第六章 玄冬の『豪』雪 PART1
1.
「……まさかあんな別れ方をするとは思ってなかった」
マスターはバーボンの入ったグラスをぐいっと傾けながらいった。
「私もあれが最善だとは思っていなかったんですが……ああするしかなかったんです」
「そうだろうな」
そういって彼はグラスを空にした。
「ヘイ、次を頼む」
ヘイは新しいグラスにアイリッシュ・ウイスキーを注ごうとした。するとマスターは声を上げた。
「それも止めてくれ。やはりバーボンでいい」
先ほど使ったバーボンを取り出しグラスに注ぐと、マスターは腕を組んでいった。
「すまんな。どうも、大麦が入っている酒は苦手なんだ。スコッチは特に駄目だ、二日酔いになってしまう」
あなたはいつも二日酔いですよといいたかったが、止めておいた。気分屋な彼の機嫌が妙にいいからだ。
マスターはカレンダーを見ながら続けた。
「予定通り、冬に入るまでに別れることができたな。これでお前の目標は達成したということだ」
……当初の予定では冬までといっていたのだが。
ヘイのとった行動はマスターの怒りを買わなかった。逆にうまく立ち回ったなと褒めの言葉まで頂いている。
「そう、ですね……」
ヘイの表情を察してか、マスターは声を高らかに上げた。
「そんな暗い顔をするな。お前の任務はほぼ達成したといっていい。三つの場所を渡ってお前にも考えができただろう。それを聞こうか」
「では消去法で話を進めさせて頂きます」
ヘイは自ら纏めたノートを取り出していった。
「初めの神社、熱田神宮で得た情報は日の神がヤマトタケルではないかというものでした。しかしこれは外れです」
「ほう、それはなぜだ?」
「ヤマトタケルは確かに伊勢で命を落としています。しかし、第十二代・景行天皇の子です。実在するかもしれない人物ですし、とても神になる器ではありません」
「確かに、その通りだ」
「次は三番目の神社、天岩戸神社のことを述べます」
ヘイは唇を舐めて続けた。
「ここではアマテラスの孫、ニニギに興味を持ちました。彼は地上との繋がりが大きく、三種の神器をもたらした神です。しかし伊勢との繋がりはなく、当初の目的だった国作りはしていません」
「……そうだ。ニニギは伊勢にはいってない」
「伊勢と繋がりを持ったのは、ニニギのひ孫であり初代・神武天皇です。実在しない人物でもあり、日本の天下統一に貢献した人物です。日の神としても問題ないでしょう」
「……なるほど、彼は日の神として最も近い人物ではあるな。神話の中で伊勢に向かっている」
「そうです。しかし仮に神武天皇が日の神だとすると納得できない記述があります。文献に明治天皇まで伊勢神宮に誰一人として参拝していないことへの証明ができません。また彼なら隠蔽する必要もないでしょう」
「……確かに。隠蔽するからにはそれなりの人物でなければ意味がない」
「最後に2番目の神社、出雲大社です」
ヘイはグラスの水で喉を潤した後、はっきりした口調で自分の考えを述べた。
「ここではオオクニヌシという神が祀られていました。オオクニヌシは文字通り、国作りを任された神様です。ニニギから国作りを任され、日本各地に彼の名は広がっています。そして注目すべき点はオオクニヌシの先祖はスサノオです。私はこのスサノオという神が一番怪しいと思います」
「……ほう」
マスターの眼が光る。宙を這っていた視線がヘイに向いた。
「その根拠を聞かせてもらおうじゃないか」
ヘイは声を張り上げて説明した。
「スサノオは最初イザナギに海を任されていました。しかしその後、天界を治めたいと思い、アマテラスの元へ向かいます。そこで一旦は天界で暮らしているんです」
再び呼吸を整えて、マスターに視線を合わせた。
「その後の話は持統による虚偽行為だと思われます。スサノオを隠蔽するための物語です」
「……面白い推理だ。根拠を聞かせてくれ」
ヘイは宮崎のページを開いて説明した。
「天岩戸神社の西本宮では鰹木が五本でした。奇数は男の神を表します。これはスサノオのことを表しているのかと思います」
スサノオはアマテラスを追い詰めた張本人でありながら、西本宮で配祀神として祀られている。これ以上の矛盾はない。
「確かに矛盾だらけだな」
マスターは口元を緩めた。
「だがそれは神話にはよくあることだ。何か確証はあるのか?」
「もちろんあります。高千穂には夜神楽というものがあります」
高千穂の夜神楽ではアマテラスは出てこない。代わりに男の日の神が出てくる。その神は海神であるスサノオだ。
「彼女はスサノオを悪者にするために、敢えて話を捏造し天界から追い出したという構図にしたかったのではないでしょうか」
「なぜスサノオを追い出したのだ?」
「それは彼女に都合が悪かったからでしょう」
ヘイはきっぱりといった。
「アマテラスは女、スサノオは男です。昔は今よりも男女差別が激しかった時代です。女でありながら、国を治めるというのはそれなりのリスクを伴わなければなりません」
崇神天皇の時代、祀られていた神は二柱いた。アマテラスと『倭大国魂神』だ。彼らを同時に祀っていたため、災いが起こったと考えられた。
「アマテラスと同時に祀られていた『倭大国魂神』、私はこれがスサノオだと思っています。この神には出自が書かれていません。当初、日の神は二人いたのだと推測できます」
リーは自分の考えをはっきりと告げた。
「当初、古墳時代では出雲が日本の拠点となっていましたが、飛鳥時代には大和(奈良)の方へ流れています。三輪山(奈良)に大物主大神という名でオオクニヌシを祀ったのもその影響でしょう。スサノオが日の神として祀られていた時代は『蘇我』氏の影響化にあったのです」
持統天皇は権力を強めるために、本当の日の神であったスサノオをアマテラスに入れ替えた。
彼女は古事記を用いて、崇神天皇という虚構の天皇を描き、二代の神を祀り、日の神を女性に仕立て上げたのだ。
全ては『蘇我』氏と『藤原』氏の確執にある。
後の時代を築いた『藤原』氏が『蘇我』氏の神を隠蔽したのだ。歴史の勝者こそ歴史を刻める。
この世に絶対の正義などありはしない。
「持統は夫の権力を利用するために近づいた『藤原』氏のスパイです。『蘇我』氏の神を利用して、天皇の座を奪ったのでしょう。だから、自ら歴史を作りその記述・『古事記』を後世に残した。それで他の文献と矛盾が生まれるようになったのです」
「……上出来だ」
マスターはふうと一つ、溜息をつき手を叩いてヘイを賞賛した。
「辻褄も上手くあっている。よくそこまで調べたな」
「しかし、このままではただの推論で終わります」
彼は頭の中で燻っていた疑問点を尋ねた。
「私が出した結論を裏付ける証拠はあるのでしょうか」
「……当たり前だ」
マスターは今まで見せたことがない不気味な笑みを浮かべて続けた。
「そうでなければ我々が動くはずがない」




