第六章 玄冬の『豪』雪 PART2
2.
「お前の父親の遺言に日本の短歌を書き記したものを残したらしい。そしてこういう文字で書かれていた」
マスターは彼のノートの空白に短歌を書き始めた。
しきがみの
勾玉ふらん
アマテラス
節句に剣
ごうかけんらん
「直訳するとだ」
マスターはその横に意味を書いた。
「式神の勾玉を振るアマテラスは節句の日に剣を煌びやかにかざした、という意味になる」
……どこかで俺はこの言葉を聞いている。
強い既視感を覚え、何度も文字を追い頭に記憶する。初めて見たものではない気がする。
「ここからはフォンが解読した内容なんだが、この短歌は多くの掛詞が使われている」
マスターは、しきがみの、と書かれた部分に指を伸ばした。
「まず最初のしきは『四季』に変えることができる。短歌とは季節の言葉をいれるらしいから、これは順当だろうと思う」
――五円玉は御縁を掛けてあるの。
葵の言葉が突然蘇った。ヘイは頭を振って彼女の言葉を掻き消した。
「次にごうかけんらんという言葉に注目して欲しい」
彼は四色ペンを取り出してその文字を覆った。
「漢字に直すと『豪華絢爛』という文字になる。普通なら、豪華と絢爛と二つとも煌びやかという意味になるんだが、四字熟語というのは本来、一文字に一つの意味を込められているらしい。そこでこれを一つずつ分けてみる」
豪・華・絢・爛。
マスターは一文字ずつに分けて書いた。
「次にふらんという言葉に注目してくれ。ふらんとは振るだけではなく『降る』の意味にもできるだろう?」
四季に降るもの。それは季節を感じさせるものだ。
豪には雪、華には花びら、絢には雨、爛には紅葉。
全て、季節通りに巡り連結している。
「つまりだ、最初のしきがみは四季神となる」
四季神は四神のことを指す。方角の神であり色の神だ。
青龍は東にあり、春を表し、青を象徴する。
朱雀は南にあり、夏を表し、赤を象徴する。
白虎は西にあり、秋を表し、白を象徴する。
玄武は北にあり、冬を表し、黒を象徴する。
「そして節句とは文字通り五節句のことを表している。これは季節を示すこともできる」
上巳の節句(三月三日)は春。
七夕の節句(七月七日)は夏。
重陽の節句(九月九日)は秋。
人日の節句(一月七日)は冬。
「この節句に合わせ剣の場所を求める。もちろん剣というのは草薙剣だ。草薙剣の場所が各神社を表していた」
東。現在祀られてある熱田神宮。
北。スサノオが剣を手に入れた場所、出雲。つまり出雲大社。
西。ニニギが天孫降臨の際に降り立った場所、高千穂。つまり木串触神社。
南。過去に三種の神器が祀られていた伊勢神宮。
「まとめるとだ」
マスターは一括していった。
「季節毎の場所に向かい各勾玉を見つけ出せば、本当の日の神の正体がわかるということだ」
ヘイはマスターの意見に同調した。
注意深く話を聞いたが、特に不審な点は見つかっていない。
「出雲大社に祀られていた四神は朱雀だ」
朱雀は日の鳥。つまりスサノオが日の神であるという暗喩が含まれている。
「お前はこの情報を得ずに同じ結果に辿り着いた。スサノオは間違いなく日の神ということだ」
「ということは後一つ、伊勢神宮の黒の勾玉を手に入れれば終わりというわけですね」
「……いや」
マスターは不気味な笑みを浮かべた。先程よりも禍々しいものだった。
「それはすでに手中にある」
そういって彼は黒の勾玉を取り出した。鼈甲色の勾玉が微弱な光を吸収しながら黒々と光っている。
「えっ? なぜこれを? すでに伊勢神宮に向かっていたのですか?」
「何をいっている? これはお前の持ち物だ」
その一言で、彼は一瞬で全てを理解した。
父親が残した文章だけで諜報機関がここまで動くはずがない。何かしら確証を得るものがあったからこそここまで進展したのだ。それはヘイがすでに黒の勾玉を持っていたからだった。
「お前の唯一の形見を隠してきたことは謝ろう」
マスターは椅子に座ったまま、頭を下げた。
「だが今までこれについて話さなかったのはわかるだろう」
「ええ。僕が勾玉の存在を知っている状態で、ターゲットに出会っては不都合が起きると思ったからでしょう」
初めから全てを知っていれば、葵に近づくことなどできるはずがない。
自分と葵が姉弟だということを知ってさえいれば――。
マスターは全てを理解した上で自分を葵に近づけたのだ。
「……内容を聞いてなくて本当によかったです」彼は平静を装うために偽りの仮面を被ることにした。「でなければ、任務を遂行できませんでした」
「……本当にすまなかった。祖国のために黙っていたとはいえ、お前を傷つけることになった。許してくれ」
「もちろん理解しています」
心を殺し微笑むと、マスターは頭を上げた。
「しかしこれで全ての勾玉は揃ったんだ。後は四つの勾玉を特定の場所にもっていくだけだ」
そういって彼は残り三つの勾玉を並べた。
翡翠で出来た青の勾玉。
瑪瑙で出来た赤の勾玉。
水晶で出来た白の勾玉。
鼈甲で出来た黒の勾玉。
それぞれが意志を持っているかのように光を反射している。
「材料が揃ったことはわかりました」
彼は勾玉を眺めながらいった。
「後はこれをどこに持っていくかですね」
「お前はすでにわかっているだろう? 何しろ伊勢神宮の子なんだからな」
もちろんヘイの中に考えはある。
内宮にある荒祭宮だ。
荒祭宮。陰の力が働いている荒魂が祀られている宮だ。つまり、本来の神はそこで眠っているのだろう。
「検討はついています。その場所に、一月七日に向かえばいいのでしょうか」」
「……ああ、そうだ」
マスターは唸るように声を上げた。
「もちろんこの日は警備が非常に強化されるに違いない。だがお前ならやれると思っている。
これで最後の仕上げだ。日本に復讐を果たした後には、別の人生が待っているんだ。お前には自由が待っている」
自由。その言葉がヘイの中で何度も反芻された。何度もそれを望んでいた。
しかし今では自由よりも葵との関係の方が大事だったと思っている自分がいる。
「確かに僕が望んだものです。でも……今ではなぜそれを求めたのかもわかりません」
「そんなもんだ、自由なんていうものは……。あってないようなものだよ。拘束されるから不自由というわけではないし、自由があるからといって制約がないわけじゃない。所詮全ては気の持ちようだ」
「……そうですね」
ヘイはふうと吐息を吐きながら、マスターに視線を合わせた。
「では次で最後の質問にします。これで全てが終わるんですよね?」
「ああ、間違いない」
マスターはゆっくりと頷いた。
「天皇の秘密が明かされれば、俺達の国は安泰になる。何しろ日本を手駒にできるんだからな。お前はたっぷりと溜め込んだ金で好きな所に行けばいい。じっくりと星の研究をすることもできるぞ」
星の研究。その言葉を聞いた時には、彼の心は少しだけ軽くなった。これからは夜に自由に出歩くことができ、好きな星座を追うことができる。きっとそれは自分の好奇心を満たす時間に変わるだろう。
「はい。頑張ります」
そういうと、マスターはにやりと笑った。
「なんだ、急に人間らしくなったな」
「どうしてですか?」
「今までのお前は血が通っていないロボットみたいだったからな。最近は感情をよく表現する」
「……そうかもしれません」
彼は首を振って肯定した。
「彼女にたくさんの感情を教わりましたから」
「いい傾向にあるということだ」
マスターは再び語気を強める。
「だが決して油断するな。ここでしくじればお前の家族の死も無駄になるのだからな」
「心得ています」
彼は胸に秘めた思いを噛み締めながら頷いた。
「必ず……必ず任務を成功させてみせます」




