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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第6章 北の帝国の会戦前夜
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089話 御前会議の表と裏・3(議題:外交官について)


「副門の警備隊長の話では、その者は若白髪に紫の目の貧相な小娘と聞いた。デーゲンハルト外交官よ、卿が先の会議の席で対面した者と同じであると見てよいのか?」

「はっ。魔眼族(イビルアイ)の魔術師セレスティナ・イグニスその者であると見て間違いないと存じます」


 ノイエ・アイゼンベルグ城の会議室。続く議題の皮切りとして皇帝(ヴォルフラム)からの問いかけにデーゲンハルトが恭しく頷いた。


「そのセレスティナとやらが先日の書状の返答を求めてここ帝都へと来ておる。現在は警備隊に命じて都の外で待機させておるが、次週にこの城へと来させて我が神聖帝国の立場を通告することとなった」


 国境から離れたこの帝都に魔物が現れたと聞いて、参加者の間で驚きの声が上がる。

 書状の内容については以前の会議の時に外務大臣から報告があり、「話にもならぬ」と満場一致でテネブラからの国交回復の提案を突っぱねたのは皆記憶に新しいところだが、こんなに早くそして帝都まで直接取り立てが来るとは思いもよらなかったのが正直なところだ。


「これらを踏まえて、その身の程知らずの魔物の処遇について、諸君らはどうしたいと思うか?」


 どこかゲームを楽しむような態度で皇帝が問いかける。先程の出兵の議題に比べると国家的に見た重要度が低い為かこちらは臣下に全て任せるつもりのようだ。


「殺してその首を魔界に投げ返してやりましょう! 不浄な魔物如きが神聖な帝都に足を踏み入れるとは!」


 エドヴィン第一皇子が過激な発言をすると、幾人かの貴族達が追従の声を上げた。

 だがそこにジークバルト第二皇子が反論を提出する。


「いえ、ここは生け捕りにして情報を聞き出しましょう。魔界の状況のみならず、魔術や魔物の生態についての知識もこの先の戦力増強に役立つと思われます」

「何だと? 魔物を帝都内で飼うとでも言うのか!? 神聖な居城が穢れる! 帝国に不敬な態度を取った罪は全て等しく死を以って購うべきだッ!!」

「捕縛後は早めに北の研究都市マギナグランツに移送しますよ。それにルードヴィッヒ卿が研究材料として魔眼族(イビルアイ)を欲しがっていましたので、有効活用しないと勿体無いでしょう」

「あ、あの……」


 いつもの兄弟のいがみ合いが始まり貴族達も止めきれず困惑する中、アルテリンデ皇女がおずおずと挙手するが、この会議では“参加者”でなく“褒美の品”扱いの彼女の手は誰にも省みられない中、激論は続いてゆく。


「ルードヴィッヒのような狂人にこれ以上力をつけさせるのは反対だ! 魔物を使って皇家に反旗を翻すことすら考えられる! それに生け捕りなど不要な危険を抱え込むことになる! その場で殺した方が簡単だろう!」

「これまでもルードヴィッヒ卿の研究成果は軍にフィードバックされて国全体の戦力強化に結びついてきました。生け捕りについても、この城の《飛空(フライト)》禁止結界と魔封じの枷と魔術師殺し(メイジマッシャー)があれば幾ら腕の良い魔術師でも無力ですよ」


 両者の主張が平行線を辿ると見えた時、皇帝が一つ手を振って結論を言い渡した。


「ならばこの件はエドヴィンとジークバルトの両名に任す。双方に同数の兵を預ける故、武勇と知略を以って自分の望む結末を勝ち取って見よ」

「はっ」

「畏まりました」


 どちらの結果に転んでも大筋に変化はないことと魔術の使えない魔術師など恐れるに足りぬと甘く見ていることとの理由により、皇帝もこの話は自分や熟練の家臣に任すまでもないと考えたらしく、まるで狩りの仕方を教える肉食獣の親のように若い二人の息子の“練習相手”として投げ与えることとなった。


「――あのっ!」


 そこでアルテリンデが前のめり気味に大きく挙手し、周囲の注目を集める。


「ふむ。アルトよ、何か言いたいことがあるのか?」

「畏れながら、此度の魔物の外交官につきまして、その者も危険な旅路を経て遥か遠くからこの帝都へと対話を求めて訪れた身。ならばまずは会談の席を設けるのが王者としての矜持ではないでしょうか?」


 悲痛な叫びにも似たアルテリンデの提案であったが、しかし皇帝はあっさりと棄却する。


「無いな。話し合いの機会など14年前の“ルイーネの悲劇”でとうに失われた。それに、魔界への出征を決めた以上は奴を生かして帰すと情報も伝わり魔物どもに準備の時間を与えてしまうこととなる」


 どうやら帰す気が無いのは規定路線のようだ。それでも食い下がろうとするアルテリンデに皇帝は追い討ちをかけた。


「その程度で我が神聖帝国の進軍に影響が出るとは思えないが、それでも準備されて組織的抵抗を受けると無用な被害が出る。優しいのは美徳だが一時の感傷から帝国の愛すべき臣民を無用に危険に晒すのはお前の望むところではあるまい?」

「…………ッ!!」


 意訳すると「お前のせいで軍に余計な死者が出たらどう責任を取るのだ」と言われているに等しく、それに反論できるほど図太くないアルテリンデは歯を喰いしばるように沈黙するしかない。

 周囲からの微笑ましいお子様を見るような視線に両拳をぎゅっと握って耐えつつ、彼女は心の中で、ここから自分はどう動くべきなのか思いを巡らせるのだった。




▼大陸暦1015年、真秤(第9)の月28日


 翌週の初め。情報収集の旅から拠点へと戻ったセレスティナに、留守番のクロエが一つの知らせを持ってきた。


「お帰り。ティナに手紙が届いてたわよ」

「手紙? 私宛にですか?」

「うん。ティナの留守中に警備兵が持ってきたの」


 怪訝な顔になるセレスティナ。この部屋にセレスティナが逗留している事はごく限られた人数しか知らない筈なので、誰が何の為にわざわざ手紙を寄越したのか予想がつきかねるからだ。

 そんな彼女にクロエが見せたのは、見るからに上質な封筒に宛名だけ書かれた怪しげなものだった。


「差出人の名前や封蝋も無いですね……あとは開けて見ないと分からないでしょうから、クロエさんお願いします」

「あーい」


 罠対策の熟練度の高いクロエが仕掛けを警戒しつつ慎重にナイフで封を解き、特に何事も無く取り出した中身をセレスティナに手渡す。

 ピンク色の高級な便箋に流麗な文字が並んでおり、便箋からは微かに良い香りが漂う。えらく女子力の高い手紙にセレスティナは眩しさに耐えつつ目を通した。


「ええと……貴女を亡き者にしようとする勢力があるからお城に入って来てはいけないわ。命が惜しければ即刻帝都から立ち去りなさい」

「……脅迫文……?」

「……違うと思います……多分、ツンデレの入った警告文ではないかと……?」


 色々肝心な事が書かれておらず判断に困りつつも、セレスティナは頭の中で帝国の人名録を開き消去法で差出人を絞り込んで行く。


「恐らく、アルテリンデ皇女殿下が有力候補ですね。可能性としては城内で私に対する処遇を耳にして、かと言って立場上表立って動く事はできないからこうやって匿名の手紙で危機を伝えてくれた、と。やっぱり聞いた通りに優しい方です」


 根拠が乏しい中を謎の自信で断定したセレスティナは「ですが――」とついつい不満を口にする。


「正直、情報量が足りなすぎます。是非一度お会いして直接話を聞きたいところですね。次はお茶会とかお風呂会とかお泊まり会とかの招待状が来ないものでしょうか……」

「……後半の二つはお姫様はまずやらないんじゃないかしら……? ……って言うか、そのお姫様が掴んだ情報が確かな物なら今度の外交会談で城に行けば殺されるってこと?」

「ここ数日の街の噂を聞く限りでも、人や物の流れが戦争前夜みたいになってきてますから。最初はいつものようにアルビオン方面かとも思ってましたが、もしテネブラを攻める流れですとあちらさんとしては私を国に帰したくはないでしょうね……」


 セレスティナの言葉にクロエの顔つきが鋭くなる。故国とセレスティナが危険に晒されたことに怒りと闘争心が呼び起こされたようだ。

 そんなクロエを抑えにかかる苦労人のセレスティナ。


「どうどう。まだ私の勝手な憶測なのでどれも決まった訳じゃないですから。ただ今週招かれている会談への心構えはできました」

「……やっぱり行くの? どう考えても危険なのに?」

「戦争が始まりそうにしても、確実な情報を掴んで魔国(テネブラ)に持ち帰らないと次の動きが取れませんから。これこそ外交官の仕事ですよ」


 仕事モードに入ったセレスティナにはもう何を言っても無駄である。その事を長年の付き合いで十分分かっているクロエは苦笑いで「気をつけなさいよ」とだけ激励するのだった。




▼その日の夜


「うあああああああああーーーーっ」


 その日の夜。ノイエ・アイゼンベルグ城のアルテリンデ皇女の居室では、その部屋の主が豪華で巨大なベッドにはしたなくダイブし、ふんわりした枕をぎゅっと抱きながら足をじたばたさせていた。


「ひ、姫様っ、お召し物が皺になってしまいますっ」


 悶えた影響で膝上まで捲れ上がった薄いピンクの寝間着(ネグリジェ)を慌ててお付きの侍女が整える。

 アルテリンデにとってこの亜麻色の綺麗な髪を三つ編みに結った小柄で童顔な同い年の侍女は、小さい頃から一緒で言いたいことが言えて醜態を見られても許せる一番の腹心とも言える存在だった。


「だ、だって、あんな手紙送ってもし逆効果だったらどうしよう……差出人名も書いてないし……」

「でもそれは、姫様の名前で送ったり帝城の封蝋使ったりしたらバレた時が大変ですから……」

「それに、私には同格の立場のお友達なんて居ないから、言葉遣いとかどのように書くべきか分からなかったし……」

「大丈夫ですっ。威厳と気品に溢れる完璧な文面でした。姫様が他国の外交官如きにへりくだった言葉をわざわざ使う必要などありませんからっ」


 自信満々で答える侍女の様子に少し立ち直ったアルテリンデは、身を起こしてその美しい顔の下半分を枕で隠しつつ侍女へと尋ねる。


「では、エーファ、貴女がある日突然差出人も無く高圧的な文面の手紙を受け取ったらどうする?」

「はい。あたしだったら何なのコイツ? って思って破って燃やすと思いま…………あ……」

「うああああああああああああぁぁぁーーーーっ!」

「ひ、姫様っ、お気を確かにーー!」


 手紙の失敗を悟り再びベッドに突っ伏して暴れだしたアルテリンデ皇女を必死になって宥める侍女エーファ。どうやら彼女もなかなかの苦労人のようだった。


 そして、この時の皇女の嘆き声が結構な人数の従者達に聞かれており、暫くの間「急な結婚話で精神的に不安定になっているのだろう」と腫れ物のような扱いを受けることになるのだが、まあ長い人生そういう事もあるものだ。



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