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長編小説 3 『限りなく純粋に近いグレイ』  作者: くさなぎそうし
最終章 郷花堅乱(ごうかけんらん)
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最終章 郷花堅乱 PART5

  5.


「薫君は知っているのよね? 短歌の内容は」


「ええ、聞いています」


 薫は頷いて答えた。

「これは本当に上手いとしかいえません。中国と日本の文化の違いがあるからこそ、解けないといったものが多々あります。思わず感服しました」


「私からしたらそうでもないのよね……」


 彼女は淡々という。

「穴があるというか、すぐに見つかりそうだとも思ってしまう」


「そうでしょうね。わかっている方からすれば非常に簡単だと思います。では僕の意見を述べさせて貰います」


 彼は予め書いて置いた紙を目の前に出した。



 しきがみの

 勾玉ふらん 

 アマテラス

 節句の剣

 ごうかけんらん



 葵の了承を得て、彼は自分の推理を始めることにした。


「最初の言葉は『色紙の』と訳します。次にアマテラスを『天照らす』に変換します」


 色紙とは緑、赤、白、黒、黄色の五色を指す。

 そして天照らす節句とは七夕を指す。

 七夕に色紙の勾玉を振る。つまり勾玉の色は五色となる。


「勾玉は四つではなく『五』つだったんです。初めから僕らは検討違いな方向に進んでいました」


 アンバードリームには四つの色があり、カクテルグラスの黒を加えると五色。

 これも勾玉の色を隠喩していた。


「その通り」


 葵は首を振って肯定した。

「中国側がそこに気づいているかどうかが、私達にはわからなかったの。だけど五月になっても薫君は何も行動をしようとはしなかった。それが中国側の考えだとわかった時にはそのまま騙す方向で決まったわ」


「……本当に騙されましたよ」


 薫は本心でいった。

「熱田神宮の椿の花を青としたのが最初の暗示になります。勾玉の色は翡翠色、どちらかといえば緑色に近い。だけど最初に青い花を見せられれば、勾玉も青だと思ってしまう。青と緑は曖昧な区分ですからね、碧さんの名前と同じように」


「うんうん。葱の話を覚えてる?」


「葱の話?」


「青葱と緑葱の話をしたでしょ。あれも一つのヒントだったの」

 そういえば葵にカルボナーラを作って貰った時に葱の話になったことを思い出す。しかも教えて貰った宮崎の店では葱が入っていなかったのだ。これも彼女特有のメッセージだったと今になって気づく。


「なるほど……それは気づきませんでした」


「やっぱり色に関しては鈍感ね」


「……そうみたいです」


 彼は慌てて話を元に戻した。


「熱田神宮の色を青とすれば、四神だという考えに捉われてしまう。また葵という名も一つのミスリードを狙っています。もちろん青でも間違いありませんが、緑という解釈を打ち消す効果がある」


 薫は息を大きく吸って続けた。


「単純にして本当に上手い仕組みだと思います。節句にしても五節句で考えなければならなかった。そうすると、全てが紐解かれました」


 四神ではなく、『五神』。方位は東西南北でだけではない。

 それは中央。中心である天元があるのだ。

 五体目の神、それは『黄麟』だ。


「黄麟の色は黄色。追加される色とも照合します。葵さんに黄麟座の話をした時にとても驚いていました。あれは僕が感づいていると思ったからこその動揺だったのではないでしょうか」


「うん、あの時は本当にびっくりしたよ」


「そうですよね。あの時の驚き様は葵さんの立場を考えれば当然のことだろうと思います」


 薫は首を縦に振っている。

「しかしあの頃はまだおしとやかだった葵さんが奇声を上げたことに違和感を覚えていたんです」


「ん? おしとやかだった? どういう意味かな」


 葵の無言の圧力を受け、薫は簡単に屈す。

「今も、おしとやかでしたね、すいません」


「うんうん、わかればいいよ」


「……話を戻しますが囲碁もそうです。あれも五の数字を含んでいました」


 碁盤の中心は天元だ。そこに四隅を合わせると五の数字が出てくる。

 この五とは神道の基礎・五行思想を示す。


「五行思想は木(春)、火(夏)、金(秋)、水(冬)、土(季節なし)で成り立っています。碧さんの言葉に敢えて空白を生じさせたのはこの『土』という字を連想させるためでもあったのでしょう。これは端午の節句へと流れる布石です」


「その通りよ」


 彼女は満面の笑みで肯定した。

「残るは最後の一文だけね」


「そうですね。最後の一文は五つの場所がどこなのかということが隠されています」


 薫はごうかけんらんという文字を指差した。


「マスターは一文字ずつで考えていましたが、それも囮です。実はこれ自体に掛詞が使われていました」


 薫は漢字で郷花堅乱と書いた。


「故郷に伝わる花は伝統を固く守る。つまり花がキーワードになります。花とは椿を指します。椿の花があった場所にこそ本当の神が眠るという意味です」


 葵は黙って聞いている。おそらくここまでの推理は間違っていないだろう。


 ついに最後の答えをいう時が来た。


「思えば全ての場所にこの神が関係しているんです」


 熱田神宮には青椿の前に小さな宮があった。

 出雲では武内宿爾という別名で武内神社に祀られていた。

 高千穂では荒立神社に祀られていた。

 伊勢では神宮の近くに大きな神社で祀られていた。

 そして最後はここ、椿大神社で総本山として祀られている。


「隠蔽された日の神は『サルタヒコ』です」彼は熱い思いを込めていった。「五つの神社全てに関係している神は彼で間違いありません」


 葵は何もいわずに頷いている。薫の解釈で間違いないという顔だった。


「最初に熱田神宮でサルタヒコの説明をして貰った時に違和感を覚えました。それまでの説明は丁寧だったんですが、この神の説明は一見遠回りしているようにも思いました」


 ――サルタヒコの眼は鬼灯のように照り輝いているの。


 この鬼灯という言葉がキーワードの始まりだった。


「そう。薫君にメッセージを発したのはそこからね」

 葵は同意した。


「伊勢には武を現す人物が多く集まっています。神『武』天皇、日本『武』尊、天『武』天皇、『武』内宿爾です。そして守護神は玄『武』。これらの人物に関わる共通点は全て、蘇我一族だということです」


 本当に隠蔽されたのはサルタヒコではなく、蘇我一族だ。蘇我一族を隠蔽するために、敢えて神話が作られたのかもしれない。


「お見事、としかいいようがないわね。反論の余地は全くありません」


 葵は唇を舐めて続けた。

「じゃあ最後になぜ端午の節句ではなく、その二日前に呼んだのかを聞きましょう」


「これは簡単です」


 薫はきっぱりといった。

「あの手紙は二人だけにしか会えないという名目が前提にありました。そして葵さんの手紙に書いてあった一文はこうでした」


 星に明かりを。


「『星』とは先程の五行思想で出た曜日の星を差します。これに『明』、つまり日と月を加えると、七つの星になります」


 七つの星、つまり北斗七星だ。陰陽道では七つの星が集まると、北斗七星になると彼女は教えてくれた。


「これの真意は大熊座を現しています。大熊座は北斗七星を宿していますから。この星座の子午線通過は『五月三日』です。葵さんは端午の節句の前に会うことを望んだ」


「正解です。本当に薫君は何でも知ってるんだから、私の話がなくなっちゃった」


「何でもは知りません」


 薫はかぶりを振った。

「葵さんに会いたかったから頑張ったんです」


「……まったく。いつの間に女心がわかるようになったの?」


「さあ。誰かさんに調教されたおかげです」


 薫が微笑むと、葵は照れたような笑みを浮かべた。

「意地悪ね。薫君、こっちに来て」


 葵にいわれるがまま近づくと、そのまま抱きしめられた。

「このぬくもりが……ずっとずっと欲しかったの」


 久しぶりの感触が彼の心を軽くする。葵に会うために今まで最善を尽くして来たのだ。それがようやく実を結んだ。


「……僕もです」


 力を込めて抱きしめ返す。彼女の体温と匂いがさらに薫の中に染み込んでいく。


「もう一つだけ聞いていいですか? なぜ葵さんはこの情報を知っていて大丈夫なんです? 父さんが知った時には追い詰められた情報をです」


「確かに他の四つの神社の宮司には各自、守る秘密があり、それを他の人に告げてはならないというルールがあるわ。

 けど私達が守っているのはその中心にあるサルタヒコ様。だから私がその秘密を伝承していかなければならないの。もちろん蒼介さんも知らないことよ」


 神社の血族の頂点が椿大神社にある。それは情報に置いても変わりないということらしい。彼は妙に納得した。


「これで私からいうことは一つだけになったわね」


 葵は肩の力を抜いて薫を見つめた。


「……薫君、私と一緒にイギリスに行きましょう」

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