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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第6章 北の帝国の会戦前夜
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086話 帝国に入るのも大変だ(一部自業自得)


 休憩用の部屋で暫く待つと、蹄の音を慌しく響かせてゲオルグ隊長が戻って来た。

 馬を降りてセレスティナ達が待機する部屋へと入って来た彼は、上層部が出した結論を相変わらずの厳つい表情で彼女達に告げる。


「帝城からの通達を申し渡す。セレスティナ外交官はこれより1週間後、来月の1日にノイエ・アイゼンベルグ城へと来られたし――とのことである」

「承知いたしました。今日明日で会談の準備が整うとは思っていませんので順当なところかと思います」


 その要請を嫌な顔一つせずに受け入れるセレスティナ。ある意味敵地の真っ只中と言えるこの帝都では最悪の場合は門前払いや討伐隊の出動も有り得ると考えていたので、想定していた中でもましな方の展開である。

 一方で、ゲオルグは何故か冴えない表情で、歯切れ悪く言葉を続ける。


「それから……これも上からの通達なのだが……」

「はい、何でしょう?」

「……その…………会談当日までは神聖なる帝都(アイゼンベルグ)には入れるなと言われてしまってな。…………客人への非礼な対応はすまないと思うが、上の意向だから俺には口を挟めない問題であるからして……」


 よほど傲慢な人柄でない限りはこのような通達を面と向かって伝えるのは申し訳なさが先に立つ。ましてや相手が“粗暴で邪悪な魔物”であれば多少腕に覚えがあったとしても無駄な刺激はしたくないと思うのも当然だろう。

 こういう役柄を現場に押し付けて安全な城内で好き勝手を言う上役に対して心の中で悪態をつくゲオルグだったが、予想に反してセレスティナは落ち着いた態度を崩さぬままで返答してきた。


「そうですか。ゲオルグ隊長殿の難しい立場は把握しました。我が侭な上司を持つとお互い大変ですね」

「う……うむ。それは……かたじけない……」


 実際問題として、セレスティナも目の前の警備隊に非がないことは分かっており、ここで強く出てもただの憂さ晴らしか八つ当たりにしかならない。それ故に、この場は大人の対応に終始することにした。

 その返答にゲオルグ隊長も、気分を害して場合によっては怒りを露わにするかと思われた相手から予想に反して労わりの言葉さえかけられたことで、リアクションに戸惑いつつも安堵した様子を見せている。


 しかし――


「とは言いましても、私どもとしてもここで何のフォローも無いまま放り出されるのはちょっと困りますし何よりも国の代表者として当然尊重されるべき立場の問題もありますから、その辺りのバランスの取れた上手い落とし所を相談しましょうか」


 この後、力づくで追い返せば済む失礼な客よりも穏やかな物腰で情と理を持って訴えかける相手の方が厄介なことを彼が思い知ることになるのだった。





 あれから丁々発止の交渉の末、貴賓客用副門に併設された応接室の一つを専用に借り受けたセレスティナ達は、早速荷物を広げて帝都での活動用の衣装を引っ張り出した。

 この応接室自体は厳密には門の外側にあるので帝都の外側と見なすというのが、交渉の結果得られた現場の高度な判断になる。


 宿泊を想定した部屋ではないのでベッドやお風呂は備え付けられていないが、それらはセレスティナが部屋の隅に立て掛けた全身鏡型の魔道具(マジックアイテム)の“裏側”に完備されているので、活動拠点としては十分と言えよう。


 あとは、宿屋のように三食準備される環境ではないので、目立たないように変装した上で帝都の平民街に食べに出るぐらいはお目溢しされることで話が付いた。

 その場合は副門を通らず、正門を通るか上空からこっそり進入するかが条件になったが、門番達も何かあった時の責任は取りたくないから当然の流れであろう。


 勿論、部屋の維持管理に必要な諸費用は全て帝都警備隊持ちとなる訳だが、先程握らせた“心づけ”はセレスティナが返却を受け取らずに「なんでしたらこの部屋の経費の足しにでもして下さい」との提案がそのまま妥協点となり、どちらかが一方的に損をする不平等条約は回避できた格好になる。

 折角の臨時収入を潰された下っ端の騎士二人があえて言うなら被害者になるが、これはただの機会損失であって理不尽な損害とは言えないので最初から無かった物と諦めて貰うしかないだろう。


「あたしは別に、野宿で狩猟生活でも平気なんだけどね」


 狩猟民族のクロエが健康的な肌の上に真っ白いブラウスを羽織りつつそう口にしたところ、セレスティナがやんわりと異議を唱えてきた。


「でもこちらは今は雨季ですし、北国の雨は冷たいですよ?」

「……屋根がある拠点って素晴らしいわね……」


 一瞬で変節したクロエを微笑ましく見ながら、セレスティナも似たデザインをした色違いの服に身を包んでいく。

 質素な白いブラウスの上に編み上げのコルセットのような青い胴衣を締め、同色のロングスカートにエプロンを巻いたウェイトレス風のスタイルで、こちらの地方独特の民族衣装だ。

 神聖シュバルツシルト帝国へ向かう事を家族に告げた時に、「こんな事もあろうかと縫っておいたのよー」と母セレスフィアに贈られた一品で、生地の質も縫製や刺繍の腕前も相変わらず無駄に高かった。


 (セレスフィア)が参照した資料が古い物だった為に最近のトレンドからは外れたクラシックなデザインになってはいるが、今現在帝都で人気を博しているのは襟ぐりが深く胴衣で乳を押し上げて谷間を強調するセクシーなデザインであるので、胸囲弱者のセレスティナとしてはむしろ幸運かも知れない。

 更に寒い地域であるにも関わらずこの頃はミニスカートの娘さんも増えてきているらしく、女子のお洒落にかける熱意とバイタリティを感じさせる。


 それはさておき、仕上げに目立つ銀髪を白髪染めで茶色に変え、最後にエプロンと同じ水色の三角巾を締めて換装完了である。

 色合いはセレスティナが爽やかなブルーでクロエが情熱的なレッドとなっており好対照だ。特にクロエの場合は猫耳を隠す真っ赤な頭巾も被っており、童話の世界から抜け出したような趣がある。


「これで、どこから見ても普通の街娘ですね。では昼食と、そのついで(・・・)に少し帝都の噂話でも集めに行きましょうか」


 どう見てもついでの情報収集の方が主目的なセレスティナの言葉に、クロエは「ちょっと待って」と制止をかける。それからおもむろにセレスティナのスカートをぴらっと捲り上げると、沈痛な面持ちでこう言った。


「……普通の街娘は高価な紫絹のレースなんて穿かないわ。やり直し」

「それは街娘に対する偏見ですっ! それにロングスカートですからそう簡単に見えませんし」

「ティナは時々女と思えないぐらいガードが甘くなるからね。危機感が足りてないわよ」


 うがー、と抗議するセレスティナだったが残念ながらそれは聞き入れられず、結局は人前で下着を穿き替えるという羞恥プレイを強要される羽目になってしまった。


「うう……帝都に入る為の犠牲が大きすぎます…………」

「なら最初から普通の旅行者のフリして正門くぐれば良かったんだから半分ぐらい自業自得よね」


 両手両膝をふかふかした高級絨毯に落として嘆くセレスティナに、突き放すような呆れ声で論評を投げかけるクロエ。


「ま、ティナみたいなヒヨッコにはヒヨコのバックプリントがお似合いよ」

「それはひよこに対する偏見ですっ! ……ぐぬぬ……アンジェリカさんみたいにメリハリのあるファイアボールボディだったらひよこが横に引っ張られて不細工なアヒルみたいになってこんなの似合わなーいと突っぱねられるのに……」

「……それ、本人の前で言ったらまたきっつい関節技極められるわよ?」



(※)ファイアボールボディ……本作での造語で、「ダイナマイトボディ」に相当する異世界風表現として用いてます。


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