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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第5.5章 エルフの森への表敬訪問
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082話 シャーディングウッド大森林の会談・2(お土産と裏口と紙切れの重み)


 エルフの森名産の緑色をしたお茶を飲みつつ、セレスティナは気持ちを落ち着ける。

 彼女の知る抹茶に似た味わいのそのお茶はどこか懐かしく、慣れない苦味に顔をしかめるクロエとは裏腹に、穏やかな表情を取り戻して次の議題を切り出した。


「話は前後しますが、今回シャーディングウッドの森へ訪問しました本来の理由としまして、就任のご挨拶と今後も良き関係を築ければ思いましてお土産を用意させて頂きました」

「ふむ。殊勝な心がけだな」

「まずは、大きすぎる故に森の外に置きっ放しになっておりますが、西の海で捕れた大海蛇(シーサーペント)を尾頭付き1匹持参しております」


 そう告げるセレスティナに、長老樹(ラーディクス)の顔が目に見えて明るくなる。


大海蛇(シーサーペント)と来たか。何百年ぶりじゃろう……自分で動けぬとなかなか海の魚が口に出来ぬからのぅ……」

「つきましては、解体も私達でできますので都合の良い場所がありましたらご案内頂けますか?」

「うむ。それなら是非とも長老樹(わし)の根元で血抜きを行って欲しいところじゃが……」


 久々の“ご馳走”に思わず身を乗り出す長老樹(ラーディクス)だったが、隣に座る族長(ヴェールフ)が「なりません」と嗜めた。

 やはりこの程度の理由では、部外者が森の最奥部まで踏み入ることはできないようだ。


 それからの協議の結果、大海蛇(シーサーペント)の血抜きと解体はこの会談の後に先程水浴びに使った川で行うこととなった。

 その際、食用でないが素材として有用な鱗とヒレと骨はセレスティナが持ち帰る事で合意するが、本筋には関係ないのでそれはさておく。


「他にも、工業製品を幾らかお持ちしました。人口の多い国ではこのように大量生産の技術が発達してきております」


 続けてセレスティナは、テネブラで購入したカードゲームを何セットか族長(ヴェールフ)に手渡し、アルビオンで購入した絵本を数冊セオードナに手渡し、先日の服屋で経費で購入してアリアに無理やり持たされた縞パン詰め合わせをフーチェラに手渡す。

 他国の印刷技術にヴェールフとセオードナが驚きの声を上げる中、フーチェラも不思議そうに新品未使用の色とりどりの縞パンを広げたりかざしたりしている。


「こんなに伸びる布は初めて見るわね。しかも(ライン)の幅も色合いも均一で色染めの腕前も凄いわ……やっぱり名のある職人が1枚1枚真心を込めて作り上げてるのかしら」

「大量生産品なのでそんな業の深い職人さんは滅多に居ないと思われますが……ともあれさっきの“紐パン川流れ事件”のような悲惨な出来事の予防に繋がればと」

「さも不幸な事故のように言ってるけど、あれは人災よね?」


 フーチェラの追求を母親譲りの柔らかい笑顔で誤魔化すセレスティナだったが、族長の視線を受けて表情を引き締めた。


「しかして、セレスティナに問う。テネブラの目的は何だ? 我々と交易でも始めたいのか? それとも戦力目当てか?」


 試すように厳かに尋ねる族長(ヴェールフ)に、セレスティナはのほほんとした様子で答える。


「いえ、今日のところはいわゆる表敬訪問ですので特に無いです」

「無いの!?」


 思わず素が出てしまう族長だが、一つ咳払いをして厳粛っぽい空気感を戻す。

 実際問題として、テネブラ外務省から何か書簡なり指令なりを受けてここに訪れた訳ではないので、挨拶と手紙の配達だけでここでのお仕事は終了なのである。


「たまに来るニンゲンの役人どもは、この森が我らの土地である証拠はあるかとか法的根拠がどうとか訳の分からない理屈ばかり唱えるゆえ、セレスティナも同様かとつい思ってしまったが……」

「あ。数百年前ぐらい遡ってこのシャーディングウッドの森がエルフ族の実効支配領域であることを示す書類なら、本国に帰れば残ってると思いますのでお力にはなれそうです」

(いな)、ここに長老樹が在り我々が居ることそのものが動かぬ証拠。たかが紙切れ1枚で何が変わると言うのか」

「それは……先程のラピストーカさんからのお手紙が答えだと思います。もしあの場で手紙ではなく私からの口伝えで報告したとしたら、皆さんは完全に信用できましたか?」


 セレスティナの問いに3人のエルフ達は揃って口をつぐむ。そして、それはもはや自分で答えを言うに等しい事だと誰もが理解していた。


「先程も思いましたがエルフの皆さんは書面の約束を軽視しすぎのように感じます。外交官の端くれとしては特に」


 数百年の時を生きたエルフの長から見ればまだヒヨコにも等しいであろう幼さのセレスティナの両の瞳が、しっかりと彼を見据える。彼女にとって譲れない部分に触れてしまった故の反応であろうことは疑いない。


「元々、外交官(ディプロマット)の本質は証書(ディプロマ)の作成と調印です。大陸の果てまで、時には命懸けで敵国にさえも赴いて、長い時間かけて議論して、本国とも板挟みになりながら調整して、そうやって作られたたった1枚の紙が時に国交を開いたり戦争を止めたり通商を開始したり攫われた国民を取り戻したりするんですよ」

「う、うむ……?」

「つまり、外交文書1枚の重さは外交官の命の重さに等しい訳です」


 自分でも極論だと少し思うが、まあこれくらいのハッタリは許容範囲だろう。

 実際、この時点でセレスティナが最終調整を進めている“イストヨーク協定”も、4ヶ月程の時間をかけて王都と魔国首都を幾度も往復し、時には危ない橋を渡ったり桃色のハプニングに見舞われたりしつつ、多数の人の協力を得た末にようやく締結できそうな所まで来たのだ。

 関係者であればこれを「たかが紙切れ1枚」と軽んじることは決して無い筈だ。


「すみません。少し話が逸れてしまいましたが……これから先、エルフの皆さんが鎖国するにせよ永世中立国を立ち上げるにせよ、やはり国際的な慣習は避けて通れなくなるかと思われます」

「誇り高き我々がニンゲンの作ったルールに迎合しろということか?」

「ええと、ルールを上手く利用しましょうという話です。便利な物を取り入れることは悪でも恥でも無いと思います」


 元々はエルフの森はアルビオンとテネブラの国境付近、魔獣や魔族の危険が大きく開拓が進んでいない地域に位置していた。それが今後、両国の国交と安全が回復した結果国境付近の整備が進むにつれて、エルフ達も今のように“国内の領土を不法占拠する武装勢力”ではいられなくなるだろう。

 一年や二年でどうこうなるという話ではないが、エルフの寿命を考えると少し油断したら瞬く間に時代が変遷してしまう。


「なので、まずは国際慣習に基づいて外交使節の歓迎・歓待からお願いします。外交官が来た際は種族に関わらず(・・・・・・・)迎え入れて話を聞いてあげて欲しいところです」

「ふむ。まあ確約はできかねるが……一応考えておこう」


 速攻で否定されるのに比べるとこの返答は大きな進歩であり、セレスティナも安心したように頬を緩める。

 そして、その後にセレスティナ達が解体した大海蛇(シーサーペント)の肉もエルフ達に大好評を博し、彼女の観点で実りの多い話し合いは無事に終了を見る事になった。


 尚、贈った縞パン詰め合わせはザーフトラを含め大勢に行き渡り、特に族長(ヴェールフ)が気に入ったらしく「このフィット感がなかなか……」と上機嫌で愛用しているとの噂だが、わざわざ真偽を確認しても誰も喜ばないのでこれ以上は触れないものとする。






▼その日の夕刻


 それから、セレスティナとクロエはイストヨークへと戻り、領主館の応接室にてこの日の会談の様子をリチャード辺境伯とラピストーカそして娘のポーチカを前に報告していた。


「――という訳で、もしポーチカさんがこの先エルフの森に行きたくなった時の為に、裏口(バックドア)を仕掛けてきました。勿論ポーチカさんご自身のご希望が第一になりますが、備えるに越した事はありませんので」

「そう、相変わらずお節介なのね……」


 いつもの調子で毒づきつつも、ラピストーカはあの後セオードナに預かった返信の手紙を読んで故郷を懐かしむ表情を見せている。

 リチャードも「いや、しかしそうすると王都の学園に通わせる必要が……駄目だ。外に出すとどんな危険があったものか……」とぶつぶつ悩んでるが放っといても良さそうだ。


 そんな中、ポーチカはくりくりした瞳を不安そうに揺らして、(ラピストーカ)とセレスティナを見上げた。


「ねえねえ、ハーフエルフってそんなに駄目なの? みんなと違うのって、いけないことなの?」


 その問いに、ラピストーカは「そんな訳ないわよ」とポーチカをぎゅっと抱き寄せて愛情を示し、セレスティナも力強く否定することで応える。


「駄目じゃないです。むしろハーフって呼び方が良くないです。ポーチカさんは良いとこ取りのハーフ&ハーフですから、エルフ族の魔力と寿命と美貌に人間族(ヒューマン)の生命力とおっぱいの大きさを兼ね備えた最強生物なんですっ」

「さいきょーせーぶつ!? それってつよいの!?」

「はい。超強いですよ」

「ちょーつよいんだ! やったー!」


 セレスティナの一言ですっかり機嫌が直り、両手を高々と挙げるポーチカ。側ではラピストーカとクロエがじっとりと湿度の高い視線を向けてくるような気がしたが見なかったことにした。


「できれば二人共、ずっとここに居て欲しい訳だが…………まあとにかく、将来のことは後々考えることにして、まずは目先の大事業だな」


 リチャードがそう言って話を戻し、間近に迫ったイストヨーク協定関連で幾らか打ち合わせを行った後、セレスティナ達は館を出ることになる。


「あたし、大きくなったらティナお姉ちゃんみたいな“びんわんきょぬーがいこーかん”になるー!」

「あ、あんな大人の真似しちゃ駄目よっ!」


 その帰り際、いまいち癒されるのか癒されないのか判断に困る母娘の会話を耳にして微妙な気持ちに浸りつつ、彼女達は翌朝にこの街を発つのだった。






 第5.5章 エルフの森への表敬訪問 ―終―





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