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長編小説 3 『限りなく純粋に近いグレイ』  作者: くさなぎそうし
第三章 白秋の『爛』葉(らんよう)
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第三章 白秋の『爛』葉 PART5

  5.


「リー君、お疲れ様」


 授業を終えて帰り支度を済ませていると、柏木美里が近づいてきた。どうやら彼女も同じ授業を受けていたらしい。


 美里は今時の大学生といった感じで垢抜けた格好をしている。肩まで伸びた髪を明るい色に染め、タイトなスカートがよく似合っている。葵とは対照的に可愛らしい感じの女の子だ。


「ほんと、この先生の歴史学は退屈だよね、そう思わない?」


 美里はじろじろと彼を見ていった。

「ところで今日の飲み会にリー君は行く?」


「いえ、今日は行きませんよ」


「そうなんだ。じゃあ、私も行くのやめよっかな」


「はぁ、そうですか」


 リーが帰ろうとすると、その後ろから美里がついてきた。まだ話があるらしい。


「リー君、今日はバイトあるの?」


「いえ、今日は休みですよ」


「じゃあ、今からどうするの? 歴史学科は午後からは授業ないんでしょ?」


「そうですよ。今日は家に帰ってゆっくりしようと思っています」


「えー。若いんだから、もっと遊ばないと」


 美里は顔をしかめていった。

「そうだ、これから一緒にどっか出掛けない? 外に食べに行こうよ」


「すいません、今日はちょっと……」


 スパイとして任務を負っている以上、他の人間関係を築くことはできない。

 それに今日は葵が家に来る日だ。このまま帰らずにいると、また反感を買ってしまう恐れがある。


「そっかぁ、残念だなぁ……」


「また今度お願いします。すいません」


 彼が一歩を踏み出すと、彼女は彼の袖を引っ張った。


「……ねぇ。携帯貸して?」


「携帯? なぜですか?」


 美里は首を傾げてにっこりと笑った。


「今、また今度っていったでしょ。今度会う時のために連絡を取れるようにしておかないと」


 ……面倒だな。


 彼は心の中で溜息をついた。携帯を差し出してもいい。だが交流を作るきっかけを与えるのはまずい。

 リーが戸惑っていると、美里は手を出して催促してきた。


「ないっていう嘘は通用しないからね。この間、バーで使っているの見たんだから」


 葵が店を出た後、美里はしばらく店にいた。他愛もない話をしていると、マスターから定期連絡と称してリーの携帯に電話が掛かってきたのだ。裏に隠れて電話を受け取ったのだが、それを彼女はきちんと見ていたらしい。


 ……よく見ている。

 目の端で美里を睨む。彼女はかなりの量を飲んでおり酔っ払っているように見えたのだが、意外に隙がないらしい。


「……もちろんありますよ。はい、どうぞ」


 携帯にはマスターの連絡先と葵の連絡先しか入っていない。スパイとして疑われるような点はないし、差し出しても問題ないだろう。


 美里は馴れた手つきで素早く自分の連絡先を登録し、リーに電話を返してきた。


「リー君って真面目なんだね。彼女の名前にきちんと本名でいれてるんだ」


「いえ、彼女じゃありません。仲のいい常連さんです」


 そういってリーは後悔した。名前の正体を自ら暴露してしまったのだ。

 マスターには葵との関係は否定しておけといわれている。自分がスパイとして疑われた時に、ターゲットに迷惑を掛けることになるかもしれないからだ。疑われる行為をしたスパイはただの無能だときつくいわれている。


「……え、彼女じゃないの?」


 美里は目を丸くしていった。

「じゃあ、リー君には彼女がいないんだね。とっても綺麗な人だったから、お似合いだなと思ってたの」


「ええ、本当に綺麗な人ですよね」


 彼は素直に思ったことを述べた。

「よく来て頂いているので、仲良くして貰っているだけです」


「ふうん。ってことはリー君は葵さんのことが好きなのね?」


「まあ、嫌いではありません。お客さんですし」


 そういって彼は軽く咳き込んだ。


 ……これは彼女には聞かせられない。


 葵は見た目から冷静そうな人物だと思っていたが、意外に嫉妬深いということを前回の件で知った。前回、ただの同級生が店に来たというだけで途中で帰ったのだ。こんな話をしている所を見られたら本当にまずい。


「……そっか。じゃあ私が狙う脈はあるのかな?」そういって彼女は上目遣いでおどけてみせた。


「……僕なんかに興味を持っても面白くないですよ」彼は冷めた表情でいった。「本当に平凡で、取り立てて何の特徴もない人間ですから」


 ……なぜ彼女は自分に興味を持っているのだろう。


 リーは訝りながら彼女への対策を考えた。前回、美里に対して特別に配慮したわけではないし、自分から美里に対して近づいた覚えもない。

 もしや見に覚えがないことで、彼女との接点があったのだろうか。


「……そうかなぁ」


 彼女は大きな瞳を輝かせていった。

「私の目から見てもリー君はスマートで格好いいけど。この勾玉もリー君にぴったりだし、いいセンスしてるよ」


 そういって美里は携帯電話を軽く振った。そこには黒の勾玉のストラップがついている。出雲大社に行った時、葵から貰ったものだ。


「……ありがとうございます」


「そう固くならないでよ。別にお世辞じゃないからね。じゃあ、また今度一緒にご飯でも食べに行こ?」


 そういって美里はくるりと踵を返し、リーに向けて小さく手をぱたぱたと振ってきた。その姿はあどけなく本来の大学生が持つべきものだと再確認した。


 美里の姿が見えなくなるのを確認してから、家路を急ぐ。彼女が追跡できる可能性を消すためだ。


 自宅のアパートを覗くと、部屋に明かりがついていた。すでに葵が来ているのだろう。最近合鍵を渡したことで、彼女はいつでも入れるようになっている。


 部屋の近くまで行くと、ジュージューと何かを焼いている音が聞こえてきた。きっと自分のために昼食を用意してくれているに違いない。


 偽りの笑顔を被り、彼は部屋のドアを開けた。

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