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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第5.5章 エルフの森への表敬訪問
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081話 シャーディングウッド大森林の会談・1(試練と手紙と通行不能の谷)


 あれからセレスティナはすぐに下流へと飛んで、何とかズボンと帯は回収したが、小さい紐パンは残念ながら見つけられなかった。

 きっと長い時間をかけて海へと流れ出て、生命のサイクルを経て自然に還ることになるのだろう。


「うう……ゴワゴワでビチョビチョで気持ち悪いー……」


 いわゆる直穿き状態で嘆きつつ、エルフの少女ザーフトラは母親のセオードナに連れられて、セレスティナとの約束を果たすべく森の長を呼びに戻って行った。


 残ったフーチェラとセレスティナは、一旦森を出てクロエと合流し、長の到着を待つことにする。

 草原に鎮座していた大海蛇(シーサーペント)を目にしたフーチェラは感嘆の声をあげ、セレスティナのお土産のセンスが間違っていないことを証明していた。


「……でっかい魚。陸上にはこんな大きい生き物はまず見ないわね」

「古代竜みたいに魔力で肉体を超強化しない限り、自重で潰れてしまいますからね。海魚は珍しいと思って、頑張って運びました」

「うん。大海蛇(シーサーペント)は絶品だから。食べたらみんなびっくりするわよ」

「それは、楽しみね」


 絶品と聞いてつい口元を綻ばすフーチェラだったが、それをきりりと引き締めると今度はクロエに向き直った。


「さて。私達エルフ族は魔術と弓の腕前を重んじる民。セレスティナの魔術は申し分無い水準だったけど、貴方達の弓の技量はどんなものかしらね?」


 挑発するように笑うと、フーチェラは懐から紅白の斑模様をした奇怪な林檎のような果物を取り出し、セレスティナの頭の上に乗せてみる。


「ただ的に当てるだけじゃあ面白くないから森でも特に優れた弓士を認定する時に使う試練なんだけど、自分にとって大事な人の頭上に乗せた林檎を33歩離れた場所から射通すの」

「どこかで聞いた話ですね」


 的の大きさを考えると距離自体は短い部類と言えるが、外れた時のリスクを考慮するとプレッシャーは恐ろしく高くなる。

 そのような重圧や緊張感に押し潰されず普段通りの精度が出せてこそ一流の弓士という理屈は頷けなくもないが、顔に似合わず結構過激な風習につい眉をひそめるセレスティナだった。


「でも……エルフなら防御魔術なんかも得意なんじゃないの? 危険なのは見掛けだけに思えるんだけど……」

「それは、矢が放たれた後に軌道を見て当たりそうだから《防壁(シールド)》張ろうって判断するのは普通間に合わないから。張らないって決めたら何があっても張らない覚悟が必要よ」


 とは言っても結構な割合で的役が恐怖心から反射行動で《防壁(シールド)》を張ったりしゃがみ込んで避けたりしてしまい失格になるらしい。正確に林檎を射抜く弾道なのに《防壁(シールド)》に阻まれた事例も数多い。

 世の中、誰も彼もがセレスティナみたいな規格外の“眼”を持っている訳ではないのだ。


「まあ、森でも成功者は私を含めて一握りだから、怖気づいたのなら無理にとは言わないけどね」

「いえ、ここで逃げてクロエさんの弓の腕が馬鹿にされるのは我慢なりません」

「そうね。ティナに問題が無ければやってやるわよ」


 セレスティナもクロエも、勝負事に関してはかなり負けず嫌いな節がある。なのでフーチェラの挑発にまんまと乗せられ、そのエルフ式の試練に挑戦することとなった。


 クロエは銃型のクロスボウではなく、本来得意とする愛用の長弓(ロングボウ)を手に必要以上の大股で規定歩数の距離を取り、

 対してセレスティナは頭に林檎を乗せたまま背筋を伸ばして腕組みし、足も肩幅に開いた実に男らしい仁王立ちでクロエの準備を待つ。


 頭上の林檎も微動だにさせていない。華奢な身体の割に体幹やバランス感覚が優れているのは母セレスフィアからの特訓の賜物で、本を頭の上に乗せて歩くお嬢様定番のスキルも習得済みなのだ。


「じゃ、行くわよ」


 規定の33歩を歩ききりこちらに向き直ったクロエが、まず大きく深呼吸し、弓に矢をつがえて弦を引き絞った。

 いつも隣にいるからか、クロエの鋭い眼が真っ向からこちらを見据えるのは新鮮に感じる。


 クロエの構えはいつも通りで、硬さも緊張も全く無い。万が一目標を外して矢がセレスティナの額に向かっても、彼女なら驚きの声一つ上げずに防いでしまうだろう。そんな長い付き合いから来る信頼関係があるので、今の彼女にとって的はただの台座に置かれた林檎に等しい。


 そして、静寂の中、クロエの矢が放たれた。


「――え?」


 自分の時に比べると迷いも躊躇も苦悩も感じられない、極めて自然体の一射。それを見てフーチェラが唖然とした声を上げた直後。


 風を切り裂いて一瞬で33歩分の距離を詰めた矢が、セレスティナの頭上の林檎のど真ん中を貫いて、


 ぱんっ、と破裂音が響いた。


「――ティナっ!?」

「ふえっ!? な、何なんですかこれ!? 林檎が爆発しましたよ!?」

「爆裂林檎。衝撃を加えると破裂して種交じりの果汁を撒き散らす事で種子を散布する珍しい植物よ」


 甘い匂いのする液体を頭から被って呻くセレスティナに慌ててクロエが駆け寄る中、悪戯が成功したのを喜ぶ悪童のような笑顔になってフーチェラが解説する。


「うう……べとべとします……顎を伝った白濁の果汁が襟元から服の中に入って胸の谷間を通ってお腹まで……」

「ティナ、そんなことまで見栄張らなくて良いから」


 無い谷は通れぬ。真理である。


「……この林檎を用意したのはフーチェラさんですよね。もしかして最初からコレを狙ってましたか?」

「可愛い孫がずぶ濡れにされてパンツまで脱がされたからね。セレスティナにも同じ辱めは受けて貰わないと」


 ニヤリと笑うとフーチェラがセレスティナの腕をがしっと掴んだ。


「さて、その果汁は凄く甘くて私達もジュースなんかによく使うんだけど、放っとくと虫や獣が寄ってくるのよね。そこの川で洗わないと大変なことになるわよ」

「……もう好きにして下さい……」


 そのままずるずると川の方向に引きずられて行くセレスティナに、巻き込まれるのを恐れたクロエは無言で手を振って見送るのだった。





「待たせたな。ところで、にわか雨にでも降られたのか?」


 やがて、丁度太陽が真上に昇った頃になり、セレスティナ達が待機している森の入り口付近の広場にエルフ族の代表者らしき者達が到着した。

 現れたのは、フーチェラの娘のセオードナと後二人、金髪に白いものが混じった壮年のエルフの男性と新緑のフード付きローブに身を包んだ痩せた老人。

 孫のザーフトラについては先程の戦いでのショックが大きかったのか留守番のようだ。


「いえ、汗を流すのに水浴びをしておりました」


 先程の言葉を発した壮年のエルフの男性に、フーチェラが畏まって頭を下げ返答する。フーチェラもセレスティナも髪が濡れていたので、傍目には悪天候にでもやられたのかと思ったようだ。


 ちなみに先程の水浴びシーンは、フーチェラも服を脱いで全裸だったとはいえ、夕食に使う野菜を処理するかのようにセレスティナの(ドレス)を剥いて丸洗いしただけのトキメキの欠片も無い展開だったことを追記しておく。


「そうか。まあ、まずは楽にしてくれ」


 今回フーチェラが会談場所に選んだ広場は上を平らにした岩が円形に並べられており、座って休憩したり雑談したりするのに適している。

 壮年男性の一言でその場の6人が思い思いの場所に座り、まずは自己紹介から始まることとなった。


「我はヴェールフ。この森のエルフ達を纏める当代の族長だ。以後お見知り置き願おう」

「魔国テネブラ筆頭外交官の任を預かっております、セレスティナ・イグニスと申します。お目にかかれて嬉しく思います」


 予想通り、壮年の男性がここエルフの森の族長だった。長身痩躯で引き締まった身体をしているが、その端正な顔には深い皺が年輪のように刻まれて、長い年月をかけて森の住民を纏めてきた苦労を偲ばせる。

 天寿を全うする者が少なくて正確な情報が得られない事情はあるが、エルフの推定平均寿命1000歳として見てもその折り返し点は優に過ぎ去っているのだろう。


「儂はラーディクス。ここでは“長老樹”とも呼ばれておる。厳密にはエルフ族の一員ではないがここの者達の助言や相談役をやっておる」

「フォーリウム先生にお伺いしたことがあります。樹精族(ドライアド)の始祖の方でございますね」

「ほぅ、あ奴を知っておるか。そう言えば魔国で先生をするとか息巻いておったのう。どうじゃ? 元気にしておるのか? 脱ぎ癖は治ったか?」

「はい。今は学長をされておりまして、私もこの春までご指導を賜りました。天気が良い日は学長室のベランダで全裸で居るのがたまに目撃されるようです」


 そのようにして順次自己紹介を進めつつ、早速本題へと移ることになる。

 一部気になる単語が飛び出したりしたが皆あえて触れなかった。


「まずは、同胞のラピストーカから手紙を預かってきたと聞いたが……」

「はい。ご家族も含めてエルフの森の皆様宛となっておりますので一先ず族長殿にお渡しいたします」


 セレスティナが立ち上がり差し出した手紙を、族長が几帳面な手つきで開封し、中を確認する。

 本人に事前に聞いた話だと、彼女(ラピストーカ)は今、人間の居る街で暮らしており心配や捜索は要らないといった類の内容だ。


 読み終わった族長(ヴェールフ)は、手紙から目を上げて鋭い視線でセレスティナを射抜いた。


「無事でいるのは喜ばしい限りだが、セレスティナに問う。ラピストーカは何故この森に帰って来ない?」

「それは……本人のご希望により、その手紙に書かれた内容以上の情報は口外できない約束になっておりまして……」


 慎重に受け答えるセレスティナの横から、ラピストーカの幼馴染だと言うセオードナが鋭い口調で切り込む。


「あの子は昔から森の外に憧れてたけど、まさかニンゲンに攫われて奴隷のように扱われてないわよね? それともニンゲンの街が楽しくて戻りたくないとか?」


 それを押し留めたのは彼女の母親のフーチェラ。年長者らしく落ち着きのある口調で推論を述べる。


「いや……手紙を出せる立場にも関わらず今居る場所も書かずに帰る事もできないというのは極めて限定的だわ……それこそ、ニンゲンと交わって混血(ハーフエルフ)の忌み子が生まれたぐらいしか……」

「まさかっ!?」


 正しい推論であったが、事前にこういう展開も予測していた為セレスティナはポーカーフェイスを崩さなかった。

 ついでに、この場で予定していた質問の一つをぶつけてみる。


「もし仮に、エルフと人間族(ヒューマン)が子をなしてハーフエルフが産まれたとして、その子はこの森に入れないのですか?」


 彼女の問いにエルフ3人は揃って「当然」と言いたげに大きく頷く。


「野蛮なニンゲンの血を引く者が我らの聖地に進入することは罷りならん。神聖な森が穢れる。それに、もしその忌み子がニンゲンと内通していれば、森の防衛体制に穴が生じてしまい取り返しのつかない事態に陥りかねない」

「んむぅ……」


 差別意識やら防衛意識やら色々が複雑に混ざり合った返答を受け、コメントに困るセレスティナ。実際、思うところはあるにしても彼らのような少数部族が森に立てこもって外敵とやり合うとするなら、臆病なぐらい慎重でなければ生き残れないのもまた真であろう。


「儂としては“エルフの守護者”ではなく“森の守護者”の立場じゃから、そこまで雁字搦めにせずとも良かろうと思うのじゃがのぅ……」

「長老樹殿に同感ですが……堅牢な要塞もちょっとの油断で穿たれた一穴から連鎖的に滅びることも多々ありますから、国防を考えますと難しいところですね……」


 ポーチカの無邪気な笑顔を思い浮かべ、一つ溜息をつくセレスティナ。だがこれ以上この話を続けて疑惑が確信に変わってしまう前に話題を転換してこの場は誤魔化すことにした。





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