73.むかしむかし
「お前はいかなくていいのか。」
ミート館長は後ろに立っていたフレッドに手に持っていた黒い表紙の本をパタンと閉じると声をかけた。
「今はなんでかこっちの方が気になるから・・・。」
「フン。余計なお世話だ。それにこんなことをしているとお前の望みがかなわなくなるぞ。」
「どういう意味だよ。」
「まあ意味がわからないなら気にするな。それよりせっかく持っているんだ。そいつでこれを斬ってみろ。」
ミート館長が手をかざすと部屋の中央に金色の髪が浮かび上がった。
うわー。
思わずフレッドが叫び声をあげた。
「なんだ情けない。早くしろ。」
「わかってる。」
でも普通何もない空間にいきなりうねうねと動く金髪が出現すれば驚くだろ。
フレッドは心の中で愚痴りながらも近づくと腰の剣でその金髪を斬った。
フレッドが剣を一閃すると金髪は淡い光を出してすぐに消えた。
「一体何なんだ、これ。」
「怨念の名残だ。」
「怨念って・・・。」
ミート館長は同じことを四回ほど繰り返すと持っていた黒い本をパタンと閉じた。
少しぼんやりとその空間を見ていたミート館長は目を閉じると片手で持っていた黒い本をいきなり床に叩きつけた。
バン!
すごい音がしたが床に叩きつけられた本はそのままふふぁーと渦を巻く白い煙になって消えた。
「えっ・・・。」
フレッドが呆けているうちにミート館長は扉の前に移動していた。
「何をぼけっとしている行くぞ、フレッド。」
「行くってどこに?」
フレッドは本が消えた床にもう一度視線を向けた後ミート館長に続いて部屋を出た。
ミート館長は正規の手続きを踏んで王宮を出ると通りで乗物を拾った。
フレッドも一緒にそれに乗り込んだ。
「今度はどこに行くんだ。」
「病院だ。」
ミート館長はそれっきり無言で外の景色を睨んでいた。
フレッドも何か言おうとしたがかける言葉がなく黙った。
二人が乗り込んだ乗物は王宮を出てまっすぐに病院を目指したが途中渋滞に嵌ってなかなか目的地に着かなかった。
「まだ何も連絡がないから大丈夫だよ。」
「別に気になどしておらん。」
フレッドの言葉にミート館長はそうそっけなく返事をしたがその間も握っている両手は小刻みに震えていた。
あの冷静沈着な祖父が震えるほど心配する相手がこの世に存在するなんて・・・。
フレッドも隣を気にしながらも黙って窓外の景色に視線を戻した。
結局二人が乗った乗物はそれから数時間もかかってやっと病院にたどり着いた。
二人が病院前に降りると向かおうとしていた病院から先ほど王宮で顔を合わせた”白の宮殿”の当主であるマリア様の付き人が駆け出してくるところに鉢合わせした。
「フィーアさん。」
フィーアはフレッドたちに気づくことなくそのまま病院前に止まっていた乗物に乗り込んで走り去っていった。
その様子を見たミート館長はくるっと方向転換をすると病院に背を向けて通りを歩き出した。
「なんで急に方向転換するんだよ。行かなくていいのか。」
「お前はそのまま病院に行け。」
「いかないつもりか。」
「もう行く必要がないからな。」
ミート館長は一言だけ呟くとそのまま通りをズンズンと歩いていく。
「くそっ。」
フレッドも一瞬迷ったが彼を追いかけた。
「お前は病院に行けといっただろ。」
誰も来ない小さな道の行き止まりでミート館長は背後にいるフレッドに壁の前で立ち止まると声をあげた。
「今日はなんでかわかんないけどほっとくことかできないんだよ。」
「小生意気なガキが何を言っているかといいたいがまあいい。」
ミート館長は壁に手を当てると小声で何かを呟いた。
すると目の前にあった壁に小さな黒い引き戸が現れた。
ミート館長はその黒い引き戸をガラガラと音を立てて開けるとすぐに中に入っていった。
フレッドもため息を吐きながらもうしろから中に足を踏み入れた。
黒い引き戸の中は小さな書斎になっていた。
ミート館長は小さな書斎の壁に吊ってある戸棚を開けるとカップを取り出して書斎わきに置いてあったポットから温かいお湯を急須に注ぐとお茶を入れた。
緑色のお茶を手にミート館長は書斎にある革張りの椅子に腰を下ろすとカップを両手に持ってズズズズッーと音を立てながらお茶を飲み始めた。
フレッドはその様子に顔をしかめた。
「なんだ。文句でもありそうだな。」
「なんで急にそんなものを悠長に飲み始めるんだ。」
ミート館長は飲み終わったカップをテーブルに置くとフレッドが腰に差した剣に視線を向けた。
「これが何かあるのか?」
「お前、それを受け取るとき何を見てどう思った。」
「何って・・・そりゃあバカなやつだと思ったくらいかな。」
「どうバカな人間だと思ったんだ。」
「どうって・・・あんな真っ正直にやらなくったっていくらでもやりようはあったんじゃないかと・・・。」
「ほういくらでもやり方があったとそう考えたのか。」
「悪いかよ。」
「いや悪くはない。」
「じゃあなんでそんな言い方をすんだ。」
ミート館長はしばらく何かを考えこむようにお茶を飲んでいたが徐にカップをテーブルに置くと立ち上がって背後にあった本棚に手を伸ばした。
フレッドが黙ってその様子を見ているとその本棚からものすっごく古びたボロボロの本を取り出すとそれを手に椅子に座りなおした。
「その本は?」
「興味があるか。」
にやりと笑うとミート館長はそれをフレッドに差し出した。
「お前にやる。」
いやこんなものを貰ってどうしろというんだ。
「好きな女でも口説くときに使えるぞ。」
いやいやこんな古ぼけた本で誰を落とせっていうんだ。
それ以上にこんな古代文字を誰が読めるんだ。
フレッドはパラパラと本をめくるとパタンと本を閉じた。
その様子を見たミート館長が面白しろそうにフレッドに問いかけた。
「お前には読めんか。」
「逆に聞くけど誰がこれを読めるんだ。」
「その本に関係のある人間なら読める。」
「ちなみにその本に書かれた主人公の一人が大海と・・・。」
「ま・・・ま・・・まさか・・・。」
フレッドは震える指で目の前にいる人物を差した。
「おバカなお前にしては察しがいいな。」
「一体どんな話が書かれているんだよ。」
「お前がその剣を受け取った時に見た映像と同じ話だ。」
「はあぁー・・・んなわけあるか。あの映像に出てきた人物の方がよっぽどいい男だった。」
「お前に褒められるとは思わなんだ。」
「はあぁーいつ褒めた。」
「いま言ったではないか。その映像に出てきた男はいい男だったと。」
「だからそのいい男とはその映像に出てきた男のことだ。」
「ああそうだ。前世だ。今世ではない。それを意識しすぎて結局大海には振られてしまった。だが当時はホッともしていたんだ。彼女をもう殺すようなことにはならないと・・・だが・・・。」
祖父はそう呟くとフレッドに背を向けてその部屋を出て行った。
残されたフレッドは一瞬躊躇したがテーブルに置かれた本を手に立ちあがるとクソッと呟いた。
昔から不幸系の話には極力関わらないようにしてるが今回は他人じゃなく身内じゃそうもいってられない。
それもいつもとは違う様子の人間ならなおさらほおっておけない。
フレッドはあきらめ顔で部屋を出て行った人間の後を追った。




