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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第5章 魔物の国の転換点
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068話 未来を掴む戦い・1(外交の基本は相互主義)

▼大陸暦1015年、戦乙女(第8)の月10日、二国間会談当日


「外交の基本は相互主義。身近な例で言うと乳合わせのようなものです。一方的に揉んだり揉まれたりするのはアンフェアな不平等条約になって、健全な関係じゃありません」

「……うん。相変わらず頭おかしくて、昨日の優しい気持ちを返せと言いたいわ」

「ふえ? 何のことですか?」


 シルフィレークの街でセレスティナ達に用意された宿の一室。迎賓館の部屋に比べるとやや見劣りするが、それでも貴族や豪商に向けた宿ということもあり部屋は広く清潔で、内装も高級感が溢れる申し分のないものだ。

 そんな中、昨日と同様にオフ仕様の女子力の低い装いをしたセレスティナはこの日の作業――王都の道具屋に卸す予定の魔道具(マジックアイテム)の作り置きの合間に、暇そうにゴロゴロしているクロエと今日行われている二国間会談の行方について独自の外交論を展開していた。


「それで、そのナントカ主義ってのが今日の会談にどう影響してくるの?」


 何だかんだで律儀に会話に乗ってきたクロエに、セレスティナも虹色に輝く羽根ペンを一旦作業台に置いて椅子ごと向き直る。


「えっと、今日の会談での魔国(テネブラ)からの主な要求として、魔族の返還とそれに伴う賠償金を寄越すように、って話はしましたよね?」

「うん。でも王国(アルビオン)側は『心無い連中が勝手にしたことだから』って国として責任取る事を嫌がってるって話もね」

「だとすると、同じ理由で魔国(テネブラ)側も王国(アルビオン)の要求を一つ突っぱねることができるようになる、ということです」

「あー、魔獣の話?」


 クロエの言葉にセレスティナが笑顔で大きく頷いた。


「特に古代の魔獣兵器ドレッドノートを“滅びの砂漠”に封印した影響で、今でも王国(アルビオン)の国土を大きく空白地帯に塗り潰してますから、そこを突かれると魔国(テネブラ)にも痛い所なのですが……そこがチャラにできれば大きな外交的勝利になるんですよ」


 正確には、大戦時にはそこはまだ緑豊かで肥沃な土地だったのが、封印の影響で不毛の土地と化してしまったのだ。つまりは賠償請求という観点だとその地域の農産・畜産物や町の発展や交通の便など本来得られるはずだった利得の機会損失分を請求するには十分な状況ということである。


 そこまで聞いたクロエは、感嘆したのか呆れたのか溜息交じりの声を出す。


「……そういう所まで考えて、準備とかしてた訳?」

「外交交渉も武器で殴り合いしないだけで一種の戦いですので、闘技場での戦闘と同じように数手先を読んだり作戦立てて準備したりしないとあっさり飲み込まれてしまいますから」

「あたしには理解できない世界ね。難しい事考えずに上の命令だけ守ってれば良い軍属で良かったってしみじみ思うわ」


 頭から煙を噴き出しそうな難しい顔つきで、クロエがぽふんとベッドに倒れ込んだ。そんな彼女にセレスティナはハグ待ちのように両手を大きく広げて言う。


「でも、こういうのに少しずつ慣れていくのも後々の為に良い経験になると思いますよ。そんな訳で暇潰しに外交交渉ごっことかどうですか? 基本は相互主義、となると後は分かりますよね?」

「そんなに胸を当てたいんならそこの壁にでもぺたっとくっつけてなさい」

「やろうと思えば出来ますけどそれって何が楽しいんですかっ!?」





 所変わって、この街で最高級の宿泊施設兼会議場である“風乙女の憩い館”。壮麗な宮殿を思わせるその建物は王族や他国要人を迎え入れるのに十分の格式や威厳を放っており、主にサツキ女伯をはじめとしたテネブラ使節団を大いに驚嘆させた。


 昨日の夜もアルビオンの王子や宰相との顔合わせを兼ねた豪華な晩餐会が開かれ、贅を尽くした料理の数々に舌鼓を打った。これも主にサツキ女伯が。


 そして今日この日。

 建物の最上階に位置する第一会議室で、待望の二国間会談が開催された。

 高い天井からは重そうなシャンデリアがぶら下がり、壁には精霊神話を描いた高名な画家によるタペストリーが時系列順に並び、そして大きな窓からは風の精霊を模した石像や美しく手入れされた植え込みが立ち並ぶ庭を見下ろすことができる、国王同士の会談にも使えそうな荘厳な空間だ。


 魔国テネブラ側からの出席者は3名。デアボルス公爵とサツキ女伯が上質のソファにゆったりと座り、護衛の名目で同行したヴァンガードが彼らの後ろで穂先を覆った槍を立てて直立している。

 ソファは獣人用の造りではない為、サツキ女伯の豊かな9本の尻尾が時折、背もたれとの隙間から窮屈そうにひょこひょことはみ出して揺れるのが微笑ましい。


 アルビオン王国側からは、交渉担当としてアーサー王子とクリストフ宰相が。そして護衛役として後ろと左右で囲むように立つ形で勇者リュークと聖女アンジェリカと魔術師アリアが居て、合計5人での出席である。

 人間の国の最高戦力と言われる勇者パーティを前に緊張と対抗心を隠しきれないヴァンガードの様子とは裏腹に、リュークの方は自然体で余裕が感じられる。この辺りは生来の性格やら護衛任務慣れしているかどうかやらが大きく関係しているのだろう。


 それはさておき、会談の流れは概ねセレスティナが事前に予測した通りに進んでいた。

 テネブラ側からは新型万能薬“聖杯(ホーリーグレイル)”を目玉商品に掲げた素材や製品の販売を提案し、それに対しアルビオン側も国内に不当に捕らわれている魔族奴隷の返還の話に人道的見地から同意。これは双方共にメリットの大きい案件で、特に国内の反対派を説得する際の大きな材料となるのは間違いない。

 反面、これも予想通りであるが、密入国者による人攫いや密猟や盗掘などに対する賠償請求には、アルビオンは難色を示す。


「――一部の不心得者が勝手にやったことまで国のせいにされては同様の請求が大陸中で頻発してしまう。そこまでは国家の責任範囲外であろう」


 そう告げたクリストフ宰相に対し、サツキ女伯が澄ました顔を作り、用意していた台本を朗読するかのような滑らかさで艶やかな声を出した。


「アルビオン王国のお立場は理解しましたわ。それでは相互主義の観点に基づき、貴国が要求する魔獣被害、ああ勿論昔の魔獣兵器ドレッドノートの影響も含めてのものについても、魔国(こちら)の責任の範囲外ということで、ご納得頂けるのでしょうね?」

「ほう……」


 サツキ女伯の返答にしばし考え込むクリストフ宰相。想定外のカウンターに驚いたという訳では無いが、幾つか考えていた交渉の展開の中でも比較的起こり得ないと踏んでいたものが飛び出したのが意外だったのだ。


「魔族の側から相互主義という言葉が出てくるとは。魔族は我々人間族(ヒューマン)を対等と見ていないものとばかり思っていたが」

「ん~、そこは根が深い問題なのよねぇ~」


 困ったように砕けた口調に戻り、サツキ女伯が見るからに高級なティーカップに手をつける。

 実際の所、個人の戦闘力で勝り強さを重要視する魔族の視点では人間族(ヒューマン)は弱者と蔑む向きが強い。


 だが同時に、歴史上で魔国(テネブラ)が人間の国家に幾度もしてやられたのも事実であり、人間の側からすれば確かに正面から戦えば手強いが戦術・戦略面では自分達の方が優位と見下す風潮がある。

 恐れられている割には頻繁に拉致被害に遭う点からも、例えるなら「素手で立ち向かいたくはないが檻に入れて見せびらかしたい猛獣」のような扱いに近いのかも知れない。


「まぁ国内にも色んな考えの者が居ますが、国力として総合的に見るなら対等な強敵と判断して差し支えないと思いますわ」


 個々の実力が高くても国土面積や人口の点でテネブラは他の三国よりも不利であり、そういった要素が兵員や物資に影響する事を考慮するなら、魔族個人の戦闘力があっても総合戦力では決して有利とは言えないのだ。


「それに、ウチの外交官が言ってました。不平等条約は絶対に避けろと。後々まで色々禍根を残すからと」


 セレスティナがその話をサツキ女伯とデアボルス公爵に向けてした時は、特に領事裁判権と関税自主権に注意するよう力説していたのが、まるで過去にそれで苦しめられたかのような語り口で印象深かったのを覚えている。


「セレスティナ・イグニス外交官か……思えば、あの者が現れてから急激に時代が変化し始めたように感じ取れるな……」


 彼女が始めて王城に来た日からの一連の事件簿を思い返しているのか、目を閉じて紅茶に口をつけるクリストフ宰相に代わり、アーサー王子がおもむろに尋ねてきた。


「それで、仮に暫定でもアルビオンとテネブラとの国交が回復した暁には、セレスティナ殿が我が国の法律や常識の影響下に入ると考えて良いのだろうな?」

「法律に関しては間違い無く。あの子自身が国家間の平和を誰よりも望んでますので……ただ、常識については、ちょっとこの場では、善処しますぐらいしか……」

「……そちらの国内でもそういう立ち位置なのか…………」


 思わず指で眉間を押さえるアーサー王子。これ以上この話は不利と判断したサツキ女伯は、ぱっと笑みを閃かせると先ほどの魔獣被害の話に強引に軌道を戻す。


「話を戻しますが、魔獣被害につきましては国家的に補償を供出することはできずとも、譲歩可能な線での代案や関連情報を、本国(ウチ)の常識と女子力は皆無でも優秀な外交官から預かっております」


 そう言いながら彼女が取り出した何枚かの報告書、それはこの場に出席できずとも会談の成功に尽力しようとするセレスティナの執念が感じられるものだった。



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