思いがけない再会
「トキ様、主が戻られました」
「本当ですか? 会わせてもらえますか?」
「はい、玉座の間で控えております。こちらです」
夕餉を済ませ、ロルテスの部屋を後にした時貞はおたあの案内で行長の元へ参上する。玉座で行長は胡坐をかいて待っていた。時貞は対面し正座をして一礼し、居住まいを正す。
「おう、今帰ったぜ。俺に報告したいことがあるそうだってな」
「おかえりなさいませ、行長様。首尾はいかがでしたか?」
「まさに先ほどの用事は明日の従属の手配の最終確認をしてきたところだったんだ。確実にこちらに手配する予定だ」
「滞りなく仲間に引き入れられるといいですね」
「そうだな。ところで、匿っている赤髪の男の様子はどうだ?」
「相も変わらず、虚ろな状態ですが昼間に薬湯と生姜湯を飲み、夕餉は粥を一杯どうにか食してもらえることが出来ました」
「へえ、俺相手でも反応しなかったやつが物を口にするとは。お前と関わるやつってなんでも言うこと聞くんだな」
「私も不思議なくらいです。多少、手こずりましたが……」
まさか赤髪の青年が演技をしているなどと思っていないが口止めの約束を交わしているために嘘も方便の気持ちで告げるものの、やはり行長に対して偽っている罪悪感が時貞の心を占めている。
「……して、行長様。私から一つお願いがあるのです」
「ん、どうした?」
「あの赤髪の青年をしばらく、この城に匿ってもらえることは出来ませんでしょうか?」
時貞の頼みを聞いた行長は顎に指を置いて思案する。
「ふーん……とりあえず俺の中では完全に復帰出来るまでと目処はつけている。もしトキの頼みを聞き入れることになるとしたら、あいつがまず何者なのか聞き出さなければならないのもあるが……」
「あの赤髪の方を、戦略の一つとして一目おいても私はよいのではないかと思われますが」
「戦略? トキはそう思うのか? その根拠はあるのか?」
「勝手な私の意見だとは思いますが、様子見をしている限り悪者でもなく私たちに危害は与えないものだと思います。実際匿っている私を基本にして考えてはもらえないでしょうか?」
行長が顎に指を添え暫し考える仕草をしてから。
「……なら、その男をトキに任せるぞ」
「私の提案をご検討くださりますか?」
「さしより完全に回復するまでの見込みとしてお前に面倒を見てどうなるかを確認させてもらう。ちゃんと責任を持ち、何かあったら些細なことでも必ず俺に報告すること。俺もやっぱりあの男はどこか気になるし、少しばかり様子見をしたいんだ。俺の勘では只者じゃねぇような気がする……」
「寛容広き御心、感謝致します」
行長から時貞が世話をすることを条件に意見を受け入れてくれた。
「して、明日はトキの人を見る目にかかっているから、従属の迎合お願いな」
「はい、お任せください。総ては貴方様のために」
時貞は明日の迎合に控えるために行長と二人で念入りに算段を練り合わせていた。
♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰
そして翌日、新たな従属を小西一族へ迎え入れる日が訪れた。
「いよいよ今日だな」
「はい、昼の刻限に迎え入れる準備は整えて御座います」
「おたあも心得て御座います。常に周囲に警戒しながら伺いたいと思います」
「よし、二人共よろしくな」
三人は朝早くからよく話し合い、玉座の間で待機することにした。
「行長様、こちらに配属される従属を無事に連れて参りました」
昼の刻限。遂に行長の従属の一人が報せに入ってきた。
「ご苦労、こちらへ連れて参れ」
「はい、暫しお待ちを」
玉座の間に緊迫した空気が張りつめる。時貞も玉座の間の隅で正座し、背筋を伸ばして見守る。
「行長様、御前にお連れ致しました」
「入って参れ」
遂に他の城から小西一族へ新たな従属の男が姿を現した。行長の前で正座をし、深く頭を下げる。
「大名様の御前に参上仕りました」
「面を上げよ」
「は、失礼いたします」
西暦一五九七年。元号慶長二年。
宇土へ渡り、城主・小西行長にこれから仕える人物が時貞の目の前に現れた。見たところ大変に若い青年で上に高く髷を結っており、目鼻立ちも整っており、物腰もよく品があるしっかりとした印象を受けた。
「名を申してみよ」
「大矢野城より小西一族への従属の命を仰せ仕りました、益田好次と申します、以後お見知り置きを」
「……!?」
横で聞いていた時貞が思わず目を見開いた。
「お前が益田か。大矢野の城主から話は聞いている。これから俺の元に仕えるということでこの城の仕来りに従ってもらうことになる。それを心得ておき、改めてよろしくな」
「はい、こちらこそよろしくお願い致します。これからは小西一族の一人として尽くす所存で御座います」
「まあまあ、んな堅苦しく畏まるなって! もっと気楽に接していいんだぞ」
「い、いえ……っ! そういうわけにはまいりませぬ! 貴方様は大阪の上様より幕下として任せられた一国一城を担う大名様で御座いますれば、そのような失礼な態度は如何なものかと……!」
大阪の豊臣秀吉に仕える大名と聞いていた好次は粗相のないようにと父親から厳しく言われている。
『行長様は初めての方でもこうして誰とでも接するものですね』
時貞は心の内で接し方を見て思った。
「畏まったやつだな。まあいい。好次、お前年はいくつだ?」
「十七に御座います」
「うん、若い。羨ましいな。その時の俺は山口に構えていた宇多城主に薬師の才を認められて傍に仕えていた時期だったなぁ。あの頃が懐かしい!」
『私と同じ年。しかし、あの者が益田好次って、そんな、まさか……』
時貞は端から見て好次という青年に違和感を抱いた。
「では今日から俺の隣にいる時貞と共に俺の世話などをしてくれると助かる。お前の活躍を期待しているぞ、好次」
「はい、今後ともよろしくお願い致します」
「…………」
小姓という名の監視役を担っている時貞は傍らでじっと好次を見つめたまま、無事に滞りなく迎合を終え、新たに小西一族の仲間が加わった。
♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰
その翌日。時貞は行長に呼ばれて再度玉座の間へと向かっていた。
「お早う御座います、行長様」
「おう、お早う。ここの御座に座れ。座る方向は好次と対面する形でな」
そこには昨日大矢野城から新しく小西一族に加わった好次も居た。その姿が視界に入りながらも今は行長に注目する。玉座に座しており時貞は指示通りに好次を対面にして御座に座る。
「行長様、本日の御用とは?」
「改めてお前ら二人を紹介しようと思ってな。好次、こいつは俺の小姓の時貞で、トキと呼んでいる。色々と互いに協力することになるだろうから、挨拶をしておけ」
「はい。改めまして益田好次で御座います。昨日小西一族に配属して不慣れなところは御座いますが、今後とも精進して参りますので改めてよろしくお願い致します、時貞殿」
「あ、はい。行長様の、小姓として仕えております時貞です。以後、お見知りおきを好次、殿……」
このときの時貞は内心複雑な気持ちを抱きながら互いに挨拶を交わした。
「んー……」
横にいた行長が顎を指に添えて唸っている。
「行長様、どうなさいました?」
「なんかお前ら二人って……」
「私たち二人が、なにか?」
「なんとなくなんだが、少し似た雰囲気を感じるな。なんだか上手くいきそうな組み合わせというか……」
「然様ですか? 大名であらせられる行長様がそう仰ってくださると初めてこちらに身を置く者として胸が撫で下ろされます。時貞殿とこれから先、気が合うことを心から願っておりますが」
「……」
「まあそれはさておき、好次。この城へ来たばかりだから色々と分からないことがあるだろう。今日は俺の家臣にこの宇土城の場所などを案内させることにしている。充分に見回って把握してくれよ」
「はい、了承致しました。私もこの場所に慣れるよう精進したいと思います」
好次は小西家の城全体を把握させるために家臣によって内部と外部を案内をさせるために、一端行長と時貞の傍から離れることになった。
「……よし、トキ。今から例の部屋へ行くぞ」
「あ、はい」
好次が玉座の間から去った後、行長が朝早く時貞を呼んだ目的は別にあった。それは例の部屋という言葉で理解し、すぐさま玉座の間から移動し、極秘会議に使われている小さな部屋へと入った。城の見学というのは、好次を二人から離すための口実でもあった。
「さてと、今回仲間に加えた好次のことについてだが、どうだ? 一日経ってお前の目から見てどう思う? 信頼に足る人物だと思うか?」
「第一印象から拝見させていただいて、悪くはないと思えます。とても忠実に尽くしてくれそうなしっかりとした面立ちと雰囲気。教養も優れておりましょう。あらかたのことはなんでも覚えてくれて、後に頼り甲斐はあると思えます」
「なるほどな、それがお前の意見な。俺と思っていることと大体同じでよかった。……だが、一つ気になることがある」
「気になること?」
「お前が昨日の迎合から好次のことを複雑そうな感じで見ているのはどういう意味なのか、と思ってな」
「……っ!?」
直感に優れている行長から意表を突かれた時貞は思わず目を見開いてしまう。
「はぁ……トキ、お前思っていることが顔に出るから分かり易いぞ。そんなことじゃいざ敵として立ちはだかった相手に遭遇して気づかれたら弱みとして付け込まれるぞ」
少し呆れた口調を含みながら行長は告げる。
「え、適当に仰ったのですか?」
「俺の感じていることは憶測で確信はないんだぞ。まあ、お前が分かりやすい相手だから変に勘繰る必要はないっていうだけで助かっているがな。表情が出やすいその気質は俺だけにしておいた方が身のためだぞ」
「ええ、以後気を付けます。しかし、これだけははっきり申し上げます! 好次殿はとてもお人が良いお方だと思っております! それは、昨日から感じていることで変に悪く思ってはいないのです! この思いは神に誓って偽りはありません!」
「別にそこは疑っていねぇよ。ただ、昨日今日会った人間によくそこまで断言できるよな。まるで前から知っているような口調だからよ」
「っ……それは……」
時貞はそこで言葉が詰まった。
「おいトキ。俺は言ったよな? どんな些細なことでも違和感を抱いたことを俺には隠さずに告げるということを。俺を目の前に黙秘ってことはねぇよな?」
「黙秘までとは言いませんが、ええと……私の思っていることを貴方様にどう説明したらよいものか推し量っているのです」
「ん? それはどういうことだ? 上手く説明が出来ないっていうのか?」
「ええ、まあ……」
「じれったいな! 上手く説明出来ずとも思ってることを正直に言えばいいんだよ!」
時貞はその言葉に意を決して行長に胸中に秘める思いを告げた。
「……率直に申し上げますと、益田好次は……私の父の名です」
はいはいはい、みあこで作者です!
お盆の実家帰省から帰ってすぐにこの話を投稿しました!長期休みを取らせてもらったが明日も調整休みって、私のお盆明けはいつなのでしょうか……逆にそれを利用して次の話を考えてすぐに投稿出来るように準備しておきましょうか。
話しは変わって、皆さんも衝撃的な出来事などの経験はありますか? そんなすぐ早々には出会えないとは思いますが、ある意味会わない方が幸せだってときもあるものです。退屈な日常に刺激を求めたい人。波乱が多すぎて平凡を求めたい人。平和を望み穏やかな暮らしを求めたい人。概念を壊して独自を表現したい人、など。世界を除いて日本人口約一億二千万人余りの星の元でこの世に産まれ、それぞれの人生は数多くあります。私の場合は良くも悪くも「無難」な人生を歩んでいる方、ですかね。まあ、この年まで生きさせてもらっています。ありがたいです。
というわけで今回は小西一族に加わった新たな仲間に衝撃の事実が隠されていました。だからサブタイトルにも意味ありげな名称でつけさせてもらいました。時貞の複雑な心情に聞いていた行長はどう受け止めたのか、その反応は次回作で!それではまた!