15.ブラン口説く
ブランは公的機関によって発行された離婚証明書を持って再度信子が入院している特別病棟を訪ねた。
前回と同じように地下の駐車場から専用エレベーターで特別病棟に入る。
すぐに受付のスタッフがブランに気がついて彼が問いかける前に今回は信子がリハビリしているリハビリ室を教えてくれた。
足早にそこに向かうと昨日と同じように平行棒に両手を付きながら端までゆっくりと歩いていく信子の姿があった。
ブランはリハビリ室に喜々として入ると平行棒の端に行ってそこで両手を広げた。
「ブラン。なんであなたがここにいるの?」
「ここはルービック家が経営する病院だからだよ。さあおいで、後少しだ。」
信子は頬をプウと膨らませながらも必死に歩くと平行棒の端に辿り着いた。
そこには両手を広げて待つブランがいた。
「自分で歩けるわ。」
ブランは仕方なく両手を下げると平行棒から手を離した信子の腰に手を添えた。
「ブラン。ゆっくりなら歩けるのよ。」
「わかってる。でもそこに君がいるのに触らないなんて無理だ。」
「じゃあ腰じゃなく手を繋いで頂戴。」
ブランは仕方なく腰から手を離すと信子の左手を取ってそれを自分の腕に絡めた。
そしてすぐに彼女が使っている特別室までゆっくりと歩き出した。
信子はブランに先導されながら病室に着くとドサッとベッドに腰を降ろした。
前髪を搔き上げてから髪の毛を結び直すとブランが彼女の足元に膝まずいて靴を脱がせると甲斐甲斐しく動いてベッドに横たえた。
「ブラン。大丈夫よ。これくらい自分で出来るわ。」
「疲れた表情をしているのに何を言ってるんだ。」
ブランは傍にあった布団を掛けると横に置いてある湯沸かし器に魔力を流すと信子にお茶を用意した。
いかにも高級そうなカップに入れられたお茶を金のスプーンを添えて信子が寝ているベッドのサイドテーブルに乗せた。
なんでか信子は大きな溜息を一つ吐いてからブランが入れてくれたお茶に口を付けた。
「ごめんよ。あまりおいしくなかったかい。」
「ブラン。そうじゃないわ。ただ・・・。」
「ただ?」
「あまりにもここは豪華すぎるのよ。だから落ち着かない。」
「それだけかい。」
「ええ、それだけよ。ところで今日はどうしたの?」
ブランは徐に胸元から高級紙に印刷された書類を取り出してそれを信子に渡した。
信子は何気なく渡された書類を広げてそれに目を通すと固まった。
「ブ・・・ブラン。こ・・・これは!」
ブランは満面の笑顔で信子の両手を握ると再びその場に膝まずいてから結婚を申し込んだ。
「昨日言われた通り、僕はもう独身だ。結婚してくれ信子。」
「ちょ・・・ちょっとなんで離婚できたのよ。」
「もちろん君を・・・信子を愛してるからだよ。」
信子はブランに握られていた両手を振り払うとワナワナと震える手で高級紙に印刷されている離婚証明書を折りたたむとブランに返した。
「だから・・・ブラン。どうしてあなたは離婚出来たの。数十年前のあの時だって離婚することが出来なくて・・・。」
信子は言いながらも涙が出て来て俯いてしまった。
「信子ごめんよ。僕が不甲斐無かったから・・・。」
ブランは信子の溢れる涙をキスで舐めとった。
「ブ・・・ブラン。な・・・なんてことするの!そ・・・それより離婚できた理由はなんなの。」
ブランは真っ赤になって狼狽える信子をギュッと抱きしめながら彼女の耳元で理由を呟いた。
「僕と君の間に生まれた花子がことさら優秀だったせいで僕の母であるマリアが認めたんだ。」
「優秀ってどれくらい優秀なの?」
「そうだね。魔法科高校を一か月もかからずに卒業できるくらい優秀だな。」
「一か月って・・・。何冗談言って・・・。」
信子はあまりのことにウソだと言おうとしてブランの顔を見てそれが真実だと悟った。
花子あなた一体、何をしたの。
「信じられないわ。」
「君の気持は一番僕がわかるよ。でも真実だ。だからこの離婚証明書は不正な行為の結果ではなく、そうだね。娘からの贈り物かな。」
「ブ・・・ブラン。」
信子は一瞬嬉しそうになりながらもきっぱりと首を横に振った。
「でもダメよ。私にはルービック家の奥方は務まらないわ。ぜったい無理よ。」
「無理じゃない。それに君が嫌だったらすぐに僕は当主をブラウンに譲るよ。それで問題ないだろ。」
「そ・・・それは・・・でも無理よ。私は庶民なのよブラン。」
「信子。」
いくら口説こうとも一向に”はい”と言わない信子にブランは溜息を吐いて最後の手段を講じた。
「信子。この書類を見てごらん。」
信子はブランから差し出された書類に目を通してまたもや固まった。
「こ・・・この天文学的数字は何なのよ。」
「何と言われても信子が魔法無効化体質だったお陰で治癒魔法が使えなかったんだ。だから治療は高級薬草と超高級聖水・・・高度医療と全ての治療が高かっただけだよ。」
「そ・・・それなら・・・。」
「君を治療せずに花子を悲しませろって言うならその言い訳は聞かないよ。君がいなくなれば花子は文字通り天涯孤独になる。その方がいいって言うのかい。」
「それは・・・。」
信子は何も言い返せず沈黙した。
「それに君が僕と結婚しなければこの書類に書かれている金額を花子が支払うことになる。」
「な・・・何を言って・・・。」
「だからこの書類に素直にサインをして信子。そうすればここに書かれている治療費は僕が払う。」
「ブラン!」
信子は涙目でブランを睨みながらもペンを受け取るとサラサラと婚姻書にサインした。
「じゃ僕はこれを届けてくるよ。お休み信子!」
ブランは信子の額にキスすると彼女がサインした婚姻書を丁寧に折りたたむと病室を出た行った。
信子はブランの後ろ姿を見送ってから大きな溜息を吐き出しベッドに仰向けに倒れ込んだ。