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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第5.5章 エルフの森への表敬訪問
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076話 海辺の町コーラルコースト(渚の清貧アイドル誕生の危機!?)

▼大陸暦1015年、戦乙女(第8)の月26日


 鮮やかな青い空に、真夏特有の立体感ある雲が浮かび。

 どこまでも続く海は透き通るエメラルド色をたたえ、足元には乳白色の砂浜が太陽の光と熱を反射する。


 アルビオン王国の、ひいてはこの大陸の最西端に位置する海辺の町コーラルコースト。観光と漁業が盛んな比較的のんびりした所だ。

 だが最近の大海蛇(シーサーペント)出現騒ぎの影響で沖合いでの漁に出ることができず、また他国からの交易船が補給目的で寄港することも大幅に減った為、町全体から活気が失われつつある。


 そのコーラルコーストへ前日に《飛空(フライト)》で移動してきたセレスティナとクロエとアリアの3人は、まず現地の探索者(クエスター)ギルドへと挨拶に赴いて、王都から大海蛇(シーサーペント)討伐の為に派遣されたことの伝達を済ませた。

 肝心の勇者が不在の女子3人パーティなので不安な顔もされたが、難度が高く受け手の現れなかった未達成依頼(クエスト)を幾つかその日の内に達成して見せることでギルド職員の表情が目に見えて明るくなったのが印象深い。普通はこういった窓口業務はもう少し腹芸に長けた人物が務めるものだが、土地柄なのか素直な住民が多いようだ。


 そんな訳で、依頼報酬のお小遣いを早速この町一番の高級宿に泊まる事で還元し、いよいよこの日に本命の大海蛇(シーサーペント)狩りへと繰り出すことになる。


「じゃ、ちょっと行ってぱぱっとやっつけてくるから留守番宜しくね」

「んー、まあ心配はしてないけど気をつけて。あたしも美味しい屋台見つけて待ってるわ」


 砂浜に敷物とパラソルを設置して陣地構築に精を出すクロエと言葉を交わし、アリアがセレスティナの手を引いて戦いの場へと赴く。


「ふえっ!? も、もうちょっとゆっくりお願いしますっ」


 先日購入した白い帽子とワンピースに身を包んだセレスティナはミニスカート初心者らしい落ち着きの無さを発揮して、海風が吹く度に慌てて空いた方の手で裾を押さえるのが微笑ましい。

 胸に飾られたミスリル銀の外交官バッジが違和感を誘うが、これは本人としては譲れない一線なので仕方ない。


 一方のアリアもセレスティナに似たデザインで色違いの水色ワンピース姿だが、彼女はナチュラルボーン女子の貫禄か絶妙の裾捌きで颯爽と砂浜を歩く。


 尚、留守番のクロエも先日一緒に買った女学生風の姿で海辺には少々そぐわないが、黒ベースの侍女服に比べると涼しげなのでよしとした。


 浜辺は家族連れや若い男女で賑わっており、大海蛇(シーサーペント)騒ぎで遠出はできないとしても夏場にレジャーや観光でこの浜に来る人は多いことが見て取れる。

 そんな活況の中にあってもセレスティナ達の容姿や雰囲気は目を引くようで、あちこちから視線を集めているのが感じられた。


「おー、見られてる見られてる。ま、あたし達ぐらいの美少女が並べば当然の反応よね。ここで歌って踊ったら渚の清純派アイドルユニットにスカウトされたりナンパされたりするかもよ?」

「それは目的を見失ってませんか……?」


 むしろ清楚で貧乳な清貧アイドルとしてデビューしてしまう危険の方が大きいのだが、そのような現実を指摘する的確な突っ込み役は幸か不幸かこの場には居なかった。


 そしてアリアがアイドルデビューの未来図に比喩的な意味オンリーで胸を膨らませていると、一人の男性が此方に歩いて来るのが見えた。日焼けした肌に引き締まった体躯の水着姿の青年で、どちらかと言うと真面目そうな印象を感じる。


「ちょっと、そこのお譲ちゃん達――」

「きゃっ! もしかしてナンパ? 見かけによらず積極的ね。でもあたしにはリュークが居るからなー……それともスカウトとかなら今ちょっと急ぎの用事があるんだけどそれが終わったら詳しい話を――」

「……いや、そういうのじゃなくて、お父さんとお母さんは一緒じゃないのかな? 今は沖合いに恐ろしい魔物が出るから絶対に沖に出ちゃいけないよ」

「こっ、子供扱いするんじゃないわよっ!」


 町の治安を守る衛兵の身分証明書を提示しつつ諭してくる青年。軽装なのは水難時におけるライフセーバー的な活動も兼ねているからだろう。

 それに対して負けじと探索者(クエスター)の身分証明を取り出して声を上げるアリアとリアクションに困って苦笑いを浮かべるセレスティナ。かくして渚の清貧アイドルユニット結成の危機は免れた模様。


 その“恐ろしい魔物”を退治しに来たことの事情を説明すると衛兵や海水浴客達は「こんな小さな女の子が?」と驚きつつも何とか納得してくれたようで、そんな彼らの純朴な声援を受けつつセレスティナ達は《飛空(フライト)》で沖合いへと飛び立つのだった。





「――ぬわおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!?」


 サファイアが嵌め込まれた愛用の杖にしがみつくアリアの身体が、勢い良く打ち上がり放物線を描いて海面へと落下した。

 大海蛇(シーサーペント)が現れるまでの間、彼女が苦手な《飛空(フライト)》の訓練に付き合うことで時間を潰しているという訳だ。


 着水後暫くして水面から顔を出したアリアがお気に入りの指貫グローブを着けた右手を閉じたり開いたりしつつ不満げな声を出す。


「はふぅ……んー、変換器(スターライトプリズム)通してるから魔力効率自体は良くなってる筈なのになかなか思うように飛べないわね」


 今のアリアは服を脱いで可愛らしいフリルの水着姿で、水の抵抗が少ないフォルムで水中を魚のように自然に動き回っているが、空中は勝手が違うためなかなか思うように《飛空(フライト)》を制御できないようだ。

 その脱いだ服はセレスティナが畳んで抱えている。器用にも雷竜の杖に横座りしたまま水面近くで停止して足だけを海に浸して涼みながら、アリアにアドバイスを出した。


「見たところ、アリアさんは常に全力で魔術を撃つ癖がついてるようで、魔力をあえて抑えるコントロールに慣れてない感じがしますね。《飛空(フライト)》は細かい操作が必要になりますのでアリアさんの強すぎる魔力がむしろこの場合は邪魔してるのだと思います……」


 むむむと呻りつつ打開策を考え始めるセレスティナ。一番簡単なのは出力を一定量に抑制する制限器(リミッター)を開発することだが、安易な解決策は本人の訓練にならず今後似たような事例が起きた時にまた困る事になるので出来れば避けたい。


「魔力制御の訓練を重ねながら、でも実際に飛ぶ場合は人の命がかかってますから安全装置を組み込みつつ…………ん?」


 思考の深淵にはまりかけたセレスティナの足首を、いつの間にかすぐ側まで近寄ったアリアが掴んでいた。


「難しい話は帰った後でも良いから、どうせならティナも泳ごうよ。ずっと日光浴びてて暑いでしょ? 海の中の幻想的な景色も見せてあげるわよ」


 そのままにまりと笑顔を浮かべてセレスティナの足を引っ張るが、予想に反して彼女の細い身体はびくともしない。杖にかけられた《飛空(フライト)》がまるで岩盤に深々と突き立った聖剣の如く過剰な安定性を発揮しているからだ。


「ここで私が落ちるとアリアさんの服まで濡れるんですが、良いんですか?」

「夏服なんて水着と同じよ。それに折角の白ワンピなんだからここで濡らさないと損じゃない。ああんもう! 思いっきり濡れ透けにしたいー! 色々ぶっかけてめちゃくちゃに汚したいー! それで泣き出したところを優しく洗ってあげたいー!」

「何ですかそのマニアックなプレイは……」


 自分の事を棚に上げて呟くセレスティナ。その間にもアリアはセレスティナの足首を掴んだまま揺さぶっていたが、なかなか落ちてこないのに業を煮やしたか今度は彼女のサンダルを脱がして足の裏をくすぐることにした。


「えっ? ひゃっ!? ちょっ、それはっ、ふひゃんっ!?」

「ふふふ。ここが弱いのかなー? それともこっちかなー?」


 敏感な所を執拗に刺激されて、セレスティナが女子力の低い奇声を上げつつ身をよじらせる。


「だっ、だめっ! ひゃっ、ひゃあああああぁぁっ!?」


 そして遂に、バランスを崩したセレスティナが盛大な水柱と共に海へと転落した。少し遅れて、彼女の被っていた白い鍔広帽子がふわりと水面に降り立つ。

 ともすれば上下の感覚を失いそうな深い海の中、慌てずに全身の力を抜いて浮力に身を任せ水上に頭を出す。


「――っぷあっ、けほっ、こほっ……ぐおお、海水が目に沁みます……」


 目を押さえながら情けない声でぼやくが、本来聞かせるべき相手であるアリアは未だ海の中に潜っているようで姿を見せない。どこを向いても青く透き通る水しか見えない筈の沖合いの海でアリアの視界には何か違う物が映っているのだろうか。

 だが今の呟きが聞こえたのか、浮上してきたアリアが不思議そうな顔で問い返した。


「え? ティナの邪皇眼は海の中が見通せないの?」

「ですから私のはただの魔眼ですが……本来、魔眼族(イビルアイ)の眼の特性は個人個人で違いまして、得意な属性に応じた視覚になるんですよ」


 風属性が得意なセレスティナは高速で動く物体を見切る動体視力が高く、水属性が得意なアリアだと暗い海の底や深い霧の中もはっきりと見通せる、という訳だ。

 話は逸れるが祖父ゼノスウィルの場合、闇と風の両属性を得意としており暗闇を見通す暗視能力を備えている。彼が明かりをつけずに昼間と同じ速度で夜間飛行をすることがあるが、幼い日のセレスティナを含めて多数の同乗者に恐怖を植え付けた話は魔国(テネブラ)でも有名である。


「ふうん、それでティナはあんな狭く張った《防壁(シールド)》で的確に攻撃を受け止められるのね」

「その代わり、海底の珊瑚礁とか熱帯魚の群れとかアリアさんの言う幻想的な景色は長く見てると目が痛くなります」


 家系的に水属性の魔眼を持つ者ばかりとだけ接してきたアリアがしきりに頷く。やがて、満足するような笑顔になって口を開いた。


「それで、海の中だけでしか見れない景色と言えば、ティナの服が水圧でぶわっておへそが見えるぐらい豪快に捲れてるのも幻想的で趣深かったわね。水玉ぱんつ、可愛いわ」

「ふええっ!? む、むしろ業が深いと思います!」


 慌てて水中でワンピースの裾を押さえるも、もう後の祭り。以前の仕事でとある女子生徒に貰った白地に青い水玉模様の上下セットの下着は子供っぽくて積極的に着る気になれないが、白ワンピース姿で透けないのは手持ちではこれくらいしか無かった為に仕方なく手に取ることになった訳だ。


「ま、それはともかく……」


 話題を打ち切ってアリアはもう一度海の中に潜る。少しして再び顔を出した彼女は真面目な顔で言った。


「来るわ。あっちの方から。ティナ、迎撃の準備を」

「了解しました。ここからは気を引き締めて行きましょう」


 アリアに少し遅れてセレスティナも感じ取った。強い魔力を秘めた大型魔獣の気配が水底深くから急速にこちらに近づいてくることを。


 討伐対象の大海蛇(シーサーペント)が捕食の為に向かって来ていることは疑いない。

 彼女達はそれを迎え撃つべく、まず《飛空(フライト)》を起動して得意な空中戦の体勢を整える。


「では、街の人々を苦しめる魔獣を退治して世界の平和と繁栄に貢献しましょうか。なるべく傷をつけずに」

「……本音が駄々漏れになってるわよ」



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