46.真実
マリアは離れた所から断崖に押し寄せて来た敵を見ていた。
確かに日ノ本の顔立ちが多かったが中には明かに顔を隠しているものがいる。彼らを見ればすぐにキンソン家の流れを汲む魔法を使っているのがわかった。
「フィーア。彼らをどう見ます。」
「あれは間違いなくキンソン家に連なるものです。」
フィーアも断言した。
マリアは拳を強く握りしめると持って来た魔法具を手に断崖に向け歩き出した。
その周囲にはマリアを守るように護衛達が付き従った。
拮抗していた戦場にマリア達が加わったことで形勢はマリア達がいる側に優位に動いた。
結局襲撃はマリア達が加わって数時間で敵は不利を悟って敗走した。
「さすが”白の宮殿”の当主ね。」
いつの間に近くに来たのか大海がマリアの後ろにいた。
「マリア様。」
フィーアが慌てて背後に来た大海との間に割って入った。
「構わないわフィーア。大丈夫よ。私を殺したいなら声を掛ける前にその札を私に向けたでしょうからね。」
「よろしければ本殿の隣に食事を用意していますのでそちらに行きませんか?」
マリアは大海の誘いに頷くとそのままそこに向かった。
途中、彼らは信子の腰を抱いて大事そうに歩くブランと出くわした。
「暑っ苦しいわね、ブラン。」
「なんであなたがここに?」
ブランは背後に振り返って実母を睨み付けた。
「私がお誘いしたのよ。」
大海が睨み合っている二人に声を掛けた。
「な・・・。」
ブランが絶句しているとその後ろから今度は花子の声が聞こえた。
「あれ、マリア先生がなんでここにいるんですか?」
「あら花子ちゃん。それを言うならお祖母様じゃないかしら。」
「えっ?」
花子は思わず自分の前方にいた実父とその横にいるマリア先生を見比べた。
確かによく似ている。
なるほどマリア先生は実父の実母だったのか。
「あれ、皆さんこんなところで立ち止まって何かあったんですか?」
そこに断崖の細い道を上がって来たフレッドが加わった。
「なんでお前がここにいるんだ?」
ブランがフレッドを睨み付けた。
「あらあら。」
マリアが面白そうにブランに視線を向けた。
「大巫女様!」
そこに緊迫した空気を割ってのんびりとした声が聞こえた。
大巫女である大海を迎えに本殿から食事の準備を終えた巫女たちがやって来たのだ。
破られた空気の中全員が何とも言えない表情で視線を外すと準備された食事を食べに本殿横に移動した。
本殿横の建屋には大きな長テーブルが置かれそこには所狭しと並べられた料理が置かれていた。
大巫女である大海は本殿に勝利の酒を奉納してから盃になみなみと継がれた日ノ本の酒を掲げた。
「勝利を祝して。」
大海が盃を高く掲げると全員が同じように盃を高く掲げ一気に飲み干した。
そこからはワイワイガヤガヤと全員が好き勝手にしゃべりながらの宴会が始まった。
日ノ本の神様はお酒を飲んで大騒ぎするのが好きなようでいつもの厳格で神聖な空気は今は微塵もなくなっていた。
「まあ楽しそうで良かったわ。」
大海はにこにこしながら手酌で盃に酒を入れるとそれを平然と飲み干す。
その隣では同じようにマリアがフィーアに酒を盃に継がれながらそれを同じように飲み干していた。
「ねえ、大巫女様。」
「あら、大海で結構よ。」
「それなら大海 。本当に花子ちゃんを”白の宮殿”に連れて行っていいの?」
「逆にあなたの息子を貰うことになるのは構わないのかしら。」
マリアはチラリと視線をブランに向けてからもう一度なみなみと継がれた酒を一息で飲み干すと大海に断言した。
「それはまったく問題ないわ。会社はブランの息子のブラウンが継ぐし、むしろ花子さんをこの八百万神社に残す方が今回のような襲撃が合った時にはいいのではないの?」
「それは問題ないわ。花子ちゃんと同等の力を使えるものはいないけど八百万神社にはたくさんの巫女がいるから全員の力を合わせればそれに対抗できるわ。むしろ神力とは違う魔力に関することの方が知識が少ない分、そっちの方が問題になるわね。」
確かにマリア側でも神力に関する知識はないので彼らに襲われることがあれば不利だといえる。
マリアは頷いて持っていた杯を大海 に向けると大海 もマリアに盃を向けた。
二人はお互いに目線で同意をするとその後は何も気にせずに酒を飲んだ。
そんなことが話し合われていたとは知らない花子は今日の試合で自分のパートナーを務めてくれたフレッドにお礼を言っていた。
「いや、そんなに気にしないでくれ。」
「でも本当に助かりました。これで歴史の単位を無事取ることが出来そうです。」
「ああ、まあ僕としても優勝出来たわけだしそんなに感謝されることじゃないよ。むしろ一緒に戦えて色々勉強になったよ。」
「それならよかったです。」
花子は屈託なく微笑んだ。
こんな純粋な笑顔を家族以外から向けられたのっていつぶりだ。
思わずフレッドは姿勢を正すとなんの悪意もない花子の話に耳を傾けた。
そんな花子の様子を護衛のムツキとキサラギは背後から眺めていた。
それにしてもあの顔少し良しでも腹黒な男はあの怨念塗れの剣を持っていても全く影響されず、むしろ剣を使いこなすのには驚かされた。
平凡そうに見えて腹黒のせいか侮れない。
今日もキサラギの誘いを断って自国に帰っていればその道すがら日ノ本の皇家の手のものに今頃暗殺されていただろう。
それをわかっていてキサラギの誘いに乗ったのかとも思ったがどうも今のフレッドの様子を見ていると違うようだ。
”キサラギはどう思う。”
ムツキは隣でまだ花子を護衛中のため日ノ本の国に来て気に入ったほうじ茶を飲んでいるキサラギに声を掛けた。
”天然腹黒だと思ってますけど。”
”花子様にとって害になると思う?”
”まあ、それは大丈夫じゃないでしょうか。”
”理由は?”
”勘です。”
”勘ね。”
ムツキたちがそんなことを話していると傍に彼女たちがいることに気がついた花子が単位のことを確認してきた。
「あのね、ムツキ。」
「はい、何でしょうか花子様。」
「ちょっと確認なんだけど優勝したんだから”歴史の単位”は貰えるんだよね。」
「えっとですね。」
思わずムツキは口ごもってしまった。
普通だったら優勝したので貰えるはずだが今回の場合は伝統で皇位継承されるまで大学に名誉在籍している第一皇子を招待試合でコテンパンに負かしてしまったのだ。
下手すれば外交問題に発展するかもしれない。
ムツキの思考にその考えが掠めた。
そのムツキの表情を見てしまった花子が思わず不安そうな表情を浮かべた。
そこに今まで二人でニコニコ盃を交わしていたマリアと大海が花子の隣に来ると断言した。
「大丈夫よ。第一皇子をちょっと負かしたからって試合は試合。そんなことにはならないわ。ねえ聖。」
聖は端っこで縮こまって酒を飲んでいたがこの時は大海の問いに力強く頷いた。
今度こそ孫の為に皇家には手出しをさせん。
マリアも同じようにブランに視線を向けた。
ブランはすぐにそれに気がついて嫌いな実母だがこれには力強く頷いた。
「なぁーんだ。よかったぁ。ムツキが口ごもるから変な心配しちゃった。」
「申し訳ありません花子様。」
「ううん私も宴会中に聞いちゃったからごめん。いいから今のは忘れて食事を楽しんでね。」
「ありがとうございます。」
ムツキが花子と話しているうちに端に座っていた聖とブランが会場を抜けて行った。
それにすぐ気がついたフレッドは大きな溜息を吐いた。
このお嬢様の一言。
どんだけ影響力があるんだよ。
普通皇位継承第一位の人間を殴れば進級どころか首が飛ぶんじゃないか。
まあ今回は試合だったから殴る蹴るにはならないんだろうがやっぱ勝つのはまずかったよなぁ。
フレッドは今更ながら自分がしてしまったことを後悔した。
はぁー花子より僕の方が危ないかも。
でも万が一上手くいって何もお咎めなしで無事進級出来たなら今度こそ自分を異性として見てもらえるように努力しなければと心に誓った。




