない状態で固まっており。


「……ぅ、ぁ」


 この状況をなんとかしようと更に顔を近づけてしまい。


「!?」


 彼女が近づいてきた彼の顔に驚き、反射的に握られていた手をはらう。


「――――!!」


 彼女は顔を覆い、すぐに立ち上がったかと思うと、焦りながら声にならない声をあげながらその場から急いで立ち去ってしまった。


「…………あ」


 立ち去ってしまった彼女の後姿をただ黙って見送ってしまった。部屋の中が更に重い空気が漂っている。


『……ああ、なんということ。大変、失礼なことをしてしまった……見知らぬ男から突然手を握っては、それは嫌がります、よね……』


 申し訳ない気持ちが胸中に広がり、声が出たときにはきちんと謝ろうと心に誓った。


♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰


 五日間の眠りから目覚め、女性に失礼な態度をとってしまってそれから更に数日が経った――


 それから彼は欠かさず寝食にありつけることができ、不自由のない日々を過ごしている。そのおかげでここでの暮らしは少しずつ慣れてきた。というのもこの数日、この屋敷の持ち主の青年は野暮用があるとかで留守にしていた。

 しかし彼は相も変わらずこの部屋に籠ったまま、外へ出ようとしない。

 というのも出る勇気がまだない。しかし、流石にずっと寝ているのも心苦しい。

 この屋敷に世話になっている身でもあるのでずっと寝るのも心苦しく、彼自身も寝る気が起こらないからである。そこで少し変化をつけようと彼はずっと寝間着のままだったので着替えをして気分転換しようと思うようになり、側に置いてあった大小の葛篭つづらを開けてみる。


「……これは」


 その中には高価そうな反物で作った着物がどっさりと入っていた。彼は寝間着から着替え、試着してみる。何度も着ては脱ぎ、着ては脱ぎの繰り返し。そして気に入ったものが見つかった。


「……よし、とりあえずはこれで……」


着物に帯を絞め、動きやすい格好に着替え終わる。すると廊下の方からばたばたと早歩きして近づいてくる。すると廊下から足音がこちらへ向かって大きくなり。


「よお! 久しぶりだな、調子はどうだ!」

「ぁ!?」


 几帳の裏から青年の突然の帰省と来訪に慌て振り向く。心臓と体が同時に飛び跳ね、不規則に脈を打つ感覚に襲われる。


「いやー用事が長引いちまって、やっと終わって今日帰ってこれたぞ!」

「あ、あ、う、あぁ……!」


 彼はやはり人に対面すると狼狽え、口が籠り、困ったようにオロオロとし始める。


「それはそうと着物に着替えてたのか。あ、いいっていいって、お前に誂た着物だから遠慮せずに着てろって、な!」

「……あ、はぁ……」

「やっぱお前は顔がいいからか。どんな着物を着ても似合いそうだな」

「……!? ……うぅ」


 羞恥からか顔を下に逸らし、俯く。

「なあ、折角だし庭に出てみっか」

「っ!?」


 突然の外への誘い。しかし彼はまだ気持ちが安定していない。首を大きく横にぶんぶんと振る。


「何言ってんだ、こんなところにいつまでも塞ぎこむなって! 庭に出るだけで門の外に出るわけじゃねぇ。ほら、来いよ!」

『あああぁぁぁぁぁぁ……!?』


 首根っこを掴まれ、彼を強引に外へとばたばたともがくが青年の力強さには敵わず、有無をいう間もなくずるずると強引に部屋の外へと引きずられていった。


♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰


『これは……』


 長い廊下の先に連れて行かれたのは庭園。晴々と澄んだ青い空。部屋に籠りっぱなしだった身にとっては少々眩しすぎるぐらいだったが、広々とした敷地に見事に整えられた松の木や花が植えられており、池も張って渡れるように橋もかかってある。その光景に心から癒されていく。名のある豪族や武家が所有する屋敷であることが窺える。


「もう桜は散ってしまったが、もうすぐ菖蒲の咲く時期だ。池に映えるように手入れしてあるから楽しみだな。ほら、そこに用意してあるぜ」

「…………」


 季節は春の下旬。心地よい春風が主人公の頬に当たり、いつの間にか備えていた草履を履き、久しぶりの外の空気に触れる。


『綺麗な庭、澄んだ空気……気持ちが和む、心が癒される……』

「どうだあれから? 体の調子とか」


 体のだるさと重みはあの時と比べればだいぶよくはなった。

 しかし人と対面すると、喉の震えが止まらず相変わらず声が出ない。


「まだ声は出ない、か」


 彼は目を閉じ、眉を顰めながら申し訳なさそうに頷く。


「まあ、そう焦ることはねぇ。その内出るさ。この環境に慣れていけばよ」


 青年の言葉に救われた気がした。無意識に震える喉で出ない声の原因は、あの過去の出来事だと、彼自身自覚があるからだ。


「おっと! そういやぁ最近ばたばたしてて俺の名を言ってなかったな」


 屋敷の主である青年がふと思い出したように口にした。


『……そういえば、聞いていなかった。屋敷の主の名ぐらいは知っておかねば』

「俺の名は…………」

あるじ


 遠くから丁度誰かが声をかけてきた。


「おう、あれは、ちょっとわりい!」


 物陰から二人を見つめる一人の女性。


『……! あの方は』


 遠くからでも分かる佇まい。腰まである長い髪に三つに巻かれた団子状の髪が両方のてっぺんに結び、服装はどちらかというと和装が強く、肩に巻かれた焦げ茶色の帯に中央に十字のレリーフを模した鎧を胸に装着している。その下は大胆にも臍を出しピアスをはめ、男物の袴を着こなし、ひだのヒラヒラしたものを周りに纏う異様な服装をしていた。そして何よりも驚いたのは彼女の顔には目だけを覆う複数の穴が開いている鉄の仮面が覆っており、表情は分かりにくく、無口な状態で人形の様に佇んでいる姿がどこか謎の雰囲気を醸している女性はついこの間会ったばかり。


『前に私の元へ朝げを運んでくれた方……あぁ』


 突然な事とはいえ急に手を握ってしまった失態をしてしまったことに印象強く記憶に残っているのもあるが着こなしにも風体にも記憶に残る姿であるために、思い出しては気まずい記憶が蘇る。


「わりぃ、ちょっと待っててくれ」


 青年は主人公を残し、彼女の元へと駆け足へ。

 そして何かを話し込んでいる。内容は離れているので聞き取れない。庭を眺め待つこと数刻。話し終わったのか青年が主人公の元へ戻ってくる。


「はあ、ったく! 人使いの荒い関西出身の藩主様だ。まあ、この俺もそうだが。ちっ、でも気にくわねぇ!」

「?」


 青年がぽつりと発した言葉に疑問に思う。


「すまん、俺また暫く出かけることになった。隣国の城から書状が届いたもんでよ。いつ戻ってくるか分からねぇが、お前ももう起きるようになって動けんだ。今回はお前にこの屋敷の留守をしてもらおうと思う。いいか?」


 武家や豪族の身分ともあれば各国の、更に上の身分である藩主に従うのは当然の理。

 それは例え自身がこの屋敷とは関係なくとも彼はその知識があるので理解していた。

 加えてこの屋敷に世話になり衣食住全てを担ってくれているのでやっと恩返しが出来る。

 そう思った彼は口元を綻ばせ、青年の意見を汲むように頷いた。


「おう、お前に任せとけば安心だな! 助かる!」


 肩にぽんと手を置き、青年は満面の笑みを浮かべる。

 それにつられて彼も口の端が上がった。屋敷の主である青年に少しずつ信頼してきている様子が伺えた。


「他の者にもこのことを伝えておく。あと、さっき俺と話していた女のことなんだけど」

「?」


 あとの言葉にどういう意味か分からず、首を傾げる。


「ほら前に、お前のところに朝飯を持っていった侍女がいただろ?」


 ここで仮面を覆った侍女のことを言っているのだと気づき、知っていることを動作で伝える。


「ああ、そうだ。あいつの名はおたあ。俺の猶子で侍女でもあり、この中で俺が最も信頼のおける大切な傍らだ」

 『猶子ゆうし』とは他人である子と親子関係に結ぶことを指す。

 この時代では珍しくはない。戦で命散るのが乱世。後の世までに家督や相続のためでもあり、同族内で結束を固めるために身分のあるものが血の繋がりのない者を家族として迎え入れるのは当たり前だったのである。主人公は知識として頭の中にある。むしろ珍しい名前を持つ彼女に印象が更に強くなる。


「……そういえば、おたあから聞いたんだが。あの時お前から突然手を握られたと聞いたんだが?」

「!!??」


 その言葉を聞いた彼があまりの吃驚に体が反応してしまい、知られてしまったとあたふたと慌てる。弁明しようにも声が出ないので誤解されないように必死になっていた。


「んーまあ確かに! あいつは可愛いし、奥ゆかしいし、知識も豊富で、愛らしいところもある。手を出したくなるのも分からんでもないが、俺の許可なしっていうのはいただけないとは思うがな?」

「~~~~!!!!」


 手は握ったがそんな心算ではない。慌てた彼女を落ち着かせようと思ってとった行動がまさかの手を握る。下心はない。それは本当。絶対に誤解だという意味を込めて大袈裟に首を横に振っている。端から見れば滑稽な挙動不審者に見える。


「ぷっ、あははは! 必死に否定してるな。ちょっとからかっただけだってのに!」


 その挙動さに青年は吹き出し、からかったことを告げるとそれを聞いた主人公は内心ホッとしたと同時に羞恥心に陥る。


「お前の声が出ないことを知らなかったみたいであいつも慌てたみたいで混乱してたからよ。教えてなかったから俺の不注意だった。あの後、事情をちゃんと話しておいたから大丈夫だと思うが」


 そんなことは心配ないという動作を青年に表現する。


「ただ、おたあと接するときはちゃんと気を遣えよ。あいつは結構繊細なんだ。過去に色々と酷い目にあってから警戒心が強い。唯一俺には心を打ち明けているが、ここにいる屋敷の者には正直、あんまり懐いていない。ろくでもない接し方すると寄りつかなくなるぞ」


 それを聞いた瞬間、主人公の顔から冷汗が流れ、背筋の血の気が引いているのが分かる。


『……失礼なことをした後に、それを聞いたら……合わせる顔が……ああー……』


 訳も分からず突然手を握った=警戒している=嫌われている。


「………………………………………………………………………」


 心の中の方程式によって後悔を占める。確信せざるを得ない最悪を想定してしまった。


「おっと、いけね! そろそろ準備をしてここを出ないとな!」


 書状の命を思い出した青年は急ぎ足で準備に向かう。


「あ、言い忘れてたことがもう一つ」


 青年は彼に向き直り告げた。


「おたあはこれから、お前の世話役をするように俺が言っておいたからよろしく! いいか、丁重に扱えよ! んじゃ!」

「………………………………」


 それを聞いてしばしの沈黙。


『聞いていませんよ、そんなことっ!!』


 彼の心の叫びは声に出して青年に届くはずもなく、虚しさだけが広い庭に残るだけだった。

みあこで御座います。作者で御座います。


 さあ、この投稿時点で梅雨入りに入りました。


 これからどんどん蒸し暑くなっていきますな。


 寒いのも嫌だが、暑いのも考え物。冬の間はある程度着込めばなんとかなる。しかし、夏だと外では裸になるわけにもいかない。薄着してても暑いものは暑い。クーラーを使えばいいが、体調が落ちるのと同時にやっぱ電気代が高い……二重苦の季節なのです。


 夏は体にも財布にも悪いです。


 以上!


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