70.封印
封印日当日。
これでもかと晴れ渡った天気の中を大海に課せられた訓練を終えた面々は乗物に乗り込むと王宮に向かった。
マリアとフィーアは先に王宮に行って”開かずの間”の前で何かの準備をする必要があるとのことで先に現場に向かってしまった。
二人が向かった後にそれぞれ用意を整えた彼らが王宮に着くとそこには侍従がすでに持ち構えていて即座にマリアたちがいる”開かずの間”に案内してくれた。
「こちらです。」
案内された部屋には礼服を着たマリアとフィーア、それと王を囲むように近衛がいた。
そして彼らの横には花子がよく知っている人物がいた。
「やあ大会以来だね。」
なんでか少しやつれた表情のフレッドが腰に剣を差し笑顔を浮かべて立っていた。
「なんでここに・・・。」
花子が唖然としていると彼の後ろからこちらは白髪で同じような細身の男が現れて今度は大海に笑顔を向けた。
「知らなかったとはいえ”破邪の剣”を私の孫に渡してあるとは思いもよらなかったよ。」
「私が渡したわけじゃないわ。娘が与えたのだから私に礼をする必要はないわ。」
「そうか。なら礼は言わないが何も返さないというのはミート家の礼儀に反するのでね。これを私からあなたに贈りたい。」
ミート館長はそういうと懐から黒ずんだカギを取り出した。
「これは?」
「”開かずの間”にあるものの中で必要になるかもしれないし、場合によっては不必要かもしれないカギだ。」
「必要になるかもしれないし不必要かもしれないカギね。わかったは確かに受け取ったわ。」
大海はそのカギを受け取ると何も書かれていない和紙を広げるとその間に挟んでそれを懐にしまった。
ミート館長はそれを見てほっとしような表情のあと忘れていたと彼の孫も一緒に”開かずの間”に連れて行ってほしいと付け加えた。
「まあ使えなかったらそのまま囮にでもしてやってくれ。」
フレッドが不服そうな表情で祖父を睨んだ。
「相変わらず身内には厳しいのね。」
大海はそう呟くとそのまま頷きだけでミート館長に了承を返すと今度は王に視線を向けた。
王が徐に口を開くと持っていた扇を扉に向けた。
「ミート館長と知り合いとは意外だが取り合えず”開かずの間”を開けてすぐにその封印とやらをしてくれ。」
「承りました。」
大海は頷くと花子たちと新たに加わったフレッドにも後についてくるように視線を投げると”開かずの間”といわれる部屋の扉に両手を押し当てた。
大海が扉に手を当てると扉が淡く光り、ギィーーーーという鈍い音を上げて開いた。
扉が開いた瞬間。
前回の大広間で浴びた黒い冷気の何十倍もの濃い冷気がそこに雪崩込んできた。
「あらあら。よっぽどここは彼らのえさに事欠かなかったみたいね。でも太り過ぎね。」
大海はそう断言すると”開かずの間”に足を踏み入れた。
花子たちもそれに続き最後にフレッドがその扉を潜った。
全員が扉に中に入ると彼らの正面には黒い冷気を振りまきながらもカタカタと蓋を震わす古い封印箱が部屋の中央に浮かんでいた。
大海が数枚の札を手に箱に近づくと封印箱から漏れ出ている黒い冷気が人の形を成して次々に襲い掛かって来た。
「「大海様。お任せください。」」
セバスとツヴァイが大海の前に出て襲ってきた黒い冷気を手に持った剣で次々に薙ぎ払っていく。
大海は彼らが黒い冷気を薙ぎ払った道を和紙の札を持ったまま古い封印箱に近づいた。
大海が扉近くの側から今にも剥がれ落ちそうにしていた封印札を上から抑えるように新しい札を張ろうとした瞬間、反対側の封印の札が大きく捲れハラリと札が床に剥がれ落ちた。
ドーン。
轟音と共に黒い冷気が溢れて背後から封印箱に近づこうとしていた花子に襲い掛かった。
「花子ちゃん。」
思わず叫んだ大海に花子は数枚の札に魔力を通して襲ってきた黒い冷気を見えない壁で抑え込むとさらにそこに数枚の札を重ねて張り付けた。
花子が張った札は見事に黒い冷気を閉じ込めた。
さらに何の作用を施しているのか。
花子が重ねて張った札が見えない壁に囲まれた黒い冷気をグングン吸い込んでだんだんと黒い冷気を囲む壁が小さくなっていった。
その間も空いた箱から黒い冷気が漏れていたがそれは大海に訓練を受けたムツキとキサラギによって次々に二人が持っている剣で薙ぎ払われていった。
その様子に安心した大海は黒い冷気が漏れ出る古い封印箱に近づくと封印用の札を四隅に貼って印を結んだ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」
古い箱は激しくきしみ大海から紡がれる印を振る払うがごとくガタガタと箱の蓋を揺らしていたがやがて蓋がピタリと閉まる。
そして漏れ出た黒い冷気が薄まると同時に古い封印箱は空中から床にドスンと派手な音を立てて落下した。
「大海。」
扉の外で中の様子を見ていたマリアが喜びの声を上げて部屋に入ってこようとしたのを大海が鋭い声を上げて止めた。
「誰も動かないで!」
大海がそう叫んだと同時に古い封印箱は黒ずんだ木製から黒い鋼鉄の宝箱へと姿を変えていた。
その宝箱は急に光りだしそれと呼応するように大海が胸元にしまっていたカギが同じように光り出した。
大海は和紙に包んで持っていたカギを取り出すと躊躇なくそのカギを宝箱に差し込んだ。
カチャリ
宝箱は軽い音を出してすぐに開いた。
すぐに箱の中から奇怪な生き物が現れた。
前面は大海が住んでいる日ノ本でよく見かける女性の顔と姿であり、背面はこの国でよく見る顔と姿をした奇怪な生き物が出現した。
なんなのこれ?
まるで前世の京都で見た両面宿儺像みたいじゃない。
花子はぼそりと呟いていた。
キサラギとムツキは花子の両面宿儺の呟きを聞いていたがそれ以上にその奇怪な生き物に唖然とした表情を浮かべて動けなくなっていた。
その奇怪な生き物を凝視してしまった人物はことごとく金縛りにあって動けなくなった。
そんな中大海は一枚の札を手に奇怪な生き物に近づいた。
なぜか大海は優しい表情を浮かべるとその札を彼女の正面にいる生き物の顔に貼り付けた。
大海が張った札が淡い光を発した瞬間前面に現れた人物は泥人形が雨に濡れていくようにドロドロと解けて床に広がった。
淡い光が消えた後には大海の正面には背中を向けた女性の姿があった。
片面が溶けてなくなった生き物は背後が溶けたことを気にすることなくそのまま花子に向かって突進していた。




