虚無
「……トキ、お前はとんでもねぇもの見つけたもんだな」
「……まずかったでしょうか……」
「いや、状況に賛同して運んだ俺も俺だ。しかし……」
羽織っていた頭巾や外套から白の寝間着に着替えさせた後、褥に横たわる赤い髪の青年を目の前にして二人は静かに小声で赤髪の青年について話していた。
「こいつは一体何者なんだ? あんな赤毛をした人間、初めて見たぞ」
「ええ、と……それは私も聞きたいです」
誰よりも目立つ赤い髪を有する遭難した青年。
性別など確認することもなく、見た目ではっきりわかる。
体つきや顔つきで一目で分かる程の屈強な体つきで一目を惹く顔立ちをしている。
果たしてこの青年は一体何者なのか。
何故あの海で遭難し、ここまで流れ着いたのか。
疑問に思うことは沢山ある。
「拾ってきたトキのようだな」
「私も、こんな感じでしたか?」
「お前の場合は血塗れで手間をかけたが、幸いにもこの男は流血も返り血もなかった。しかし今日で二人目なんて、誰が想像できるか?」
「私も想像していませんでした。今でこそ、行長様のご苦労と感謝が分かりました」
「まあ外傷はないものの、安静は必要だ。この城の連中にも詳しく話しておきつつ、この部屋の人払いをしといたほうがいいな」
「私に出来ることはありますか?」
「トキはおたあの手伝いをしてやってくれ。そしてこの男の看病を。そして目を覚ましてから、話を色々と聞き出そうと思う」
「行長様、あまりそうやって弱っている人を刺激するような発言は控えた方がいいようにも思えますが」
「しかし、聞かないと分からないことがいっぱいあるだろう。まずは何者なのか身分を打ち明けてもらわねぇと」
「それはそうですが……」
「ま、それはお前の経験談をもとに気を使っているのは分かる。とりあえず目を覚ましてからの話だ。さしより、体を冷やさないよう布を湯に浸して体を摩る。これで体温を取り戻していくんだ」
「ええ、その作業は私にお任せください」
「じゃあ頼んだぜ、はあぁ! また何かと忙しくなるな。やっぱ、仲間が少しでも多く必要だ」
そう呟きながら行長は部屋を後にした。
「……この方は一体。奇遇でしょうか、私と似通っているところがありますね」
行長とおたあに拾われた自分と赤髪の青年の境遇に、どこか親近感を見出した時貞は拾ってきた責任も兼ねて懸命に看病をすることにした。
♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰
海辺で赤髪の青年を拾ったその翌日。時貞は朝早く起きて、赤髪の青年が眠っている部屋まで来ては看病と様子を看ていた。
「トキ様、こちらにいらっしゃいますか? 失礼してもよろしいでしょうか?」
「おたあ殿、はい、います。どうぞ」
「失礼致します。お湯と布を持って参りました」
「有難うございます」
「その方の容体は如何です?」
「ええ、体に触れたところ体温もだいぶ戻ってきております。昨日から摩擦を続けたおかげでしょう」
「トキ様が看病を手伝ってくれたおかげです」
「おたあ殿も手早くお湯を運んでくれたり、布を何度も取り変えをしてくれたおかげです」
「当然のことをしたまでです。さあこちらに新たなお湯と布をご用意致しました。私もしばらく手伝います」
「ええ、引き続き摩擦を続けましょう」
おたあも交えて二人で青年の体を入念にお湯につけた布で摩擦をし、体の体温を維持できるように摩った。
「ふう、あとは新しい寝間着を着せるだけですね。これは私がやりますので」
「これが済みましたら昼餉に致しましょう。直ぐに準備をしなければ」
「ええ」
おたあが桶を持って部屋を後にしようとすると廊下から足音が聞こえ、それが近づいてくるのを二人は感じた。
「おう、トキ、おたあ! 看病ご苦労! 様子はどうだ? そいつは目覚めたか?」
「あ、行長様」
「主。ご覧の通り、まだ目覚めぬままで御座います」
二人は行長の参上に居住まいを正して現状報告をする。
「荒波に揉まれて体力がだいぶ削れたんだろうな。とりあえず目覚めるまで看病を続けるとして、急なんだがちょっと二人に話しがあるんだ。ここを離れて例のあの部屋に集まってもらえるか?」
それを聞いた二人は敏感に察知し、行長に従って赤髪の青年が眠る部屋をあとにした。薄暗い狭い一間の部屋に付いた三人は互いに顔を合わせて座る形をとった。
「行長様、話とは?」
「ああ、実はこれから一人、新しい仲間を加える手立てがつきそうなんだ」
「それは本当ですか、主」
「ああ。この宇土の城へ一人従属をこちら側に寄越すという、この近辺に構える城に仕えていた従属で話し合いが結託したんだ。ちゃんと城主や本人からも移動の許可は得ているぜ」
「それはよき戦力にもなって、我々と理解を分かち合えそうですね!」
キリシタンの再建復興統一を野望に掲げてからの仲間探しをしていた最中に思わずの朗報で時貞に一筋の希望が胸の内に宿った。
「まあ、逸る気持ちも分かるが待て待て。喜ぶのはまだ早いぞ。早速だがトキにも働いてもらうからな」
「私が、遂にお役に立てる時がきたのですね! それで私はどのようなことをすればよいのでしょうか?」
「……こうして俺の命令を独自に楽しむのは勝手だが、率なくやれよ。この計画は慎重にことを運ぶ重要な極秘任務の一つとして初めてお前に任せることだってこと、自覚してくれよ」
「はい、それは重々承知しております」
時貞は重要かつ極秘任務の責任に気を引き締め、高鳴る胸を落ち着かせる。
「それで、その仲間になる予定の方というのはどういった人でしょうか?」
「俺も会ってみないと分からない」
行長の発言に一瞬間が空いた。
「……それは、素性も何も分からないということなのですか?」
「会ったことねぇしな。だが小西側に引き入れるのは正式に確定してるんだ」
「……それをあわよくばキリシタン側に引き入れようという主のご算段でしょう」
おたあは行長の性格をよく知っているだけに魂胆を見抜いた言葉を返す。
「そうだったのですね、行長様」
またしても即断即決で強引かつ突拍子な発想と決断力を持つ行長の性格であることをまたもや感じる時貞。
「だからこそ、トキ。お前にも働いてもらうと言っているんだ」
「具体的に何をすれば?」
「この前言っただろ? 仲間に引き入れるかどうか、同士として忠誠を堅く誓える人材に匹敵するものであるか。そこにトキも一緒について見定めてもらうからな」
「それは、まさに責任重大ですね……」
「面会の日も決まってる。明後日の昼の刻限だ」
「明後日、ですか?」
「それは急な話ですね」
「俺が急ぐようにしたんだ。早く仲間を迎えるに越したことはないからな」
「突発な判断ですね」
「“善は急げ”だ! イイやつだったらこちら側に引き入れて少しでも同士がいた方がいいだろう?」
「……“急がば回れ”の考えはどこにいったのですか、主?」
「俺が決めたことだ! というわけで明後日迎え入れる準備をするぞ! そういうわけで、俺の話は以上だ! 丁度昼餉の刻限だしメシにしよう!」
最早おたあの言葉は聞こえない。そんな行長に二人は素直に従う他なかった。
「昼餉を食べ終わったらトキは俺と一緒に明後日の迎合のことについて相談をし合おう。おたあは引き続き赤髪の男の様子見を頼む。てことで、各々の持ち場についてくれ! 一時解散!」
「承知いたしました」
「……はい、了承しました」
そう言い残すと行長は大股に大柄に歩いて部屋を後にした。
「ふう、凄まじい程の行動力と決断力ですね……しかも前に言ったこととやっていることが全く真逆でしたし……」
「……いつものことで御座いますから……さて、私は昼餉の用意をしなければ」
おたあが少し疲れたような口調にもとれたが、目元を仮面で覆われているので表情は分からない。
「おたあ殿、私も何か手伝えることはありますか?」
「ご心配には及びません。トキ様は部屋でお控えくださいませ。主の後に部屋にお持ち致しますので」
「そうですか。何かありましたら私に申し出てください」
「ええ、ではお先に失礼致します」
おたあが先に出ると、それを見計らって時貞が部屋を後にし、自室へと戻った。
♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰
「私が行長様の小姓としてお側に?」
昼餉を食べ終え、時貞は行長の言われた通り極秘会議の部屋へと赴き、二人だけで明後日の仲間の迎合について話し合っていた。
「行長様。お言葉を返すようですが、私に与えられた身分は重臣より下になってますね」
「表向き、な。お前への異例昇格は俺の独断で決めたようなもんだ。けど、これは表向きには公表出来ない隠れ身分みたいなもんだ。ここにいる連中ですら公表していない中でそんなことを打ち明けたら隠している意味がないだろう。だから周りの連中にはお前を小姓として側に置くと話すんだ。俺とお前が一緒に行動を何度かしているのも周りには目撃されているし、今後小姓として名乗り身を置けば多少なりとも周りは納得して順応していくだろう。そうすりゃあ今後表向きで活動していくときに何かと便利で有利に運ぶことが出来る」
「なるほど、流石は行長様。小姓でもなんでも、貴方のお役に立てればどのような身分でもお受けいたします」
「すんなりそういってくれるとこっちも助かるぜ」
「ということは、明後日の迎合も私が小姓となって傍にいて人となりを見定めるということですね」
「ま、簡単に言えばそういうことだ。そこから少しずつ発展していくという希望がありゃあ上々だ」
「どのような人でしょうね。協力してくれるお方でしたら心強いことこの上ありません」
「それは俺とて同じだ」
明後日の迎合に期待と不安が募る中。
「主、トキ様、おたあです。入ってもよろしいでしょうか?」
「その声はおたあか。入れ」
「失礼致します、重要なお話のところ申し訳ありません。急遽ご報告を申し上げたく参上いたしました」
「急遽? 何かあったのか?」
「赤髪の方が、お目覚めになりました」
「ほんとか?」
「意識を取り戻したのですね」
「すぐさまに様子を見にいっていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろん、行くさ。丁度切りがいいとこだった」
「ええ、すぐに参りましょう」
行長と時貞はおたあの報せにすぐに立つとそのまま部屋をあとにし、赤髪の青年が匿っている部屋へと移動する。
♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰
「目を覚ました様子はどうだった?」
「体を起こすまではどうにか出来るようですが……」
「ですが?」
「どこか虚ろで、気力も覇気もない様子で……」
「海で遭難していたであろう人です。その時の影響で精神的にどうかなっているのかも……」
「可能性はあるかもな」
そう話しているとあっという間に部屋に辿り着いた。
「ここの城の主だ。入るぞ!」
行長が入る前に一言入れて障子を開けると目に入ったのは上体を起こしている青年の姿だった。
「おう、目が覚めたみてぇだな。無事でよかった、とでもいうべきか」
「…………」
赤髪の青年は明らかに様子は正常ではなかった。それは三人の目から見ても一目瞭然だった。それを踏まえて行長はとりあえず詳しい様子を見ようと赤髪の青年の元へ近づく。そしてそれに習って時貞とおたあも後に続いて部屋へと入る。行長は間髪入れず赤髪の青年に話しかける。
「体は大丈夫か? どこか痛いところは、異変があるところは、気分とかはどうだ?」
「…………」
「お前が今ある状況を理解出来ているか? どうなって今の状況にいるか自覚はあるのか?」
「…………」
「おい、大丈夫か? 俺の声が聞こえるか? 意識ははっきりしているのか? 俺の話しは理解出来ているのか?」
「…………」
行長がいくら質問をしても話しかけても赤髪の青年は黙って俯いたまま、顔も上げず、喋ろうともしない。ただ、下をじっと見たまま微動だにもせず、目も曇っているような虚ろな状態だった。
「おたあ殿、あのお方は起きてからあのような感じでしたか?」
「ええ、起きてから私が話しかけてもあのように黙ったままで……」
「なあ、せめてうんとかすんとか反応ぐらいしてほしいのだがな……」
「…………」
それでも赤髪の青年は黙ったまま反応はしない。
「はあ……こりゃどうしたもんかな……」
「あの、行長様。この方は起きたばかりです。身も心も通常ではないと思うのです」
時貞が見かねて痺れを切らしそうになっている行長に話しかける。
「まあ大体そんな感じだろうが、体に外傷がなければ最低でも声ぐらいは聞こえているから反応があってもいいくらいだが……」
「今日一日はまだ安静に、そっとしておいた方がいいと思います」
「確かに一応は病人扱いではあるし、あまり無暗に刺激しないほうが得策ではあるがな。おたあ、薬湯の準備をしてくれ。あと生姜湯も。体内から冷えている体を温めるんだ」
「承知致しました。すぐに準備して参ります」
「私はこの方と共にいます」
「ああ、そうしてくれ。俺、実はこれから用事があるんだ。世話は二人に任せたぞ」
「はい、お任せくださいませ」
「んじゃあとでな」
「薬湯が出来次第こちらに戻りますので」
そう言い残すと行長とおたあは部屋を後にし、時貞だけが残った。
「あの、大変な目に遭いましたね。貴方は昨日、海辺で倒れていたのを私たちが見つけてこちらに運ばせていただきました。その時は本当に驚いて慌てましたよ」
「…………」
時貞が優しく温和に問いかけても赤髪の青年は相変わらず反応がない。するとそんな青年に時貞がこんな話をし出した。
「……ひょっとして、私たちを警戒しているのですか?」
「…………!」
その言葉を聞いた途端、僅かだが青年が反応を示した。
「あ、やっぱりそうだったのですね。聞こえないわけでもなかったようで」
「…………」
しかしその後も反応なく、しかし耳を傾けているようにも見えた。それを時貞は見過ごさなかった。
「先ほど話しかけていた方がここの城の主で、少しばかり声が張っているのも相まってつらつらと問いただすから、逆にそれが話しづらい原因にもなっていたのですよね? 正直、あの問いただし方、あまりにも急かし過ぎですよね。それでは更に警戒心が強まってしまいますよね?」
「…………」
「貴方のことを総て理解しているわけではないのですが、なんとなくそんな気がするんです。そうして沈黙を貫くのも、何かわけがあって話したくない事情がおありなのですよね?」
「……!」
時貞の言葉に俯いていた青年の頭が少しばかり上に向いた。僅かながら反応があった。
「……実は、私も貴方と同じでここに匿われている身分なのです。貴方と同じ、私も拾われた人なのですよ」
時貞は自身の境遇を青年に話すと更に反応が打って変わって、俯いていた顔が時貞の方に向けられた。
「あ……」
この時点で時貞は初めて気づいた。その青年は目立つ赤い髪だけでなく、前髪に覆われて見えなかった目元は蒼い瞳を有していたことを。
はいどうも、みあこです! 作者です!
相変わらず地道にノロノロと亀の如きペースで作品を進めていっています。
最近のテレビやマンガやアニメのそのほとんどが簡潔に端折り過ぎて大事な地道な部分が表現されていませんよね。それは地味にだらだらとそんなこと説明しなくても分かっているという作り手、読者、視聴者の目が肥えてきているのだと思います。
しかしそれを安易に考えてその地道さを飛び越えて栄光を得ようなんていう考えが現実に反映されている気がします。地道で緻密な計算があってこそ事はなされる。いくら緻密に重ねてもよからぬ不遇で失敗することだって世の中は多いものです。その解釈で地道さに気付かず突っ走ってしまうと思わぬ壁にぶつかって挫折したりするのも世の常であってそれで立ち直れないことが今の新社会人や若い人たちに多いのではないかと作者的には思っています。
仕事であれ趣味であれスポーツであれ、例えそれが好きなことであっても地道な努力があってそれを大会やコンテストなどの大舞台で発揮され、輝くものなのです。
戦いなどでも生死が関わる作戦や計画は少しの過ちが命取りにも繋がってくるので時貞たちの立場や状況が不利の中、地道で緻密な会議や話し合いがあってるのも当然のことだと思うのです。私にとってのいい作品というのはその地道さを上手く丁寧に作品として出されているものだと思っています。そして私自身もちゃんと表現出来ている作品になればいいなと思って書いています。
長くなりました。次回は赤髪の男との接点について話を進めていきたいと思います。では次回!