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彼の正体は……

「おたあ殿、書物と巻物の拝借ありがとうございます」

「いえ、何かお役に立つ情報は御座いましたか?」

「……まあ、それなりに」

「それでは、こちら総て図書の部屋にお返し致しますね」

「ええ、お願いします」


 翌朝、おたあはいつも通りに朝餉あさげを用意して時貞ときさだの部屋まで来ていた。昨日から借りていた巻物と書物を丁度返そうと思い、既にまとめて持っていけるように用意していた。


「では、私はこれにて。お膳を引きにまた参ります」


 歴史文献の書物と巻物を抱えて、おたあは時貞の部屋を後にした。


「……解決どころか、複雑で悩ましい事態になりそうです……」


 時貞は頭を抱え、更に混乱させている最中である。しかしこれ以上おたあを心配かけさせ、気を遣わせるのはよくないと踏み、敢えて温厚に冷静に平静を装っていた。


「しかし……こうしてずっと悩んでも仕方のないこと。この事態をどうにか受け入れないと、無理にでも納得するしかない、ということでしょうか」


 自分で知ってしまった事実は自分なりにどうにか飲み込むしか今のところ方法はなかった。


「さて、今日はどのようにして過ごしましょうか……」


 気持ちの整理がつかないままでは外で過ごすことも出来ないでいた。


♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰


「……トキ様」


 毎度部屋に訪れるたびに、見えないところでおたあは溜息をついては物思いにふける。


「トキ様は詳しいことは何も話してくれない」


 おたあも時貞に対しての疑問が完全になくなったわけではない。しかし、あまり心配をかけさせてはいけないと必要以上に遠慮している雰囲気が伝わっているために無暗に詮索出来ない。


「私は少しでも、トキ様のお役に立ちたい。私に何か出来ることがあれば……」

「おいおい、すっかりとトキにご執心になったもんだな、城の主の俺を放置しておいて、意志を持つようになったもんだ」

「っあ、あるじ……いつから、そこに……っ!」


 待ち伏せていたかのように、こうなることを予測していたかのように、突然行長がおたあの前に現れた。


「まあ、なんとなく。俺の勘もあながち間違ってはいなかったようだな」

「い、如何されましたでしょうか? 何か要件でも?」

「いんや、特には。ただ、心境の変化があったんだなってしみじみ思っていてな。猶子になる前の儚げでか弱く、誰も近づけさせず警戒心が強かったお前が、トキと出会ってすっかり変わっちまったな。なんだか小さい時から知っているだけあって、俺としては切ない感じもするもんだぜ」

「は、はあ……」

「おたあ、確かに俺はトキの世話をするように命じた。そこに尽くすことになにも悪いことはない。ただ、城の主はこの俺だ。俺の権限なく、お前一人の独断でどうこうと決めることは流石に許しがないと認めるわけにもいかねぇぞ」

「主は、最初からお分かりなのでしょう! トキ様が何者かであるということを! 林の中で倒れていてこの屋敷にかくまうという提案も主自らがされてことで……」

「そりゃな。あいつには気になることがいくつかあるんだ。俺の勘が、憶測がなんか当たりそうな気がしてな……」

「勘が当たりそうな……? それってどういう……」

「……俺は待ってんだ。あいつ自身が勇気を持って告げてくることを。林の中で倒れていたあいつを思い返せば大方の想像はつく。でもそれはあくまで俺の直感と憶測だ。確信を持つには、自分でやらなきゃ意味ねぇんだ!」

「しかし、私も何かお手伝い出来ることがあれば……」

「おたあ。気持ちは分からないでもないがでもないが、実はその行為が男を弱くしていることにも繋がったりもするんだぞ。これは女には分からない男の事情があるんだ」

「主……でもこのままではトキ様が更に塞ぎ込んでしまわないか心配で……」

「それでも、待つというのは大事なことだ」

「…………」


 行長はこうと決まれば微動だにしない。これ以上続けると堂々巡りな気がしておたあも言葉を返せずにいたところ。


「行長様、こちらにいらっしゃいましたか! お探し致しました!」


 廊下の向かいから従属の家来が急ぎ足で現れた。


「おう、なんだなんだ、騒々しくどうしたんだよ息を切らして」

「た、大変で御座います。使いの者から急ぎの書状を受け取りまして、こちらで御座います。すぐさまにお目をお通しくださいませ!」


 家来が手にしていた書状を受け取り、宛てが書いている文字を目にし驚異に見開く。


「こ、れは……!」

「行長様……?」

「……おたあ、緊急招集をする必要がある。今から俺は家来たちを集める。それから、トキを呼ぶ必要がある、おたあ、すぐにだ!」


 普段の楽観から深刻に声色が変わったことにおたあもただごとではないと察した。


「は、はい! ですが先にこの書物を図書の部屋に戻さなければ……」

「それはこいつが代わりに戻してもらうようにする、いいよな?」

「え、あ、はい! 畏まりました!」


 書状を持ってきた家来におたあが運んでいた書物と巻物を手渡すことになった。


「これでいいだろう? ほら、急いでトキを呼んで来い! 集まる場所は玉座の間だ!」

「はい、ただいますぐに!」


 行長の命令を受け、おたあは時貞の部屋へと急ぎ足向かう。


♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰


「トキ様、トキ様。おたあで御座います、お入りになってもよろしいでしょうか?」

「その声はおたあ殿? はい、どうぞ」


 声を聴いた時貞は入室の許可をするとおたあが障子を開けて入ってきた。


「失礼致します、急な来室に申し訳ございません」

「あの、如何されましたか? あれ? もう昼餉の刻限でしょうか……?」

「お寛ぎのところ大変申し訳ございませんが急を要します。行長様より招集がかかっておりまして、ぜひトキ様にも参上願いたいとのことで知らせに伺いました」

「え、私も? 何かあったのですか?」

「詳しいことは行長様より告知されると思われます。トキ様も共に招集せよとのご命令を承りましたもので私が代わりに」

「おたあ殿、確認しますが私はこの屋敷に匿われている身の上で仕えている身分ではないはずですが……」

「それも承知の上なのですが行長様からのご命令で御座います。トキ様もお集まりするようにとのことです」


 時貞も交えての緊急招集は初めてな上に居候の自分自身がそれに参上していいのかとも思ったが、世話になっていることもあって完全に無関係というわけでもなく、ましてや一国の主でもある戦国大名の一人でもある行長の命令に逆らうことも出来ないと悟った時貞は。


「そう、ですね。そう仰っているようでしたならば、私も参上仕りましょうか」

「はい、場所は玉座の間で御座います。私がご案内致します。さあ、こちらへ」


 時貞は言われるが儘、おたあのあとについていくことになった。


 考えていた推測は更なる真実に近づく事実を知ることになる。


♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰


 春の終わりごろ、夏の始まり。


 知らせは突然だった。


「失礼致します」

「おう、おたあ、それに、トキも来たな」


 主である行長が慌てて玉座へとやってくる。


「主、どうかなさいました?」

「何かあったのですか?」

「急に集まってもらってなんだが、単刀直入に告げる。これは小西家に関わる重大な出来事だ!」


 普段の明るさとさっぱりとした雰囲気はどこにもない。真剣に深刻な表情をし、ただならぬ予感に二人は内心困惑した。玉座の間にて、従者達を揃えての招集会議を行う。その場は一変にして重い空気になっていた。


「……肥後藩から書状が届いた。事態は深刻化しそうだ」


 行長の手元にはの書状があった。


「どのような内容でしょうか?」

「時の将軍、豊臣秀吉とよとみひでよし様に関することだ。内容は病に伏しているそうだ」

「!!」

「なんと!」

「そんな!」


 聞いていた周りの従者達が騒ぎだす。


「まあ、将軍様が……!」

『……将軍?』


 時貞が違和感を抱いた。


「せっかく将軍様が天下統一を成せるお方だったが、ここへきてまさかの……!」

「小西家は、将軍様の後ろ盾があってこそ、一国の城主であらせられた、それが病が良くならなければ没落する可能性も……」

「おい、滅多なことを言うものではないぞ!」


 周りの武士や従者がざわつく中、一人だけ異論を唱えた者がいた。


「……あの行長様、お言葉ですが将軍というのは徳川とくがわ公を指されるのでは?」

周りにいた人はみな時貞の言葉に沈黙、絶句していた。

「……何、言ってんだ、トキ?」

「ですから、現将軍は徳川の三代目である……」


 そしてざわざわと時貞の言葉に不信感や違和感を覚えた。


「トキ、お前昨日からどうしちまったんだ? まだ引きずっているのか? 俺が頭を殴ったせいで更にひどいことになってんのか?」

「今は正常です。私は嘘偽りなど申し上げておりませぬ」

「トキの言っていることはおかしいことだらけだぞ。将軍は豊臣秀吉とよとみひでよし様だ。この世の中じゃ常識だぞ」

「………………」


 時貞は遂に決定的な内容と確証を掴んだ。


「もしかして今の将軍の、その名すら分からないとか?」

「旧将軍の名は存じ上げております。ですが……」

「っトキ!!」


 行長が勢いよく立ちあがり、それを保ちながら思いきり時貞の顔面を力いっぱい殴る。


「っがぁっ!」

「きゃっ!」


 横にいたおたあと周りにいた従者が驚きの声を上げる。


「トキ様!」


 おたあは慌てて時貞に駆け寄る。


「……っ!」


 時貞は痛みが走る頬を押さえながら上体を起こす。


「っトキ、将軍を過去のものにすることはねぇだろ! 無礼にも程があるだろうが!」

あるじ、おやめ下さい!」


 おたあは必死に止めようと時貞を庇う。


「拳にものを言うのはよく御座いませぬ!」

「言ってきかなきゃ殴るしかねぇだろが!!」

「……おたあ殿。少し下がっていてもらえますか?」

「え?」


 時貞は引くどころか行長に面と向かって立ち尽くす。


「行長様に告げたきことが御座います」

「俺にか?」

「今日より四年後、豊臣秀吉将軍がお亡くなりになれば大規模な大戦が起こります」

「……は?」


 時貞は身を起こし、行長に対して迷いもなくすらすらと、先の未来に起こる出来事を言葉で重ねていく。周りの従者たちはただただ唖然として聞いているぐらいしかできない。


「何、また急に変なこと言いやがって……」

「行長様は徳川家康公をご存じでしょう」

「東の国に挙兵を張っている三河の武将か。それがどうした? なんで今その話になるんだ?」

「その方は、その豊臣秀吉様の死をきっかけとし、時期に大軍を率いて天下統一を目論み、西の国と戦うでしょう」

「な??」

「西の国こそ、関西・中部・九州を中心とした軍。それが東と西で拮抗しあうでしょう」

「ちょ、ちょっ!」

「それが関ヶ原の合戦なのです」


 時貞の言葉を聞いて行長どころか、周りの家臣たちもざわつきが止まらない。


「ま、待て、待て待て待てよ! 今日より四年後に大戦、東と西で拮抗、徳川家康公の天下統一!? 長いようで短いそんな先に大戦があるってのか!? トキ、お前なんの根拠があって言ってんだ?」

「……今はそれを示す根拠は御座いません」

「そんな確信のつかない理論を言ってもどうすりゃ……!」

「時が経てばいずれ分かることだと思います。私の言葉をどう受け止めるかは、行長様。貴方様自身でお決めください。でも、私が言うことは総て真実で御座います」

「………………」


 行長もおたあも従者達も時貞の発言に戸惑うばかりでどうすればいいか分からなかった。


「一国の城の主に対して差し出がましい言動をしてしまい、大変失礼極まり御座いませぬ。感謝すべき主に対して立てついた処分はどうしてくれても構いません。逆に私は身に余る恩恵を受けすぎました。すぐにでもここから出る準備を致します」


 時貞ははっきりとそう言い残し、玉座の間からお辞儀をして去っていった。


「……トキ様」

「…………」


 時貞が去った玉座の間は静まり返った直後従者たちが口そろえに騒ぎ立てる。


「あの、無礼者が! 一国の主に対してなんたる口の利き方……!」

「行長様、身に覚えのない言葉を聞く必要はないと思いまする!」

「……せぇな」

「早急にあやつをここから……!」

「うるせぇな、それはおめぇらが決めることじゃねぇだろ! 俺が決めることだ! まとまりつかない中であまり横からとやかく言うな!」


 行長の発言に従者たちはたちどころに黙った。


「主……」

「おたあ、ちょっと頼みがある」

「はい、なんなりと」


♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰


 時貞は部屋へ戻り、先のことを考えていた。


「い、っつ」


 行長から殴られた頬がときより痛みが走る。


「……ふふ、父上ですら私を殴ったことも、投げ飛ばしたこともないというのに。あのお方は加減を知らずに」

「トキ様」


 障子の裏からおたあの声が聞こえる。


「え、その声はおたあ殿?」

「あの、お入りになっても、よろしいでしょうか?」


 遠慮気味に入室の許可を得ようとしている。


「はい、どうぞ」

「失礼、致します」


 おたあが障子を開け、中へ入ってきた。


「あ、の、おたあ殿、どうしてここへ?」

「頬は大丈夫で御座いますか?」


 手元には水の入った桶と手拭いがあった。


「ああ、申し訳ありません。貴方にはお世話になってばかりで、心配をかけてばかりですね」

「いえ、本当に主が申し訳ないことを……」

「そんなことは! 私が一国の主に意見を強く申したのです! このような扱いになって当然です」


 手拭いに水を浸しながら代わりに謝罪している。


「主は昔、とても血気盛んな傲慢ごうまんな方でした。これでも今は落ち着いている方ですが、昔の癖が出てしまうことがありまして。……でも、根はとてもお優しい方です」

「ええ、それは私にも分かります。でなければ、他人である私をこんなところには置かないでしょう」

「はい。主は私をお救いしてくれた素晴しいお方で御座います。例え他人でも異国の方でも身分関係なく、受け入れてくれる心広いお方です」

「異国?」

「……貴方様にならば、お話してもよろしいでしょう。実は、私はこの国の人間では御座いませぬ。高麗コウリョというこの国の海を隔てた遥か大陸からやってきました」


 おたあが自らの過去を時貞に明かしてくれた。高麗コウリョというのは朝鮮半島の昔の名称のことを指す。


「それは、遠いところまで」

「私は人質としてこの海を渡ってここへきました。その道のりはとても過酷で御座いました」

「さぞ、辛かったでしょう。遠い国に思いを馳せる気持ち、分かりますよ。私も過去に同じことを思っていました。故郷を追われ、帰れないかもしれないという恐れと悲しみ。幼い頃に深く味わいました」

「……でも、悲しいばかりでは御座いません」

「!」

「おたあ。私の名前。おたあは日ノ本の名。つけて、もらいました」

「そうですか……正直、この戦ばかり続く国をおたあ殿はどう思われているのですか?」

「私の遠い故郷はもちろん好きです。この国は今正直、危ない」

「ええ、その通りですね」

「言葉も違う、生活も違う、文化も違う。この国へ住んでからも苦悩と困難は続きました。そんな彷徨う中、私を匿ってくださったのが行長様で御座います。この国の言葉も教えてくださいました。薬草の知識も教養も学ばせて頂きました。あのお方のおかげでなんとか無事に生き延びられています」

「おたあ殿にも、そのような過去があったなど…………まるで私みたいですね」

「?」

「いえ、こちらの話です」


 時貞は自分のことにように捉えた。

 おたあとの遭遇や次元が違うとはいえ、遠い地へ、故郷を離れる寂しい思いは分かる気はする。

 時貞の記憶の中にどれだけ悲しく、残酷な過去があろうとも。


「戦が絶えない中で、この幸せ、行長様達とずっと続ければいいものと思われるのですが……」

「……そうですね。私にとっても、それは思います。こうやって拳で接してくれるのはとても新鮮な感じです」

「新鮮?」

「少しだけ私のことを話しますけど、私は周りの人たちから特別な扱いで育てられました。ですから殴ることはおろか、親近感を持って接して育てられた思い出がないのです」


 おたあが過去を語ってくれたお返しに、時貞も自らの過去を語った。


「確かに、トキ様のような方に手を上げるようなど……今のところでは行長ゆきなが様ぐらいしょう」

「いえ、貴女も私に手をあげられましたでしょう?」

「そうでしたか?」

「……」


 気をそらそうとしているのか、本当に忘れているのか、曖昧にしようとしているおたあではあったが、時貞もあえてそこは深く入り込まないようにしていた。


「とある理由で特別視されていたせいか、何故か私の心はいつも孤独のような感覚に寂しい思いもありました。ですから逆にあんなふうに接してくれるなど、思ってもみず、正直嬉しくて……」

「まあ、そのようなお考えが出来るだなんて……行長様の拳は誰もが恐れるものなのに……」

「それに、私は行長様にあの発言をしたことに後悔はしておりませぬ。例えここを追い出されても、一人でどうにか生きていきます」

「私は、今日の出来事に驚きました。行長様にあのように対等で話せるなど。過去の従者でもいらっしゃらなかったので」

「それは、私が本格的にここの従者ではないからでしょう。それに……」

『先の未来から来た者に未来の話をしたところで信じてもらえるはずがない。それは念頭では分かっていたのに……何故か、どうしても伝えたかった』

「おたあ殿は、私の発言に対してどう思われました?」

「……私は、貴方様の申し上げることは、正直分からないことだらけで御座います」

「……ええ。私もそれは百も承知なのです。ですが言わなければならないような気がして」

「でも何故でしょう。貴方様の仰る言葉に嘘偽りはないように思い、理解出来ずとも、不思議と納得が御座います。どこかまるで革新を感じさせるような強い言霊が込められているような奇妙な感覚……」

「そうでしょうか? 私はいつもこんな感じなので自覚が……」

「そう……まるで予言者を、思わせるような」

「……仇人(あだびと)「聖」の言の葉に異を唱え 東の国より攻め至る。戦禍に投じ ()の子らはその牙にかかりて息絶ゆる。残りし神の堕とし子の懺悔より その身は時の外へと連れていく。成すべき使命を見つければ 天下の「大禍たいか」訪れば 幾重に閉ざされた「闇」に「光」指し 統べる「神の鉄鎚」を下すであろう。総ては己が御心のままに――」


 唐突に時貞が述べた言葉。おたあも耳を傾ける。


「……トキ様。それは詩ですか?」

「……昔、父上が私に遺してくれた、予言の節です」

「予言?」

「父上は元々先見が強く、事あるごとに述べておられました。これは私だけに当てられたものなのです」

「それは霊力が強かったのでしょうか?」

「父上は武士でしたから霊力の有無は定かではないのですが、その力だけは凄かったのです。貴女の申しました予言者と聞いたら、この言葉が浮かん、で……!」


 時貞は言っている途中でふと下りてきた感覚を覚える。


「……トキ様?」

「……仇人(あだびと)、「聖」の言の葉に異を唱え、東の国より攻め至る。戦禍に投じ、()の子らはその牙にかかりて息絶ゆる……」

「あの……どう、なさいましたか? また繰り返し仰って……」

「残りし神の堕とし子の懺悔より その身は時の外へと連れていく」


 おたあの心配をしり目に、時貞は父の予言をゆっくりと繰り返すように言うと、手を口元に抑え、目を見開いたまま、瞑想をし始めた。


『そうか、父上……そういうことだったのですね……!』


 時貞の脳裏では何かが繋がった。


♰ ク ♰ ロ ♰ ノ ♰ シ ♰ タ ♰ ン ♰


「トキ、話がある。ちょっと来い」


 翌朝、時貞は行長に呼ばれた。


「はい」


 時貞は覚悟を決めていた。


『一国の主に立てついた処分だろうか。だがもう腹は決まっている。どのようになろうとも全て受け入れるまで』

「おたあ。この部屋に誰も近づかねぇように人払いを頼む」

「はい、かしこまりました、主」


 屋敷の奥にある塗籠まで案内され、おたあに一言だけ告げると行長と時貞だけが残された。二人だけで話をする心算のようだ


「入れ」


 行長が先に入り、続いて時貞も入るとぴしゃりと戸を閉め切った。窓もなく壁が張り巡らせ、一畳半しかない狭い空間。真っ暗だったがすぐに行長が用意していた火を灯篭に付け、ほの明るく部屋に灯る。


「座れ」


 敷いてあった二人分の茣蓙。先に行長が大柄に胡坐をかいてどかっと座り。


「失礼致します」


 続いて時貞が正座する。


「……トキ、昨日のことだが」

「……はい、この時貞。いつでもこの屋敷から出ていく覚悟は……」

「おいトキ、話は最後まで聞くもんだ!」

「はい、申し訳ありません」


 沈黙が重く、部屋の静寂が張りつめた空気を醸し出す。それに耐えながら行長が口にするのを待つ。


「……いい加減俺に話したらどうだ?」

「……え?」

「お前の素性だ。このまま隠されても俺の不信感は拭えない。そうなってしまうとあの時玉座の間で話したことも受け入れ難いんだ」

「…………行長様」

「トキが言っていることは、正直いって何言っているか分からねぇし理解できない。でも、お前が嘘を吐くようなやつとも思えないんだよ」

「…………」

「俺も昨日の夜に色々と考えてたんだ。何故か、お前の言っていることと俺の直感に辻褄つじつまが合うような感じがして、なんとなくなんだけど、どう言葉に言い表したらいいかわかんねぇんだけど、分かるような気がして。だから、トキ、総てを打ち明けてくれ」

「あの、私は……ううぅ、ああぁ……ああああ!」


 不意に声が震えると同時に体が震え出した。時貞が頭を抱え込み呻くように叫ぶ。


「トキ、俺はお前の心の内に何が起こったのかは知らねぇがなんとなく推測はしてるんだ。後はちゃんとお前自身で話すべしだ!」

「はあ……うぅ!」

「内に秘めるものは、そこまでに苦しいものなのか? 辛いもんなのか?」


 普段温和な行長が声を荒げる。


「っく……!」

「だがなトキ。今のこの時代もそういうことがいっぱい起こっている。大なり小なり。庶民であれ大名であれ、どんな身分であれ。苦しんでいるやつらはいっぱいいる、お前だけじゃないんだ! 幾多の戦をしてきた俺が言うんだ! 俺のこの直感とお前の歩んできたものが、共通しそうな気がするんだ!」

「……っ」


 行長の言葉に吹っ切れたのか、時貞は意を決して打ち明けることにした。


『今のこの時代ならば、このお方ならば、私のことを話しても……』


「……っ行長様、私は、私は…………キリシタンの身分なので御座います……!

さて、さてさてさてさて!


言わずもがな、作者ですよ。


やっと第一章が終わりました!ここで区切りをつけたいと思います!


正体を明かしたことで、遂に次に向けて時貞ときさだたちは動き出していきます。


もう、今回のあとがきは長くは書きません。次回投稿するまでお待ちください!


やる気が出てきた! 途絶えないようになんとかがんばりたい!

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