最終章 郷花堅乱 PART4
4.
手紙には三種類の鬼灯の絵が書かれている。そこに葵は自分の思いを託した一文と名前を添えた。
「鬼灯には三つの意味が込められていました」
薫は葵の顔を見ながら口を開いた。
「一つ目は隠蔽された神を表現し、二つ目はフォンの殺害方法、三つ目は葵さんがスパイだという証明です」
「それで合ってるわ、さすが薫君ね」
中国では鬼はゴースト(亡霊)を意味する。フェイカーとして向かった茜はフォン(虹)から薫の殺害方法を聞いており、その情報を得た葵は鬼灯に思いを託した。
フォンが強い光によって薫を殺そうとすることを伝えたかったのだ。
「鬼灯の花言葉は『偽り』、覚えていてくれたのね」
「ええ。もう一つだけ訊いていいですか?」
「もちろん。いくらでもどうぞ」
頭の中にある疑問点を一つずつ解決していく薫。
今の彼になら葵は何だって答えられる。複雑な境遇の中にあるのに、今の状況に感謝さえ覚え始めている。
彼と話ができれば、どんなことだって楽しい。
「宮崎にいたスパイのことです」
薫は指を立てて述べた。
「僕のターゲットだった人物は誰だったんですか?」
「心当たりはあるんでしょ」
「もちろんあります」
彼はきっぱりといった。
「天岩戸神社の後継者・楸田琥珀で間違いないですね?」
……やはり彼は何でも知っている。
彼女は頷き彼の言葉を肯定した。
「正解です。じゃあ双子のお姉さんは誰かな?」
「それは柏木美里さんです。あなたが肩代わりした本当の熱田神宮の巫女ですね」
「うん。姉さんの正体にも気づいていたのね。その根拠は何かな?」
「宮崎で飲んだ、アンバードリームというカクテルです」
アンバードリーム。英名では琥珀の夢と呼ばれており、黄金色のカクテルだ。使われているリキュールの色は緑、白、赤。そして出した時のカクテルグラスは黒。
「これには二つの意味が込められています。一つはいうまでもなく、美里さんの真名です」
美と里の間の空白の一文字。
これは彼女からのメールがヒントになっている。烏賊墨のスパゲティだ。
烏を黒に変え、賊は盗るという意味で捉える。つまり墨の中の黒を盗ると。残るのは土。
これを空白に入れると――。
「美土里、となります。つまりこれはみどりを表しています」
彼女の真名はみどり。そしてみどりという漢字は他にもある。白を含むみどりが一つだけあるのだ。
「『碧』。これが美里さんの真名です」
彼は凛とした表情でいった。
「これはアオイとも呼べますね。またこの字は変換すると皇石ともなります。つまり琥珀さんと繋がりがあるということです」
碧という字をばらせば王、白、石。琥珀という字をばらせば王、白、虎。そして虎を石に変換すれば二人は同じ漢字を持つことになる。
二人こそが双子の姉弟だったのだ。
「ご明察です」
葵は頷いて肯定する。
「宮崎で薫君が監視していた最初の人物は碧姉さんよ。そして部屋の中で入れ替わったのが琥珀兄さんなの」
「やっぱりあの時に見たのは美里さんだったんですね。入れ替わっていたからこそ、彼女は名古屋に戻ることができたと」
宮崎でフォンの部屋を監視していた時、隣の205号室では美里が部屋に戻った。その中にいたのが楸田琥珀だ。同じ格好をした双子なら見間違えてしまうだろう。
「そういうこと」
葵は微笑しながら促した。
「ではもう一つの意味を聞きましょう」
「二つ目は葵さんの真名です。葵さんの真名は……」
アンバードリームの色は黄金色。つまり四色の他に『黄』色があるということを指す。
葵は自分の言動を反芻した。
真名があれば、葵という花でありたいといったのだ。
黄を帯びていて葵と名のつく花。
それは――。
「『向日葵』こそが葵さんの真名です。鬼灯の中に書かれていた名前、あれは緑で書かれたものじゃない。青と『黄色』を混ぜたから緑になっていたんです」
彼の口からその言葉を聞いた時、彼女の心臓はどくんと高鳴った。
彼といるだけで彼女の鼓動は早くなる。やはり彼こそが幼馴染の薫だと確信する。
「……ありがとう」
彼女は満面の笑みを見せた。
「薫君なら絶対わかってくれると思ってた。その時にはわからなくても、後から絶対気づいてくれると思っていたわ」
「やっぱりそうだったんですね」
彼も納得の表情を見せる。
「向日葵にも『白』という色が混じっています。『日』に『向』の点を加えれば白という字になりますからね。葵さんは身分を偽っていましたが、天岩戸神社の子息であることは確かだった」
向日葵という字には二つの色がある。一つは花本来の持つ黄色で、もう一つは日向という字を崩した字に白だ。
そして双子の彼らにも白という字はある。
彼らはまた三人でも繋がっていたのだ。
「……私達は三人姉弟だったの。私が次女で、先に二人が双子で生まれてきたんだ。そしてお母さんの名前が日向。だから私の名前には日向という文字が入っているんだ」
向日葵。向と日を入れ替えれば日向。
白で結ばれた三人はやはり彼女の子供だということを指している。
「私はここ、椿大神社が自分の生まれだとずっと信じていたわ」
葵は遠い目をして、静かに語り始めた。
「だけど今回の任務に就く際に碧姉さんと出会って感じたことがあったの。自分はこの人と何らかの繋がりがあるんじゃないかと思ったんだ。それはただの推測だったけど、夏に薫君と話した時に確信したの」
葵も全てを知っていたわけではない。だからこそ彼女は一人で敢えて危険な道を辿ったのだ。中国のスパイを欺き、薫のためだけに茨の道を進んだ。宮崎でも自分を偽り、あおいではなく『アオイ』となり全ての人を欺き続けた。
「では……最後に暗号について話しましょう」
彼女は吐息をつき姿勢を正した。
「あなたがここに来たことですでに証明する必要はないけど、きちんと話しておきたいわ」
「僕もそれについては確認したい所です」
薫は微笑しながら葵を見た。
「何しろ、父さんが僕のために残した最後の情報なんですから」




