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介入錯誤

 時貞ときさだの思いがけない発言から静寂な会議部屋が更に沈黙に包まれていた。


「トキ……お前今なんて……?」


 沈黙を破ったのは行長ゆきながである。


「……貴方様には信じてもらえないかもしれませんが、益田好次ますだよしつぐは、私の父の名です」


 驚異の発言を聞いて行長は逡巡しゅんじゅんした顔つきで指を動かし始めた。


「それ、本当か? 本気で言っているのか……?」

「名は間違っていません。あの方は父と全く同じ名を有していたのです」

「……ええと、少し待てよ。整理させてくれよ。また、あの日みたいに頭が混乱し始めている。俺の頭の中でお前の言葉を統合させると、トキは四十年先の未来からこの時代にやってきて、んで、昨日初めて会ったばかりの好次齢十七の男が、まさかのお前の父親だった……うん、ここまで統合して俺の中で幾つかの矛盾がある。それを解消するためにまず、この時代にいる好次がお前の父親だと思える根拠は名だけか?」

「今の、ところは……」

「別人の可能性もあるし、実父である根拠が不十分……しかし、俺が玉座の間で感じていたお前ら二人の雰囲気や顔立ちや出で立ちが妙に似ているふうにとれたのは、もしかしてそれと関係していたのか……?」

「私も未だに信じられないのです、父と思しき人物が私の目の前にいるだなんて……」

「お前も確信があるわけじゃねぇのか。道理で複雑そうな顔つきしてたもんだ」

「しかし、名だけではないのです。顔つきも姿勢も声も、若いですが私の父親そのものです。似ているどころか全く同じで」

「さしより、好次が仮にお前の父親と断定するならば、お前にとっては子として接してきているから一番間近で性格や癖や習性を知っていることになるもんな」

「見紛うことはないと自身では自負しておりますが、まさか私も過去の父親と相まみえるとは思ってもいなくて……」

「本来ならそうだよな。まあ、もし俺がトキの立場で過去の時代にいけたとしたら若い頃の俺の親父やじいさんに会っているという感覚、なんだろうな」

「そうです、まさに行長様の仰る通りです!」


 時貞が抱えていた複雑な気持ちが行長によって晴れた感じがした。


「んでもって、例え俺が親父やじいさんを見知っていたとしても、過去の相手にとっては俺がまさか実の子や孫とは到底思えないってことだよな。更に立場を置き換えて、もし俺の実の子が未来の時代から現れたって言われても俄かには信じがたいもんな」

「おそらくは好次殿……私の父親も、行長様の憶測通りの展開になるでしょう」

「だからこの場合はあまり無暗に実の子だとやたら明かさない方が不審がられない。今の状況で告げると、好次も混乱してしまうだろう。この大事な時期に事態をひっかきまわす様なことをしない方が得策だろうな」

「そう、ですね。現に私も確信を持っているわけではないですが。では普通通りに接すればいいということでしょうか」

「ああ……しかし、俺も信じられない状況ではあるが……ただ、好次がお前の父親であればトキはキリシタンとして立派に成長している。ひょっとして好次も……」

 行長は不意に直感的に思ったことをそのまま時貞に問いただした。

「ええ、キリシタン精神に厚いお方でしたよ」


 当然、時貞は幼い頃から父親から教えや云われを聞いて成長してきた。父親自身も熱心なキリシタンであることは時貞が断定出来る。


「そうか……そうなんだな。ということはあいつは正式に再建復興計画の仲間に迎える見込みがある……! それだけでも俺にとっては確信を持てるいいきっかけになった!」

「私も行長様に胸の内を相談してよかったです。複雑な私の心理を真に理解してくださるのは、やはり貴方様しかいらっしゃいません」


 互いの表情はいつの間にか自然と笑みがこぼれていた。


「やっぱお前を小姓に、いや、重臣として側に置いて俺の決断も間違いはなかったな」

「私も貴方にお仕えして誠に光栄で御座います」


 話もまとまったところで城を巡っていた好次と昼の刻限で合流することになった。


「行長様、益田好次参上仕りました」

「おう、待ってたぜ好次」

「……」


 時貞は行長の小姓として側にいることになっているために控えていた。


「城を把握させていただきました。大矢野城同等、こちらも素晴らしい造りですね」

「ああ、気に入ってくれてなによりだ。今夜はお前の歓迎を兼ねた宴を催そうと思っている」

「それは有難く快くお受けさせていただきます」

『若き頃の父上……私が育てられたときとの威厳はまだ感じない。しかし、この頃からしっかりとしている』

「トキ、お前ももちろん参加するだろう」

「……」

「おい、トキ聞いているのか?」

「え?」

「この反応は聞いてねぇな。今宵宴を執り行う。お前ももちろん参加するだろうと言ったんだが」

「は、はい! 当然で御座います! 私も共に宴に参上致します!」

「ちゃんと話は聞いとけよ。特に俺の話しはよ」

「も、申し訳ございません!」

「ったく、気をつけろよ。じゃあ早速おたあたちに頼んで宴の準備をしてもらおうぜ」

「…………」


 二人のやりとりに好次が眺めていた。


♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰


 その夜は満月。行長の計らいによって『月の宴』の場所で催された。


「今日も酒がうまいな。月も綺麗だしな」

「行長様、つまみの肴の追加です」

「おう、ありがとなおたあ。今日もうまそうだな! 宇土近海で取れた新鮮な刺身の盛り合わせがより一層豪華じゃねぇか! 酒が進む!」

「行長様、お酌をしましょうか」

「おう、わりぃなトキ。お前も遠慮せずに飲んで食えよ!」

「はい。刺身は好きなのでありがたくいただきます」

「おたあも夕餉ゆうげで出してくれたことでお前が喜んでくれたことに張り切って用意したんだってよ!」


 大きな漆塗りの杯に上等の酒を注ぐ時貞。それを傍らで見ていた好次は。


「仲がよろしいんですね」

「「え?」」


 好次の発言に二人は目を丸く息の合った声を発し注目する。


「大名と小姓という世知辛い身分にも関わらず、対等に話している姿を見ているとまるで親子みたいで……」

「親子じゃねぇよ! 産んだ覚えはねぇし赤の他人だ!」

「あはは……」


 実の父親から親子のようと例えられて時貞は内心複雑ではあった。


「でも、こいつには絶大な信頼をおいてはいるがな」

「行長様……」


 短い期間でしかいない間に既に絶大な信頼とはっきり口で告げる行長の姿に心の中で感銘を受ける。


「不思議ですね。大名と小姓は立場も何もかも違うし、近くて遠い存在であって、私の大矢野城の主でもこんなに近しいことはなかったですのに珍しいですよね」

「天の主は申し上げている。人は神より創られしときから平等たるものである」

「……!」


 時貞が杯に口をつけながら行長の言葉にはっとする。


「その言葉は誰が説いたものなんですか?」

聖書ビブリアの一説にある御言葉。行長様、今この場でそれを仰っても大丈夫なのでしょうか……』


 初めて御言葉を聞いた好次が聞き返すのに対し、時貞は説いた御言葉の真意を知っていたために内心焦りつつ様子を伺っていた。


「これは俺の心の中で決めている御言葉で絶対に身分や立場で相手を選ばない。どんなに低い身分でも産まれが違っても本質がよければどんなやつでも受け入れる。この世の中をそういうふうにしていきたいんだ。俺はまず、今ある貴族や武家の身分制度を改める必要がある。貴族と商人と庶民、一流や二流や三流、そんなのを関係なく、その各々の力を持つ実力で上へといけ、かつ信頼のおける者が上に立つべきだと俺はそう感じる」

「行長様……」

「世の中を、そういうふうに変えていきたいとお考えで。国のため民のため、その信念を掲げるのは素晴らしいことです。今でも身分や産まれが違うだけで苦しんで生活をしている民衆が多い。それをよくしていくのは上に立つ立場である方しかいらっしゃらないでしょう」

「好次も分かってんじゃねぇか。物分かりがいいと見る。それに俺は初めてお前に会ったときからお前を気にいっていた! 俺の配下として付き従ってもらおうかな!」

「それは心より承ります、行長様」

「そうと決まれば、明日早速例のものを読破をしてもらおうと思う!」

「例のものを、読破?」

「それは明日にしてもらう。今はまだ宴の途中だ。ほら、お前も飲んで食え!」

「はい、ありがたく頂戴致します」


 行長が意味ありげなことを口にしながらお酌をすると好次は答えるように杯を差し出す。


『行長様と私の父上、好次殿はこうして接していったのですね。私の知らなかったその模様を私は見ていくことになる、ということなのでしょうか。主よ、貴方が私を導いた真意はなんなのでしょうか……』


 若き日の父親の姿をこれから間近で見られるということが訪れるとは思ってもみない心境で過ごした。


♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰


 歓迎の宴が終わった翌日。

 時貞はいつもより早めに極秘会議を行う部屋へと訪れていた。


「行長様、今日はどういったことを執り行うのでしょう」

「トキ様、主と好次殿がお目見えです」

「その声はおたあ殿。はい了承致しました」


 おたあが戸を開けると目の前に行長、続いて好次がいた。


『好次殿、私の父上がこちらにいらしたということは、やはり行長様は……』


 この部屋へと呼んだことによって大体の経緯を察した。


「おうトキ、待たせたな!」

「行長様、好次殿、お待ちしておりました」

「これは、時貞殿ではありませんか」


 時貞がこの場にいたことに少し意外に感じた好次。


「俺が呼んだんだ。トキは欠かせない小姓だからな」

「然様ですか」


 好次も交えて戸を閉め切り、三人で囲んでの会合が始まる。


「行長様。大事な話をとお伺いいたしましたが、どのような内容で?」

「好次をここへ呼んだのは言うまでもない。小西一族の一員に加わるからにはお前にぜひ、重要な協力人になってもらいたい思って呼んだんだ」

「俺の家系はキリシタンでな、その城主に仕えるのであればまずこれを学ぶことから総ては始まる」

「え……きり、したん……」


 好次は行長の話しに目を大きく見開き驚いた表情を見せる。


「あの、好次殿はキリシタンという言葉と存在をご存じで?」


 行長に倣って時貞も問いかける。


「存じてはいますが、しかし……現状あまり芳しくないお立場かと……」

「おい、好次。言葉には気をつけろよ。キリシタンに誇りを持つ相手には信念を否定されるような言葉は本来ご法度なんだぞ! 特に俺の前でんな堂々と口にするなんざ今は一族の身内だから多少の融通は効くが、外の者だったらすぐにでも拳が飛んでたぞ!」

「ゆ、行長様落ち着かれてください……!」

「お言葉に差し障りがありますれば申し訳ありません。がしかし、事実を否定しないわけにも……」

「しかし、好次も元は大矢野の天草五人衆の中の従属の一人だったんだろう? だったらキリシタンの信念も少なからず分かるはずだ」

「え、そうだったのですか?」


 時貞は初耳であった。父親が天草五人衆に尽くしていた従属の一人だったことを。


「ええ、だからこそですよ行長様。今でこそ貴方様による国の大名によって納められお仕えはいたしてますが、元は天草五人衆は貴方と加藤清正かとうきよまさ公による圧政鎮圧によって多大な影響を与えられました。そして豊臣秀吉とよとみひでよし公は、あまり行長様の御立場を芳しく思っていらっしゃらないご様子であると伺えます。そして一年前に処刑された二十六聖人も見せしめにされ……」

「清正の野郎とはなんでか犬猿の中ではあるが、んなのは関係はねぇ。その中でも俺たちはやるんだ。俺の野望であるキリシタン再建復興統一を成し遂げるためにも」

「再建復興統一……?」


 好次が初めて知った途端に唖然となった状態で行長を見据えた。


「もしや貴方様はこの日ノ国を、キリシタンの国に統一しようとなさるおつもりなのですか……?」

「現状が不利の状況は百も承知だ。大規模で大々的で、国をも揺るがす大計画だ。それを俺と小姓のトキ、いや俺の重臣トキと共に潜伏行動をしている」

「そのようなことをお考えに……しかし、そんなことをどうやってなされるのです? キリシタンは周囲からもよく思われていないこの状況で……」

「だから多く仲間を集う必要がある。そのために好次、お前もその一人として力と知恵を貸してくれ」

「…………」


 予想外なことを聞かされただけに好次の動揺は隠しきれず、言葉が紡げないまま黙り込んでしまう。


「好次殿、貴方もすぐこちらへ配属されてさぞ驚かれていることではありましょう。私は行長様の強い信念に共鳴して心からお傍につかさせていただいている身分なのです。その、もし心にそぐわないことがあれば無理にとは……」

「トキお前!」

「行長様、この場合あまり強要させてはよろしくございません」

「けどな……!」

「…………その、少し考えさせてもらってもよろしいですか? まだ上手く気持ちの整理がつかなくて……」


 好次は複雑な心境が顔に出ており、反面申し訳なさそうに眉を顰めていた。


「ええ、ゆっくり考えてください。しかしこのことをあまり外で話さないよう厳守でお願いできますでしょうか?」

「はい、それは承知しました。では自室へ戻って暫し考えさせてください。御前、失礼致します」


 好次は一礼すると二人を残して部屋を後にした。


「トキ、お前ってやつは大名の俺を差し置いて勝手に意見を……!」

「行長様、貴方様の重臣として意見をさせていただきますが、キリシタンには平等精神が強いものでもあります。安全に平和的に過ごしたい気持ちだってあるのです。無理に強要しては聖書ビブリアに書かれていることに反することにもなります」

「それはそうだが……しかしトキ、話が違っているぞ! 俺はお前の言葉を聞いて好次がちゃんとキリシタンになると信じてついてくるかと思って声をかけたのに、あんな感じで迷って返事を出さないじゃねぇか!」

「それは……」


 そうなったのは好次が小西一族従属時代に時貞が介入と干渉していることが原因であろう。

 本来、キリシタン再建復興統一計画など、歴史上行長は提案していない事柄で、時貞ときさだが現れたことをきっかけに発起し動き出したことで、好次の意向が変わってしまったのではないかと思われるが、無論そんなことなどつゆもしらない時貞だがある懸念事項に焦燥した。


『しかしこのまま父上の意向が変わってしまえば、一生キリシタンとして人生を全うしないことにもなってしまう……そこだけは流石に維持をしておかなければならないということになる』

「行長様、せめて今は好次殿に考える猶予だけでも……」

「だが俺は長くは待てないぞ! この計画には少しでも早く事を進める必要があるんだ。仲間集めで躓いている場合じゃないんだぞ!」

「平等と謳われる以上、人の意志は簡単にはいかないのですよ」

「分かった口を利いてはいるが、そういうならトキが責任もって説得しろよ!」

「私、一人でですか?」

「大名の俺を差し置いて勝手に意見した罰だ! どうにかして好次を再建復興計画に入れるように責任をもって説得すること! これは俺からの追加命令だ、いいな!」

「は、はい……お任せ、ください……」

「以上だ、今日はこれで解散!」


 一気に不機嫌になった行長は時貞に追加命令が下し、その日は終了となった。


『……これは、とんでもないことを私がしてしまいました……』

 部屋に残された時貞は自分の行動に後悔と反省の気持ちを抱いていた。

どもっす、作者のみあこです。


 時貞ときさだ好次よしつぐとの親子再会。


 といっても時貞ときさだの一方通行な再会場面ではありました。好次よしつぐはまだこの段階で知らないのは当然のことですが。


 かの有名な歴史上の人物、聖徳太子しょうとくたいしの「冠位十二階」や「十七条憲法対策」の案は実は未来人からの教えによって設けられたことや、予言者となって未来人から聞いていた事柄や事件などの「未来人とき渡り」伝説があるぐらいに、先の未来からきた人からの影響が凄まじいことだというのを書いてみたかったです。あと聖徳太子のもう一つの伝説としてキリストと同じで実は「星の使者」としてこの世に産まれたなんていう説もあってキリシタンとの共通点を見いだせたような気がします。


 時貞ときさだ行長ゆきながに先の未来のことについて伝える時などの反応とか内密とかの様子を書けて楽しかったです。


 自分に分かることが相手にどう伝えるかって難しいですよね。ただでさえ普通の会話でも正しく伝えられるか分からないものが、理解し難い出来事や心霊体験や宇宙人の話しなど、通常ではお目にかからないものを正しく人に伝えるなんて限度はあります。私も実際に接した経験もない上に、この方一度も見たこともないので信じ難い面はあります。それを分かり易く伝えるために番組や特番があったときなどは再現したり、科学的根拠に例えようとするものですが、たぶん実体験者の立場からすると「そんなもので簡単に済ますな」という話ですよね。


 ただ、それを経験してどうなるのか。宇宙人と会えたからどうなのか。霊が見えたからなんなのか。それによってどう変わって進展していくのかなんて分からないですよね。

 私自身としては物語を頭に描いて発展していけることに役立っていることになるのでしょうね。


 次回は時貞ときさだの介入によって周囲がどのように錯誤変化していくか、展開に注目してください!以上!


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