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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第5章 魔物の国の転換点
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071話 外交官会議の後に・1(突撃!隣の食事会)

▼大陸暦1015年、戦乙女(第8)の月14日、外交官会議最終日、夜


 戦乙女(第8)の月の13日から二日間に渡って開催された外交官会議。

 その名が示す通り、年に一度人間族(ヒューマン)の三国に属する外交官が集まって、様々な国際問題について話し合う場である。


 もっとも、重要な問題はその都度当事者の二国間で話し合う為、この場で議題に挙がるのは二国間だけでは手に負えないような大規模な問題を除けば、主に輸出入の数量と関税の見直しや留学等人材交流の計画等が中心で、国家間の領土争いが多かった頃に比べると儀典(セレモニー)の様相が強くなっている。


 余談であるが、昔はこの会議の席で「三国共同で派兵し魔界を攻め滅ぼして戦利品を分配しようではないか」とういう物騒な話も挙がったことがあるが、各国共が被害を他国に押し付けて自国に最大の利益を引き込むべく立ち振る舞った結果、この件で完全な信頼関係を構築するのは不可能という結論になり立ち消えた経緯がある。

 魔国テネブラは戦力的に決して弱小国ではないが、他の三国を同時に相手取るのも困難なのは明らかであり、意外と際どいバランスの上で存続していることが見て取れる一幕だった。


 それはともかく、今回の外交官会議も無事に終了し、この日の夜は“風乙女の憩い館”1階の大食堂で盛大な食事会が開かれていた。

 砕けた感じの立食パーティで、今年のホスト国であるアルビオン王国の王子と宰相と、そして会場警備を兼ねた勇者リューク達も同席する中、警備の兵士達を除くと合計で30人程の各国代表や随伴員達が出された旬の料理と酒を楽しみ、歓談に興じている。


「それにしても、此処は本当に良い所ですね。気候も穏やかで水や草木も豊富で……お陰で難しい議題もスムーズに纏まり、喜ばしい限りです」


 湖畔で採れた山葡萄のジュース片手に一人の女性がクリストフ宰相へと話しかける。パリッとしたパンツスーツを隙無く着こなした三十歳ぐらいの女性で、彼女が今回の外交官会議の当事者の一人であるルミエルージュ公国の外交官、ジャンヌ伯爵夫人だった。

 テネブラと同じようにルミエルージュ公国でも、能力のある女性は積極的に登用する文化があり、結婚後にも仕事を続ける彼女がその代表格だ。短く切り揃えた頭髪と今日のようなパーティの場でもドレスを着ずにお酒も口にしない所からも、仕事に対する拘りが見て取れる。


「いやはや、芸術と流行の最先端と名高い公国首都(サンクエトワール)からお越しの方々をお迎えするには、いささか田舎すぎないか心配だったのだがね。それで、難しい議題とは西海の大海蛇(シーサーペント)討伐の件かな」


 宰相の返答に「お上手ですね」と微笑んだジャンヌは一瞬後に口元をきゅっと引き締める。完全に仕事モードの顔つきだ。


「流石にお耳が早くていらっしゃいます。我が国が出しております交易船ですが、航路上に大海蛇(シーサーペント)が出没しておりまして一部運行を見合わせ、その影響で帝国との通商が滞っています。その出現海域が貴国の西岸沖合いですのでこれは三国共同で対処すべき国際問題として取り上げさせて頂きました」


 アルビオン王国を挟んで北に位置するシュバルツシルト帝国と南にあるルミエルージュ公国との間は直接の国境線を接しておらず、直接の交易には主に海路が利用されるのだが、彼女が今述べた理由により船が出せなくなっており両国が困っている。

 本来は公国と帝国の二国間の問題なのだが、大海蛇(シーサーペント)の出現位置がアルビオン王国の西岸沖であり、三国の問題として会議の俎上(そじょう)に上がって来たという訳だ。


「その会議の結論では、討伐資金を公国と帝国とで負担して、実際の討伐は貴国が誇る勇者――ブライトブレイド男爵殿にお任せするという話になりましたので、ご活躍を期待しております」


 ブライトブレイド男爵とは、先日男爵位に合わせて賜ったリュークの家名だ。他国に向けて大々的に発表した事はなく、領土も持たない新興貴族の動向にまでチェックしている辺り、ジャンヌも耳の早さでは負けていないことが伺える。

 その名称のセンスから予想に難くないので言うまでもない話だが、アリアが名称を考案してパーティ内投票の結果賛成2票・反対1票で可決した経緯がある。常識人のアンジェリカの苦労が偲ばれるところだ。


 それはさておき、クリストフ宰相は生徒のミスを毅然と訂正する教師のような表情を作り、既成事実化の阻止を図る。


「ふむ。私がフィリップ外交官に聞いた話だと、討伐依頼を打診するまでがその場の結論で実際に受けるかどうかは勇者一行の自由意志に委ねた上で安請け合いをせず後日改めて返答するということになったようだが……」

「ですが、民を護るのは勇者たる者の努めですし、きっと快く引き受けて下さるものと確信しております」


 そこまで言うとジャンヌは、視線をクリストフ宰相から逸らし、ワイン片手にこちらに近づいてきた男へと向けた。


「デーゲンハルト外交官も、そう思われますよね?」

「うむ。ジャンヌ女史の言う通りだ。勇者殿は人類の希望であり騎士や兵士にとっても規範となるべき人物。よもや海上戦が苦手というだけで及び腰になる筈もあるまい」


 彼女が水を向けた相手は、神聖シュバルツシルト帝国の外交官であるデーゲンハルト伯爵。髪や髭に白いものが混じった、長身で怜悧冷徹な印象の中年男性だ。

 肩の辺りに飾り紐(モール)の掛かった軍服のような黒基調の装いに身を包んだその姿は威圧感があり、気の弱い相手なら一睨みで要求を押し通すこともできるだろう。


「我が神聖帝国の誇る“炎の聖剣の勇者”はまだ若く発展途上であるからな。規定で15歳になるまでは外征に参加できぬのが残念な限りである」

「公国の“嵐の聖槍の勇者”も現状、別の事件に掛かりきりになってまして、ここはブライトブレイド男爵殿と噂の“氷姫”殿のお力を借りるしか手は残されておりませんので」

「ふむ。まあそれはそれとして、王子殿下よりお話があるようだ」


 さも残念そうな振りをして面倒事を押し付けてくる二国代表の言葉を宰相は涼しい顔で受け流し、入り口の重厚な両開きの扉の方に注意を向けさせた。

 すると同時に、扉の近くに立っていたアーサー王子が手をパンパンと打ち鳴らし、会場の注目を集める。


「歓談の途中だが失礼するよ。先ほども伝達した通り、貴公らに会って欲しい人物が居る。少し驚くかも知れないが偏見を捨てて話を聞いて欲しい」


 決して大きくはないがよく通る声でそう宣言し、王子が右手を上げると、左右に控えた兵士達がゆっくりと静かに扉を開けた。

 その向こうから歩み出て来るのは、黒いドレスに身を包んだ白い髪の少女。胸元には見慣れない意匠のミスリル銀製バッジが飾られ、シャンデリアの光を七色に反射している。


「どこかのご令嬢の社交界デビューですかな? 外交官会議の席でお披露目するには些か疑問に感じるが……」


 デーゲンハルトが口髭を撫でながらあからさまに興味を失った口調でそう零す。ジャンヌも微笑ましい物を見るように口元を緩めているが、王子や宰相の意図を測りかねている為に当たり障りの無い反応になっているのは間違いない。

 だが、優雅な所作でドレスの裾を摘み上げて一礼した少女が語った一言は、彼らの予想の範囲から桂馬飛びで逸脱したものであった。


「お初にお目に掛かります。本日はこのような場を設けて頂き、心より感謝を申し上げます。私はテネブラ外務省所属、筆頭外交官の任を預からせて頂いておりますセレスティナ・イグニスと申します。以後お見知り置きの程を宜しくお願い申し上げます」


 そつの無い挨拶ではあったが、それ故に聴衆が言葉の意味を理解するのに数瞬の間を要した。やがて、会場から驚きと困惑のざわめきが上がる。


「テネブラだと……!? 魔界から来た魔物なのか!?」

「無法な魔境のように言われるのは心外ですね。魔国(ウチ)も組織があって法律があって議会がある一つの独立国家です。今回はそのテネブラ外務省のお使いで、文明国として対話の為にここへ来ました」


 若白髪かと思いきや高位魔族を特徴付ける銀の髪、見る者が注意深く見れば分かる紫の魔眼、それらの異形を目にして彼女の言葉が事実だと悟った参加者達は、潮が引くようにセレスティナから距離を取り会場警備のリューク達勇者パーティの背中へと避難する。

 中には「早くその不遜な魔物を斬り捨てないか!」とリュークを急かす者も居たが、彼は苦笑交じりに「まあ、折角来たんだから話ぐらい聞いてやれば良いじゃん」と軽く返していた。


「信用できるか! くたばれ!」


 そんな中、一人の兵士が広間の反対側から弓を構え、セレスティナに向けて矢を放った。甲高く風を切る音と共に、致死の一撃が彼女の眉間を穿とうと迫り来る。


 が――


 ぱしっ、と乾いた音を響かせて、矢は対象(セレスティナ)に当たる直前で止まっていた。見ると、セレスティナが親指と人差し指と中指だけで摘んでおり、その常識外れの技術と度胸に参加者達のざわめき声が再び大きくなる。


「――なっ!?」

「再度申し上げますが、無用な争いは望むところではありません。とりあえず、今のは単なる誤射(・・)でしょうから外交問題には挙げずにおきますので、どうぞ深呼吸して冷静になられて下さい」


 そして、場の張り詰めた空気に似つかわしくないにこやかな笑顔でそう告げるのだった。



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