04.父娘の再会
花子はふかふかのベッドの上で眩しい光に目を覚ました。
ぱちりと開いた眼には高級そうな天井と高級そうなカーテンが映った。そうだった。昨晩この部屋で寝たんだった。花子は昨日貰った洋服を持ってフカフカベッドから体を起こすと部屋についているシャワーブースに向かった。部屋の中からも見える半透明のガラスで括られた洗面所に洋服を置くと昨日貰った寝間着を脱いでシャワーを浴びた。物凄い心地良い勢いで流れる水に疲れた体がポカポカして来た。気持ちよく体を洗った後貰った洋服を着てさっきまで寝ていたフカフカベッドに腰を降ろした。
昨日寝る前に考えたことをまずは確かめるんだ。
花子は部屋全体に掛けていた防御魔法を解除すると今度は自分の周囲だけの防御魔法にしてから唯一持ち出せた全財産であるリュックを背負って部屋のドアを開けた。
「やあ朝が早いんだね花子。一応食事の支度は出来ているよ。」
昨晩話し合いをした部屋には昨日とは違うダイニングテーブルが置かれ美味しそうな食事がそのテーブルの上を彩っていた。
まだ朝食を摂っていなかった花子は思わずゴクリと喉を鳴らした。
「大丈夫だよ。朝食代を出せとは言わないから一緒に食べよう。」
「そうでしょ花子様。朝食を食べないのは体に良くありませんよ。」
二人の誘いに花子はリュックを自分が座った椅子の足元に置くと勧められるまま朝食に手を伸ばした。
美味しい。昨晩の夕食といい。今日の朝食もほっぺたが落ちるくらい美味しいものだった。無言で食べている花子に先に食べ終えたブラウンが話しかけてきた。
「昨日のことだけどどうする・・・。」
「そのお話の前に母が本当に死んだかどうか確かめさせて下さい。」
花子の言葉にそれもそうかと頷いたブラウンはセバスに彼女を死体安置所である神殿に連れて行くように話してくれた。彼は仕事があるらしく今日は行動を共に出来ないと謝られたが別段それは気にならない。むしろこの世のものとは思えない超絶美形の異母兄を見続ける方が負担だった。
一応一宿二飯の恩義があるのでそれは口にしなかった。
それからすぐに花子は異母兄と別れ昨日の高級車に乗せられ神殿に連れて行かれた。
神殿の前で花子はやっと我に返った。
「あのーセバス様。ここは神殿ですけど母は神ではなく仏を信じていたので寺ではないでしょうか?」
私の当然の疑問にセバスは申し訳ありませんと頭を下げた。
「あのー私も言うのが遅かったので・・・。」
「いえ違います。ルービック家当主のブラン様の我儘で寺だと宗派が違うので会いに行けないとごねられまして、信子様には申し訳なかったのですがこちらの神殿にお遺体を運ばさせていただきました。」
「はぁあー、そうですか。」
花子はそれだけ口にすると歩き出したセバスの後について神殿に入った。神殿に足を踏み入れると若い神官が彼女たちの前に来て前もって連絡していたのだろう。地下にある遺体安置所に案内してくれた。ひんやりとした空気の中に一際立派な石で作られた棺があった。
花子が近づくと神官がかけられていた布を外して中を見せてくれた。そこには綺麗にお化粧を施された信子が目を瞑って横たわっていた。あまりの衝撃に固まった花子とセバスを置いて若い神官は下がって行った。
固まっていた花子がハッとして棺に近づくが母が起きる様子はなかった。死んでいるから当たり前だがとてもそうは見えない。思わず調査魔法を発動して棺の中を確認していると真っ青な顔をして先程の神官が駆けつけた。駆けつけた瞬間二人の様子を見てしきりに首を傾げた。
「どうされました?」
「いえ、先程神殿にあります魔法探知器具が物凄い勢いで鳴り響きまして慌てて鳴った場所に駆けつけてみたのですがそれらしき痕跡が見えなかったので・・・故障でしょうか?」
ブツブツ言い始めた神官の呟きに花子は調査魔法を解除すると暫くして別の神官がかけて来た。もう警報装置が鳴らなくなったということで誤作動のようだと耳打ちしていた。
若い神官は遺族の祈りの時間を邪魔して申し訳ございませんと何度も謝りながら二人を神殿の外まで見送ってくれた。
本当は花子が使った調査魔法で鳴ってしまったのだが誤作動じゃないという機会を逃してしまい彼女は黙ったまま神殿を出た。
そこにはさっき花子が乗って来た高級車が待っていた。
「さあ花子様どうぞ。」
花子はセバスに勧められるまま高級車に乗り込んだ。実はさっきの調査魔法で母である信子が理由はどうあれ死んだという事実だけは確認出来た。確認出来たがあまりに急な出来事過ぎて実感が湧かなかった。さて、これからどうしょうか?
どうやらいい悪いは別にして金銭的に援助はして貰えそうだ。そうはいってもあんな桁外れた援助は遠慮した。花子は昨日泊まったホテルに着くまで頭を絞り尽した。あまり考えがまとまらないうちにホテルに着いてしまい昨日のエレベーターに押し込まれ最上階にあるスイートにまたしても連れ込まれた。部屋には昨晩いた美形異母兄ブラウンの姿はなく、その代りにそのブラウンをもっと渋めにしたオジサンが昨日の応接セットに腰を降ろしていらっしゃった。渋め美形は花子に気がつくと目を細めて凝視した。かなり見られてから一言”花子”と呟くとギュッと抱きしめられた。
「すまない花子。すまない。」
抱きしめられながら何度も謝られたが何でこの人に謝られるのかわからない花子はそのまま体を強張らせていた。いつまでも抱きしめて離さない男に飽きれたセバスが”ブラン様”と言いながらベリッと男を引き剥がしてくれた。
「何をするセバス。親娘の再会を邪魔するな。」
「名乗りもせずに抱きしめる馬鹿がいるせいで花子様が固まっておられます。」
セバスが花子を指差した。確かに固まったが涙目で花子を見る渋め美形に返ってこっちが悪者の気分だ。
「ブラン様。」
「ああ、すまない花子。君が知らなかったのは無理ないが僕が君の父親のブランだ。」
そう言って渋め美形は大きく腕を広げた。
それって抱き付けってことですか?
この年でいくら何でも無理です。
そう思ってセバスを見れば彼はスッとブランから離れるとソファーを勧めてくれた。花子はホッとしてそのソファーに腰を降ろした。腕の中ではなくソファーに座ってしまった花子を残念そうな目で見たブランが諦めてなんでか彼女が座っているソファー横に腰を降ろした。
「ブラン様。警戒されておられますがいいのですか?」
「警戒?」
「先程から防御魔法をずっと展開されておられます。」
それを聞いたブランが目を瞠った。
「花子は魔法が使えるのかい?」
そんなに嬉しそうになんでそんなことを聞いてくるの。
どう答えればいいのよ?
思わず紅茶の用意をしているセバスに助けを求めてしまった。
「ブラン様。防御魔法を展開されているということは危険視されているってことですがわかっておられますか?」
「もちろんわかっているよ。花子は一級魔法を使えるってことじゃないか。これなら信子を僕と同じ墓に入れられるじゃないか。」
なんだか明後日の方向に喜びを爆発させている渋め美形に花子とセバスはお互いに目線を重ねた後呆れかえった。
これが私の父なのね。
母さんって男を見る目がなかったんだ。
花子は遠い目をしながらセバスが入れてくれたお茶を飲んで心を落ち着かせた。