82.推論と結論
花子は春画展の翌日、異母兄と一緒に実母の入院している病院を訪れた。
病院の最上階にある特別室のドアを開けると片手でベッドにいる実母のことを抱きしめながらもう片手で保育器に眠る生まれたばかりの赤ん坊の小さな手をそっと触ってはニヤニヤとしている実父がいた。
「まあ二人とも来てくれて、ありがとう。」
実母は嬉しそうに二人を見てほほ笑むとすぐに起き上がろうとして実父に止められた。
「まだこの息子を産んでから一日しかたっていないんだ。動いちゃだめだよ。」
「まあ何言ってるの。花子の時だってすぐに起きてたんだから大丈夫よ。」
「いいから寝てなさい。僕がやるから信子はそのまま動かないでくれ。」
実父はそういうと傍にあった備えつけのテーブルに向かうとサッとお茶の用意をして実母の傍にあるサイドテーブルに置くと二人を促して窓際にあるソファーに向かった。
異母兄はベッドにいる実母にお祝いを言ってしばらく抱きしめてからすでに一人用のソファーに座っている花子の目の前で紅茶を飲んでいる実父の横に座った。
実父は異母兄の前に紅茶ではなくコーヒーを置いた。
異母兄は実父の横に座りながらも盗聴防止の魔法を起動させると実母の隣に置いてある保育器に視線を向けながらコーヒーを一口飲むと唐突に話し始めた。
「なんであの保育器に入れているんですか。」
あの保育器?
花子は実父が入れてくれた紅茶にたっぷりの砂糖とミルクを入れてかき混ぜる。
「あれって魔力耐性がある保育器では?」
「さすがブラウンだね。わかるかい。」
実父は嬉しそうに保育器に視線を向ける。
「ええ、それではやはり。」
「ああ。生まれてすぐに計ったんだがやはり魔力値が高すぎて周囲が危険なんだ。まあ信子の傍なら問題がないが万一を考えてあの保育器に入れたんだよ。」
「生まれてすぐなのに魔法耐性のある保育器に入れるってどれだけなんですか。」
「花子の時が不明なので何とも言えないがこの病院始まって以来の最高値を叩き出した。」
「「・・・。」」
紅茶をかき混ぜていた花子の手は止まり、異母兄もコーヒーを飲むのをやめてカップをテーブルに置いた。
しばらくすると異母兄から笑い声が上がった。
異母兄は立ち上がるとベッドにいる信子を抱きしめて思わず叫んでいた。
「ハハハ。さすが信子さんだね。最高だよ。」
(今度は私の子を生んでもらおう。)
最後に異母兄は心の中で付け足した。
「おい、異母兄。僕の目の前で信子に何をする気だ。」
「何ってもちろん義息子として義母さんにお祝いをしているだけですよ。」
異母兄は信子を抱きしめながらしれっと言い放った。
実父の眉が跳ね上がる。
「いいかい。信子は僕のものだよ。」
「いやだなぁ。息子に嫉妬とか見苦しいですよ。」
「いいから信子から今すぐ離れろ。」
異母兄はハイハイと笑いながら言うと信子から離れてベッドわきにあった椅子に腰かけた。
異母兄が離れると実父がすぐに両手を信子に回すと彼女をギュッと抱きしめた。
その様子を呆れる目で見ながらも異母兄がこの騒ぎをものともしないで保育器ですやすやと眠っている異母弟に視線を向けながら信子に話しかけた。
「でもどうしてまた日ノ本ではなくこっちで出産することにしたんですか。」
「やっぱりそう思うわよね。私も向こうで構わないといったんだけどなんか色々心配だからってうるさい人がいて。」
信子はチラッと視線を自分を抱きしめている人に向けた。
「当然だろ。」
「だから大丈夫ですって言ったじゃないですか。」
「そうですよね。」
異母兄が横から相槌を打っている。
それを憎々し気に睨みながらも実父はさらに信子を抱きしめると力を強くした。
やれやれという感じで異母兄は両手を上げると信子を気遣ってベット脇から立ち上がった。
花子もそれを見てカップを置くと立ち上がった。
「二人ともまだゆっくりしていていいのよ。」
「そうだぞ。ブラウンは仕事で忙しいだろうが花子はゆっくりしていきなさい。」
「えっと私もいろいろやることがあるからまた。」
「そうか。」
実父が花子を送ろうと信子から離れて扉近くに行くと異母兄はくるっと方向転換をすると一人ベッドの上にいる信子に走り寄るとギュッと抱きしめたその頬にキスをした。
「あら。」
信子が赤く頬を染めた。
「ではまた来ますね。そうそう私は病院はどちらでも気にしませんよ。」
(ですから次は私の子を産んでくださいね。)
そんな副音声を振りまきながら異母兄は嫉妬で青筋を立てている実父がいるのとは反対側の扉を通って廊下に出た。
「ブラウン!」
異母兄に向かって怒鳴っている実父に帰りの挨拶をして花子も廊下に出た。
廊下に出るとその先にある通路に異母兄が立って待っていた。
花子は小走りでそこに行くと連れ立って駐車場に向かった。
そこに向かう途中に隣にいた異母兄から呟かれた。
「ねえ花子。私が義父になったら嫌かい。」
花子はため息をつきたい気持ちになりながらも真面目に答えた。
「私は実母が幸せなら気にしませんよ。」
そう答えながらも後でまた何回も聞かれそうな予感がするとふとそんなことを考えた。




