19.一家団欒
花子は実父に連れられ帝都の魔法科大学の近くにあるブランの自宅に向かった。
専用車両にはブランの秘書であるアインと呼ばれるあまり表情の動かない男の人がいて彼の運転でそこに向かった。
よく見ていると周囲は前世でも東京の中心にしか見られないような高層ビル群が立ち並んでいた。
そんなビル群の一角に花子を乗せた車は吸い込まれるように入っていった。
車は極彩色の光に照られ、次に車の中にいるはずなのにエレベーターのような浮力感を感じると景色が変わって専用駐車場に停車していた。
アインが車の運転席を出ると後部ドアが開いた。
花子も実父であるブランに続いて外に出た。
ブランはそのまま駐車場の扉を開くと外にスタスタと歩いて行った。
そこには真っ黒な空に光り輝く星がガラスのような素材で作られた窓いっぱいに広がっていた。
思わずポカーンと口を開けてその風景に魅入ってしまった。
「すごい。」
しばらく呆然とその景色を眺めている花子をブランは嬉しそうに眺めていた。
「あのー花子様。」
そこに恐る恐るアインの声がかけられた。
「このままここで見学されるより部屋の中に入れば温かいリビングからも同じような景色を眺めることが出来ますよ。」
「あっそうよね。ごめんなさい。ありがとう。」
花子は笑い声を我慢しているブランの後について豪華な装飾が施された扉を潜った。
扉の装飾もすごかったが入った廊下も凄かった。
前世でいうところの透かし彫りの彫刻がこれでかと施された腰壁が延々と続く廊下が現れた。
その廊下をブランは意にも解せずにスタスタと歩くと一番奥にあるドアを開いた。
そこには前面に星空が広がり眩いばかりのビル群の灯が窓いっぱいに輝いていた。
「・・・。」
花子は言葉もなくそこでもまた立ち尽くした。
「信子。」
ブランは部屋に入ってすぐにテーブルで緑茶を飲んでいた信子に気がつくと走り寄って彼女を抱き締めた。
一方信子は部屋に入って来たブランを邪険に突き飛ばすと窓外を見て声もなく立ちすくんでいる花子に駆け寄った。
「花子!」
花子は母である信子の声に我に返ると抱き付いて来た母親の抱擁に背をそっと叩いてこたえた。
「心配かけてごめんなさい、花子。でも会いたかったわ。」
感極まって抱き締め合っている二人にすぐに近づく人物がいた。
「よかったね信子さん。でも体調に響くからすぐにそこに座った方がいいよ。」
ブラウンは信子の腰に手を当てて彼女を支える様に動くと傍にあった椅子に座らせた。
「ブラウン。なんでここにいるんだ。」
「いやだなぁ。私は実母が離婚されたとはいえ花子の異母兄ですよ。ここにいても問題ないでしょう。それとも私はもう離婚された実母の血を引いているので家族ではないと。」
「まあまさか。そんなことはないわ。」
信子がブランより先に立ち上がるとブラウンを抱き締めた。
「信子うれしいよ。ありがとう。」
ブラウンは意外とボリュームのある信子の胸を感じながらしっかりと抱き締め返した。
「おい、ブラウン。いつまで抱きしめているんだ。いい加減離せ。」
ブランが信子からブラウンを引き剥がそうと彼の肩を掴んだ。
「信子。私は実母に一度も物心ついてから抱きしめられたことがないんだ。もう少しこのままでいさせてほしい。」
「まあなんてこと。いいわよ。いくらでも抱き締めてあげるわ。」
「こら、ブラウン。いい加減なことをいうな。」
「いい加減じゃないよ。実母は私を生んだ後すぐに他人に養育を任せたって知ってるだろ!」
「そ・・・それは・・・。」
ブランはブラウンの言葉に躊躇したがそれでも数分も立つと信子からブラウンを引き剥がそうと彼の肩を掴んで揺さぶった。
花子は実母をめぐって白熱するケンカを展開している二人を最初は唖然として眺めてしまった。
そこにスッとセバスが近づくとお茶とケーキを出してくれた。
「花子様。お疲れ様です。よろしければこちらをどうぞ。」
「ありがとうございます。セバスさん。それにしても異母兄はなんで母さんをあんなに気に入っているの?」
「ああ、それなら簡単です。今まで血のつながりのない女性全てがブラウン様をルービック家の次期当主様と見ていたのにあの方が普通に接してくれたからですよ。」
「そうかな。高貴な方なんて思わない庶民なら普通に接するものじゃない。」
「いえ今までの女性の方でルービック家次期当主と知られていなくても目をハートにされる方ばかりでしたのでそれ以外の反応を見せた方は初めてですね。」
「目をハートって言われれば確かに美形かも。」
花子はクリームがたっぷりと盛られたケーキを一口サイズに切り分けながら美味しいお茶も堪能した。
そのうち二人のケンカも佳境になりブラウンから自分を義父と呼んでほしい発言が飛び出した。
「なんてこというだブラウン。信子は僕の妻なんだよ。」
「どうせ治療費を払うと言ってサインを貰ったんでしょ。それなら私にも可能ですよ。だから花子ぜひ私を義父と呼んでほしい。」
二人の視線が花子に突き刺さった。
花子は食べていたケーキの最後の一口を食べ終えると二人と視線を合わせた。
「私はどちらでもいいですよ。」
「「花子!」」
娘に見捨てられ項垂れる実父と嬉しそうに花子の実母を口説く異母兄がそこにいた。
それにしても我が母はモテき到来だね。
もっともあの超絶鈍感の実母に異母兄の腹黒思惑から出たラブコールがうまい具合に届くとは思えないけどなぁ。
まあどっちにしても自分には関係ないや。
花子は他人事だと眺めていたが実母の発言で人生最大の危機に陥った。
「二人とも嬉しいことばかり言ってくれてありがとう。それでまだ何も出来なかったから夕食を作って見たの。良ければ食べて頂戴。」
「夕食を母さんが作ったの。」
信子の言葉に花子は文字通り凍り付いた。
「「ありがとう信子。ぜひ頂くよ。」
ブランとブラウンは素直に頷いていた。
花子は必死にこれを回避するため力いっぱい主張した。
「母さんごめん。知らなかったからケーキを食べちゃった。今日はお腹いっぱいだから今度頂くよ。私の分は異母兄さんに食べさせて上げて。」
「まあ花子。食事の前にデザートでお腹いっぱいになるとかマナー違反よ。でもしょうがないわね。花子も色々あったんだし今日は許してあげるわ。」
「ありがとう母さん。私疲れたからお風呂に入って寝るね。」
花子は一気に話すと食事を勧められる前に席を離れた。
花子がそこを出て廊下に行くと後ろからセバスも出て来て彼女がこれから使うことになる部屋に案内してくれた。
「花子様。何かおありですか?」
セバスは部屋の中を説明しながら先程の花子の態度を訝しくおもったのだろう遠慮気味に聞いて来た。
「さすがにちょっとおかしいってわかるよね。」
「はい。」
「あのね。信じられないかもしれないけどあの人が普通の食材を使って料理をすると記憶や魂が消し飛ぶ程不味いものを作り出すのよ。」
「はあぁ?」
「信じられないけど本当よ。本人全く自覚してないけど食べるとそうなるの。だから今回はもう遅いと思うけどすぐに治癒魔法で治療するか高級魔法治療薬を飲んだ方がいいと思う。」
セバスはこの話に真っ青な顔で頷くと慌てて部屋を出て行った。
あっしまった。
セバスさんに明日の朝食を実母に作らせないように言っとくの忘れたけど・・・。
食事の後の惨状を見れば作らせないよね。
花子は念の為明日は絶対に実母より早く起きなければと固く決心して浴室に入った。
はあぁー今日は本当に疲れる一日だった。




