すべての男女は星である。
この言葉を目にして、すぐに誰の言葉か分かったとしたら、あなたはきっと魔術が好きだ。かのアレイスター・クロウリー(※1)の記した名言である。
星は人々の無知蒙昧に光を投げかけ、啓くもの。迷い路を照らし、往くべき先を示すものだ。
私は思う。
「太陽の光は強すぎる。月の輝きはひとの心を迷わせる。迷い路に立つとき、真に導くは星の灯りだ」
なぜならば、太陽は宗教と切っても切り離せないからだ。個人的な考えだが、厳しい環境の土地ほど、厳格な宗教が根付いている気がするし、それらには太陽が関わっている。太陽崇拝ではないキリスト教も、宗教画の聖人は太陽を背負っている。だから強すぎるのだ。自分の判断ではなく、そのひとの周囲の判断に従うことになるのだろう。
ウェイト版(※2)のタロットでも、『太陽 ⅩⅨ(19)』は「物質的な幸福。幸運な結婚。満足」という意味を持つ。カードには太陽と笑っている幼児の姿が描かれている。太陽は目に見える光であり、あくまで世俗的、物質的なカードなのだ。とはいえ、本来は肉体という軛から放たれた魂がこどもという単純にして純粋な叡知の姿となり、新たな世界を切り開くイメージを持つので、そう単純なカードではないのだけれども。
月がどうして迷いの象徴かと言えば、古来から満月と人の生き死にには密接な関係があるという迷信もそうだし、ルナティックという言葉ひとつ取ってみても、お分かりいただけると思う。
ウェイト版の『月 ⅩⅧ(18)』でもカードの持つ意味は正位置で「隠れた敵。危険。中傷。闇。恐怖。欺き。幻想。オカルト的な力。失敗」逆位置で「不安定。続かないこと。沈黙。小さな欺きと失敗」と、注意を呼びかけるカードである。このカードには静かな表情をたたえた満ち行く月と猟犬と狼、蟹。そして月の雫が描かれている。この雫はヘブライ文字のヨッド(ヨド)の形をしている。このことはクロウリーのトート版タロット(※3)でも言われていることである。
月の光は知性の光であるが、人々の獣性(※4)である猟犬と狼、狂気である蟹に降り注いでそれらを抑えている。だが、それは本当に抑えているのであろうか? トート版の月のカードは満ち行く月ではなく、欠け行く月だ。クロウリーは月の光が人々の内に眠る狂気を増幅させるのだと信じたのかもしれない。迷い路において幻惑の月光のみを頼りにすることはできない。私の作品では月が出る場面には迷いや幻想をほのめかすような描写が多い。
では、星の灯りはどうなのか。クロウリーの言ったように、すべての男女が星であるなら、つまり星とは先人の知恵である。星の意匠が描かれたカードは何枚かあるが、私が注目したいのは『隠者 Ⅸ(9)』のカードである。山頂から灯りを投げ掛ける老人、その杖の頭に付けたランタンには六芒星が輝いている。それが示すのは調和と安定だ。彼のランタンは「我がある場所に汝来るべし」という意味を持つ。オカルトというものが、それを伝授されるべき準備の整わぬ人々から自らを守るという事実を指し示すのだ。
カードが指し示す意味は、正位置では「深慮。慎重。また、特殊な意味として反逆、偽り、悪事、崩壊など」逆位置では「隠蔽。欺き。政策。恐れ。理由のない警戒」である。私は常々、隠者とは「万物を統べる者、魔術師」のひとつの形だと考えてきた。迷えるときに、真に必要な導きは魔術師となるために様々な苦難に耐え、年月をその身に刻んだ隠者によってもたらされるのではないだろうか。
だが、隠者は照らすだけで、差し出口を挟みはしない。その有り難さは、年を重ねるほどに実感することになる。成長するには、ただ待っているだけでは駄目なのである。自分で苦しみながら模索し、選び取らねばならない。だが、あまりにも嘘や誘惑が多いのも事実。若者へ明かりを伸べることで、答えを与えるのではなく、しるべを与えるのが年長者の役割だということを示している。
※1……アレイスター・クロウリー(1875年10月12日 - 1947年12月01日)イングランドの神秘学者。幼い頃から変わり者で、「猫は九つの命を持つ」という迷信の真偽を知るべく猫を惨殺したりもした。エイワスという天使と交信したことでも有名。彼の経歴には性魔術の実践などセンセーショナルなものも。「世界で最も邪悪な男」としてマスコミを沸かせた。
『法の書』などを書き記し、トート・タロットの提唱者でもある。没年の二年前(1945年4月某日)の手紙で「もしウェイトがいなければ、私は魔術を志していたかどうかわからない」と記述しながらも後年は彼に対し執拗な個人攻撃をしている。また、ウェイトと親交の深かったエリファス・レヴィの生まれ変わりだと、自身のことを公言していた。
※2……ウェイト版のタロット。このデッキはアーサー・E・ウェイト(※5)が提唱したもので、これこそが様々に作られてきたデッキの中でも最高傑作のひとつであり、また、後世に及ぼした影響も計り知れない。これまで主流だった「マルセイユ版タロット」との決定的な違いは、全78枚のうちこれまでスートと数字でしか表されてこなかった56枚の小アルカナをすべて絵札にしたことにある。これによりこの版は賭博札とは一線を画す存在となったのである。
※3……トート版のタロット。このデッキはアレイスター・クロウリーが提唱したもので、長らくカード化されることはなかったが、彼の死後に発表された。「マルセイユ版タロット」とも「ウェイト版タロット」とも違う点がいくつもあり、黄金の夜明け団の教義に基づいている部分もあれば、クロウリー独自の解釈によるものも多い。特徴としてカードの呼称が他の版と異なること、名前の通りエジプトの象徴をより多く取り入れていることなどが挙げられる。
※4……獣性。理性の対角に位置するとされ、ありとあらゆる欲望を指し示す言葉。人々は自分の内側にあるこれらをコントロールしなければならない。
※5……アーサー・エドワード・ウェイト(1857年10月2日 - 1942年5月19日)。ニューヨークのブルックリンで生まれた英国の神秘学者。幼い頃から熱心なカトリック教徒であり、祭壇や儀式を愛する風変わりなこどもとして周囲から受け止められていた。経済的に恵まれない家庭で育ったため、高等な教育は受けてこなかったらしい。彼がどこで教育を受けたのかは記録がはっきりしない。エリファス・レヴィやアーサー・マッケンと親交が深く、マッケンに影響されて著した聖杯に関する作品は注目に値する。詩の才能があることでも知られる。
主な参考文献は『新・タロット図解(アーサー・E・ウェイト著/魔女の家BOOKS)』
黄金の夜明け団他、オカルト団体の説明は煩雑になるためあえて省いたことを書き記しておく。