【番外編】茶卓会議・1(戦時における外交官の戦い方)
※番外編です。今回は茶会の席での雑談主体の話になっております。
アクションシーンはありませんしストーリーも殆ど進みませんが、予めご了承下さい。
▼大陸暦1015年、真秤の月、中旬
時は巡って、イストヨーク協定締結の翌週のこと。
アルビオン王国首都グロリアスフォート、その中心部を占める王城の敷地内にある迎賓館の一室、勇者リューク達一行の本拠地にて5人の男女がお茶の席を囲んでいた。
夏休みが終わり学園の授業が再開したことで、フェリシティ姫も朝っぱらから優雅にお茶会に参加することができなくなり、この場には、これも仕事の一環と言い張るセレスティナ達と待機するのも仕事の内であるリューク達が居るのみである。
「さて、協定が無事に結ばれたことでこの地での私の役目は一旦完了になりまして、近いうちに次の赴任地に飛ばされると思います。なのでここでこうやって寛ぐのもこれが最後……ということは無くても次は当分先になりそうです」
名残惜しそうに告げて、出された紅茶を一口含み、記憶に刻むように味わう。王室ご用達の高級茶葉を使いアンジェリカが丁寧かつ優雅な手つきで煎れたレアリティの高いお茶だ。
「そっか、寂しくなるな。そうすると次は帝国か? それとも公国の方か?」
「そこのところは国家機密にも関係しますから、軽はずみには口にできないです」
リュークの質問に対して機密を盾に回答を保留するセレスティナ。
実際のところは外務省のサツキ省長が行き当たりばったりな獣人なのでまだ決まっていないということは秘密にしておいた。
ともあれ、アルビオン王国からの撤収準備も着々と進んでいる。
今まで《容量拡大》を付与した鞄を卸していた道具屋の主人カールにもこの地を離れることを伝えて残念がられつつも取引終了の手続きも無事に済ました。
また、今日まで使っていた迎賓館の部屋は王家の計らい――と言うよりは首に鈴をつけておく意味でもこのままセレスティナ達の専用室として残して今後訪れた際に引き続き使用できるとのことだが、私物は念の為に回収しておく予定である。
「んー、ティナ達は居なくなっちゃうのかー。折角初めてできた国外の友達だったのになー。最後に記念品としてあたしにくれる魔道具とか無い?」
「ちょっ、アリア様、流石にそれは厚かましいですわっ」
アリアのおねだり攻撃をアンジェリカが即座に嗜めるが、セレスティナは気にした様子も無く答える。
「あ。ありますよ。この前の大海蛇の素材を使って《飛空》付きの小舟を作ってみまして、どうせならアリアさんに使って貰おうと思ったのですが……」
「――ぶふぉっ!?」
高額な筈の《飛空》搭載魔道具を、まるでクッキーを焼いたのでお裾分けにぐらいの軽さでプレゼントしてしまうセレスティナに、クロエが思わずお茶を噴きかけた。
……ここ最近、お茶会の度に誰かが持ち回りでお茶を噴きそうになっている気がするが、大体はセレスティナの常識とかがちょっと足りない言動のせいである。
「――けほっ、げほっ、あ、あんなに楽しそうに作ってたのにすぐ人にあげちゃうの? って言うか、船なのになんで空飛ぶのよ?」
盛大に咳き込んでリュークに背中をさすって貰うクロエに、セレスティナは「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりの輝かしい顔で今回の設計のアピールポイントを展開する。
「それはですね、大海蛇の骨でフレームを組んで鱗でコーティングしてヒレを主翼にすることで、“風に乗る”のではなく“波に乗る”感覚で飛べるんじゃないかと考えました。なので最初からアリアさん専用品を想定して組み上げてます」
「いつも思うけどティナの作る物ってどれも無駄に凝ってるし非常識なのよ。そんなに作るのが好きなら軍の資材部に行けば良かったのに……」
「でも外交官にならなければアリアさんにも会えなかったと思いますし」
エプロンの下にこっそり手を入れて“無駄に凝った”作品の一つである愛用の銃型クロスボウを撫でながらセレスティナの本業やら常識やらに一石を投じるクロエに、彼女は即答。今の生活が気に入っている彼女には何を言っても無駄なように思え、クロエは小さく溜息をつく。
尚、常識格差については船が空を飛んでも全然不思議じゃないゲーム脳のセレスティナと船が空を飛ぶ発想そのものが無いその他のメンバーとの間に大きな隔たりがあるのが実のところで、その溝は当分埋まる見込みが感じられなかった。
「王城の敷地内は《飛空》が使えないので今は王都近くの川にこっそり浮かべてますが、試しに動かしてみますか?」
「行く行く! 使いこなせるようになれば今までよりもっと移動が楽になるみたいだし!」
「はい。ではちょっと行って参ります」
そうして慌しく部屋から退出するセレスティナとアリア。姿だけ見れば評判のスイーツ店に連れ立って向かう姉妹のように楽しげな雰囲気だった。
▼
暫くして、大方の予想通りびしょ濡れになって帰って来た二人は、軽く着替えてお茶の席へと戻った。
セレスティナの服装は「これで最後かも知れないんだから」と言うアリアの強い要望でいつぞやの白いワンピース姿になっており、この場の注目を集めているが、座ったときの裾の短さが気になるようで時折裾を下に引っ張りながらもぞもぞしている。
「まあ……セレスティナ様、清らかで可愛らしいですわ……ちょっと、その、露出が高くて見ている方が恥ずかしいですが……」
「えー、でも、ティナはスリムだし手足のラインも綺麗だから見せなきゃ損じゃないの」
「そうだな。それにノースリーブが素晴らしい。腕を上げたら隙間から色々見えそうでぐおっ!?」
三者三様の感想を述べる勇者パーティの面々。尚、おっさんのような台詞を口走ったリュークはアンジェリカに両手で顔を挟まれ強制的にぐきっと首の向きを変えられた。
「わ、私は別に可愛くなんてありませんっ。それを言うならアンジェリカさんの方がよっぽど可愛いじゃないですかっ」
「そ、そんな訳ありませんわっ、からからないで下さいましっ」
何やら謎の可愛さ押し付け合いが始まったが、やがて落ち着いた頃に先程の練習の成果報告へと移って行く。
セレスティナの思惑通り、船の形状は水属性特化のアリアとの相性が良好で、早い段階でコツを掴んで自由に飛べるようになり、アリアも誇らしげにしていた。
だがその戦果を喜ぶリュークやアンジェリカとは裏腹に、クロエの表情は渋い。
「うーん……嬉しそうなのは良いけど、ティナって、アリアに肩入れし過ぎなんじゃないの? 従姉妹なのは分かるけどさ、本国人じゃないのよ?」
「え。でもアルビオン王国はもはや友好国の位置づけですし……」
「全ての隣国は仮想敵国であるって軍の上司が言ってたわ」
外務省と軍務省の間での見解の相違を前にセレスティナが何か言おうとした所、アリアがぎゅむぅっと横から抱きつき揺さぶってきた。
「え~、ティナとあたしの友情は国境を越えるのに~。ぱんつびしょびしょになるまで激しく濡れた一時を共に過ごした仲じゃないの~」
「……さっき“舟”が転覆した時のことですよね? アリアさんがいきなり仁王立ちしたりなんかするから……」
紛らわしい言い方による誤解を正しつつアリアをやんわりと押し返そうとするが、今日に限って彼女は更に密着度を高めてきた。魔術師の割に結構なインファイターのようだ。
「……あ。ティナの胸、なんか良い匂いがするわ。花の香り? ポプリでも使ってる? 貧乳の分際で生意気な」
「ひ、貧乳は関係ないですっ!」
失礼な事を言うアリアをようやくべりっと引き剥がし、話を本筋に戻すセレスティナ。
「それで、先程の話題の続きですが、アリアさんには練習中にも伝えましたがあの“舟”の制御の最優先権限は私に設定しています。勿論普通に使う分に干渉するつもりはありませんがもし有事の際にリュークさん達がテネブラを攻めるような事態になりましたら“舟”を使わせることはできませんので……」
なのでクロエの憂慮する利敵行為には当たらない、というのが彼女の主張である。それを受けてクロエも「まあ、そこまで考えてたのなら……」と引き下がることにした。
「そうなのよー。あたしも代金払おうとしたんだけど、所有権を放棄した訳じゃありませんから、の一点張りだったのよね。せめてレンタル料ぐらいは要求しても良いのにねえ」
「じゃあ、貸し一つにしておきますのでいつか私が困った時に助けて下さいね」
「オッケー、この国最強の美少女魔術師のアリア様に任せなさい」
得意げに胸を張るアリアにセレスティナも「おー」とおどけた様子で拍手する。だが実際にアリアの実力は間近で見てよく知っているので彼女が味方で居てくれるのはとても心強い。
「そう言えば、さっき、有事の際って気になる単語が出てきたんだが……」
話が一段落したのを待っていたように、リュークが口を開いた。会話に強引に割り込んでこないところが紳士である。変態だけど。
「もし仮に、万が一、アルビオンとテネブラが戦争になったりしたら、ティナはどうするんだ? やっぱり戦場に出て攻撃魔術をぶっ放すのか?」
「んむぅ……」
それは、アンジェリカやアリアも心の片隅に浮かべつつあえて蓋をしていた疑問。
だが、かつての“人魔大戦”を始めとして人間族と魔族が互いに血を流し傷つけ合ってきた歴史を考えると決して無視できない可能性の一つだ。
その問いかけに、セレスティナはしばし悩んで言葉を選び、やがて回答を述べる。
「まず、戦争というものは一夜明けたら自然に生えてくるようなものじゃありませんので、外交官としては“どんな状況で戦争になりそうか”というところからがスタートラインだと思います」
続けて彼女は具体的に例を挙げた。例えば領土問題や資源問題や経済問題、或いは要人暗殺や国の威信に対する甚だしい侮辱、それぞれ対応が異なるし戦争回避に向けてどちらの国にアプローチするかも変わってくる。
「その点、現状で一番火種になるのは、テネブラ側からだと各国に捕らわれた魔族同胞の拉致問題で、人間側からだとテネブラ国内の各種資源が欲しいというところでしょうか」
だからこそ、それらが発火する前に国交を回復し、拉致被害者の帰国と交易ルート確保による素材や製品の流通を軌道に乗せることがセレスティナとしては急務なのである。
「あと気をつける点として、歴史上、テネブラが引き起こす戦争は凄惨なものになり易いんですよ……人間側の国同士の戦争は大抵が領土とか資源とかの奪い合いがメインの経済戦争ですから戦費が折り合わなくなれば自然と妥協したりするものなのですが……」
「確かに、国境付近の小競り合いが知らない内に解決してたりするもんなあ」
「テネブラの場合、名誉とか尊厳とか面子とかをとても重要視しますので、一度侵攻を開始すると妥協せずに行く所まで行く、そういう展開になる事が多いのです。それでお互いの国が『奴らは戦争を何だと思ってるんだ』とカルチャーギャップを受けたりして……笑い話にもなりませんよね」
つまり、最初から講和を目的として有利な条件を引き出す為の手段として戦争を行うという戦略思想がすっぽり抜けているということだ。
「ですので、私としては何よりも戦争を始めさせない方向で動くつもりですが、それでももし仮に戦争になった場合は……」
「場合は?」
「仮に私に軍からの召集がかからずにフリーハンドで動ける権限があったとして、今日と同じようにここでリュークさん達とお茶会でもできれば、と思ってます」
「「「はあ?」」」
セレスティナの回答の意図が掴めず、リュークとアリアとクロエが目を丸くした。そんな中、アンジェリカが一つの考えを口にする。
「……勇者パーティに対する抑止力、ですの?」
「流石アンジェリカさん。大正解です」
アンジェリカの戦略眼に満足したように笑顔で大きく頷くと、セレスティナは補足の説明を始める。
歴史的にも勇者パーティは魔族に対する決戦兵器として運用されることが多い為、王都で睨み合いをすることでお互いがお互いを足止めして戦況の鈍化を狙い、その間にセレスティナは外交官として講和への働きかけを行うというのが彼女の一見意味不明な発言の真意であった。
「私という駒を戦略的に運用するとしたら、王国最強の駒であるリュークさん達の抑えに使うのが最善ですね。反対に私を戦場の砲台に据えるのは下策です」
「ってことは、ティナ達は俺達と互角に戦えると、そう思ってるんだな?」
勇者リュークの目が鋭さを増した。そこらの雑魚魔獣なら視線だけで切り裂けそうな圧力を受け、セレスティナは身構えながらも、予想に反して首を横に振った。
「正直、真正面からガチでぶつかり合うとちょっと自信ありません」
祖父のように立ち塞がる障害を問答無用で消し飛ばす圧倒的火力を持たないセレスティナとしては、基礎スペックが高く弱点を補い合う連携も優れている勇者パーティは苦手な部類に入る。
以前の模擬戦でアリアと一対一で戦った時は満身創痍になりながらも勝ちを拾えたが、そのアリアが牽制に回りアンジェリカが防御と回復に徹しリュークが聖剣の非常識な攻撃力を向けてきたらと思うとマジ泣きすることになりそうだ。
最低限、せめて魔眼族の切り札の魔眼解放を習得するまでは戦ってはいけない相手という位置づけである。
「ですが、逃げに回れば移動力は私の方が上ですから、例えばリュークさん達が戦争への参加を上から命じられて、準備して移動して決戦の場に赴くのに1ヶ月ぐらい掛かると思いますが、それだけ時間があれば私はアルビオン国内の主要な穀倉地帯と水源と幹線道路と橋を破壊して更には軍需産業の要である魔道具の研究・開発を担うFF社を襲撃して研究データや製品を接収したりもできるんです」
その言葉に息を呑むリューク達。実際、外交官であるセレスティナはこの国の地理を大体把握しているし、彼女が本気で飛び回れば追いつける者は国内に一人も居ないのは彼らもよく分かっている。
そうやって戦争継続が不可能なレベルまで国の生産力や生活基盤を破壊されれば、良くて痛み分け、最悪の場合は弱ったところを他国に襲撃・吸収されて国の存続そのものが危うくなりかねない。
「勿論、無辜の民の生活を大きく圧迫する事になりますので私としてもやりたくないですが、この場合は“それが可能である”という事実が取引材料として重要ですので……」
苦笑してお茶に口をつけるセレスティナ。それを聞いた周囲の4人の心の中は、「他はともかくFF社襲撃は喜々としてやるだろうな」との感想で一致していた。
「それにしても、今のはティナが自分で考えた作戦なのか? その歳で凄いよなあ……」
何気ない疑問に対して、予想を斜め上にぶっちぎった回答を聞いたリュークが、理解できない物を見たかのように背もたれに体重をかけて天井を仰ぐ。
「……そうですわね。セレスティナ様の知識や考え方はとても15歳とは思えませんわ」
「ついでに言うと、やたらおっさんくさいしね。その歳で」
「あはは……」
続くアンジェリカとアリアの褒めてるのか呆れてるのか分からない感想に、セレスティナは乾いた笑いを浮かべて誤魔化した。
「ですので結論としては、戦争に備えるのも重要ですが戦争を起こさないのももっと重要でしょうと言う事で。私の存在意義はむしろそちら側ですし」
「そうだな。イストヨークの協定? とかも発効した事だし、一連の事件で魔族の女の子も可愛い子が多いと分かったし、仲良くできるのが一番だよな」
リュークの言う通り、アルビオン王国とは関係が好転しており、人柄を見る限りアーサー王子の代までは恐らく良い関係が築けるだろう。
むしろ何かあるとすれば、領土的野心の強い北のシュバルツシルト帝国の方が危うそうだが、口に出すとフラグになりそうなのでセレスティナもあえて触れずにいた。
そのようにして、いつもよりシリアスな話題のお茶会の時間も終了し、各々やるべき事へと戻る事になる。
「あ。ティナに借りを返す件だけど、美容に良いって触れ込みで“貴族令嬢対抗泥レス大会! ポロリもあるかもよ?”とかどうかしら?」
「……そんな提案をしておいてどの口で人をおっさん呼ばわりしてくれてるんですか……?」
やはり生き別れの従姉妹は伊達ではなかった。
活動報告にこれまで寄せられました「Q&A集5.5」を纏めました。
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