第六章 玄冬の『豪』雪 PART4
4.
「リー君さ、最近元気ないんじゃない? また彼女と喧嘩したの?」
「そんなことないですよ」
リーはグラスを拭きながら答える。
「それに彼女なんか元々いませんよ」
「そっか、別れちゃったのか……」
美里はがっかりした顔を浮かべた。
「残念だね、そういうこともあるよ」
最近の彼女は最初に瓶ビールを頼むことが多くなっていた。黄麟のクラシックラガーだ。
「で、どうなの? 本当に別れちゃった? なんなら、私が慰めてあげよっか」
その話題だけは避けたかった。マスターの機嫌が途端に悪くなるからだ。彼は店の客である美里をわが子のように溺愛していた。
新しい話題を考えていると、一つ訊かなければならないことを思い出した。
「そういえば、柏木さん。この前、僕の携帯の登録内容を変えていましたよね? 何を変えたんですか」
美里ははっとした顔になり、目を丸くした。
「ん? まだ気づいてなかったの? にぶいなぁ、リー君は。そんなんだから彼女に振られるんだよ」
「……はぁ、そうかもしれません」つい本音がぽろっと出てしまう。
「え? 本当に何かあったの? 私が聞いてあげるからさぁ、白状しちゃいなよ」
美里は何事もなくその内容を聞き出そうとしてきた。観念して少しだけ話すことにする。
「ええ、実は……」
大事な部分を隠して彼女に浮気疑惑があったという話にすると、美里はふんふんと大きく頷きリーに罵声を浴びせてきた。
「そりゃ、リー君が悪いよ。リー君が疑っただけなんでしょ?本当の所はわからないじゃん」
「まあ、そうなんですけどね」
美里はビールを飲み干して次を頼んだ。
「なんか強いやつ、ちょうだい。そうだな、度数が強くて色が綺麗なカクテルがいいな」
綺麗なカクテルと聞いて、宮崎で飲んだカクテルを思い出した。うちの店でも作れるレシピだ。
「アンバードリームというカクテルを作ってもいいですか?」
「何それ? どんなカクテル?」
「黄金色のカクテルです」
緑と赤と白の液体を均等に混ぜ合わせ、琥珀色に染まったカクテルを新しいグラスに注いだ。黒のカクテルグラスはないため、透明のグラスで出す。
「へぇ、本当に綺麗だねぇ。でもなんでこのカクテルを作ろうと思ったの?」
「彼女が僕に飲んで欲しいといったカクテルなんです」
「それを私に出すの?」
美里は上目遣いでリーを睨んだ。
「味は保障しますよ、まずかったらお金は払わなくて結構です」
「そこまでいうんだったら、飲もうかな」
美里は喉を鳴らして飲んだ。
「うわぁ、美味しい。アルコールがきついのに本当に美味しいよ。凄いね、これ」
「喜んで貰えてよかったです」
「アンバードリームって琥珀色の夢っていう意味?」
美里はグラスを眺めながらいった。
「そうですよ。さらにこのカクテルには別名があるんです。三つの液体をそれぞれ一つとして存在させると、宝石という名のカクテルになるんです」
「ふうん。中々お洒落なカクテルだねぇ」
美里は唸り再びグラスを口にした。
「これってさ、絵の具で混ぜたらどうなるの?緑と白と赤を混ぜたらさ」
「真っ黒になります」
「どうして?」
「全ての色素を含むからです。黒にはどんな色もつかないでしょう? でも色光は別なんです」
リーは天井にある蛍光灯を差していった。
「全てを含むと白色になるんです。太陽の光なんかは色がないですよね。あれは全ての波長を含んでいるから白色になるんです」
「へぇ、そうなんだ」
「白と黒は太極にありながら、万物の根源なんですよ」
彼はオセロで使う石をテーブルの上で回していった。
「何それ? リー君、彼女に振られたからって変な宗教にでも取り付かれたの?」
「いいえ」
リーは笑いながら手を振った。
「でも普通の宗教には取り付かれてます」
「……ふうん。やっぱり変なの」
そういって美里はカクテルを二口目で平らげた。
「そういえば柏木さん。先程の答えを貰っていませんが」
「ああ、そうだった」
美里は思い出したかのように声を上げた。
「ヒントをあげよっか。ヒントはね、空白だよ」
「空白?」
携帯を取り出し、名前の一覧を見る。すると一つの変化に気づいた。
柏木美 里。
美と里の間に一つの空白が生じている。
「リー君は真名っていう言葉を知ってるかな? 本当の名前って意味の。実は私にはもう一つの名前があるのよ」




