赤髪の道化師
「トキ様、おたあです。中に入ります」
「あ、どうぞ」
部屋を離れていたおたあが部屋に戻ってきた。
「失礼致します、薬湯と生姜湯をお持ち致しました」
「態々有難う御座います」
お盆の上には煎じた薬湯と生姜湯が入った湯呑を持って部屋へと入ってきた。
「様子は如何です?」
「この通りです。私が話しかけても相変わらずで……」
赤髪の青年は相変わらず俯いた状況で一言も喋ることはなかった。
「そうですか。このような状態でこちらを飲んでくれるでしょうか?」
「おたあ殿、それは私に任せてもらえますか?」
「トキ様が、ですか?」
「最低限でもこちらを飲ませなきゃいけないのであれば私にお任せください」
「本当に大丈夫ですか?」
「あまり人がいると落ち着かないのもありますし、一人の方が出来やすいことだってあります。おたあ殿は毎日私のお世話をしてくれています。ならばここは、この方を見つけた私が責任を持って看たいと思います」
「では、お任せ致します。実はこの後、足りない薬草を採りにいかねばと思っていた矢先でしたので」
「ええ、気を付けて行ってきてくださいね。特に岩場の辺りは……」
「危ないところには近づかないよう心得ます」
時貞はおたあの身を案じ、おたあもそれに答えて部屋を後にした。
「……さて、人払いは果たしましたよ」
「……はぁ、喉が渇いたね。長いこと眠ってて何も口にしていなかったし」
気配がなくなったところで二人きりになった途端、突然部屋に聞きしれぬ声が聞こえた。その声の主はまさに時貞の目の前にいた。
「ねえ、その湯呑もらえないかな。えっとトキ君、だったかな?」
「その前に聞いていいですか? どうして今まで病人みたいに黙って虚ろなふりをして人をだます様な真似をしたのですか?……」
「自分が置いている状況の把握と君たちの様子見をさせてもらったのさ」
先ほど虚ろで元気も覇気もなかった赤髪の青年が一変して流暢に巧みに澱みなく、はつらつと普通に喋ることが出来ていた。
実はこの青年は今まで虚ろなふりをして状況把握のために無言を貫いているだけの演技をしていた。そして時貞は先ほどおたあが来る少し前に彼の演技を明かされていたのである。
まさに道化師のような青年だった。
「そこまでする必要があったのですか?」
「初見の相手は見定めなきゃいけないからね。特に俺みたいな外見が違う人間は怪しまれる対象になってしまいがちな人生だったから。へたな相手に当たってへたなことを話すとこっちの身が危うくなってしまう可能性を考慮してね」
「とりあえずこちらを飲んだら、貴方自身のことを詳しく話してもらいますからね」
時貞はおたあから受け取った湯呑を赤髪の青年に渡す。
「ん、とりあえずありがとう」
青年が湯呑を受け取りそれを口にする。
「ぐっ!? 苦い!? ちょっとこれ苦いんだけど! というかお湯じゃないか。水じゃないの?」
口に含んだ瞬間文句をはっきりと告げる赤髪の青年。
「それは薬湯ですからね。先ほどの女性、おたあ殿が煎じてくれたのですよ」
「正直、体はどこも悪くないんだけど。喉が乾いているから水を用意してほしかったよ」
「黙って何も話さなかった貴方にも非はありますよ。体を温める効果もあるようなので全部飲んでくださいね」
「ふぅ……そう言われると言い返しようがないね」
文句を発しながらも意外と素直に受け入れ、苦さを我慢しながら薬湯を全部飲み干した。
「んぐ、ほら全部飲んだよ。それで、そっちの湯呑はなに?」
「生姜湯だそうです。体を芯から温める効果があるようで」
「へえ、確かにこの部屋はうすら寒いし、それだったら丁度いいかもね」
生姜湯の湯呑を受け取り、それを一口飲む。
「……う、さっきの苦水よりはいいけど、味と風味が独特だな」
「全部飲んでくださいね」
「復唱しなくても分かっているよ」
赤髪の青年はそこから眉間に皺を寄せながら一気に生姜湯を飲み干した。
「ふう、これでいいだろ?」
「この様子から食欲とかは問題なくありそうだということは分かりました」
「うん、後で何か持ってきてくれるとありがたいね」
「おたあ殿に頼みますよ。虚ろなふりして実は元気だったという報告も兼ねて……」
「待った! それはちょっと待つんだ! そのことに関しては二人だけの秘密にしてもらえないかな?」
「どうして?」
「今のところ君にしか信用の目処が立ってないないからね。他の人の把握をするまでは虚ろな青年として演技をさせてほしい」
「行長様もおたあ殿も貴方を咎めるような悪い人ではありませんよ」
「それは君独自の見解であって、俺は実際に自分の目で見て判断しないと信用しない性質でね。だから今のところは君にしか俺本来の姿を明かす状況でいてほしい」
「どうしても、ですか?」
「その代わりとして、俺は君たちに害を及ぼさない。そこだけは信用してくれていい」
「一応心得ておきましょう……しかし、どうして私だけと決めたのです?」
「だんまりしている状況の中で、見事に俺の真相心理を適格に告げたからさ。だから君にだったら告げてもいいかなと判断をしたから」
「私の発言が適格だったのですか?」
「え? 俺が黙っていたときに告げたさっきの言葉は探りを入れて言っていたんじゃなかったの?」
「私は感じたことを言ったまでで、それが適格だったとは思いませんでした」
「……それは、驚きだね」
赤髪の青年は時貞の発言が予想外だったようで思わず驚きが表情に出ていた。
「それよりも貴方に聞きたいことがあります。貴方は一体何者なのですか?」
「何者、か……」
赤髪の青年は一瞬言葉を詰まらせ、考え事をする。
「言えないのですか?」
「言えないというよりも、どう説明したら分かってもらえるか言葉を選んでいるんだよ。俺のことを話すとややこしいんだよね、これが……」
「それでは、私が感じていることを一つ告げてもいいですか?」
「感じていること? 気になるね。言ってみて」
「貴方は、この国の人間ではありませんね」
「…………」
赤髪の青年は時貞の発言に言葉が詰まった。
「面白いことを気にしているね。どうしてそう思ったの? 根拠は?」
「赤い髪に蒼い瞳。白い肌に際立った顔立ち。私は貴方のようなお方をお見掛けしたことがあります。私はそれを総称して「南蛮人」と呼んでいました。貴方もひょっとして……」
「ふふ、ははははは!」
発言の途中で突然赤髪の青年が高らかに笑った。それと同時に時貞が拍子抜けしたかのように驚いた。
「あの……私、何かおかしいことでも申しました?」
「ご名答だよ。君の言う通り、俺は南蛮人。海の外から南蛮船に乗ってやってきた人間さ」
「やはり、そうだったのですね」
「しかし、この国では俺の外見から「赤鬼」と呼ばれる。初見の君が俺のことを南蛮人と言い当てたのはこの国に来て二人目だったから思わず嬉しくて笑っちゃった!」
容姿が際立つ赤髪の青年の心から笑う姿に思わず時貞も見入ってしまう。
「驚かせているみたいで悪いけどほんと、こんな気持ちになったの久しぶりだよ。こんな心から笑えたのは長らくなかったから、つい嬉しくてね」
「そう、なのですか……」
今まで虚ろでいた青年とは思えないほどの極端な変わりぶりに気持ちがややついていけないでいる時貞。
「色々なことがあったが、俺はどうやら君に遇えたことを幸運と捉えるべきだね。不幸中の幸い、ということもやっぱりあるもんなんだなこの世の中」
「あの、感動しているところ申し訳ないのですが話の続きをしませんか……?」
話を進めたい時貞は赤髪の青年の間に割って入る。
「おっとそうだった。感傷に浸ってすまないね。今日の俺は気分がいいから話せる範囲だったらどんなことでも話そう。何が聞きたい? 俺の好きな食べ物? 尊敬する人物? それとも、女性の好みとか?」
「その系統の質問はいずれどこかで聞くとして、今はそれとは別の質問をさせてください」
「どういったことを?」
「海で倒れていた経緯を。南蛮人の貴方が海辺で倒れていたということは……」
「君の想像通りだよ。何の変哲もひねりもない出来事で、俺は浜辺に倒れていたんだろうね。急な大時化で海に投げ出されたことは今も記憶の中にとどまっているよ」
やはり遭難者であった。しかし記憶を失ってはいないようで発言からしてはっきりと覚えているのは時貞にも伝わる。
「偶然とはいえ、よく浜辺まで流され辿り着いてきたものだと思いました」
「俺も故郷からここまで長い航海で何度もそういう目に遭いそうになったり、実際に遇ってしまった人たちを見てきているからね。だから海に投げ出されたときの対処法を自分なりに身に着けてはいたんだよ」
「災難、でしたね。では、船に同乗していたお仲間は……」
「どうなってるんだろう、あまり想像したくもないかな……」
行方不明、あるいは死。それが頭によぎった。
流石に時貞もその先を問いただすことは出来なかった。
「……失った気持ち、私にも分かります……辛い、ですよね」
「でも、今となっては後の祭りさ。喪失したものは願っても還らない。ただ今のところ、俺にはどこへも行く手段がない現実に直面して、路頭に迷っているんだ」
赤髪の青年はどこか前向きな考えで時貞とはまた違う考え方で感銘を受けた。
「ではどうにかして、貴方にここにいてもらうように私が行長様に説得しましょうか」
「頼めるのかい?」
「突拍子で大胆不敵なお方ですが、弱い人を見捨てるようなお人柄ではありませんし、貴方の境遇のわけを話せば行長様は分かってくれると思います」
「今の俺の立場だったらそうしてもらえると助かるよ」
「ええ、任せてください」
「それで、他に聞きたいことは? 聞き出したいことはある?」
「……あの。これは個人的なのですが、貴方の航海をしてきた旅路を聞いてみたいです」
「え?」
突然かつ予想外な時貞の質問発言に赤髪の青年が蒼い瞳を見開いて驚いた。
「私、興味があるんです。海の外、まだ見ぬ世界のことを知ってみたいんです! 遠い海を渡ってきた貴方の話を聞いてみたいです!」
「君も、結構物好きだね。まさかこの状況で、初見の俺にそんなことが聞きたいだなんて……」
予想外の会話が続くあまりに赤髪の青年も驚きつつもどこか楽し気な表情である。
「南蛮人である貴方ですから、知っている限り教えてもらいたいです!」
「……長くなりそうだから、また別の機会でいいかな?」
「それぐらいに壮大なのですね!」
「話しきれないぐらいだから、ね」
「是非聞かせてくださいね、えっと……」
「そういえば、基本的かつ肝心な質問を君は聞いていないよね?」
「そうでした。今更ではありますが、貴方の名は?」
「……山科勝成」
「勝成殿、しかし貴方は南蛮人……」
「というのは、この国のみで使う名だよ。まあ、君になら俺の本名を打ち明けてもいいかもね。俺はロルテス。ジョバンニ=ロルテスだ」
♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰
「そうですか、薬湯と生姜湯を飲んでくれたのですね」
夕刻、薬草摘みに出かけていたおたあが戻り、赤髪蒼眼の青年ロルテスの部屋へ訪れていた。
「ええ、塞ぎ込んでいる中どうにか粘って二杯飲ませることが出来ました」
「有難うございますトキ様。貴方様はやはり素晴らしいですね。どんな相手でもたちまち取り込める力があるようで」
「人を取り込める力?」
「えっと……言葉が難しくて、どう伝えるべきか分からないのですが、人を、惹きつける? 力とでも、言うのでしょうか。貴方様にはそういった人の心を掴める何かがあります」
元々日ノ本の国の人間ではないおたあは言葉選びにまだ戸惑うこともあるようでしどろもどろになりながらも一生懸命見合う言葉を探す。
「そう、ですか? 私にはそういった力があるのでしょうか、よく分かりませんね」
思っていることを実行行動しているだけで時貞には自覚はない。
「……ふふ。もうすぐ主も戻られます。では、そろそろ夕餉の支度をしなければ」
「そうですね。あ、夕餉ですが二人分用意させてもらってもいいですか?」
「二人分? えっと、トキ様の分と……?」
「あの赤髪の方の分の用意を」
「えっと、食欲はおありなのですか? 見るからにあるとは思えないのですが……」
「薬湯と生姜湯を飲んでくれたので試しに食事出来るか試してみたいのです。長らく眠ってあまり動いていなくても空腹はありますから。現に私もそうでしたし」
「そうですか。トキ様がそう仰るのであれば準備致しましょう」
警戒心の強いおたあも時貞の言葉に絶大な信頼を寄せているのか一片も疑わずに従った。
「ええ、お願いしますね」
その会話のやり取りをしておたあは夕餉の準備に取り掛かるために空いた二杯の湯呑を持って炊事場へと向かった。
「……どうにか、貴方の食事は確保出来そうですよ」
「……ふふ、ありがたいね。何もしないでこんな簡単に食事にありつけるなんて環境。出来ればずっとこの境遇を続けたいな」
虚ろで覇気のない青年のふりをしていたロルテスは時貞の前では打って変わって飄々とした陽気に戻った。
「そんな贅沢な環境は長く続きませんよ」
「なんてね、分かってるよ。働かざる者食うべからず、だろ? それに、ずっと覇気のない青年を演じ続けるなんて俺の性には合わないね。いずれは明かさなきゃいけないことだし」
「とりあえず、食事を持ってくるまで貴方の看病をしなきゃいけない、とはいえ貴方は特質なにも問題はないので、私の看病の意味がないということになるのですが……」
「相手はしてほしいよ、暇だから」
「……」
ロルテスの少々厚かましい態度に言葉を一瞬詰まらせたが、機転変えて時貞はこれを機にもっと話をしようと話題を提供することにした。
「しかし、回復したとして今後貴方はどうしていかれる心算ですか? 貴方の身柄を保証できるのは病人になっている期間のみで、健全になったらどうするかを決めなければ」
「それは少しずつ、ここに滞在している間に考えるさ。俺にはやらなきゃいけないことがあるから」
「やらなきゃいけないこと?」
「それを目処にしてどうにか今後の計画を立てていくさ。君には関係のないことだし俺の問題だし、貸し借りをあんまり作りたくないしね」
「少しでも、手助けは出来ませんか? やらなければならない最中で遭難されたのであれば何かと大変でしょう」
「手助け? 俺の? そんないいよ、気を遣わなくても」
「困っているならば放ってはおけません。どうにか少しでもお役に……」
「……君ってば、ひょっとして根っからのお人好し? 遭難した俺のことを助けたといい、ここに匿ってもらって俺の頼みを聞いて、食事を与えてくれるよう手配をしてくれて、俺たちって初見だよね? 見知らぬ何者かあまり明白になっていない俺に、君は無償で手を差し出すのかい? それともここで俺が世話になっている見返りを欲しているわけ?」
「違います! 見返りだなんて求めてません。貴方にはやらなきゃいけないことがあればこうして接しているのにただ黙って放っておくなんて私の性に合わないんです!」
「んー……」
「貴方のやらなければならないことってなんですか?」
「えっと、トキ君、だったかな?」
「時貞です。周囲からはそう呼ばれるようになってますけど」
「じゃあ、俺もそう呼ばせてもらおうかな。で、トキ君。俺の境遇は君の思っている以上に複雑でややこしいことなんだよ。ひょっとしたら君の手に負えない事柄だと思うし、それでも俺の手助けをしたいっていうの?」
「どうにかしましょう」
「え、どうにかって……どうやって?」
「どうにかしますし、どうにかするのです! そして貴方が無事にやるべきことを成してください!」
「ははは……それが本心なのか偽善で言っているのかはまだ判断はつかないけど、なんだか否定しても聞かないような感じはするな……」
「それで、やらなければならないこととは?」
「率直に告げるけど、そのやらなきゃいけないことに必要最低限なものがあるんだ。まず船が欲しいな。大きな船。どのくらいの規模かっていうと俺がかつて乗っていた南蛮船ぐらいの大きな帆船を。そして航海するのに必要な物資に食料、大砲鉄砲その他雑貨もろもろ……」
要するに造船の提供という大きな要望であった。
「…………」
「どう? 俺の要望を君に用意出来る? 俺から見たら、君にそれを準備出来るとは到底……」
「分かりました、なんとかしましょう!」
「は、い??」
あまりにも簡単に承諾している時貞の姿にロルテスの蒼眼が驚きに見開いた。
「で、出来るの? 用意出来るっていうの? 君が? どうやって? だってさっき君もこの城に拾われた人だって……」
「時を要するかもしれませんが、それでしたらなんとかなるかもしれません!」
「どう、いうこと?」
「私に考えがあります! 待っていてください、必ずや貴方の要望に応えてみせます!」
「ほ、本当にそんなことが……?」
その要望に応えられる根拠がどこから出てくるのか、ロルテスも初めての境遇にどう対応していいのか想像もつかず、言葉が出なかった。
「トキ様、おたあです。夕餉を運んで参りました」
「あ、おたあ殿、どうぞ」
「おっと、いけない……」
障子からおたあの声が聞こえたと同時にロルテスは褥を元通りに戻し、覇気のない青年を演じ始める。
「失礼致します。こちら、本日の夕餉になります」
「有難うございますおたあ殿」
「こちらはトキ様の夕餉でこちらが赤髪の君の夕餉で御座います」
「今日もおいしそうな食事ですね。後は私がどうにか食べさせますのでおたあ殿はゆっくりと夕餉を召し上がってください」
「では、またお膳を取りに伺いますので。あと看病で何かありますればお呼びください」
「はい。ところで、行長様は戻られてますか?」
「予定より少し遅くなるみたいですが今日中には戻られるそうです」
「戻られましたら私から話があるとお伝え願えますか?」
「畏まりました。主がお戻り次第お伝えいたします。ではこれにて」
一礼するとおたあは部屋を後にした。
「さあ、食事の刻限ですよ」
「やっとか! 空腹で耐えきれなかったところだったんだ」
「おたあ殿が貴方の分はこれだそうです」
「……それ、正気?」
ロルテスに用意された食事は病人用に作られた味が薄いお粥一杯だった。
「まあ、貴方は一応病人として扱われてますからね」
「絶対足りない……! 肉、猪肉、なかったらせめて焼き魚の肉でもいいからおかず一品がほしい!」
「今日の夕餉は五穀入り白米、新鮮な野草の付け合わせ、これは、味噌煮ですかね? そして魚の刺身と甲殻貝類の盛り合わせ。今宵はなんて贅沢なんでしょう。しかも刺身なんて、大好物ですが滅多に食べれない代物に久方ぶりに味わえるのですね。おたあ殿にあとでお礼と感謝を述べましょう」
時貞の夕餉はとても豪華なもので栄養もあってかつ贅沢な刺身にご満悦だった。
「では、天のお恵みより、神に感謝の祈りを……」
時貞は胸元で十字を切り、前に手を組み祈りを捧げる。
「君、その仕草……!」
その様子を見ていたロルテスが時貞に話しかける。
「食事する前のお祈りです。幼い頃から習慣でやっているのです」
「ヤハウェの十字切り……君、ひょっとしてキリシタンなの?」
「え……あっ!」
迂闊にもロルテスがいる目の前でキリシタンの習慣を露わにしてしまった。
「あ、いえ、あの、これは……っ!」
自室でやっていた行為が自然と癖づいてロルテスの部屋であることを忘れ、無意識に出てきてしまい、行長の約束事がここで脆くも破ってしまったことに血の気が引くのを実感する。
「俺を欺こうと逸らしても無駄だよ。その仕草はこの国にはない習慣だからね。俺の国では当たり前にやっていることではあるけど……聞いてる?」
「ああ、私、やってしまいました……。こんなにも簡単に癖が出てしまって……どうしましょう……行長様に申し訳がたたない……!」
時貞は焦燥し、頭がぐるぐると収拾がつかなくなっている状態なのでロルテスの声は聞こえない。
「他人に見せてはいけないことだったの?」
「……そう約束をしていまして……」
「早々に破っているね」
「う……あの、この期に及んで都合のいいことを申し上げます。黙っていてもらえませんか?」
時貞の方法。単純に口止めを懇願する浅はかな頼み事。それをロルテスは。
「別にいいよ」
「え、黙っていてもらえます?」
意外にも単純に承諾を得られた。
「君だったらいいよ。俺を助けて匿ってくれた上に南蛮人の俺を否定することなく受け入れてくれているから。そのくらいの秘密なら全然引き受けるよ」
「本当ですか、ありがとうございます! ああ、よかった……この失態を咎められたら、殴られるだけじゃ済まない事態でしたので……」
やはり行長の鉄拳制裁と処罰が恐ろしかったようだった。
「たださ、一つ聞いてほしいことがあるんだ」
「はい、なんでしょう」
「情けない話だけど、君の夕食……少し分けてもらえない? 流石に粥一杯じゃ全然足りなくてさ……」
ロルテスの頼みは食事のお裾分けだった。
「そういうことですか。全然いいですよ」
「ありがと、恩に着るよ」
時貞はそれを断ることなく受け入れた。
「じゃあさ、その汁物もらえないかな?」
まずロルテスは具沢山の汁物に目をつけた。
「では、半分に分けましょうか」
時貞は汁物に使われていた蓋を利用してそこに具と汁を入れてそれをロルテスに渡した。
「はいどうぞ」
「では、いただこうか」
二人はこうして夕食にありついた。
「うん、これ海鮮から出汁を取っている味噌煮だね。空腹も相まって具にも味が染みてて質素ながら久しぶりにおいしく感じるよ」
「本当ですね、やはり海が近いと新鮮な魚介類を使った料理が多いですものね」
「どうにかおかず一品あるだけでも雲泥の差だよ。味気ない粥が栄えてくる」
「ロルテス、刺身の盛り合わせはどうです? 新鮮でおいしいですよ」
「……いや、それはいい。俺、生は苦手で火が通ってないと食べれないんだ。口に入れたときの生臭さが耐えられなくて……」
「そうなのですか、おいしいですよ」
「そう思うのは君自身で、俺の国では生を食べることなんてなかったから苦手なの」
「好き嫌いは駄目ですよ」
「しかたないだろ、無理なものは無理だ」
「…………」
ロルテスの文句に時貞が眉を顰め、表情が曇った。
「……世の中には、食をまともにとれない人たちがいるのです。貧しくて、稼ぎもなくて、それこそ年貢を納められないぐらいに苦しい生活を強いられている人がいるのに、それを平然と食べないなどと、よく言えるのですね、貴方は……!」
「な、なんだよ急に。初見同士なのに説教するの……!?」
「私は過去に、貧困に境遇している人たちを何人も見かけています。それがどれだけ心苦しい出来事か、貴方は知らないのですね」
「え、えっと……」
「こうして食べれることがどれだけ幸せなことか。与えられたものはどんなものでも味わうものです。神に与えられた天の恵みを粗末にするものでは……!」
「…………なんか」
「え?」
「神なんかいないよ。俺はそんな不確かなものなんて、信じない」
そういいながらロルテスの顔が急に険しくなる。それを聞いた時貞は。
「……あの、何故そんな、悲しいことも平然と言えるのですか?」
「え、何?」
「いないとか、信じないとか、悲しくなってしまいます。私は貴方を信用していますのに……」
ロルテスが時貞の反応を見て内心狼狽えた。
「いや、別に君を信じないとまではいってないよ! ……まあ、信仰心が厚い君からすると、確かに俺の発言は失言だったみたいだね。別に誰が何を信じようが勝手ではあるから君の前では発言を控えるよ」
「では、お刺身食べてください」
「……なんでそうなるの……?」
「好き嫌いはやはり駄目です。それに、そのぐらいの量では足りないでしょう? 夜に空腹にならないよう嫌いなものをちゃんと食べれるようになりましょう! ほら、醤油をつければ少しはごまかせるのではないですか?」
「えー……」
明らかに嫌そうな顔を表すロルテス。
「一枚分けますから、食べて見てください」
「…………んぐ」
時貞の強引に押されたロルテスは一睨みしながらも勇気を持って渋々一口いった。
「どうです?」
「……うぐ、やっぱ生臭い、それに相まって食感も……せめて火が通っていてほしい……」
こうして二人の夕餉の刻限は過ぎていった。
チャオっす! みあこながら、作者でっす! チャラけて言ってみました。
つい最近、大学時代の友達から久しぶりに電話がありました。私にとって大事な人で心を通わせあえることの出来る大切な友人です。
そんな友達から最近ぶっ飛んだ話を聞きました。現在住んでいるところから高速道路を使って三重県まで車で十時間かけて行って来たのだそうです。何しに行ったのか聞くとお世話をしていた相手に会いにわざわざ朝早く行ってきたと聞いて、面白くて笑いが止まりませんでした。
この交通機関が充実しているなかで車でひとっ走り行ってきたこの有言実行力!
最近の日本人に少なくなってきていることをちゃんとしていることがすごいなと思いました!興味津々で話を聞いて盛り上がって、会ったときにはお互いこの先の人生論を語り合おうと約束を交わして「ああ……本当の友人の理想形だな」と思いました。
今ではSNSやネットなどソーシャルツールが多い中、人と人と互いのコミュニケーションが減って、「本当の絆」というのが欠けているのではないかと思うこの時代、私は本当の友人に会えて恵まれています。
友達は多いだけじゃないです。人数が少なくとも心が通じあえ、信頼できる友人が一人でもいればいいんだという一つの考えではないかと思います。相手も忙しいから、次はいつ会えるか楽しみですね。
この出来事のように、時貞をそんな一人として仲間を作り上げ、そして「本当の仲間」を見つけていくでしょう。次も仲間集めに専念していく姿を書いていきます。それでは次回!