【番外編】魔物娘アンソロジー・7(吸血姫の好物)
※恒例の番外編です。3章の037話で言及した吸血族のルーナリア嬢への追加報酬の話になります。
本編への影響はありませんので読まなくても次章以降で不備が生じるようなことはないつもりです。
いつも通り、このシリーズは微エロ・変態成分多めでお送りしますのでご注意下さい。
▼大陸暦1015年、炎獅子の月下旬
「随分と待たせてくれたものよのう……」
部屋へと招かれたセレスティナに対する、サングイス公爵家令嬢ルーナリアの第一声は、歓迎の挨拶ではなく苦情の言葉だった。
何回か招かれた事はあったので取り立てて驚きはしないが、“魔王”の末裔である公爵家の娘だけあって、セレスティナの私室よりも広くて家具や調度品も豪奢な部屋だ。
そんな中、目に痛そうな真っ赤な天蓋に覆われた巨大なベッドに腰掛けて、薔薇の様な真紅の絹を幾重にも重ねたドレスの裾から伸びる細い脚をぶらぶらと揺らしつつ、ルーナリアは早速セレスティナに手招きする。
「申し訳ありません。王都との間でやりとりする緊急の書類が多くて、ようやく一段落できましたもので……」
「むー。ティナは妾と仕事とどっちが大切なのじゃー」
拗ねたように口を尖らせるルーナリアに、このモードに入るとどう答えても面倒臭い展開になるのが目に見えているセレスティナは再度「申し訳ありません」と頭を下げてご機嫌を取る。
改めて経緯を説明するなら、以前アルビオン王国からの遠征隊騒ぎがあった時に、セレスティナは秘密裏にルーナリアに協力を要請し、比較的平和裏に追い返した事がある。
その際に成功報酬として、セレスティナが食事を提供するという約束をしており、それが堅蟹の月の始め頃の話だったのだ。
「……まあよい。二月も待たされた分は、利子も纏めて頂くことで許してやるのじゃ」
寛大な女帝を演じつつ、ベッドのほぼ半分を占拠しているぬいぐるみの群れを端に追いやり、空いたスペースをぽふぽふと叩くルーナリア。
永い時間生きている割にはせっかちな様子に苦笑いしつつ、セレスティナも誘われるままに彼女の隣に腰掛けた。
そのままセレスティナは胸元のリボンタイに手を伸ばし――たところ、ルーナリアから「待つのじゃー」と静止の声が掛かってくる。
「今日は妾が手ずから脱がせるのじゃ。美味な菓子の包み紙を剥くようで高揚感に満ちて来るからのう。そもそもティナの脱ぎっぷりは作業的すぎてダメダメなのじゃー」
「提供する側なのに駄目出しされるんですか!?」
こう、例えるなら、折角料理を作ってあげたのに味ではなく盛り付けの部分で文句を言われたかのような釈然としない表情で呻った瞬間、問答無用とばかりにルーナリアの腕がセレスティナをベッドに引き倒した。
吸血族の種族特性で、小柄ながらも夜間では恐るべき身体能力と魔力を発揮する彼女に力で勝てる筈も無く、ベッドの真ん中でぽふんと仰向けに転がるセレスティナ。90度回転した視界では、窓から差し込む月明かりに照らされたベッドの天蓋が幻想的な赤を映し出している。
視線を下側に移すと、お腹の上にルーナリアが跨ってもどかしそうな手つきでリボンタイと胸ボタンを外し、セレスティナの胸元をはだけさせた。広がった真紅のスカートの中のふんわりしたドロワーズの感触がお腹の辺りをくすぐるが、別に嬉しくないので詳細は省く。
やがて、首筋から肩にかけての白く滑らかな肌が露わにされ、それを見たルーナリアが思わず「ふへへへ……」と辛抱たまらん感じの笑顔になる。目がぐるぐると渦巻いていて息遣いも荒い。
「えっと、ルーナリアさん、公爵令嬢がしちゃいけない顔になってますよ……?」
「……おっと。久しぶりなものじゃからつい我を忘れるところじゃったわ。いかんのう、かくもこの世は誘惑に満ちておる」
令嬢顔に戻して誤魔化しつつルーナリアは、セレスティナの相変わらず似合わない黒レースのブラの肩紐をずり下げて、ほっそりした鎖骨に指を這わした。
「ふひゃんっ、く、くすぐったい……相変わらず、鎖骨フェチっ、なんですねっ、ひゃっ」
「変態みたいに言いおって人聞きの悪い。鎖骨が嫌いな女子なぞ居らぬのじゃ。それに乳房狂いのお主に言われたくはないわ」
「それを言うなら、おっぱいが嫌いな男の子だってあんまり居ませんからっ」
「……お主の発言は突っ込みどころに満ち溢れすぎておるのじゃ」
このまま不毛な会話を続けていると食事にありつけない。そう判断したルーナリアは突っ込みを打ち切ってセレスティナに覆い被さるように上半身を傾ける。
よく整った人形のような顔が間近に迫り、胸同士が重なり合う魅惑の体勢になるが、肋骨がゴツゴツと当たって二重の意味で胸が痛いだけだった。
「――はむっ」
それから、セレスティナの緩やかな曲線美を描く鎖骨を噛み砕かないようそっと歯を立て、彼女の体内の魔力を小さな唇から吸い出す。
「んぁっ」
首元のチリチリとした刺激と共に、身体の奥から汲み上げられた魔力がきゅーっと搾り取られる感覚に思わず変な声が漏れかけた。
自分の意思に反して魔力が勝手に体内を流れるのはどうにも違和感があるが、ルーナリアが美味しそうに目を細めているのを見ると赤子に授乳する母親もこんな気持ちなのだろうかと思い至り、寛大な心が湧き上がってくる。貧乳のくせに。
その間、手持ち無沙汰になってなんとなくルーナリアの白い絹糸のような髪を撫でると彼女は「ふにゃあ」と甘えた声を出した。
ここで説明しておくと、彼女達吸血族はその名が示す通り血を吸わないと生きていけない……という訳ではない。
彼女達が欲する栄養素の本質部分は魔力であり、血液に多く含まれているのと多少失われても補充が利くのとで吸血に至るケースは確かに多いが、肉料理や獣乳などでも問題なく摂取できるし更にルーナリアのような高位の者は唇から純粋な魔力を直接摂取することも可能なのだ。
そのルーナリアの場合は鎖骨を甘噛みして直接魔力を吸い出すのを特に好み、理由についても以前にセレスティナにこう説明したことがある。
『血はなんだかんだで内臓の一種じゃから独特の臭みがあってのう。お主達で言えば肝臓をモリモリ食すのに近いものと思ってよい。夏場は体力がつくと言うが妾は生食が苦手ゆえ、赤プリンなどに加工して食す方が好みなのじゃ。それに、人体の至宝とも言える鎖骨を噛んで傷つけるなどとんでもないのじゃ』
実は後半の理由の方が切実な響きを感じたのはここだけの話。それはともかく、お子様体形の二人だからこそ何とかセーフなお食事シーンもやがて終わり、満足しきった様子でルーナリアがぷはっと顔を上げた。
「うむ。堪能したのじゃ。感謝するぞ。やはりティナの魔力は独特の味わいで美味なのじゃ。それに何より満腹になるまで頂いても枯渇しないのが素晴らしい」
「いえ、まあ、それだけが取り得のようなものですから……」
大量の魔力を強制的に吸い出された倦怠感を覚えつつセレスティナもゆっくりと起き上がった。そこへルーナリアが用意してくれたフルーツジュースを受け取りつつ、話を続ける。
「お主の母フィアの魔力は甘酸っぱいストロベリーパフェのような味わいなのじゃが、ティナのはビターなチョコパフェなのじゃ。女子力がどん底じゃからまるで男子のような味わいになっておるのじゃろうが、同じ顔した親子でもここまで違うものかと思うと、人の世はかくも不思議で満ちておる」
未婚の令嬢ルーナリアとしては部屋に男性を連れ込むなど言語道断なので、彼女にとってセレスティナは代わりの居ない特別な存在ということなのだ。
「女子力と言えば、ティナの胸から良い匂いがしたのじゃが、色気に目覚めて香水でもつけ始めたかの?」
未だはだけたままのセレスティナの胸元に顔を近づけすんすんと鼻を鳴らすルーナリア。セレスティナは「ふえっ!?」と慌てて服を整えて回答する。
「こ、香水とかじゃなくて、多分それはブラの匂いです。母様が最近ポプリ作りに凝ってて、気付いたら増殖したポプリが私の部屋の下着入れに侵略してくるんです」
「……やはりフィアによる外付けの女子力じゃったか」
「あと、覚えの無い下着なんかも増えてたりしてどうしようかと。ピンクのフリフリなんて恥ずかしくて着れませんよっ」
明らかに勝負用と思われる決戦兵器を本来の用途で使おうとしないセレスティナに、ルーナリアが一つ疑問を投げかける。
「ふむ、ティナは女としての幸せを追い求めてはおらぬのか?」
「女の人としての幸せと言いますと、自分のおっぱい揉み放題とかですか?」
「…………………………………………」
そのあんまりな答えに、この上なく残念な物体を見る目になったルーナリア。先ほどに続いて公爵令嬢がしてはいけない顔その二である。
「遂にリアクションすら貰えなくなりましたっ!?」
「呆れのあまり言葉も出ぬわというリアクションをくれてやったのじゃ」
そう言ってルーナリアが悲痛な溜息をこぼす。この歳まで良縁に恵まれなかったルーナリアだからこそ、喪女の大先輩として彼女なりに心配していたりする訳だが。
「んー、正直、結婚とか出産したりさせたりとかに憧れは無いですね。独りが気楽で良いです」
「……普段あれだけおっぱいおっぱい鳴いてるのにか?」
「私にとっておっぱいは性欲じゃなくてむしろ食欲……いえっ知識欲です。男性の体も女性の体も知り尽くした私に残された最後のフロンティアですから、圧力の法則で狭く深くまで学術的な探究心が向くんですよ」
「処女の分際で何を言っておるのやら……」
ルーナリアがあっさりばっさり斬り捨てるが、実際の所セレスティナとしては知識欲のくだりは除いて嘘は言っていない。恐らくであるが、男子の心が男性相手に拒否反応をしめし、女子の身体が女性に対し同様なのではと自己分析している。
「それでまあ、できれば、あと5年は猶予期間が欲しいところですね。それまでには私が何者なのか答えを出して、どう生きるか覚悟を決めます」
ある意味先延ばしの言い訳であるが、以前に男性として生きた年数と同じだけの時間が欲しい、そういう意味だ。
そしてそれは、人間と魔族の間で揺れ動く自我についても同様である。
人間とも魔族とも男とも女とも言えない、中途半端で不安定な存在という事実は、表には出さないがセレスティナに悩みの種として重くのしかかっていた。
過去にもデアボルス公爵を始めとして何人かから言われたことがある。セレスティナは年齢や職権の割に職務と国に尽くしすぎるんじゃないか、と。
それも元を辿るなら、“何者でも無い自分”の拠り所を外交官という職に見出し、人間と魔族との架け橋となることで自己の存在価値を証そうとしている、のかも知れない。
そこまでの事情は勿論知らないルーナリアは、5年という具体的な数字に小さく首を傾げはしたものの、特に問い質すこともなくベッドの上で竜のぬいぐるみを抱えてゴロゴロと転がり出した。白いドロワーズが丸見えになるが、別に嬉しくないので詳細は省く。
「むー、妾はそんなに何年も待てぬわー。早く女として求められたいのじゃー。もう、お前じゃ勃たんとか言われたくないのじゃーー」
「……色々とお辛いことがあったんですね……」
コメントに困って当たり障りの無い受け答えでお茶を濁していると、やがて動きを止めたルーナリアが期待の眼差しでこちらを見上げてきた。
「ティナは既存の魔術回路を応用して新魔術を開発するのが得意じゃったよな? 対象の痛覚神経を激しく刺激する《苦痛》の魔術を応用して、相手に性的快楽を与えて絶頂へ導くような新魔術は創れぬか?」
「――せいっ!? っ! げほっ! ごほっ!」
あまりに酷いリクエストに思わずジュースを噴きかける。
「うむ。対苦痛訓練を積んだ者に対しても尋問ができるし、他にも鞭でしばくと同時に蕩けるような悦楽を与え続ければやがて妾無しでは生きられない身体に――」
「い、いえ、皆まで言わなくて良いですっ! ……けほっ。それで、《苦痛》とか《治癒》みたいな魔術は女子力依存型なので私の苦手分野なんです……」
対象の身体に影響を及ぼす魔術は共感力が効果を大きく左右する為、女子力が高い方が有利という原理である。
だが、新魔術の開発は理論の分析や再現や発展と言った理系脳が必要になるので男性が主に活躍する分野で、それ故に相性が悪く発展が遅い、なかなかバリエーションが増えない系統だったりするのだ。
「この手の魔術は母様が大得意ですから、回路設計を私が担当して共同開発すれば可能かも知れませんが……あの人は割と悪戯っ子な所がありますから、こんな魔術は覚えさせたくありませんね……」
「まあ最初の実験台は間違いなくティナじゃろうな」
「げふぅ……」
そのような訳で、協議の結果、新魔術の件は無かったことになるのだった。
活動報告にこれまで寄せられました「Q&A集5」を纏めました。
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