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長編小説 3 『限りなく純粋に近いグレイ』  作者: くさなぎそうし
第一章 青春の『華』花(はなばな)
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第一章 青春の『華』花 PART8

  8.


 夕食を一緒に食べた後、空を眺めると夜空は漆黒に染まっていた。その中にぽつりぽつりと明るい星が顔を出している。思わず星に願いを込めたくなるくらいに綺麗だ。


 葵は無意識に星へ手を伸ばしていた。


「どうしたんです?」


 リーに声を掛けられ、思わず手をすくめる。星に手が届きそうだったから、などといえるはずもない。


 彼女は無難に答えた。「星が綺麗だなと思ってさ」


「……そうですね」彼は葵につられながらそのまま空に視線を向ける。


「ほら、あそこを見て下さい。双子座が見えますよ」


 彼は星と同様に目を輝かせながらいった。

「あの二つの星が双子座です。今日は双子座が一番高く上がる日なんですよ。あっちがカストルでこっちがポルックスで……。西洋の神話ではゼウスの双子の子として兄が人、弟が神として生まれたという話があってですね……」


 リーは畳み掛けるように星の風呂敷を広げていく。もちろん葵は黙って聞いているだけだ。それでも彼が楽しそうに話すだけで十分に楽しい。


 リーとの談笑を続けながら、彼女は再び椿の場所に向かった。抜け道を通り抜けると、思った通りの光景が彼女を出迎えていた。


「よかった、ちゃんと光ってる……」


「これは……」リーが驚き声を上げている。


「そう、昼間見た椿よ」


 昼間に見ていた薄い桜色の椿はぼんやりと淡い青白い光を放っていた。花びらだけ蛍光色に染まっている。


「理由はわからないんだけど、三月三日に見る椿はなぜか青色に光るの。一日だけだよ。明日になると、桜のように全部散っちゃうの。本来の椿なら、首から落ちるんだけどね」


「そうなんですね……。それにしても綺麗だ」


 リーは一点の椿を見つめ、上空にあるものに手を伸ばした。彼の指が花に触れそうな瞬間に彼女は声を上げた。


「触っちゃ駄目よ。ここの椿は繊細だから、すぐ折れちゃうの」


「そうなんですか? では、触らないでおきます」


 リーはひとしきり眺めてから、葵の方に顔を向けた。


「ありがとうございます。とてもいいものを見させて貰いました」彼は満面の笑みを浮かべていた。


「いえいえ、喜んで貰えたのならよかった」


 彼女は機嫌の赴くままに奥の手を取り出す。

「それじゃあもう一つ、特別に見せちゃおうかな」


 胸に掛けてある勾玉を取り出す。勾玉を椿の花にかざすと光を吸収し、微かに熱を帯びていく。リーの瞳にも青白い光が宿った。


「うわぁ、すごい。昼間見た時は光ってなかったのに」


「この勾玉、青い光をちょっとだけ吸収するみたい」


 彼女は得意げに説明を始める。

「理由はやっぱりわからないけど。これね、お父さんに貰ったの」


 彼は勾玉に指を近づける仕草をした。


「こっちは触ってもいいですか?」


「うん、いいよ」


 リーは葵の勾玉を慎重に触り始めた。彼との距離が狭まり、彼の息遣いまで鮮明に聞こえて来る。その音が彼女の心臓に拍車を掛けていく。耳の奥から自分の心臓の音も混ざって聞こえてきそうだ。


「これは特別な勾玉なの。アマテラス様を祀ってある神社だけのね」


 葵は息を飲みながら勾玉の説明を追加した。

「熱田神宮、天岩戸あまのいわと神社、伊勢神宮の三つの神社では一子相伝で伝えられる勾玉なの」


「へぇ、そんな言い伝えがあるんですね……」


 彼は勾玉に目を奪われながら頷いている。


「それにしても不思議な光です。この世のものとは思えない」


「そうでしょ。毎年これをかざすのが楽しみの一つなの」


 勾玉の光を浴びながら会話をしていると、リーと目があった。彼女は静かに目を伏せる。


 リーが鈍感でなければ、ここでアプローチをくれることを願って――。


「今日ね、私の誕生日でもあるんだ。よかったらさ、その、誕生日プレゼントくれない?」


「え、そうだったんですか?」


 リーは葵から顔を背け困惑した様子を見せた。

「どうしよう、困ったな。渡せるものは……ないですね」


 ……やはり、もう一押ししないと駄目か。


 葵は頬を膨らませてリーの肩を叩いた。リーが慌ててこちらに振り返る。


「……これでいいよ」


 彼女は指で彼の唇に触れた。


 さすがに鈍感なリーでもわかったようだ。葵に目を向けた後、照れ隠しか頭を掻きながらこちらに振り向いた。


「じゃあ、申し訳ないですが」


 少しの間があった後、彼はそっと動いた。優しい風が髪をゆっくりと揺らしていく。


 その後、葵は彼の唇をはっきりと感じた。薄いベールを感じるように、ほんのりとだが確かに感触はあった。


「ありがとう、一番欲しいプレゼントが貰えて嬉しいよ」


「……どういたしまして」

 彼は憂いを秘めたような目で葵に視線を送っている。


「もう一回だけ……貰ってもいいかな?」

 彼女は俯きながら答えた。


「もちろんです。これでよければ、いくらでも」


 リーの了解を得て再び彼との距離が狭まる。


 青椿が光を発する中、葵はまどろむように再び口づけを交わした。

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