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長編小説 3 『限りなく純粋に近いグレイ』  作者: くさなぎそうし
第六章 玄冬の『豪』雪(ごうせつ)
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第六章 玄冬の『豪』雪 記憶視点 PART9

  ★.


「お母さん」


 少年は母親に尋ねた。

「なんで伊勢神宮の隣にはサルタヒコ様の神社があるの?」


「それはね、サルタヒコ様が天孫降臨の際、ニニギ様を地上へ導いた偉い神様だからよ」


 母親は少年に優しくいった。

「サルタヒコ様はニニギ様を導いた後、この伊勢を訪れたの。そして椿大神社つばきおおかみやしろに滞在なされたのよ」


 女は近くに咲いていた黒椿を指した。黒椿は黒紅色に染まっており、仄かに揺れている。少年は椿の花に駆け寄った。


「うん。あおいちゃんがいる神社でしょ。あそこの神社でもサルタヒコ様が祀られているの?」


「そうなのよ」


 母親は頷いた。

「桐山さんが宮司を務めている椿大神社が総本山だからね」


「総本山?」

 聞いたことがない言葉だった。


「一番中心になって祀っている場所ということよ」


 彼女は人差し指を立てていった。

「アマテラス様もたくさんの所で祀られているけど、総本山といえばここ、伊勢神宮になるわ」


 少年は何だか面倒だなと思った。同じ神様を祀るのなら一つでいいじゃないかとも思う。


「ふうん。何で日本にはたくさんの神社があるの? そもそも、何でたくさんの神様がいるのかな? キリスト教ではイエス様がただ一人の神様なんでしょ?」


「日本はね、神様に寛容なの」


 彼女は大きく口を開いた。

「日本には八百万の神様がいると信じられており、何にたいしても神様が住んでいると信じられているんだ。どうしてかというと、日本人は自然を大切に扱っているからよ」


「ふうん」


「神道の始まりは自然にあるのよ。今年行なわれる式年遷宮では神様が眠っている木を運ぶの。二百年も生きた檜を一万本も使うのよ」


「い、一万本? 凄いなぁ。でも、なんで二十年に一度なの? 前の建物だって神様は住めるじゃないか」


「確かに二十年くらいじゃびくともしない建物なんだけど。でもね、この建物は誰が作るんだと思う?」


「あっ、わかった!」


 少年は目を見開いて答えた。

「大工さんのためなんだ」


「そう。大工さんの世代の移り変わりのためにあるの。作る技術を絶やさないためにね」


 母親は少年の頭を撫でながら頷いた。

「それに神様というものは穢れを払う存在でなくてはならない。常に清々しい気持ちでいてもらわないといけないんだよ」


「なるほどね。お互いのためなんだね」


「うんうん」


 母親は満足そうな顔をして続ける。

「もちろん木をたくさん使うから、新しい木を植えることもするし、前の建物の材料だって余す所なく使うのよ」


「ちゃんと考えているんだなぁ」


 少年は腕を組んでいった。

「使った分だけ新しい木を植えれば木が無くなる心配はないね」


「木を大事にするのは一番大切なことなのよ」


 母親は頷いて相槌を打った。

「もちろん花だって草だって皆大事。だから粗末に扱っちゃ駄目よ。大切にしなきゃ」


 そういって彼女は近くに生えている柊の葉を掴んだ。葉は尖っているが、色ははっきりとしている。


「えー花はすぐに枯れちゃうじゃないか。大切になんかできないよ」


「そんなことはないわ。毎年ちゃんと花が咲くように見守ってあげることだって大切にすることと一緒なの。お父さんがよくいってるでしょ、故郷を守るためには伝統を守らなければいけないって」


「どういうこと?」


「木というのは一本だけで生長するわけじゃないのよ。その地盤を作っているのは周辺の草や花なの」


 彼女は周りを見渡し、檜の樹林に暖かい視線を向ける。

「地盤がしっかりしているから、木は安心して背を伸ばすことができるのよ。つまり花が咲くように私達がきちんと管理していれば、それは伝統を受け継いでいるということになるの」


「うーん、難しいなぁ」


 少年は頭を悩ませた

「要するに木だけじゃなくて、その近くに生えている花も大事にしなくちゃいけないんだね」


「そういうこと」


 母親は少年の目を見つめながらいった。


「私達、柊家にはこんな短歌が受け継がれているの」


 

 色紙の

 勾玉ふらん

 天照らす

 節句に剣

 郷花堅乱



「これはね、アマテラス様が五節句に草薙剣を故郷の花のように大事に扱ったという意味よ。この間、お父さんに四神の話を聞いたでしょう?」


「うん。聞いた」


「四神は方位の神でもあるわよね。それに中心があるの」


「中心?」


「うん、中心の神を合わせて五神というのよ」


 彼女は砂地を使って最後の文字を書き示した。

 そこには豪華絢爛と『郷花堅乱』という文字が並んでいたが、少年には難しくて読めなかった。


「故郷の花は伝統を堅く守って乱れない。この漢字にはそういう意味があるの。伝統を守っていくのが私達の使命なのよ」


「うん、それはわかってるよ」


 少年は大きく首をぶんぶんと縦に振った。

「この黒い椿の花を大事にすればいいんでしょ? 僕も伝統を守るために精一杯頑張るよ、お父さんみたいになりたいし」


「うんうん、偉いぞ」


 母親は満足した顔になり、上機嫌で少年を抱きしめた。


「お父さんのように立派になってね、『かおる』」

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