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魔物の国の外交官  作者: TAM-TAM
第5章 魔物の国の転換点
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065話 国家戦略会議・2(特産品の活用)


 新型万能薬“聖杯(ホーリーグレイル)”を魔国(テネブラ)の特産品に据え、他国との交渉に活用する――

 そのような構想を披露したセレスティナは、小柄な身体で目一杯背伸びしつつ熱弁を続けた。


「“聖杯(ホーリーグレイル)”の治癒能力を考えますと、多少お高くしてもどの国も喉から手が出る程欲しがる筈です。それで、その際の代金の一部を帳簿上はお見舞金名目に付け替えてしまえば賠償金“のようなもの”を受け取れる訳ですから、一定の面子は立ちますし被害者の皆さんにもフォローが行き渡ることになります」

「それは……イカサマくさくないか?」

「外交ですから、イカサマ上等です。名も実も両方得ようとするのでしたら、イカサマするか、でなければ圧倒的武力で屈服させて要求を全て押し通すしか無いと思います」


 呆れたようなノックス侯爵の声に、開き直ったかのように胸を張るセレスティナ。そこへサングイス公爵が感嘆の含まれた言葉を挟みこむ。


「成程……それで、その新型万能薬の事業はイグニス家で抑えようとう腹づもりか。効能が説明の通りであれば天文学的な富を築き上げる、正に文字通り金を生み出す錬金術よな」


 だが、予想に反してセレスティナは首を横に振った。


「いえ、もし、今申し上げた路線で国家間交渉を纏め上げて頂けるのでしたら、私が持つ“聖杯(ホーリーグレイル)”の製法と利権を国に献上する用意があります」

「何と!」

「正気なのか!?」

「……ほう」


 驚愕の声が重なり、国家戦略会議室が騒然となる。

 万能薬の事業を起こすとしたら利権だけで恐らく外交官の安月給の何十倍もの額になる訳で、一般的な感覚であれば今の仕事を辞めて事業に集中することすら考える案件である。


「……そこまでして、一外交官に過ぎないセレスティナ君が今回の国家間交渉へと介入しようとする理由が聞きたいところだね。富や利権じゃないとすると、名誉欲か……そうでなければ他国に好きな男が出来たかとしか考えられない気がするんだけど」

「何じゃとおっ!? ゆ、許さぬぞそんな真似は!」

「ご、誤解です事実無根ですっ!」


 デアボルス公爵の指摘に祖父(ゼノスウィル)が珍しく声を荒げる中、セレスティナは両手をわたわたと振って恋人疑惑を全否定しつつ釈明に移る。


「ええと、“聖杯(ホーリーグレイル)”のレシピはアルビオンでお会いしたとある神官の方に譲って頂いた物なのですが、その時に、世界平和の為に活用すると約束をしましたので。……外交官が約束を守らないと国全体の信用が失われますから」

「そうは言うけど、職務とか国への忠誠で片付けるには大きすぎる金額だからね。つい裏がないか疑ってしまうよ」

「魔術回路技術者の端くれとしては、降って湧いたような拾い物なんかではなく、自分が考案した画期的な理論や道具で稼いでこそ、だと思っていますので。その為にも、創りたい物が自由に創れる世の中になって欲しいのです」


 仮に今の情勢下で魔道具(マジックアイテム)の設計や生産を生業にしてしまうなら、きっと戦争の道具が優先的に発注されることになるだろう。

 もしそうなれば、他国も黙っている訳にはいかず人間の国々の対魔族戦略が一気に過激な方向へと振り切れる危険性も大きい。


 そのような軍拡競争が激化した場合、行きつく先は大量破壊兵器の撃ち合いによる大破壊か、その大破壊に日夜怯える冷戦構造か、いずれにしても大陸のみんなが等しく不幸になりかねないことはセレスティナが知る地球の歴史から充分に予測可能な未来図であるが、核兵器を始めとした大量破壊兵器に馴染みの無いこの世界で口にするしても今はまだまともに取り合ってくれなさそうだ。


「その時にもし他国と交流があれば、販路も拡大できてお得ですし……長期的には、私自身の利益にも繋がりますから」

「ふむ……セレスティナ外交官の言い分は分かったが、その上で一つ問おう。我ら魔族と奴ら人間族(ヒューマン)が友好を結ぶ事は可能と、本気で考えているのか?」


 試すようなアークウィング軍務省長の言葉にセレスティナは一度大きく息を吸った。

 少し前なら「可能と思う」程度の漠然とした答えしか返せなかっただろうが、今なら自信を持って答えられる材料がある。


「可能です。実例もこの目で見ました」

「ほう」

「アルビオン王国で一人の魔術師の女の子に出会いました。その方のご先祖が、私と同じ魔眼族(イビルアイ)でした。ですから少なくとも、個人レベルでは理解し合えて……その、えっと……愛し合えることは実証済みです」


 魔眼族(イビルアイ)という言葉に、祖父のゼノスウィルが鋭い目を向けて反応する。


魔眼族(イビルアイ)の血統じゃと? それは真か? 見間違えとは考えられぬか?」

「彼女は周囲の人間の魔術師に比べても格段に魔力が高く、そして何より魔眼解放を使いました」


 アリアとの対戦の結果から導き出される事実をストレートに述べる。

 周囲にさざなみのように広がった驚愕の気配が落ち着いてきた頃、改まってセレスティナは祖父ゼノスウィルへと公式な場に相応しい口調で尋ねた。


「そのご先祖の方はアクアさんという、水属性に長けた魔術師だそうですが、参謀長閣下はご存知ありませんか?」

「アクア……じゃと……?」


 齢800以上を数え、魔眼族(イビルアイ)の中でも最長老格である彼の目が、今日何度目かの驚きに見開かれる。

 魔族軍の頭脳担当として常に泰然と構えている彼でも、セレスティナのもたらした情報は大きな衝撃を与えたようだ。


「やはりご存知でございましたか」

「答える前に一つ確認させて貰おう。わしが知るアクアと同じ人物かどうか。その、アクアの末孫という者の魔術回路の形は見たか?」

「はい。雪の結晶を模した綺麗で実用的な形でした。供給線を内部に敷いて中心から魔力を印加することで均等に行き渡らせる構造になっているようです」

「なるほどの……ならば間違いあるまい」


 ただならぬ雰囲気で重々しく頷くゼノスウィル。顔見知りぐらいの予想はしていたがどうやらそれ以上の関係のようで、セレスティナは息をするのを忘れたかのように静かに続きの言葉を待つ。


「セレスアクア。“大戦”前に他国へと移住した、わしの妹じゃ」

「っ!? ……そうで、ございましたか」


 まさかの血縁者発言に思わず大声を上げそうになりつつも、セレスティナはそれをなんとか飲み込んでゆっくりと息を吐いた。


「彼女――アリアさんとは生き別れの姉妹じゃないかってからかわれたりしましたが、実は当たらずとも遠からずな関係だったという訳ですね」


 思わず笑い出しそうになるセレスティナを、だがゼノスウィルは鋭い目つきで牽制し、釘を刺す。


「“大戦”前にも確かに、魔族と人間族(ヒューマン)に国同士の交流があった時期は存在したが、それでも関係は決して良好とは言えず、色んな確執が積み重なってやがて戦争へと発展したからの。セレスティナ外交官が主張するように国交を回復したとしても、その先も問題が山積みじゃろうよ」

「そこは承知しています。とかく隣国同士は仲が悪いと相場が決まっていますから。ですがそれでも利害を調整させてある程度平和な関係を築くことは可能と思います」

「こほん。では、セレスティナ君が今述べてくれたように利害の調整を目指して交渉のテーブルに着くに当たり、現時点での情報を纏めてみようか」


 話が脱線しかけたところに良いタイミングでデアボルス公爵が交通整理を図ってきた。声の大きいタイプではないが発言の間合いをよく心得ており、議長暦の長さは伊達ではないことを窺わせる。


「まず、改めて確認だけど、セレスティナ君が持ち帰った新型万能薬の製法と利権を元に国内生産の態勢を整えて今後の国家間交渉の材料に据えるということで、本当に良いのかい?」

「はい。国の為、ひいては大陸全体の為に尽力できれば本望です」


 最終確認にも似たデアボルス公爵の問いに、迷い無く答えるセレスティナ。彼は「ふむ」と頷くと続いて軍務省長のアークウィングの方へと目を向ける。


「軍部としては、この提案はどう思うかい?」

「提案と言うよりむしろ取引だな。新型万能薬の製造を国が囲うということになれば、技術面でも機密保持の面でも軍の資材部で管理することになるだろう。軍部全体の資金や戦力の底上げにも繋がるから悪い話ではないが……」


 そこまで言うと腕を組んで黙り込み、やがて慎重に言葉を選ぶ。


「……ここからは俺が発言するとそのまま方針が決まりそうだからな。その前に、他の者からの意見も先に聞くのが良いだろう」


 特にこれまで発言が少なめだった侯爵組を見回し、意見を促した。

 少しの間を置いて、まず反応したのは獅子獣人であるレークス侯爵。


「獣人のコミュニティでは、ここ最近の外務省の働きは評価されている向きがあり、特に主婦や老人層からは好意的なように見受けられる。やはり拉致された者達が小数ながらでも帰国したという事実は大きいようだ」

「我の指揮する都市警備隊にも最近一人の獣人の少年が入って来たが、その少年もやはり帰国組でセレスティナ殿に感謝していた。彼自身も復讐よりむしろ拉致被害者の早期帰国を望んでいると伝え聞いたことを、ここに報告させて頂く」


 続いて、政治的な場で滅多に意見を口にしないコルヌス侯爵の巨漢に相応しい厳かな声がレークス侯爵をサポートするように響き渡った。

 以前にキャナルゲートタウンで救出したジャンのことだろう。彼も色々あったが何とか元気でやってるようでセレスティナも安心したように表情を和らげる。


 だが、獣人達とは時間感覚の異なるダークエルフのノックス侯爵が、懐疑的な言葉を発する。


「とは言え、軍部を中心として強硬派も多いですから、軍を差し置いて国際戦略の主導権を握ろうとする外務省に対する反発も予想されます」

「大半はただのやっかみとしか思えぬ故、放置しても良さそうとは思うが、ここは一つ外務省から直接説得(・・)をする場を設けるのもまた面白そうであるな」


 そこに口を挟むのはサングイス公爵。歳の割に悪戯っぽく目を輝かせており、刹那的な享楽を愛する吸血族(ヴァンパイア)らしい一面を見せる。

 勿論彼の言う“説得”とは力を尊ぶ魔族らしく拳と魔術で会話する類の物だ。


「例えば、次の合同軍事訓練の際に外務省からセレスティナ外交官を呼ぶのは如何か。魔族は自分より強い者の意見には敬意を払う故、外務省に文句を言わせない為にも実力で黙らせれば良かろう」

「……平和的解決を望むのにこんなオチって……これだから脳筋国家は……」


 書類等による正式な参加要請ではないため上司であるサツキ省長が「前向きに検討いたします」と確約を控える中、思わず頭を抱えてしまうセレスティナであった。


 そのように多少の脱線はあったが、この場での最終的な結論としてはセレスティナの提案の通りに“聖杯(ホーリーグレイル)”を特産品に据えて、対等な国同士として合意できる範囲内で他国との国交回復へと働きかけるという流れとなる。

 また、湖畔の街シルフィレークで行われるアルビオンとの直接の外交交渉には、デアボルス公爵とサツキ省長とが直接出向くことになった。


「ならば、実力的にはデアボルス公を護衛できる者など国内に一人しか居ないだろうが、名目上の護衛役として軍からヴァンガードを派遣しよう。今後に備えて、あ奴にも国際舞台の経験を積ませておかないとな」


 会談に向けてのメンバー選定をし、その後に相手国から突きつけられた要求事項への対応についても話が纏まり、濃度の高かった会議も終わりに近づいた頃、最後にアークウィングが締めくくった。


「予め言っておくが、軍部は今後も引き続き戦力を蓄えていく。条約はいずれ破られる物であり恒久平和というものは子供の夢物語でしかないからだ。平和を長続きさせたければ、外務省の側が努力義務を負うことを忘れるな。……無条件で協力する気はないが軍が納得できる範囲でなら協力しよう。良いな?」

「はっ。引き続き国益に貢献できるよう職務に精励します!」


 背筋を伸ばし、びしっと敬礼して返すセレスティナ。外交的には今回の会談もまだまだスタートラインであり、今後更に難しい課題が彼女の行く手に立ち塞がるだろう。

 だが今は、これまでの地道な活動が評価されたが故に魔国の外交戦略が融和へと舵を切ったことへの喜びや未来への期待の気持ちがつい勝ってしまう彼女であった。



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