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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第6章 北の帝国の会戦前夜
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087話 御前会議の表と裏・1(議題:出兵について)

▼大陸暦1015年、真秤(第9)の月25日


 この日は朝から冷たい雨が降る生憎の空模様だった。

 喧騒も鳴りを潜め寂しげな雨音に包まれた帝都だが、その心臓部にあたるノイエ・アイゼンベルグ城の会議室には誰一人欠席せず集まっている。


 立派な黒檀のテーブルを円環状に並べた議場には皇帝ヴォルフラムを中心に、その左右にエドヴィン第一皇子とジークバルト第二皇子が座しており、下座には配下の諸侯がそれぞれ爵位や序列に従って席に着く。


 更に今日は普段この場で見ない顔が一人混じっていた。アルテリンデ第一皇女で、彼女は父から直々に命じられてこの場に居るのである。今回の会議の議題の一つが彼女に直接関係するとのことらしい。

 だがそんな彼女の座る位置は父である皇帝の斜め後ろで、会議への参加を積極的に求められるポジションではないことは明白であった。


 一体どんな話が待ち受けているのか期待より不安が勝る第一皇女の思いを置き去りに、宰相の開催宣言と共に御前会議が始まる。


「さて、まずは魔界出征の話からであるな。前回の会議では出征部隊の指揮官に我が息子二人を含む多数が名乗りを上げてくれた。諸君らの忠誠に礼を述べよう」


 まず皇帝は挨拶代わりにそう告げると、緊張した面持ちの臣下達を見渡した。


 これまでの会議に参加していないアルテリンデ皇女だが、兄皇子二人の話や城内の噂である程度のある程度の情報は得ており、その全てを拾い上げて知識同士を関連付けることで話の全貌を再構築し、何とか議題について行こうと人知れず奮闘する。


 発端は、隣国アルビオンで先月に行われた外交官会議の場に、テネブラ外交官を名乗る者から手渡された一つの薬。

 “聖杯(ホーリーグレイル)”と呼ばれるその新型万能薬は、聞くところによると魔獣バジリスクの毒に冒されたアルビオンの姫君の命を救い、ここ帝国でも第三皇子マルクハインツを蝕んでいた喉の病を完全に駆逐せしめる。

 その効力に色めき立った諸侯達は何としてもその万能薬の製法と利権を手にしようと野心を滾らせ、後日アルビオンに送り込んだ密偵から、魔界の火吹き山に生息する虹色火喰い鳥という魔物の素材が“聖杯(ホーリーグレイル)”の主要原料になっているという報告を受け、その野心に更なる燃料が注がれた。


 こうして、火吹き山への出兵と占領が規定路線となり、後は誰が遠征の指揮を執るかに焦点が移った。

 この軍事作戦が見事成功すれば帝国が他の二国に対して大きなアドバンテージを持つことになり、それにより功労者の国内での発言力や経済力が強まることが確実であるので、我こそがと立候補が相次ぎ――

 前回の会議の場では決めきれずその人選については一旦皇帝が預かったという訳だ。


「ここに、悪逆非道なる魔物どもから火吹き山を保護(・・)せし栄誉に――」


 息子達や臣下達が自分の名を呼ばれるのを心待ちにする中、皇帝ヴォルフラムは一旦大きく息を吸い、大きな会議場の隅々にまで行き渡る声でその名を呼んだ。


「オトフリート・フォン・ゼクトシュタイン公爵! 卿を此度の“鎮火(アオスゲシュレスト)”作戦の指揮官に任命する! 我が帝国の雪と氷をもって火吹き山までの険しき道のりを攻略し、その火を手中に納め持ち帰れ!」

「はっ! その大役、命に代えても果たしてご覧に入れましょう!」


 指名され、頭を深く垂れながら応えたのは、元は帝国が打ち破り併合した国の王族の末裔で今は帝国東部にあたる旧王国地域の領主、ゼクトシュタイン公爵だった。

 皇帝(ヴォルフラム)と同年代で小太りのおじさんであるが、軍人としての経験も長く、決して無能な男ではない。


 選ばれなかった者達の「何故?」と問いたげな視線が皇帝に集まる中、種明かしをするように彼は言葉を続ける。


「諸君らは“ルイーネの悲劇”を覚えているか? 今から14年前、ゼクトシュタイン公の領内の東、魔界に対する前線基地として用いていた町が魔物どもの襲撃を受けて壊滅した忌まわしき事件だ」


 そのことは政治に疎いアルテリンデ皇女も聞いた事がある。ルイーネの町が一夜にして攻め滅ぼされたと知った時、幼い彼女は亡くなった者達や残された家族達を想い涙したものだ。


「愛すべき領民を奪われたゼクトシュタイン公の悲しみや怒りはいかばかりか。それを汲み此度の任を決めた。聞けばゼクトシュタイン公はかの日より弔い合戦に備えて道や河川を整備し、大軍を以って魔界へ攻め込む為の準備をしていたとのことだ。であれば尚更、彼に任せるのが筋であろう」


 理由を聞き納得したようで諸侯達の戸惑いは沈静化してゆく。それに行軍のコストを考えたとしても魔国に近いゼクトシュタイン公爵領から兵を出した方が有利なのは言うまでもない。

 それにより、志願しつつも選ばれなかった他の地域の武闘派領主および皇子二人は引き続きアルビオン王国の動きに意識を向けた軍事活動を続けることとなる。


「そして、見事この作戦を成し遂げたならば、褒美として我が娘アルテリンデを嫁がせよう」

「――ッッ!?」


 更に告げられた衝撃の発言に、危うくアルテリンデは変な声を出して椅子を蹴って立ち上がるところだった。

 会議場にも先程以上のざわめきが広がる。確かにゼクトシュタイン公爵は妻に先立たれて子供は娘ばかり3人で後継者問題に悩んでいたのは皆知っているが、幾ら政略結婚とは言え皇女と公爵の年齢と顔を比べた結果周囲の者は皆心の中でアウト判定を下していた。


 それとは別に、アルテリンデ皇女もまた、くぅ、と歯噛みする。

 彼女がこの出征に反対なのは皇帝も知るところであるが、この話が出た以降に反対論を唱えたとしたら“年の差結婚が嫌でその理由付けをしているだけの聞き分けの無い子供”と周囲から見なされてしまうだけだろう。


「…………帝国の未来の為ならば、喜んでこの身をお捧げいたします」


 事実上動きを封じられた彼女は、それでも皇女としての教育と矜持をかき集め、内心の無念さを表に出さない笑顔でそう言うのだった。





 同じ頃、町娘に扮したセレスティナは、雨を嫌がったクロエを部屋に残し、生の噂話を集める目的で下町へと訪れていた。

 手始めに、最初に目に付いた酒場兼宿屋で、雨具と防寒具を兼ねて自作したベヒモスの黒毛皮のマントを広げて乾かしながら、旅商人の一団から話を聞く。


「ふむふむ。そうすると現在、正門が封鎖されていて帝都の外に出ることができないと……?」

「そうなんだよ嬢ちゃん。なんでか知らないけど門から出るのが厳しく制限されてるみたいでさあ。結構な日数足止め食らってる訳よ」


 特にやることが無く、この雨の中を出歩く気にもなれないその三十路前後と見られる無精髭の旅商人は、朝から堂々と酒を煽りつつ愚痴をこぼす。酒精の強い蒸留酒はこの地方の特産品で、冬の寒さを乗り切るには欠かせないものだ。


 正門封鎖と聞いて魔族のセレスティナを帝都に閉じ込める意図かと一瞬ギクリとしたが、話を聞く限りでは数日前から布告されており、更には帝都のみならず街道沿いの主要な町にも向けられた指示とのことで、どうやら彼女は無関係らしい。

 ただ、帝都に入る分にはフリーパスなのと都を出る旅人も目的地が西側であれば簡単な調査の上で門を出ることが許されるのが多少気にかかる。


「この季節は一雨ごとに寒くなるから早く帰りたいんだけどなあ……でもジークバルト殿下直々のお触れだから文句も言えねえしなあ……あ、オレがここで愚痴ってたことは内緒に頼むぜ」

「ジークバルト第二皇子殿下ですか……知略に長けた方とお聞きしておりますが、やはり何かしらの政治的だったり軍事的だったりの思惑がおありなのでしょうか……?」


 犯罪者や魔族を町から出さない目的にしては人の出入りが不自然で、首を傾げ疑問符を浮かべるセレスティナ。

 特に宰相や内務大臣経由でなく皇子から直接布告が出たとなると、内政よりむしろ軍事絡みの可能性もあり、戦争の気配に自ずと警戒心が大きくなる。


 だが目の前の旅商人は頭を振り、諦めたように軽い口調で言った。


「雲の上の方々のお考えはオレらみたいな地べたを這う平民には窺い知れないからな、考えるだけ無駄ってもんよ。それより下手に詮索すると衛兵に目を付けられるぞ」

「ううむ。気をつけます……」


 やはり帝室が国民から畏怖の対象になっているらしく、世間話を装っていてもなかなか踏み込んだ話は聞くことができないようだ。

 これ以上は引き出すことが難しいと悟ったセレスティナが話題を変えようとした時、旅商人の男が彼女の持つ毛並みの整ったベヒモス皮のマントに目を留めた。


「ところで、嬢ちゃんのその黒毛皮のマント、結構な逸品なんじゃないか? 何の動物の皮なんだ? ここらで狩れる動物ならオレらに任せりゃ結構な金に換えてやれるぜ?」

「あ、流石に商人だけあってお目が高いですね。アルビオンで退治した希少な魔獣の毛皮を加工してるのですが……」


 魔獣、と聞いて商人の男が渋い顔になる。損得勘定の天秤が一気に原価過多に振れたらしい。


「魔物かあ……だったら狩りの為に雇う傭兵代だけで足が出かねないなあ。黒は珍しいからビジネスチャンスと思ったんだがなあ……」

「北国だと毛皮の品質の良い動物に事欠きませんから、多少珍しくても売り物には厳しいと思います」


 ベヒモスの毛皮なので、防御力や魔術との親和性まで含めればそこらの高級毛皮でも勝負にならない性能を発揮するが、見栄えと温かさ重視の価値観だとコストに見合わないということだ。


 ちなみに、ベヒモスを見たことの無いその商人の男が想像する魔獣のイメージと比べて実物は恐らく傭兵代が数十倍かかり、運良く倒せた場合の毛皮面積も数十倍を見込めるだろうが、そこはどうでもいいのでセレスティナも黙っておいた。


「それで、商談と言えばお土産にするお酒とか毛皮製品なんかを探してるのですが、取り扱ってませんか?」

「あー、下町の子供にしては身なりも喋りもしっかりしてると思ってたが、もしかして貴族サマか商家の子供のお忍びってところか? よし分かった。オレだけの一存でここに商品並べるのは無理だからちょっと親方に話通してくる」


 情報料代わりに何か買い物をと考えたセレスティナに商人の男も足止めされた中で貴重な商売のチャンスに喜色を表して一旦席を立つ。


 それはそれとして、眼力が無いとやっていけない旅商人とはいえ酔っ払い相手ですら町娘のフリが通用しなかった事実を受け、自分の演技力の無さに少し絶望するセレスティナであった。



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