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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第1章 魔物の国の就職事情
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008話 上覧試合・3(近接距離の攻防)


「はああっ!」


 気合一閃、石畳も砕けよとばかりの踏み込みから、ヴァンガードが手にした槍で鋭い突きを繰り出す。


「ふひゃっ!?」


 周囲の空気ごと抉り取るかのような初撃をセレスティナは身を捻って回避する。彼女の脆弱な肉体だと掠っただけで大穴が空きかねない危険物が脇腹の側を通過した。

 ヴァンガードはすぐさま槍を引き、流れるような連撃を放つ。


「うおおおおっ!」

「っ! 《防壁(シールド)》!!」


 甲高い音と共に二撃目は横に流れた。槍の穂先に対して斜めの角度になるように《防壁(シールド)》を張り、力の流れを逸らしたのだ。

 だがヴァンガードはそこでバランスを崩すようなヘマはせず、再度槍を引き三撃目を槍投げ器の発射台のように引き絞る。

 その突きに合わせ、セレスティナも短杖(ワンド)を構え受けの態勢を取った。


「――!」


 悪い予感を覚え、攻撃の途中で槍を引くヴァンガード。よく見ると杖のあちこちが弾けるように発光していた。こっそり《雷撃(サンダーボルト)》を杖に這わせ、受け止めた瞬間に槍を伝って電撃を叩き込むつもりだったらしい。


「まったく、相変わらず油断も隙も無いな」

「《雷撃(サンダーボルト)》は、零距離で撃つのが一番威力出ますから」


 軽口を叩きつつも攻防の手は休めず、隙を見てセレスティナが至近距離から攻撃魔術を放ち、ヴァンガードはあえてそれを身体で受けつつも槍を下段に振るい彼女の足を払おうとする。


「えっ!?」


 彼女の思惑では今の攻撃魔術は《防壁(シールド)》で受けさせて再度足元から《雷撃(サンダーボルト)》で崩す予定だったのだが、まさかヴァンガードが相打ち上等で攻めてくるとは思わなかった。

 それでも咄嗟に槍は縄跳びのようにジャンプして避けたが、その瞬間、彼女の視界の左端で何かが動いた。


「これで決めるっ!」


 ヴァンガードが槍を振るう勢いで体を半回転させ、竜の尻尾を鞭のようにしならせてセレスティナに横合いから叩きつけたのだ。

 彼女は咄嗟に左腕と《防壁(シールド)》でガードするが、竜の尾撃はその程度で防ぎきれるほど生易しい攻撃では無かった。


「ぐ、あっ!?」


 防壁が割れる音、骨が砕ける音、そして女子力の低い悲鳴――それら3つの混ざり合った不協和音を残し、セレスティナの小柄な体は軽々と宙を舞った。


「セ、セレスティナ先輩ーー!?」

『うわ……あれは痛いわ』


 観戦していたキュールを始め荒事に慣れていない生徒達が悲鳴と共に手で顔を覆い、審判のフォーリウムは試合を止めるべきかどうか判断すべく目で追う中、台上の反対側まで飛ばされたセレスティナの体が床に落下する。


「あ……す、すまん! ティナ、大丈夫か!?」


 思わず謝ってしまったヴァンガードの予想に反して、セレスティナは床を転がる勢いを利用して即座に立ち上がり――


「まだ戦えますっ!!」


 折れた左腕をだらりと垂らしつつも、右手の短杖(ワンド)を大きく振る。その軌道上に炎の矢と石の礫が次々と生まれた。

 床に転がったまま痛がっていると最悪そこで試合を止められてしまう為、ここは意地で反撃の姿勢を見せる必要があったのだ。

 有効打で言えばセレスティナの方が大量に攻撃を当てているので、これまでの攻撃を審判が勝負有りと見なさないなら今の一撃きりで逆転されるのは納得いかない、そんな意思表示である。


 ちらりと審判の方を伺うと案の定ここで試合を止める気は無さそうなので、セレスティナはヴァンガードの方を一睨みするとアンフェアな不意打ちにならないようあえてオーバーアクションで杖を振る。


「斉射!!」

「ぐおっ!?」


 限界まで並べた《火矢(ファイアアロー)》と《石弾(ストーンバレット)》が、少しずつ軌道や速さやタイミングをずらしつつヴァンガードへと降り注ぐ。漫然と撃つだけの散弾ではなく、一つ一つが明確な意思と目的を持つ弾幕だ。

 まず最初の3発を《防壁(シールド)》の中央部に集中させて部分的に破壊し、その穴を通して残りの弾を相手にぶつける、えげつなく無駄も無い攻撃だった。


「――《治癒(ヒール)》」


 そしてその隙に治癒魔術――体内の治癒力を活性化させ“自然治癒や人の手で治せる範囲の”怪我や病気を癒す魔術――を使い左腕の骨折を癒す。鈍い痛みは残るもののとりあえずは動かせるように回復できた。


『これはお爺様に相当しごかれてるわね。分からない人向けに補足すると、あの場でティナが牽制より先に《治癒(ヒール)》を選べばその隙に折角空けた間合いがまた詰められてしまうのよ。正しい判断だけど一朝一夕で身に付けられるものじゃないし、戦場に出る魔術師向けね』


 解説(フォーリウム)の述べる通り、祖父ゼノスウィルによる魔術の指導は総じて厳しかったが、中でも特に過酷なのが今回のように痛みに耐えて魔術を扱う訓練だった。

 戦場では怪我が痛くて集中できず魔術が使えませんだと話にならないので、セレスティナも仮に手足の二、三本へし折れようとも普段と同じ威力と精度で魔術を使えるよう修練しているという訳だ。


『それから、さっきの尾撃の時も、《防壁(シールド)》の硬さを調整してわざと腕を犠牲にして飛ばされることで間合いを取ったようね。あの状況で防御魔術が硬すぎると腕は守れても反発力も大きくなり場外まで飛ばされてしまうから。勝つために腕一本ぐらいは必要なコストということで、みんなも参考にするのよ』


 そのお言葉に会場の学生達はふるふると首を振った。当然横に。

 そんな様子を見て、観戦席のアークウィング総司令官が呻くように呟く。


「……イグニス家では女子でもあそこまで鍛え上げるものなのか……?」

「いや、フィアの時は本人の気質に合わんから早々に諦めたのじゃがのぅ。ティナは思いのほか適正も根性もあって訓練に付いて来おったからつい調子に乗ったのじゃ。あれが男に生まれていたらいずれわしと同等の強さも得られた見込みもあるかと思うと実に惜しいわい」


 溜息と共に吐き出すゼノスウィル参謀長。そうこうしているうちに闘技台上ではセレスティナの弾幕も撃ち終わり、距離を取った二人が静かに睨み合っていた。


「そろそろ、降参する気にはなりませんか?」


 遠距離の撃ち合いで圧倒し、近接距離の戦闘も凌ぎきるという魔術師らしからぬ戦果を見せ付けた。このペースだと魔力が先に尽きるのはヴァンガードの方で、そうなればセレスティナが圧倒的に有利となる筈だ。


「ティナの方こそ、息が上がってるがまだ続けるのか?」


 かと言ってセレスティナに余裕があるかと問われればそこまででもない。元々体格や体力的に不利であるしそんな中で一撃でもクリーンヒットを貰えば即終わる状況を戦い続けるのは相当に神経をすり減らす。


「私はここで負けると、卒業後が無職になりかねませんから」

「いや普通に軍に来いよそんなに戦えて何が不満なんだよ」


 試合中の割にはやけに和やかな会話の後、ヴァンガードの顔つきが鋭くなった。


「さて、この技はまだ未完成だからあまり使いたくなかったんだがな……」

「お、未完成の大技ですか。男の浪漫を感じますね。これは破り甲斐がありそうです」


 セレスティナの軽口を聞き流しつつ、ヴァンガードは背中から生やした竜の翼を大きく広げ上空へと飛び立つ。その高さは観客席の最上段と同程度で、約30メートルぐらいか。


「行くぞ! 竜突(ドラゴンチャージ)!!」


 そして、槍を構え、翼を畳み、空中を蹴るようにして勢いをつけ、落下速度を上乗せした突撃を仕掛けてきた。技名まで考えている辺り、やはり男の子である。


「急降下攻撃……ですか!」


 自分自身を飛び道具とする攻撃。ありがちとは言えるが華麗に決まった時の威力は絶大で、相手側の回避や防御行動に即応して軌道や力加減を微調整できるメリットがある。誘導ミサイルのようなものだ。

 よく見ると槍の周囲を覆うように六角錐状の《防壁(シールド)》が張られてあり、突進中のところをカウンターで撃ち落とすのも難しそうだ。


 如何なる回避も防御もねじ伏せるつもりで放たれた、必殺の一撃。対するセレスティナは、睨みつけるというよりは観察するかのような光をその紫の魔眼に灯し、微動だにせずに仰ぎ見る。


『ちょっ……逃げなさい!!』


 思わず審判が自分の立場を投げ捨てそうになる中、セレスティナは落ち着いて左手をかざす。


 衝突する! 誰もがそう思い、気の弱い生徒が思わず目を背けたその瞬間――


「《防壁(シールド)》! 5枚!」

「――なっ!?」


 金属がぶつかり合うような澄んだ、それでいて重い音と共に、

 ヴァンガードが繰り出した槍の穂先が、セレスティナの手に触れる直前で止められていた。


『え……? マジ?』


 観衆が目を疑うのも無理の無いことだろう。竜人族(ファフニール)の誇る豪腕に飛行能力、それらに加えて落下の勢いまでをも乗せた攻撃である。普通なら《防壁(シールド)》ごと肩から先が吹っ飛ばされる程の威力だ。

 勿論セレスティナだって見た目ほど容易く止めた訳ではない。《防壁(シールド)》の面積を手の平ぐらいまで絞り込んでその分硬度を上げたものを、更に魔術回路の複製で5枚重ねたのだ。それでいて尚も衝撃を完全に吸収することは叶わず、彼女の足元の石畳には放射状の亀裂が深く刻まれていた。

 魔眼による人間離れした動体視力と、そして攻撃の威力を見切って必要な防壁(シールド)の強度を一瞬で計算する理系脳とが無ければ、今頃はあえなく敗北していただろう。


「って、隙だらけですよ。《石弾(ストーン)》!」


 まさかこういう止められ方をするとは思わなかったのだろう、呆然として動きが止まったヴァンガードに、右側から杖を回り込ませて横殴り気味に打ちつける。

 周囲を防護する六角錐状の《防壁(シールド)》は張られたままだが、その防壁ごと弾き飛ばして距離を置かせた。重量物で叩き付ける《石弾(ストーンバレット)》ならではの使い方であった。


「くっ! まさかこんな!」


 歯噛みしつつも戦意を取り戻し再度翼を羽ばたかせたヴァンガードに、セレスティナは挑発するような笑みを浮かべて告げる。


「今のは、3枚突き破って4枚目で止まってました」


 目的語が抜けているが、先の攻防で彼女が5枚重ねた《防壁(シールド)》のことであろう。


「ほぅ……だが、何故そんな情報をわざわざ自分に?」

「さっきの倍の威力を繰り出せば貫けるということです。次は、本気を出してみませんか?」



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