36.バァー!
花子は自宅に帰るなり実母にガシッと抱きしめられた。
「何?」
「なんで言わなかったの。」
「???」
「なにを?」
「もう私のことを気にしてたの。」
「えっなに?」
「だから大学対抗の魔法戦の選手に選ばれたことよ。」
「それが?」
「早くいいなさい。おかげで母さん、バァーに怒られたんだから。」
「はあぁ?」
バァーって誰のこと?
「もう、すぐに二人を連れて来なさいって大変だったんだからね。」
「二人?」
ますますなにがいいたいのかわからない。
花子はガシッと抱きしめられたまま固まった。
そこに大きな音を立てて扉が開いたと思ったら実父が帰って来た。
「どうしたんだ信子。会社に連絡してきて早く帰れないかなんて珍しいことを聞いて来るんだ?」
花子を離した実母はすぐに実父に抱き付いた。
「えっ信子?」
実父は顔を真っ赤にしながらも抱き付いて来た彼女をギュッと抱き締め返した。
「お願いがあるの。」
「お願い?”別れたい”とかいうこと以外なら何でも聞いてあげるよ。いってごらん。」
「実父よ。そんなに妻に甘くていいのか。」
二人に存在を忘れ去られた花子は実父の後ろで小声で突っ込みを入れた。
「ありがとう。チュッ!」
信じられないことに実母は実父に口づけをした。
おい、娘が目の前にいるのにナニをする気でいるんだ、そこのバカップル!
思わず怒鳴ろうとしたら問題発言が飛び出した。
「よかったぁ。じゃあすぐに一緒に日ノ本に行ってくれるのね。」
「「日ノ本になにしにいく(の)んだ?」」
「もちろん八百万神社で大巫女をしている祖母に会いにいくのよ。」
「「はあぁ?」」
実母の問題発言の後、花子は今回やっと決まったパートナーと試合前に連絡をとって事前に魔法戦の練習をしなくちゃいけないから無理だと断ろうしたがそれは問題ないから早く行くわよと強引に乗り物に乗せられ、気がついたら八百万神社の階段を上がっていた。
ゼェハァー
ゼェゼェゼェ
ゼェハァー
ゼェゼェ
このご時世に百八段もの石段を一つ上った先に鳥居がありそれが九個もある神社なんて存在してるんだ。
九個の鳥居があるってことはつまり全部で九百七段の自然石で積まれた石段を自力で上らなければならないってことになる。
自然の石ってその一つ一つが平らならまだ上りやすいのだが自然にできたものなので歪なものが多く、足元が不安定なことこの上ない。
そう言えばこの角度って上がるのも大変だけど降りるのはもっと怖くない。
思わず振り返ろうとしたら先に上っていた実母から催促された。
「花子、早く来なさい。遅いわよ。」
私が遅いんじゃない。
二人が早すぎるんだ。
それもいい年した大人が二人で恋人つなぎとかしながらイチャイチャ上るとかどんだけ器用なんだ。
ああー嫌だ。
花子がブツブツいいながらも上っていると先に上っていたアインとムツキが追いついて来た花子に手をさし出してきた。
「「花子様。大変ですからお手を引きましょうか。」」
「ありがとう二人とも。でも大丈夫。もうすぐだからがんばれるわ。」
ここまで来たら根性で上まで一気に行くわよ。
それにしてもなんでここって魔法が使えないんだろ。
そうなのだ。
あまりの大変さに魔法で楽をしようとしたが全く魔法が使えなかったのだ。
なんで?
そんなことを考えているうちにやっと九個目の”九の坂鳥居”を潜って神社の本殿前に辿り着いた。
そこには前世の日本で見た宮司姿の若かったときはとてもモテたんだろうという容姿の白髪の老人が立っていた。
「遅い。それに神聖な神社内で男女が手を繋ぐなど不謹慎だ。」
うんうん。
そうだよね。
思わず花子は頷いた。
そこに真っ赤な袴を穿いた女性が本殿から現れた。
「何を怒鳴っているの。うるさいわよ。そこの老人のたわごとなど無視してまずは全員本殿にお参りしなさい。」
凛とした声にここまで上がって来た全員が促されるまま本殿にお参りし、その後渡り廊下を通って中にある住居部分に入ると全員がそこで正座した。
カポーン。
さわさわさわ
さわさわさわ
さわさわさわ
神社内にある池の傍で鹿威しの音を聴きながら全員が先程の凛とした声を出した巫女を前に誰も一言も発せずにじっと正座をしていた。
「大巫女様、お持ちしました。」
奥の障子をスッと開けて同じような恰好をした女性がお茶を持って現れた。
大巫女と呼ばれた女性はそれを実父の前に置いた。
実父はそのお茶を手に取って三口飲むと隣にいる実母に渡した。
全員が同じ茶碗から同じ動作でお茶を飲み終えると大巫女が立ち上がった。
「ついて来なさい。」
実父と実母は即座に反応して後をついて行った。
アインとムツキもスッと立ち上がった。
もしもーし、なんでこんな長時間正座して全員すぐに立ち上がれるの?
花子は足が痺れて立ち上がるだけでせーいっぱいで一歩も歩けなかった。
すぐに花子の様子に気がついたアインとムツキが両脇を支えてくれた。
お陰で花子も何とか歩き出した。
板張りの廊下は池の上に橋のように渡されていてその板張りの道を黙々と歩いて行くと奥まったところに立っている建物に大巫女は入っていった。
両親もそれに続いて入ったので花子たちも後をついて行った。
部屋に入るとそこには花子待望の椅子が置かれていた。
「さあ、こちらに座りなさい。」
そこには先程本殿前で立っていた老人がすでに中央に座っていた。
白髪の老人はなんだか小難しい顔で実父を睨み付けていた。
それを見ていた大巫女は大きな溜息を吐きながらも先程とは違う優しい声で机の上に置かれていた重箱を開けると花子たちにそれを勧めてくれた。
「この山で捕れたものよ。美味しいからたくさん食べなさい。さあ、花子ちゃんも遠慮しないで手を付けて頂戴。それにしても会わないうちに大きくなって、ますます信子の小さいときにそっくりね。バァーは花子ちゃんに会えて嬉しいわ。」
「儂はこんな男に会いたくなかったわ。」
「聖言い過ぎですよ。」
「言い過ぎだと。こいつは娘を孕ませた挙句、その後もほったらかしで何もせず。それどころかその間も他の女とイチャついてその女との間に子供まで生ませたんだぞ。」
「昔の聖と変わらないではありませんか。」
「儂は大海と結婚した後はそんなことはしていない。」
「あら、私が知らないとでも思っているんですか。」
「な・・・なんのことだ。」
「大王に頼まれて何をやったのか知っていますと言っているんです。」
「な・・・んのことをいっているんだ。」
「大王の後継者のお一人が聖の若いときにそっくりだと言っているです。何か反論は?」
花子には実母の実母である人の平凡な顔がこの時、般若に見えた。
この一言で口を噤んだ聖は黙って重箱の料理を食べ始めた。
「母さん今のこと本当なの?」
「アラ、なんの事かしら?」
「な・・・なんでもない。」
全員がこれは聞いてはいけないことだと理解した瞬間だった。
その後は全員でうわべは和やかな食事会が始まった。
花子は言われるまま重箱の料理をパクパクと食べた。
うまい。
色合いは緑色ばかり多くて今一つだが味は無茶苦茶美味しかった。
両親はこれまでのこともあって気まずそうだったが花子はご機嫌だった。
上機嫌で食事を終えると温泉があるというので全員が温泉に向かった。
部屋を出る際に祖母に声を掛けられた。
「花子ちゃん。」
「はい!」
「まだまだ正座は苦手なようね。明日から少しずつ練習しましょうね。」
「えっ!」
「そうそう。その後は蔵に自由に入っていいわよ。それじゃ明日ね。」
「あっ・・・。」
花子は断ろうと口を開いたが断る前に祖母は部屋からいなくなっていた。
なんでこんなところに来てまで正座の練習なの!
項垂れていると自分たちばかり気まずい思いをしていた実母が嬉しそうに声を掛けて来た。
「よかったわね花子。お祖母様に見ていただけるなんて。」
花子がジト目でみればさすがに言い過ぎたことに気がついた実母が違うことを教えてくれた。
「まあいいんじゃない。花子が好きだった本が読み放題だわよ。」
「本?」
「あら忘れたの。昔は蔵に籠ってよく読んでたじゃない。」
蔵って本がある所なの!
ビバ蔵!




