078話 英雄の凱旋(そして宴会へ……)
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あれからもう少し沖合いに留まってみたが流石に3匹目のどじょう……もとい大海蛇は出現しなかったので、セレスティナ達は2匹分の獲物を牽引してコーラルコーストの浜辺へと戻って来た。
長いこと近隣を脅かしてきた恐るべき魔獣が討伐されたという情報はあっという間に広がって、町全体が歓喜のムードに包まれているようだ。
報せを受けて探索者ギルドや漁業組合の関係者も息を切らせながら浜辺へと駆け込んで、魔獣2匹の屍骸を見上げてそれぞれ思いを馳せる。
そこへ、「折角ですから、アリアさんが首を落とした方の大海蛇はこの場を借りて皆で食べてしまいましょう」というセレスティナの気前の良い提案が上がり、歓声を上げた群衆が更に人々の注意を引き、突発的なお祭のような事態へと突入した。
実際の所、彼女の膨大な魔力を持ってしても長距離を空輸するのは1匹がせいぜいなので、この町で消費してしまうのが自然な流れということだ。
念の為に補足しておくと、大海蛇程の大物を丸ごと異空間に収納して持ち運ぶような小粋な小技はセレスティナも未開発だ。彼女が頻繁に用いる容量拡大鞄や或いは鏡の裏の“隠れ家”に入れようとしても大きすぎて入り口を通らない。
かと言って、小さく細切れにして仕舞うのは折角のエルフの里へのお土産にするのに風格と浪漫が足りない。
『魔道具は何でもできる魔法の箱じゃありませんから、なかなか思い通りには動かせないんですよ』
かつてそう言って、しかしその思い通りにならず試行錯誤する過程をむしろ楽しむような笑顔を浮かべたセレスティナに彼女の学友達が満場一致で「変態だ」という評価を下したことも今となっては良い思い出である。
それはさておき。
調理の前準備を一旦クロエに託して大海蛇の血抜きをして貰う間、セレスティナはアリアに連れられて岩陰で海水にまみれた服と身体を洗うことになった。
豪快に丸洗いされるかと思いきや、アリアは《水球》を立て続けに上空に撃ち出して破裂させることで優しい雨のようなシャワーを作り出す。女の子らしい意外な細やかさを垣間見た瞬間であった。
「ティナのは綺麗な銀髪なんだからしっかり洗わないと、塩水が残ったままだと錆びちゃうわよ」
「さ、錆びないと思いますよ? 多分……」
指の間をサラサラと流れるような銀髪を手で梳いて洗いながら、アリアが溜息を一つつく。
「あー、やっぱロングヘアって良いなぁ。あたしも伸ばしてみようかしら」
「うーん、手入れは煩雑ですし夏は暑いですし結構大変ですよ」
「知ってる。あたしもそれで何度も挫折したもん。むしろティナが諦めずにこの長さまで続いたのが奇跡よね」
そう笑いかけるアリアに、セレスティナも微妙な笑みを返す。
魔族の銀色の髪は魔術素材として貴重なので程よく伸ばしたらばっさり断ち切るつもりでいたら母のセレスフィアが「ようやく女の子の自覚が生まれたのね!」と大層お喜びになられてそのまま切る機会を逸して今に至るのはここだけの秘密だ。
「でも、アリアさんの髪も銀に近い透き通った青で、魔力も濃密で凄く綺麗ですよ。私みたいな無彩色の若白髪より服のコーデも合わせ易いでしょうし」
「えへへ……そうかな? ティナがそう言うならあたしもまた伸ばしてみようかしら?」
「それは是非。で、飽きてばっさり切るときは私に切らせて下さいっ」
「……そういうとこブレないわね……」
そんな会話を続けつつ、やがて髪を洗い終えたアリアが今度はセレスティナの前方に回り込んできた。そして満面の笑みを浮かべ次なる指令を口にする。
「はーい。じゃあ次はぱんつ洗ってあげるから恥じらいの表情でたくし上げてー」
「意味が分かりません……」
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暫く後、海水を洗い流して濡れた服を強い日差しと風魔術で軽く乾かして少しヨレヨレになったワンピース姿の二人がクロエの元に合流した。
一連のあれこれで濡れ透け成分を大量補給できたアリアは見るからにご満悦で、「今ならパン3斤はいけるわ」とうっとりした表情でこれからの大いなる宴に思いを向けている。
「では、始めましょうか」
「了解。大海蛇は久しぶりね。あ、一通り食べ歩きして美味しい店はチェックしておいたから」
かなりの数のギャラリーが取り囲む中、セレスティナとクロエは見事な連携で大海蛇の解体ショーを開始した。
まずヒレと鱗を綺麗に落として、要所に切れ込みを入れて大量の肉を少しずつブロック状にしてパズルを解くように取り外していく。
魔獣の身体の作りを熟知しており、更に素材や肉に対する愛着の感じられる、熟練の技だ。
解体した肉は順次、見物人にも手伝って貰いつつ、近くの屋台や海の見える食堂に分配していく。それを調理した物を店側が格安で振る舞うことで、売る人も買う人も全員が少しずつ得をするという訳だ。
その際はクロエの独断で、美味しかった店には良い部位の肉を大量に渡すことで、より美味しい料理を確保しつつ不良在庫をなるべく抑える算段だ。
余談であるが、屋台巡りしている間にクロエは片手の指で足りない程の回数に渡ってナンパされ、焼き串を奢られたり冷たい飲み物やデザートを差し出されたりと下にも置かない扱いを受けて、後でそれを知ったアリアを大層悔しがらせたりもした。
海辺の男達には色黒健康猫耳美少女はど真ん中ストライクだったのだろう。そう結論付けてその他の部分の格差社会からは目を逸らすアリアだった。
とは言え、それでセレスティナとアリアが放置プレイされることは無く、貴重な肉が大半の観衆に行き渡った頃に、大海蛇退治の直接の功労者である二人の所にも感謝や賞賛を伝えようと代わる代わる人が訪れる。
「うっ、うぉっ……ありがとうなあ……お前ぇ達のおがげで、おっ、俺達はまた……海に出て家族を養う事が……うっ、うっ、できるように、なるけん……っ!」
「良いってことよ。これが勇者の役目の一つでもあるもんね。でも、そんなに喜ばれるとあたし達も嬉しくなるから気持ちはありがたく受け取っておくわ」
真っ昼間からの祝いの酒に酔った漁師達が男泣きにむせびつつセレスティナとアリアの手を握る。
「流石は勇者様のパーティメンバーです! あのっ、ギルドに飾りたいのでサイン貰っても良いですか!?」
「えっと、私は厳密には勇者パーティの一員とは違いますが、それでも宜しければ」
瞳に憧れの色を浮かべた探索者ギルドの受付嬢がサインをねだりだす。
結果、アリアのサインに並んで『テネブラ外交官セレスティナ』と記帳された紙がギルドの記念品棚に並ぶ事になるのだが、大半の住民は「テネブラってどこの町だべ?」との認識だったそうだ……
「それで、本当に、大海蛇討伐の報酬は受け取らなくていいのかね? 私も含めて町の者達は皆、君達に心から感謝しているのだが……」
続いて、この地方一帯を治める領主の名代としてコーラルコーストの町長を務める紳士が申し訳無さそうな様子でそう言った。
一応男爵位を持つ貴族であるが、この町の気質に漏れず住民と一緒になって難題に立ち向かったりお祭の準備をしたりする気さくな人物で、一回り以上年下のセレスティナやアリアにも誠実な態度で接する生真面目な人柄が見て取れる。
「うん。だって国から報酬が出るもん。これ以上は二重取りになっちゃうわよ」
「それに、これまでも大海蛇の影響で観光や漁業も少なくない打撃を受けているでしょうから、是非そちらの立て直しを優先されて下さい」
「……すまない。本当に感謝する」
アリアもセレスティナも根が庶民ゆえか財政が厳しい町から更に取り立てるのを良しとせず、その心意気に打たれたらしく町長も神妙な顔つきで深々と頭を下げた。
暫くこの町に留まって豪遊して還元するならまだしも、明日には王都に帰還する身であるので、大金ごと町から去ったりしたらいつかのキャナルゲートタウンの二の舞になってしまう。
また、番で生息していた関係上、この近海に産卵した可能性にも一応言及しておいた。ただ、卵から孵って成魚に成長するまでに数十年の長い年月があるので、仮に次の脅威があるとしても次世代以降になるだろうからじっくりと時間をかけて対策することができそうだ。
やがて、可愛らしい英雄達に次々と挨拶に来る客足がようやく途切れた頃、ふとアリアが難しい顔で呻った。
「さて、報酬貰ったら何に使おうかな。実家のリフォームに少し充てて後はもしもの時の為に貯金したいって言ったら、なんかケーザイのカッセーカがどうこうでお金を使えって言われるのよ……」
「お金持ちが節制に走るとお金の流れが停滞して末端から経済的貧血に陥ると言いますからね……」
恐らくはクリストフ宰相かシャルロット嬢の意見だろうとあたりをつけつつ相槌を打つセレスティナ。これがリュークかアーサー王子だったら無駄遣いするぐらいなら貯めておけという立場に振れるはずだ。
「実際、アリアさんの実力でしたらこの先幾らでも稼ぐチャンスはあるでしょうから少しずつ額を増やして大金を扱う練習をしておくのも良いと思いますよ」
「何か上から目線だけどそう言うティナはどうなのよ?」
「私は他国通貨で受け取ることにしましたから王国で使う予定は無いですが。今後帝国と公国にお邪魔した時の生活費と活動費でしょうか」
「……そうだった。ティナってこういう問題になるとなんか妙に先見の明があるのよね」
参考になる意見が汲み上げられずに頭を抱えるアリア。
「まあ、深く考えずに趣味にでも費やせば良いんじゃないでしょうか」
「趣味、かあ……もし実用性度外視で好き勝手できるとしたら……」
セレスティナの言葉に吹っ切れたか、瞳に悪戯っぽい輝きの戻ったアリアが顎に手を当てて嬉しそうに思考を巡らす。
「贅沢が許されるなら、噴水のように大きなチョコファウンテンを特注でこさえて、かあいい子を押し倒して美味しく頂きたいかしらね」
「…………一応念を入れて確認ですが、私は可愛くないからターゲット外ですよね?」
予想以上にハイレベルなプレイを口にしたアリアにドン引きするように距離を取ったセレスティナ。そんな彼女にアリアは「ふふふ……」と無駄に艶かしい笑みではぐらかすのだった。




